苦しい
「あのバカ博士め、今度会ったら文句言ってやる」
一年生寮廊下。先ほど貰った自室の鍵を弄び、
それにしてもさっきの空気はきつかった。鍵を渡す時織斑先生──どうやら俺のクラスの担任になるらしいのでこう呼ぶ──には『君も苦労しているんだな……わかるよ』と言われたのは本当に涙が出そうだった。絶対にこのお返しはしてやろう。そう誓いを立てたところで目的地に到着する。
「1011、ここが俺の部屋か」
鍵に記された番号と違いないことを確認し、鍵を開ける。荷物は既に運び込まれてるらしいが大丈夫だろうか。余計な物詰め込まれてたり逆にほとんど入ってない可能性がある。下着とかなかったら困るぞ。
考えても仕方ない。早く入って今日は休もう。
「失礼しま……いや誰もいないよな」
「おかえりなさいませっ♡ ごしゅじんさまぁ♡♡」
扉を閉じる。何か見覚えのある髪色で聞き覚えのある声した女がメイド服着て立っていた気がするが幻覚だ。慣れないことが続いて疲れたのだろう。
「どうしたのかしら? もしもーし」
これも幻聴だ。無視。もう一度開ければ消えているはずだ。
「あれは幻覚、幻聴……はっ!」
「おかえりなさいませっ♡ ごしゅじんさまぁ♡♡」
幻覚じゃなかった。マジでメイド服着た不審な先輩(暫定)がいる。なんだこの空間。
「何やってんですか? 退学にでもなったんですかこの変態」
「こういうのは好みじゃない? あと変態はやめて傷つくわ」
「いや、自室にさっき話したばかりの名前も知らない人がメイド服着て立ってたらそれは変態しかいないでしょ」
「ぐうの音も出ないわね……通報するのやめなさい」
何しに来たんだこの人。さっきといい今といい何故俺の前に現れる。俺のストーカーか何か?
「失礼なこと考えてるみたいだけど……今日から私もここに住むのよ。やだこれって同棲ね!」
「はぁ?」
「まあまあ、とりあえず入って入って。君の部屋でもあるんだから」
「入りますけども、その前に着替えてください」
「あら? 本当は興奮してたり?」
「早くしろ」
「はい」
その格好気が散るんだ。似合っているのが少しむかつく。
「……で、あんたは何者なんです? やっぱり通報していいですか?」
「私は更識楯無。このIS学園の生徒会長を務めているわ。あと通報はやめてってば」
生徒会長。ならこの学園ではそこそこ権力のある人なのだろう。
「生徒会長ね、じゃあその生徒会長サマが何で俺と同室に?」
「うーん、ホントは秘密なんだけど……隠しても無駄よね。まあ“二人目”であるあなたの護衛と監視、かな」
「護衛はともかく……監視ですか。犯罪者にでもなった気分ですね」
「機嫌損ねちゃったかしら? でもあなたもわかるでしょう?
「……そうですね、はい」
確かに今の俺の価値は相当な物だろう。ISを動かせる男であるということだけでも十分だというのに、あの篠ノ之束と繋がりがある。俺を狙う存在なんて数え切れないほどいるだろう。同時に、俺を危険視する者も。
実際俺を調べても無駄だけどな。俺と織斑一夏がISを動かせる理由は束様でもわからない。もし俺を攫って解剖しようとしても無駄だろう。どうせ何もわからないし、最悪束様に報復されて終わるだろう。あの人は自分が気に入ったモノにはえらく執着するからな。飽きたらポイだが。
「わかった? そういう訳でこれからよろしくね」
「……事情はわかりました。よろしくお願いします」
正直まだ言いたいことはあるが……まあよしとしよう。
「じゃあ同棲するに当たって、色々ルールでも決めましょうか!」
「ああそれなら
「あちらの……? ってまさか!?」
俺が手で示す先の扉。厳密にはその一枚を隔てた先から漏れ出る怒りの波動。それをこの人も感じ取ったらしい。
「ちょっと! 通報しないでって言ったじゃない!」
「別に了承した覚えはありませーん。大人しくしろ変態」
「……もしかして怒ってる?」
「そこそこ」
こっちはようやく休めると思ってたのを邪魔されて苛ついてたんだ。八つ当たりついでにあの説教を体験してもらおう。
「五秒以内に出てこい更識、今なら弁明ぐらい聞いてやる」
「ひぃっ!? ……このお返しはきっちりさせてもらうわよ」
「はいはい、逝ってらっしゃーい。」
「うううう……いざっ!」
会長サマが
まず台所。恐らく最新の設備で、調理器具も最低限は揃っている。ほとんど料理なんてしたことないが。次に机。二つある内の片方は既に参考書やらノートが置かれている、きっと会長サマの物だろう。となるとこの何も置かれていない方が俺のか。次はベッド。これも片方だけ使われた形跡がある。脱ぎ散らかされたメイド服とわざとらしく配置された下着は見なかったことにする。シャワールーム。これ曇りガラスか? これじゃシャワー浴びてる奴のシルエット丸見えじゃないのか。デザインしたやつはスケベだな。
大体こんな物だろうか。盗聴器の一つや二つあるだろうと踏んでいたが杞憂だったかな。プライバシーぐらい尊重してくれたのだろうか。
なおその夜、彼女が帰ってくることはなかった。
次の日。慣れない環境だから寝付けないかと思ったらぐっすり快眠だった。ベッドから上体を起こし辺りを見渡す。会長サマはまだ帰っていないのだろうか。
「死んだかな?」
「ここにいるわよ……マジで死ぬかと思ったけど……」
一瞬心配したが仕切りの向こう側からひょっこり顔を出した。なんだ生きてるじゃないか。束様も恐れるあの説教を耐えるとは、この人できる。
「ふーん、で今日は何するんです? ルール決めでもしますか?」
「それもいいけど、先にここの案内でもしましょうか、まだ色々見てない所もあるでしょう?」
「いいんですか? じゃあお願いします」
これはありがたい。昨日も少し見て回ったとはいえ、まだまだ知らないところが沢山ある。地図を見ても迷路の様で、一人で行ったら確実に迷う気がしていた。
「やけに素直ね。どういう風の吹き回し?」
「いや、今日はまともな格好なんで」
「……行きましょうか」
最初からその格好なら雑な扱いはしないというのに。
それからしばらく二人で学園内を回った。事前に調べてはいたが、実際に見て回るとなんだか新鮮な発見ばかりであった。
「ここが食堂よ。ほとんどの生徒はここで食事をするわね。どのメニューもなかなかレベル高くて人気ね、私たちも食べていきましょうか」
「いいですねー、日替わり頼も」
「ここが校舎。昨日も来たからちょっとは知ってるかしら?」
「ええまあ、中はほとんど回ってないですが」
「じゃあ一緒に見ていきましょうか、まず生徒会室から──」
「せめて一階からにしませんか?」
「あっちがグラウンド、体育や罰として走るときとかに使うわ」
「罰食らったことあるんですか」
「昨日」
「あっ」
「ここが駅よ。生徒が遠出するときはここからモノレールに乗って行くわ」
「他にはないんですか?」
「港に船があるけど……貨物船ばっかりよ?」
「ここからアリーナに行けるわ。第一から第六まであるから、授業で移動するときは注意が必要ね」
「迷いそうっすね」
「四月の風物詩だそうよ」
「あっちが関係施設でー、更に奥にもう一つ駅があるわ」
「どっちの駅を使う人が多いんです?」
「今紹介した方が正門前ってことになってるけど……寮から近いしさっきの方が使われてるかな」
「……これで大体案内できたわね、他にも細かいところは色々あるけどしばらく過ごせば慣れると思うわ」
「ええ、十分です。ありがとうございました。後は自分で見て回ります」
知りたかった場所はほとんど見れた。これで道に迷うことはないだろう。
「ならよかったわ。そ・れ・よ・り、どうだった? おねーさんとのデートは?」
また人を揶揄う様な笑みを浮かべながら質問をする。こうしなければもっといい人と思えるのだが。
「デートなのかは知りませんが、楽しかったです。こういうの初めてなんで」
「……そ、そう? じゃあ今日は帰りましょうか、またお腹も空いてきたし!」
「? はーい」
よくわからないが機嫌が良さそうだ、これで昨日のことも忘れてくれると嬉しいが。
その日の昼飯は会長サマが作ってくれた。女性の手料理にはいい思い出がないのだが結構美味かった。そのうち習おうかな。
また次の日。
「アリーナを使いたい?」
「はい、入学前に訓練したいんで」
「やる気があるのは感心だが、今日はどのアリーナも使用中だ。悪いが諦めてくれ」
何てことだ。六つもあるアリーナがどれも使えないとは。しかしずっと使えないなんてことはないだろう。
「じゃあいつなら空いてますか? 予約ぐらいできるでしょう?」
「少し待て……あー、入学までは空いてないな。それ以降になるが構わないか?」
「うーん……しょうがないか。早めにお願いします」
思ってたより期間が空くが妥協するしかないようだ。しかしこれでは入学までISが使えない。無断で使っては罰則があると口酸っぱく言われているし、どうしたものか。
「透くん? 職員室に用事でも?」
「ああ会長様。ちょっとアリーナを借りようと思いまして。生憎全部駄目でしたので大人しく生身でトレーニングでもしてますよ」
「そうだったの……なら、私と訓練なんてどう? 道場なら使えるはずだし、相手がいた方が捗るでしょう?」
確かにその通りだ。一人じゃ退屈だし、相手がいれば組み手ができる。どうせこちらの実力を測るのが目的なんだろうが、知られたところで困りはしない。ありがたくお願いしよう。
「是非。御指導お願いします」
「決まりね。早速道場に行きま」
畳道場。会長サマに言われるがままに白胴着に紺袴のブゲイシャ=スタイルとなった俺は同じくブゲイシャ=スタイルの彼女と向き合っている。
何故こんなことになっているのか、どうせなら一回勝負してみようという話になり、だったら一つ賭けでもしようと会長サマが言い出したのだ。
「勝負の方法の確認ね、決着はどちらかが降参するか続行不能になるか。道具の使用は禁止。賭けの内容は──」
「貴女が勝ったら楯無先輩かたっちゃんと呼ぶ。俺が勝ったら明日のアリーナの使用許可を取ってきもらう。でいいんですね?」
「ええ、それじゃあいつでもどーぞ」
どうやら会長サマと呼ばれるのは嫌だったらしい。敬意や親しみが感じられないとか何とか。実際微塵も込めていないが。対する俺の要求はアリーナの使用許可。生徒会長権限で大体のことはできると自慢してきたので適当に要求したらOKされてしまった。まあ勝てたら儲けものと考えよう。
涼しげな笑みを浮かべたままこちらを待ち受ける会長サマ。余裕たっぷりに見える構えは隙がなく、疑いようのない実力の高さを感じさせる。
「それじゃあ…行きます」
思い切り体勢を低くしてのタックル。足を掴んで極めてやろう。躱される可能性もあるが、ここは恐れず突っ込む───が。
「あら、意外とまっすぐ来るのね」
「ぅおっ、とぉ!?」
躱さずに受けられ、
……今、
でも絶対に勝てない相手じゃないな、
べきっ。右手の中指が鳴る。
「考えごと? それとも
「さぁどうでしょう? 必殺技かもしれませんよ」
「挑発? でも──乗ってあげる。」
一瞬足を止め、目の前に急接近。これは確か──そう『無拍子』。人間のリズムの空白を利用し、反応させずに動く技術。
「っ!!」
「そーれっ、ぽ、ぽ、ぽ、ぽんっ」
各所への掌打。それ自体には何のダメージもないが、反射的に体が硬直。一切の行動が封じられる。こうして確実に攻撃をたたき込む気か。
だがそれは
両手で胸、その奥の肺への掌打。肺の空気が一気に排出され、視界が暗転しかける。
「でぇっもぉ……!!」
「なっ!?」
「お返しぃ!」
関節が止められても、一撃もらえばその衝撃で動ける。
掌打の勢いを利用して、無理矢理動いてカウンターの蹴り。向こうは体を引いている途中、すぐに回避には移れない。
「ぐうっ! このっ」
「まだまだぁ!」
蹴りは受けられたが、動きが止まっている。今度はこちらの番だ。
型とか技とか知ったことか。肺が痛くて堪らないが関係ない。とにかく反撃の余地がないぐらい徹底的に攻め立ててやる。
「やっぱりやるわね……で・も」
「あっ!?」
ダメだ。最初はよかったがもう捌き切られている。このままでは──
「まだまだ隙があるわねぇ」
「クソッ!」
突き出した拳を掴み、そのまま押し返す。不意な反撃に上体が崩れ、がら空きとなる。
「おねーさんちょーっと本気出しちゃう」
右腕を畳に、それを軸として一回転。と同時に鋭い蹴りが炸裂する。
「カポエ、ラ、きっ、く……」
「あら?」
そのままゆっくりと思考が薄れていき、視界が今度こそ暗転する。
「ちょっと強く蹴りすぎた? おーい」
(やっぱ、強い……)
絶対に勝てないわけではないからといって、絶対に勝てるわけでもないと改めて思い知った。
しばらくして、気絶から目が覚めた俺は賭けに従い、会長サマから楯無先輩と呼び方を変えることとなった。
「た、て無…先輩!」
「うーん、尊敬と親しみを込めてもう一回♡」
「ああもう! 楯無先輩! これでいいですか!?」
「どーしよっかなー、うふふ」
満足げな笑みが余計に敗北感を強くさせる。
いつか絶対にリベンジしてやろう。そう心に誓ったのであった。
そして会長サ──楯無先輩と勉強したり、また学園の敷地を歩き回ったり、また訓練してはぼろ負けして数日を過ごし、ついに入学初日となった。
第2話「同居人・敗北」
楯無さんはもっと強いはずなんじゃ(原作を読みながら)