「……さて、どうしましょう?」
「どうしましょうって……」
無人機を破壊した俺たちを嘲笑うように現れた増援。俺はとりあえず正面に立ち状況を確認する。
二体でも大きなダメージを受け、楯無先輩は戦闘不能。その状態で今度は倍の数。
「もう戦って勝つのは無理ですね。逃げるのも……」
「無理ね。隔壁は閉じたままだし。穴ももう塞がってるし」
「《山嵐》ならぶち抜けないですかね?」
「火力は足りる……けど、あの数相手に発射準備が間に合うとは思えない」
状況整理終わり……だが結果は詰み、これ終わったんじゃないか?
「……やっぱり、私を」
「置いて行きませんよ。そうしたって逃げられないですしね」
「でも、今戦えない私がいたら……」
「だからって見殺しにしろと? お断りですよ」
「うん……。ここは私たちに任せて……」
任せて、か。それが無謀だと言うことは簪もわかっているはず。勝率はほぼ0。
それでも戦う。いや、戦わなければ死ぬ。
「簪、《山嵐》はあと何回使える?」
「四八発を二回」
「きっついな……」
仮に《山嵐》を全弾命中させても倒せるのは一体。複数同時に倒そうとしたら二回使う必要がある。
俺の武装ではどうやっても一体倒すのが限界。それもそれなりにダメージを与えた状態からでないと攻撃は通らない。
更に俺は《Hornet》が弾切れに《Bagworm》はもはやぼろ切れと化している。
……考えれば考えるほど戦力差がおかしいな。一体どういう目的でこんな数を送り込んだんだあの人は?
「──、──」
「────」
「……あっちも、もうやる気みたい」
「だな。とりあえず引き気味で攻めるぞ。先輩からは離れてな」
「了解……来る!」
尽きない疑問は置いといて、まずは二体が動く。被弾率を少しでも下げつつ巻き込みを防ぐ戦い方を決める。
第二ラウンド、開始。
「《Bonbardier》!」
「──! ──、────」
「っ効かねえかクソ……」
先ずは牽制の一発。しかし全く効いていない。一応俺の持つ中では火力ある方なんだが……っとそれどころじゃない。すぐに反撃が来る。
「────!」
「────、──!」
「っ危ねえっ!」
接近してきた一体の近接攻撃、その奥からビームの連射。即死級の威力で襲い来る全てをギリギリで躱して反撃。しかしそれもノーダメージ、全く嫌になるな。
「────」
「《Scorpi──」
ぎっ……ばきん。
「っ! 折れたぁ!?」
回避しきれなかった斬撃を《Scorpion》で受け止める……が、一瞬刃を止めただけであっさりと折れる。
残武器数10。
「──! ──!」
「《Longicorn》!《Spider》!」
「──」
「っダメか……」
武器破壊を主機能とした《Longicorn》。どうにかブレードを受け止めることは成功したが破壊には至らず。ほんの少し刃を欠けさせて砕ける。
《Spider》の拘束もあっさりと破られ、残弾は0。
残武器数8。
「──!」
「ぐぉっ!?」
背後からの射撃。簪と戦っている奴からか。直撃こそ免れるが大きく体勢が崩れる。
「透!」
「気にすんなっ! そっちに集中しろっ!」
「───」
そこへ振り下ろされる一太刀を《Weevil》で防御。両断は免れたが完全にひん曲がってしまった、もう使い物にはならないだろう。残武器数7。
……簪もかなり疲れてるな。安心したところに追加の敵。敵の数は倍で味方は一人減った状態。それも一番頼れる姉が倒れては動揺もする。
限界が近い。
「ックソ! 《Cockroach》! 《Bonbardier》! ぶっ飛べぇっ!!」
「────っ」
自立式爆弾と高圧ガス噴射の同時発射。以前ゴーレムⅠの右腕を吹き飛ばしたコンボ。あの時の数倍の《Cockroach》と《Bonbardier》の残りエネルギー全てをつぎ込んでの起爆。これで少しは──
「……──」
「これでもダメか……」
煙が晴れ、そこにいたのは少々装甲が焦げた程度のゴーレムⅢ。俺の最大火力すら通じない。
きぃん……。
背後からの金属音。これは左手にチャージしている音。
「やっべ!」
今の体勢では躱せない。当たれば風穴、もしくは蒸発。ここは……。
「盾になれ、《Lethocerus》!」
通常なら機体の上から着込む《Lethocerus》を前方に遠隔展開。その直後ビームに焼かれ、見事に破壊される。が、どうにか防ぎきった。
残武器数5。
「きゃああっ!」
「簪っ!」
簪が被弾。致命傷は避けられたようだが……もうエネルギーは残っていないのか。フラフラと飛んで……地に落ちた。
「……ぅ」
「簪ちゃん!」
「……気絶したか。 後は俺だけ──」
話す隙すら与えず攻撃。かっこつけぐらいさせてくれ。
「ちょっとは空気読めよこのっ……《Grasshopper》!《Ant》!」
一対四。もう遠距離武装はない。ならば至近距離でビームを撃たせないよう攻め続けるしかない。
しかし同時に殴り合いができるのは一体のみ。防御に専念しても二体が限界。当然残る二体は自由に動けるわけで──
「ぁ、がっ……」
「──」
「ぎっ……このっ……」
まともな勝負になるはずもなく、じわじわと追い詰められることしかできない。
「はーっ、はーっ……」
「──……」
既にボロボロな状態でもまだ倒れずに戦えているのは何故か。それはゴーレム共の挙動にある。
「《Centi……pede》!」
「! ……──」
「遊びやがって……!」
《Grasshopper》を破壊した辺りから、急にゴーレムの攻撃が減った。こちらの弱い攻撃を受け止め、煽るよう武器を壊す。時々思い出したかのようにする攻撃は、こちらを馬鹿にしたような威力。
僅かにエネルギーが減り、態勢が崩れる。もちろんこの状態でも攻撃は飛んでこない。早く立てと待ち構えている。
「上等だよ……だったら、満足するまで付き合ってやる……!」
しかし背は向けられず、疲労で震える身体を奮い立たせて無謀な戦いを再開する。
そして、
がきっ……ばきん。
「ぐぁ……う……」
「透、くん……」
遂に限界。武器は全て破壊され、装甲も直に消滅する。
体中が痛い。手も足も、背も腹も、ありとあらゆるところが酷く痛む。
「ご、ぷっ……」
喉を焼かれるような感覚、鼻に抜ける鉄臭さと目の前に広がる赤で自分が吐血したことを知る。内臓までダメージがいっていたか。
「ぐっ……あ……」
呼吸の度に肺が締め付けられる感覚。胸の痛みからして、折れた肋が肺に刺さっているのか。
かろうじて意識を保てているが、いつまで持つか。視界は暗くなり始め、末端は麻痺している。
「───」
「────、──」
戦えない俺を見たゴーレムは、もう用は無いと言わんばかりに背を向ける。
その先には、楯無先輩と簪。
「……っ…!」
「……」
向こうで先輩が何か叫んでいる。心配しているのか、怯えているのか、助けを求めているのか。もう聴覚すら失われつつある俺にはわからないが。
酷く眠い。血が足りなくなったか、それとも……。いや、もういい。十分戦った。二人には悪いけど、俺はここで眠らせて貰おう。
これで終わりか。こんなところで死ぬのか。生きるために
ゆっくりと閉じていく視界の中で、ゴーレムが二人に砲口を向ける。そこへ光が集まって──
「──?」
「……だぁっ、め、だっ……」
気がつけば、俺はゴーレムを突き飛ばし、二人の前に立ちふさがる。
「っとおる、くん……?」
驚き固まる先輩。驚いてるのはこっちもだ。どうして庇う真似なんか。こんなこと俺のキャラじゃないってのに、
「──相手、はっ、おれだ!!」
こんな、馬鹿なことを。
「あああああぁっっ!!!」
無我夢中で突撃。武器はなく、砕けた装甲を叩きつけるように手足を動かす。
攻撃とも呼べぬ足掻き、もちろん効くはずはない。少し、ほんの少しでも時間を稼ぐんだ。そうすれば誰か応援が来るかもしれない、助かるかもしれない。あり得ない希望に縋るように、ひたすら戦いを続ける。
「っくそぉっ!」
「───!」
思い切り身体を捻って繰り出した蹴り。僅かでも怯めば、効いてくれれば。
その一撃が相手に届くことはなく。
「ぁ」
「──いやあああああああっっっ!!」
切り飛ばされた左足が宙を舞う。膝から下が急に軽くなり、断面に触れた空気に一瞬冷たさを感じた後、焼けるような痛みが走る。
そこで意識は途切れた。
「…………ん」
何もない平面が続き、自分以外の存在は全く見受けられない謎の空間で目を覚ます。
「どこだ、ここ……?」
上下左右全てが黒、黒、黒。わけもわからぬまま
……立つ? 歩く?
「足が、ある」
確かさっき切られて、それで……。ああ。
「これは夢」
『じゃないぞ』
「うおぁ!?」
突然背後からの声。ここには誰もいないはずでは、いやそれよりこの声は何だ?
『そんなに驚くなよ、
「……俺?」
俺がいた。
「何だお前!?」
『だから俺は俺だよ、九十九透。お前と同じ、ISを動かせる二人目の男子さ』
「……随分ぶっ飛んだ夢だな」
自分が目の前にいて語りかけてくるとは。中々、いやかなり不思議な体験だ。まるで鏡のようにそっくり、声もそのまま。一周回って不気味ですらある。
『……あくまで夢扱いか。まあ俺らしいな』
「悪いな。でその俺が……紛らわしいな、俺
『じゃあお前は
目の前の九十九透(2)は呆れたような表情を浮かべて
『もういいか?』
「あ、悪い。それで(2)が何の用だ?」
『そうそう、俺たちこのままじゃ死ぬから』
「……」
まあ、わかってる。ここが夢の中なら、現実の俺は満身創痍で敵の前に横たわっている。攻撃されれば即死、放置されても出血多量で死ぬ。
今夢を見ているのも走馬燈か何かだろう。
「……二人はどうなってる?」
『さあね。少なくとも今は死んでないが……まあ直ぐに殺されるだろうな』
「そうか……」
先に死ぬのはたぶん俺。二人とは天国で再会か、それとも俺は地獄行きかな? あの二人ならきっと天国だろうが、俺は日頃の行いが悪いからなぁ。
……なんだかんだ人助けもしたし、俺も救われたりしないだろうか。
『おいおい、もう死ぬ前提の話か? そう簡単に受け入れないでくれよ』
「……いや、そんなこと言われてもなぁ……」
さっきも言ったが俺は満身創痍。ISだってもう動かせない、どれだけ足掻いたってもう……。
『……俺ともあろう者が情けない。なら、これでどうだ?』
「は──っ!?」
ぼきっ。聞き慣れた指の音が響く。同時に何も無かった景色が一変した。
気絶する直前のアリーナ。切り取ったような景色はスローモーションの様に動いている。
『
「……」
『景色だけじゃないぞ、ほら、足』
「え? ……痛っ!? は!?」
周囲ばかり見ていて気がつかなかった。いつの間にか左足がなくなっていることに。
足だけじゃない、全身の至る所が傷だらけ。理解した途端、現実とそっくり同じ痛みに襲われる。
「──ぅ、ぐっ……」
『耐えているとこ悪いが、話はまだ途中なんだ……聞いてるか?』
「ぃ、ぎぐっ……ああ、続け、ろ」
意識が飛びそうな──飛んでるからここにいるのだが──痛みに耐えながら話を聞く構え。頭がおかしくなりそうだ。
『……向かって左側、見える?』
「ひだ、り? ……あ、せんぱ、い?」
『そう。たった今立ち上がって、俺たちと簪を守ろうとしてる』
「!?」
なぜ、どうして。先輩はもう生身なのに。妹の簪はまだしも、赤の他人なんかを。
スローな世界でもわかる。あんなにボロボロで、弱々しくて、勝てるわけ無いのに。
『そう、勝てるわけない。軽く突き飛ばされて、一撃で殺される。もってあと十秒かな』
「そんなこと──」
『嫌か? でもお前、さっき諦めてたよな?』
「っ!」
……そうだ。確かに俺は諦めた。もういいやと、死んだ後のことなんか考えて。
先輩は、こんなにも必死に生きているのに。
ああ、自分で自分に腹が立つ。
「……おい」
『んー?』
「わざわざこんな趣味の悪い生中継を見せてきたんだ。お前には、このクソみたいな現実をどうにかする方法があるんだろ?」
『あると言ったら?』
俺ならわかっているだろうに、性格が悪いな。
「今すぐ教えろ。いややれ。それで助かるんだろ?」
『急に命令か? さっきは諦めてたくせに』
「知ったことか。使える物は何でも使う、何が何でも生き延びる。それが俺の生存戦略なんだよ」
『……ああ。それでいい。それが聞きたかった』
再び指が鳴る。景色は元の真っ暗闇。
『なら早速始めよう──の前に、一応これも聞いとかないと。形式的なやつでな』
「?」
『正直に答えてくれれば良い。いくぞ──』
そう言って薄く笑った顔つきに変わった(2)は、わかりきった問いを投げかける。
『力を欲しますか? 何のために?』
「……欲する。
『了解。俺たちは、二人で一つだ。先ずは欠けた物を取り戻して、足りない分はかき集めて、全部混ぜ合わせたら──
──逆襲の
どこかで、かちりと音がした。
「……いや。いや、透くん。死なないで……」
目の前で嬲られ、切られ、倒れ伏した透くん。意識を失っているのか、いくら声をかけても反応はない。
もう戦える者はいない。ゆっくりと迫る目の前の敵に、抗う術はない。
「──、──」
「こ、のっ……」
無意味な足掻きとわかっていても、散らばった装甲の欠片を掴んで立ち上がる。私はどうなってもいい。それでも簪ちゃんと、透くんを守らなければいけないんだ。
「──!」
「ああっ!」
欠片を振り上げて突撃。しかしまるで子どもを相手するように受け止め、突き飛ばされる。
「────」
きぃん。
無人機の左手に光が集まる。つまりは熱線の発射準備、抵抗の意志を見せた私から殺すつもりか。
「……ぁ、ああ……」
覚悟していたはずなのに、身体が動かない。声が出ない。
いやだ、死にたくない。今私が死んだら二人は──
「──え」
無人機の背後、少し離れた先に倒れる彼から、何かが崩れたような音が響く。彼自身は動いていないのに、独りでに崩れた? いや、そもそも彼の側には何も転がっていない。
「──?」
「────」
無人機にもこの音は聞こえたか、攻撃を中断して彼に注目する。音の正体を探るためか、遠巻きに近づかずに眺めている。
そして見つめる先、倒れた彼がそのままの姿勢で浮き上がり、そこへを中心に欠けた武装、砕けた装甲が集まっていく。
「……?」
集まった破片が混ざり、まるで殻のように彼を包んでいく。その姿はまるで蛹のよう。
「何が起こってるの……?」
蛹は膨張を続ける。最初に集めた分では足りないのか、アリーナの内壁と破壊された無人機二体を引き寄せ、取り込んでいく。
「あっ……」
散らばった【ミステリアス・レイディ】のアクア・ナノマシン、《山嵐》の破片すらもかき集めて膨張。既に大きさは四倍近い。
「──!」
「っだめ!!」
さすがにこれは止めるべきと判断したのか、一体がブレードを構え中身ごと両断しにかかる。が、
「────!?」
突き刺したブレードが右腕ごと食われたように消滅する。
裂け目からは黒い糸が飛び出し、困惑したような素振りを見せる無人機の全身を覆い尽くしながら飲み込んでいく。
「あれは、あんなものが『
味方が取り込まれたのを目の当たりにして動けない無人機。蛹はそれをまるで意に介さずに変異を続け、透き通った殻越しに中身が見える。
蹲った身体を包む装甲は蛹の大きさに見合う
変異が完了し、羽化を始めた蛹がもぞもぞと動き始める。私たちはただ見ていることしかできない。
表面に亀裂が入る。そして、
「『うぅううん」』
蛹が割れた。
第27話「無謀・蛹」
羽化