お盆が過ぎ、夏休みも終わりが見えてきた頃。他の専用機持ちは全員出払っている中、今日も俺たちは整備室に缶詰。
しかし今日は意味も無くうなり声を上げるいつもとは違っていた。
「これで」
「やっと」
「打鉄弐式が……」
「「「完成!!」」」
「……マルチ・ロックオン・システム以外」
「うん」
遂に簪の専用機、【打鉄弐式】が一部を除いて完成。これで堂々と専用機持ちとあのルことができるわけだ。その一部が重要なのには目を瞑る。
「長かったなぁ。誰かさんを説得したり説得したり説得したり」
「お世話になりました……」
「まだまだお世話するわよ!!」
偶然ここで出会ったことに始まり、本当に、本当に面倒だった。
しかしこれで喜んで終わりにはならない。これが
「で、ほぼ完成したけども。試運転は何時にする?」
「今日」
「え?」
「だから、今日」
「は?」
早すぎやしないか? アリーナの使用許可だって必要だろう。それも貸し切りの。
「全開の作業で完成日は予想できていた……だから前もって借りておいた」
「さすかん*1ね……」
「いぇい」
「そのくせ体調管理できてなかったのか……」
「それは本当にごめん」
ということで第三アリーナへ移動。
「じゃあ簪ちゃん、早速お披露目を」
「うん……おいで、【打鉄弐式】」
簪の体が光に包まれ。浮遊しながら装甲を形作る。
【打鉄】とは異なる水色のスマートな装甲。シールドから大型ウィングスラスターと前後に取り付けられたジェットブースターがその優れた機動性を示す。
僅かに残された面影に気づかなければ、これが打鉄の後継・発展機とは思わないだろう。
「おぉ……」
「感動ね……」
「もう、大げさ」
気まぐれで関わった事とはいえこうし見ると感慨深い。楯無先輩に至っては泣いている。
「早速動いて見せてくれよ俺たちは下で見てるからさ」
「うん……」
きぃん、と音を立てて高度を上げ、そのまま上空を飛び回る。出力は60%、70、80……順調に上がっている。問題はなさそうだ。
「気分はどうだー?」
『良い感じ! 他の動きも試してみる!』
「……よかったですね、先ぱ……」
「うおおおぉぉぉんぉんおん……」
「うわ」
泣き過ぎで顔が凄いことになっている。簪が降りてくるまでに拭いてくれよ。
……しかしまあ、ずっと気にかけていたものな。こうなるのも無理はないか。凄い顔だけど。
「よーし基本機動はそんなもんだろ! 一旦降りてこーい!」
『わかった!』
「さ、先輩、顔拭いてください」
「わ゛がっ゛た゛……うっ……」
「うわ」
基本機動は終われば一度補給。軽く点検を挟み、異常が無ければ次にやることは一つ。
戦闘試験だ。
「異常無し! バッチリね!」
「さて記念すべき初試合──と言っても軽くだが、俺と先輩どっちにする?」
「勿論。これも決めている……」
大事な一戦。勝ち負け重要なわけでは無いが、初戦ぐらいいい勝負にしたいだろう。どちらを選ぶか。
「透で」
「おっけー」
「ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛!!??」
いきなり悶絶する先輩。そんなに苦しむほど予想外だったのか。俺も自分が選ばれるとは思ってなかったけどな。
「一応聞くが、俺でいいのか? 先輩の方が色々やりやすいと思うぞ?」
「いいの。私がお姉ちゃんに挑むのは……本気で勝ちに行く時だから」
「!」
なるほど。未だに対抗心は消えていなかったか。
「それならしょーがないわね! 今日は大人しく見守るわ!」
「切り替えはやっ」
「……来たな」
「お待た……ちょっと待って何でそのダサいやつ着てるの」
「この前脱ぎ忘れた」
更に数分後。良い感じに待ち構えた俺(E:Lethocerus)。こんな間抜けな格好をしている原因は数日前に遡る。遡るが、長くなるので簡潔に説明する。
「臨海学校から帰ったら急にこの装備がダサく見えてな」
「うん」
「もしかしたらもう一度海へ行けばかっこよく見えるんじゃないかと思ったんだ。早速学園近海を使わせてもらえないかと先生に相談したんだよ」
「うん」
「怒られた」
「だろうね」
そのショックで脱ぎ忘れて今に至る。あまりにも目立ちすぎるとか何とか。どうして……自由を奪われている。
『二人ともー! 準備はいいー?』
「はーい! ……とりあえず、これは解除しておく」
「あ、そんな適当でいいんだ……」
「陸上じゃ産廃だしな……」
解除した《Lethocerus》は拡張領域の中へ。どうせ使わないだろ。一体どうしてこれがかっこいいと思っていたのか理解に苦しむね。皆が揃って食い物に例えるせいで今では俺までそう見えてしまう。
「……とまぁおふざけはここまで、一応手加減はするが……負けてやるつもりはないぞ?」
「上等。そうでなきゃあなたを選んだ意味が無い」
「……いいね」
戦闘狂ではないが、俄然やる気が湧いてきた。簪と先輩には悪いが、初試合は黒星で飾ってもらおうか。
久々の──ばきり。
試合開始まで、3─2─1──開始。
「初勝利、もらうよっ!」
「残念、返り討ちだ」
互いに近接武装を取り出して接近。俺は《
「やあっ!」
「ぅおっ!?」
初手の結果、俺の競り負け。パワー不足が痛い──というか簪がスペック以上のパワーを発揮してやがる。
「そこっ!」
「ぬぐっ! やるなぁ!?」
《Scorpion》が届かない距離から連続の突き。こうなると近接を続けるのは厳しい。手を変えよう。
「《No.4 Centip──なぁっ!?」
「甘いっ!」
《
「反撃は、させない……!」
「強引だなぁクソッ!!」
二門目の《春雷》を構えて連射。それも狙いは正確に、こちらの動きを封じるように手足を狙い撃っている。
……かなりきついな。下がれば抜けられるが、それは逃げの手、攻めには繋がらない。結局劣勢のままだ。なら……。
「《Bagworm》! 《Spider》!」
「なっ!?」
《
「やっぱり、抜けてきた!」
「これぐらいは当然!」
ここから反撃、今度はこちらが主導権を──
──ズドォオオオンッ!!!
聞き覚えのある爆発音、空気を震わす振動。アリーナ中央には土煙。その中には二つの影。
「なに、あれ……?」
「──おいおい、聞いてねぇぞ……!」
煙が晴れる。そして、二体の襲撃者が姿を現した。
中央に並ぶ二体のIS──おそらく無人機。以前現れたゴーレムとは異なりシルエットは細く女性的、カラーリングは赤みがかっている。
「……完全に敵だよね、あれ」
「あ、あれは──」
「二人とも大丈夫っ!?」
「お姉ちゃん!?」
なんで先輩が、確か一旦ピットに戻ったはずでは……。
「あれが墜ちてくると同時に閉じ込められそうになったから急いで飛び降りたわ」
「さすが」
「でももう戻れないわね。どこも完全に締め切られてる。あいつらが入ってきた穴も塞がれてるし、連絡もできない」
「でしょうね」
とりあえず戦力が増えたのはありがたい。記憶が間違ってなければ、俺と簪だけで勝つのは不可能だったからな。
しかし、先輩が来てもこいつらの相手は厳しい。少しでもマシにするにはこちらの情報を出さなければならない。
どうしたものか……。
「どうする? 今は様子見してるみたいだけど、こっちから仕掛ける?」
「ダメよ。相手がどんな手を持っているかわからない。むやみに手を出すのは危ないわ」
「……そのことについて、聞いてもらえますか?」
「?」
ええい話してしまえ。隠して死んだら一環の終わりなんだ。
「あれは束さ……んが作った無人機、名前は確か【ゴーレムⅢ】。クラス対抗戦に乱入してきたやつの発展機です」
「……このタイミングで話すってことは、詳しく知ってるのね?」
「はい。でも俺は資料をチラ見した程度です。知ってるのは名前と主要な機能ぐらいで、詳細なスペックまでは……」
「教えて」
「はい、まず武装は……おわぁ!?」
もう撃ってきた。戦力分析は終わったか。とにかくここからは戦いばがら説明か……面倒だな。
「武装はっ! 丁度今撃ってきてる左腕のビームと右腕に構えたブレード、あと可変シールドユニットですっ! どれも特殊機能は付いてませんが、性能はハイレベルですっ!!」
「なるほどねっ! 他はっ!?」
「注意すべき点としてっ! 絶対防御システムのジャミングがあります!」
「はぁっ!?」
「それって! やばいんじゃ!?」
そりゃもう滅茶苦茶やばい。絶対防御がなければ普段は耐えられる攻撃も致命傷になりかねない。もし今必死に躱しているビームが直撃すれば風穴が空くだろう。
「つまりこいつは対IS用IS! 完全にこちらを殺しに来てます!」
「殺っ……」
「なら持久戦は無理ね、長引けばこちらが被弾する確率が上がる……」
こちらが取るべきは短期決戦。この攻撃を掻い潜り、可能な限り少ない手数で仕留める。
「仕留めるのは私がやるわ。二人はサポートをお願い」
「「了解!!」」
確かに火力は先輩に担当してもらうのが一番か。俺に大した火力ないし。簪も、俺に《春雷》を連射した後では弾数に不安がある。
せめて《山嵐》が使えたら少しは……いや、たらればはやめておこう。
「透くん!」
「っく、危ねぇっ!?」
考え事してる場合じゃない、今は目の前の敵に集中しなければ。
……失敗すれば命はない、か。本当に厄介な物作りやがって。マジ今度会ったら覚えてろよ束様。
「そこっ!」
「やあっ!」
「死ねっ!!」
予想外の戦闘。初めて連携するが、何とか形にはなっている。
「簪ちゃんは下がって! 透くんは援護射撃増やして!」
「りょ、了解!」
「了解!」
それも先輩の支持のお陰か。以前一夏や凰と連携したときよりずっとやりやすい。ロシア代表、全生徒の長って肩書きは伊達じゃないんだな。
「『
「!? ──!!?」
「うわすっげ……」
「さすおね*2……」
爆発が【ゴーレムⅢ】を包む。俺が食らったら八割は持っていかれそうな火力だ。
そんな攻撃を可能にしているのは先輩のIS【
クリスタル状のビットから流れる攻防一体の水のヴェールが、一見装甲の少ない全身と刃渡りの短い武装をカバーしている。
「透くん合わせてっ!」
「了解! 《Centipede》!」
「簪ちゃん!」
「はいっ!」
同時に相手していた打ちの一体を弾き飛ばし、先輩の持つ蛇腹剣《ラスティー・ネイル》と俺の《Centipede》をもう一体に叩きつけ、そこに《春雷》の砲撃。完璧に決まった……が。
「──」
「っこれでも無傷。固すぎじゃない?」
「もう一体まで削りきれるかな……?」
見たところ、どちらもあまりダメージが無さそうだ。
「あうっ!」
「簪ちゃん!」
「っくそっ!」
簪が被弾した。何とかシールドエネルギーと装甲で相殺仕切れているが、問題はそこだけじゃない。
開始直後なら今の攻撃も避けられたはず、下手に被弾すれば即死の危険のある戦い。想像以上に気力を消耗するな。
「簪ちゃんはもう前に出ないで! その分は透くん頑張ってね!」
「うへあ、了解!」
「っ……うん」
一度被弾した者はもう前に出せない、下げざるを得ないか。これでまた厳しくなる。
「そろそろキツいですねっ! どうします?」
「……手はあるわ」
「あるの!?」
だったら早く──いや、出せなかったのか。
「……一応聞きます」
「私の持つアクア・ナノマシンを集中させて、最大火力の一撃で装甲を突き破るわ。上手くいけば倒せる」
「お姉ちゃん、それって……」
「絶対防御が封じられている今、防御を捨てて最大火力なんて使ったら反動で動けなくなる。もし動けても、ナノマシンは殆ど使い切るわ」
「……危ない手ですね」
よくて相打ちの諸刃の剣。そう軽々しく使えるものじゃないか。
「それをやる気ですか、今」
「今しかないの。これ以上消耗したら使えなくなる。そうなれば負けは確実よ。成功率は……五分ってとこね」
「……きっついな」
一発限りの大技。敵は二体。上手く同時に当てたところで100%の威力は発揮できない。倒し切れれば無問題だが、もし一方、或いは両方を仕留め損なったら……。
「待って」
「どうした? まだ何か?」
「私なら、確実に仕留められるようにできる」
「……本当?」
簪にそんな手があったか? 追撃?拘束? 一体何を。
「マニュアルで《山嵐》を使う。それなら足りない火力を埋められる」
「確かに火力は足りるだろうが……」
「手間がかかるんじゃないの? それに半分ぐらいしか制御できないんじゃ……」
全弾命中ならともかく、半分では足りるか怪しい。それに発射まで時間がかかり過ぎれば先輩に攻撃が間に合わない。時間稼ぎもお礼取りでやることになるし……。
「……マニュアルの誘導システムならもう搭載してる。精度は問題ない」
「いつの間に……いや、それでも時間は……?」
「それは……」
両手足の装甲を量子変換、代わりに各手足に二枚、計八枚の
「これなら三十、いや二十秒でいける。私も初試合を邪魔されて頭に来てるの。……これでどう?」
「……いや、もう疑わねーよ。先輩もいいですよね?」
「……うん。任せるわ」
据わった目で見られたら拒否できねーよ。これから簪のことは怒らせないようにしよう。
それに目が怖いのはともかく、信じて良さそうだしな。
「でも無理だけはしないで。最悪二人で逃げることも考えなさい」
「そんなことできませんよ」
「えっ……」
いやだって逃げろと言われても。
「全部封鎖されてるじゃないですか」
「あ、うん……」
「……やっぱり鈍い」
「よし、頼むぞ簪!」
「うん!」
先ずは足止め。といっても大した時間ではないが……前衛は俺だけ。それで二体を相手するのはかなり厳しい。この後のことを考えると距離を離しすぎるのもよくない。二体を近づけて、後ろに抜けさせずに留める。一発も被弾せずに。
「──!」
「────! ──」
「無言で来んな! 死ね!」
約二十秒。ISによって加速された思考の中では酷く長い時間に感じる。防御に徹してギリギリ持つかどうかだ。
「後何秒!?」
『十秒!!』
「まだ半分っ……だあクソッ! クソわよっ!!」
左右から向けられるブレードを捌きながらビームを躱して一撃、目が回りそうだ。こうなるならもっと対複数の訓練でも積んでおくんだった。
「《No.8 Spider》! 《Spider》《Spider》!! 止まってろクソが!!!」
「「──!?」」
「ついでだ!! 《No.2 Hornet》《No.11 Cockroach》!!」
躱しきれない至近距離でネット連射。ニードルガンの《Hornet》をありったけ撃って抜けるのを妨害、《Cockroach》はおまけだ。派手に爆発してくれ。後は……。
「簪!! 時間足りたかっ!?」
「完璧」
肩部ウイングスラスターが展開。中から八連装ミサイルが六カ所の計四八発が顔を出す。
「もう、逃がさないっ……!
《山嵐》っ!!」
一斉に襲いかかるミサイル。その全てが完全にマニュアル制御され、複雑な軌道で接近する。
「────」
「無駄、だよっ……」
拘束を解きながらシールドユニットを展開、同時に熱線を利用して迎撃を試みる【ゴーレムⅢ】。しかし一部のミサイルが計算され尽くした動きでその防御を吹き飛ばす。
「「──!??」」
「これで、丸裸!!」
何とか拘束から抜け出し、回避を試みてももう遅い。残るミサイルが剥き出しの身体に直撃する。
しかしそれでも完全破壊には至らず。あちこち損傷した機体で反撃に移ろうとする二体。しかしそれはもう無意味。なぜなら──
「お姉ちゃん! 今の内にっ!!」
「うん!」
先輩が決めるからだ。最低限の防御以外のアクア・ナノマシンを穂先に集中。巨大な水の螺旋を纏わせて突撃する。
そこに
「楯無先輩!
「! ありがとう、二人とも下がって!! これが【ミステリアス・レイディ】の最高火力──
──『ミストルテインの槍』、発動!!」
そして、今日一番の爆発が敵を包んだ。
「お姉ちゃん!」
「待て!」
楯無先輩の切り札が炸裂し、その爆風で煙が巻き上がる。衝撃でハイパーセンサーでもちゃんと見えない。復帰まで後数秒……見えた。
「倒し……てる?」
「い、いえーい……」
「お、先輩生きてるな、ヨシ!」
完全にがらくたと化した機体。少し離れて倒れた先輩が弱々しく、しかし笑顔で親指を立てる。
「無事でよかった、お姉ちゃあん……」
「
「役に立って何よりです。うわボロボロ」
先輩が敵に突撃する直前。土壇場で展開した《No.9 Bagworm》──防弾・防刃・耐熱性のマント──を投げ渡した。それでも完全には防げなかった様だが……ミンチになるのは防げたな。
「とにかく全員五体満足でよかったわ、これで終わり……よね?」
「うん、これで出られる……あれ?」
「シールドが、戻ってない?」
それだけじゃない。奴らが入ってきた時に遮断された通信も回復していない。
復旧が遅れている? そんなことがあるか? こいつらは束様が送り込んだ、それは間違いない。それが破壊されても通信を遮断し続けている? 一体何故?
「いやまて……おかしいぞ……」
「どうしたの?」
背筋が凍る。嫌な予想が頭を駆け巡る。これが意図的な物だとしたら? 態と復旧させていないなら?
大体今日の目的は何だ? 俺達のデータ取り? こんな殺意に満ちた機体で? 本当にそれだけか?
目的は別にある? なら、
「ねえ、透。あれ……」
「何だ? あれは……」
簪が指差す先。がらくたから転がる球体。全部で四つのそれらには確かに見覚えがある。
「
「え?」
「今すぐここから出るぞっ!! あれは──増援だ!!!」
全部で四つのISコア。その全てが粒子を放出。溢れ出した粒子が形を成し、四機のISが展開され──
「嘘、でしょ……」
「だって今……そんな……」
「遅かったかっ……」
──
「……さぁここからだよ。死ぬ気で行ってみようか、とーくん?」
第26話「打鉄弐式・ゴーレムⅢ」
おかわり