九月も初週が過ぎたころ。SHRが終わり皆が一限の準備を始める中、俺は机に突っ伏していた。
「返せっ……! 俺の夏休み返してくれよぉ!!」
「また言ってますわ……」
「もう諦めろって、こうして学園に来れてるだけよかったじゃないか」
「うおおおおおおん……」
ゴーレムⅢとの戦いから二週間と少し。目を覚ましてからの強制休養を終えてようやくの登校。
生きてここに通えているだけでも十分なのは百も承知だが、貴重な夏休みを寝て過ごしてしまったわけで、その失った物を考えるとどうしてもやる気が出ない。
この件について、一夏と専用機持ちには真実を話してある。いつあいつらも同じ目に遭うかわからないし、どうせ隠したってバレることだからだ。
ちなみに一般生徒にはアリーナの整備と胃腸炎と言うことにされている。もっといいカバーストーリーあっただろ。
「時間よー戻れっ!」
「戻るわけがなかろう」
「あぁぁぁぁぁぁ~~~……」
こうして無意味な願望を口にしてしまうのも仕方ないことなのである。
「こんな所にいられるか! 俺は八月に戻らせてもらうぞ!!」
「あっおい! ……行っちまった」
「何をしている! 授業を始め……おい、九十九はどこ行った?」
「失った時を取り戻しに行きました」
「……五分間自習とする」
五分後、ブチ切れた織斑先生に捕まった。
「はぁぁぁぁ~」
「おーい! 落ち込んでる暇あったらこっち手伝ってくれよ!」
「へいへい……」
放課後。いつもは授業から解放された生徒は下校し、静かになる教室。しかし本日は教室に留まった生徒で騒がしい。
それもそのはず。今月中頃、IS学園では学園祭が行われる。その出し物やら何やらで、準備であちこちがこんな状態になっているのだ。
で、我が一年一組の出し物はというと。
「『ご奉仕喫茶』ねぇ……なんでこんな企画通したんだ?」
「女子のゴリ押しが凄かったんだよ……」
「押しに負けんなよ……」
『ご奉仕喫茶』──要はメイド喫茶。俺たち男子は執事として働かされるらしい。なんともベターな企画、それはいい。コスプレさせられるのも……まあ学園祭だし、たまにはいいだろう。
しかしメニューがおかしい。今手に持ったメニュー案に目を通すだけでも問題が多すぎる。
「『選べる男子とポッキーゲーム』『選べる男子とカップルドリンク』『選べる男子お持ち帰り』……ダメだダメだ。全部ボツ! ホストクラブか!」
「えー!?」
「千客万来間違い無しなのにー!」
「ポッキーゲームは企画段階でボツにしただろ!」
メニューだけではない。この企画のあちこちに俺たち男子を商品化しようという意思が見える。正直今日までこいつらの相手してた一夏は尊敬するよ。
「わかるか? 毎日毎日入念なチェックで危険を排除している気持ちが……」
「いや本当、おつかれ」
「これが終わったら楯無さんと特訓でそれもまたキツくて……」
「は?????」
は?????????????
「一夏が弱すぎるから特訓ですか」
「うん」
「ちょっと待て」
それから一時間後。第四アリーナにて、先ほどの電撃発言──俺にとっての真意を聞きについて行ったところ。
「ここ数ヶ月、何かと事件続きじゃない? そこで専用機持ちの戦力強化が必要ってことになったの」
「でもそれって学園のセキュリティの問題では?」
「正論は時に人を殺すわ」
「は、はは……」
まあどれだけセキュリティを強化したところで限界がある。そもそも今まで突破してきた相手が悪すぎるのだ。
一応今までも俺たちが対処するまでもなかっただけで何度も学園は攻撃されていて、それらはきちんと防がれている。
「学園外でも襲撃が無いとは言い切れないわ。臨海学校みたいにね。そんな時の為に、こうして特訓してるの」
「で、まずは最も狙われそうな一夏からと」
「そういうこと……もしかして、変な心配しちゃってたり?」
「……ノーコメで」
「? 何の話だ?」
……そんなんじゃない、少し気になっただけだ。そもそも朴念仁の一夏なら大丈夫だろ。何が大丈夫なのかは知らないが。
だからこの安心感も気のせいだ、うん。
「へぇー? ま、最終的には全員でやるけどね。透くんも今日から参加してもらうわ」
「え゛」
俺も参加か。嫌ではないし体調もいいが……問題はそこでは無い、機体にある。
【Bug-VenoMillion】、第二形態移行した俺の機体。確かに性能は向上し、現行の機体全ての中でも相当のものだ。
しかしその性能が問題、あまりに高い性能に俺の身体がついていけてない。それも反応速度や制御系といった処理能力ではなく、肉体的な方向で。
たった数分全開で動かしただけであの反動。それまで受けていたダメージを考慮しても反動の方が大きかった。全快した今でも無視はできない。
「……そのことなんですが、ちょっといいですか」
「ん?」
「何?」
これは説明の必要がある。知らせずに戦って再起不能とか勘弁願いたいしな。何か解決策も見つかるかもしれない。
「えっと、俺の機体がかくかくしかじかで──
──ってことなんですよ」
「なるほど……反動か……」
説明終わり、理解していただけて助かるよ。当分気をつけなきゃ行いけないことだからな。
「鍛えてどうにかならないのか?」
「どうだか、軽減ぐらいはできるだろうが、いつまでかかるかな」
確かに鍛えればある程度軽減できるのは間違いない。これの俺の身体能力が足りていないから起きていることだしな。
しかしどれだけ足りていないのかはわからない。ちょっとやそっとでは足りないのは間違いないが、ボディビルダー並に鍛えても足りないかもしれん。
「出力調整は?」
「それならどうにか……でもどこまで耐えられるかしら調べないといけませんが」
「あまり低すぎても困るわね……」
これも原因はわかっている。形態移行したとき蓄積経験にある。
あの時のダメージレベルはD以上、普通なら大破扱いで起動禁止レベルだ。そんな状態で移行したものだからこんな問題が起きている。
……今更愚痴っても仕方ないが。
『調整なら俺も手伝うから任せろー』
うるせぇ今出てくるな。
「と、いうわけで今日一杯は調整ということで」
「わかったわ。私たちも協力する」
「じゃあ俺も。先輩のISは修理中だし、相手がいた方がいいだろ?」
「ありがとう。じゃあ早速始めますか!」
まずは20%から。低すぎる気もするが、これぐらいから始めないと不安で仕方ない。またあの痛みを食らうのはごめんだ。
コンソールを閉じ、機体を展開。一瞬繭のような黒い粒子に包まれ、思い切りにそれを吹き飛ばして完了だ。
「うおっ……随分変わったなぁ……」
「『ああ。名前は【Bug-VenoMillion】」』
「…声おかしくね?」
「『気にするな。仕様だ!」』
大型化した装甲は取り込んだあらゆるモノを混ぜ合わせて形成され、各部には以前の武装が組み合わさり、より強力になって
Humanの面影はどこにもない。歪な角の生えた頭部から唯一露出した口元に気づかなければ、中に人間が入っているとは思わないだろう。
まるで
「『よし、いくぞ……!」』
「さあ来い!」
お互い準備完了、模擬戦開始。
数時間後。男子2人の更衣室。
「ハァ……無傷で使えそうなのは60%が限度。単一仕様能力は使えないラインか……」
「それで俺はボコボコにされたんだが?」
調整の結果、どうにか反動無しに動かせる出力は掴めてきた。想像以上に低い数値になってしまったが、それでも他のISに比べればかなり高い。少なくとも一夏相手なら圧勝できるし、他の専用機持ち相手でも優位に立てるだろう。
出力を抑える必要がある以上単一仕様能力が使えなくなるのは惜しいが……ナノマシン自体は機能している。そもそもワンオフなんぞ第二形態ですら発現しないケースがほとんどなんだ。いざとなれば使えるというだけで十分。
『俺がついてんだから大丈夫だって安心しろよー』
……制御系なら(2)が担当してくれる。時間はかかるだろうが、その内自在に操れるようになるはずだ。
それにしても疲れた。明日は筋肉痛かな。
「……なぁ」
「ん?」
「足はどうなんだよ? その、痛みとか……」
「あぁ……それか」
ゴーレムⅢに切り飛ばされたこの左足。今はBugの待機形態が義足となって地を踏みしめている。
「何度も言ったけどさ、全く痛みとか違和感はねーよ、見た目は目立つからちょっとばかし手は加えてるけど」
「よくできてるよなー、質感も本物そっくりだし」
「現代化学様々だな」
義足としては問題なく機能している。その上どういう理屈か感覚まであるため今日まで違和感を覚えたことはない。
しかし見た目は機械丸出し。制服の上からはわからないが、ISスーツでは隠し切れないため皮膚状の膜で偽装している。
「何というか……またこうして話せてよかったよ。皆と家にいたらいきなり連絡来て死にかけてるって、一時はどうなるものかと」
「そこまで情報遮断がしてたとはなぁ、あの人も徹底してるよ」
「恨んでないのか? 束さんのこと」
「……それは──」
ピロリロピロリロ………ピロリロピロリロ……。
「俺の携帯だ。ちょっと待て」
「どっかで聞いた着信音だな……」
この着信音は織斑先生だ。話を中断して通話を始める。
「もしもし、九十九です」
「私だ。今どこにいる?」
「更衣室です。一夏と一緒に」
わざわざ場所を確認するということは探していたのか? 直接会って話す必要かあると見た。
「わかった。すまないが、これから言う場所に一人で来てくれ。特に持ち物はいらん」
「一人で? ……わかりました。どこでしょう?」
「ああ。まず南階段から地下一階まで降りてくれ。後はこちらから迎えに行く」
「南階段から地下一階ですね。じゃ失礼します」
地下一階か……基本授業じゃ使わない、特別用事が無ければ滅多に生徒もいない場所。そこで何を話すつもりだ? あまり公にできないこと……この間の話か? しかしそれはとっくに聴取が終わってるはずだが。
「すまん、何か呼び出し食らっちまった」
「呼び出し? ……校則違反でもしたのか?」
「さあ? 心当たりないな」
まあいい、行けばわかることだ。それより待たせてしまう方がまずい。さっさと移動しなければ。
「じゃあ行ってくるわ。さっきの話はその内な」
「ちゃんと謝っとけよ」
「違反前提で話すのやめてくれ」
そして数分後。指定の場所へ移動した俺は織斑先生と合流。そのまま薄暗い個室で案内されていた。
「ケツ痛いんですけど」
「我慢しろ」
クッションすら付いていない鉄の椅子。まだ何も始まっていないのに痛くてしょうが無い。教室と同じ椅子じゃないのは何故だ。
「普段は懲罰用の部屋だからな。そんな有情なものはない」
「えっマジで怒られるんですか」
「違う……」
呆れて眉間にしわを寄せる。戻らなくなりますよ。
「余計なお世話だ……といかん、時間が無くなる」
「やっとですか」
「お前が言うのか……」
ちょっとからかいすぎたな。あまり調子に乗ると鉄拳が飛んできそうだ。とりあえずケツの痛みは我慢して、聞く姿勢に切り替える。
「まずこれからの会話は録音され、学園内の一部で共有される。希望すれば共有される人員は教えるし、外部には決して出さない。ここまではいいか?」
「……続けてください」
「これは事情聴取だ。主に先日の件についてと、他にも幾つか質問する。黙秘権は与えられているが、場合によってはまたここに来てもらうことになる。それが嫌ならはっきり答えてくれ。いいな?」
「オーケーです。黙秘権は遠慮なく使いますが」
「……では始める」
見えるようにレコーダーを取り出し、録音を始めたことを示して机に置く。わざわざ見せなくたっていいのに、どうせフェイクだろ?
録音しているのはこの部屋自体だ。入った瞬間から、音だけでなく映像も撮られている。織斑先生はどこまで知っているのかな?
「まず、夏休みに来た無人機のことを知っていたのは本当か?」
「はい。あいつは【ゴーレムⅢ】。お盆辺りで合った時点では設計図だけでした。組み立てはその直後でしょうね」
「Ⅱはいないのか?」
「少なくとも俺は知りません。設計はしてても現存はしてないでしょうね」
そのうち聞いてくるだろうとは思っていたがいきなりこれか。話すんだけど。
「次だ。この二回の襲撃……いや、これまでの事件全て、それが起こることを知っていたか?」
「うーん……」
【ゴーレムⅠ】については以前電話で話した。だとすればこの質問は確認か。
……ぼかしても怪しまれるだけだな。また一から話そう。
「少しだけ知っていた、ってとこですかね」
「少しとは?」
「クラス対抗戦に関しては教えられました。といっても無人機が来るとまでは知りませんでしたが。タッグマッチトーナメントの件は全く知りません。そもそもあれはあの人の趣味じゃないですし、元からあったものを利用しただけじゃないですかね」
「続けてくれ」
「えーと……次は臨海学校か。これも来ることは知りませんでした。ただ、初日に顔を見せてきたので、何かやるだろうとは思いましたね。夏休みのアレは何も知りません。知ってたら死にかけてまで戦いませんから」
これで全部、何も隠さずに話したつもりだが……満足したかな。
正直思い出すとムカついてきたな。仮にも右手中指なのに全然教えられてないじゃねぇか。
「私が言うのも何だが……苦労しているな」
「わかってくれるならさっさと解放してくれませんかねぇ」
「まだだ、で、もしこれからも事前に知らされたとして、その情報をこちらに流す気は無いか?」
「無理ですね。そうしたら間違いなく予告とずらしてくるでしょうし、下手すりゃお仕置きと称して酷い目に遭わされます」
そうなれば間違いなく対処できない。そもそも今までですらろくに教えられてないし、教えられてもアバウト過ぎる。どうせほぼ気まぐれでやっているのだろう。そのくせ用意周到なのだから腹が立つ。
「私が言うのも何だが、苦労しているな……」
「わかってくれるなら早く開放してください」
「だめだ」
まだ続くのか。早く帰りたいな。
「我慢しろ。次の質問だが……」
しかし聴取は続く。どれもこれも大した質問ではなく、隠す必要も無いことばかりだが……こう続くとうんざりしてきた。これなら普通の部屋でよかったのではないか。
「はぁ……」
「どうした?」
「いえ、何も」
「──よし、最後の質問だ」
「やっとですか……で、何です?」
始まってから三十分は経っただろうか。そろそろケツの感覚は無くなってきた。これ以上椅子に座りたくない。
さて最後だ。すぐ答えられるものだと助かるな。
「ではいくぞ。お前は私たちの味方か、あいつの味方か、どっちだ?」
「……難しいこと聞きますね」
面倒だな。これまでの振る舞いでは判断できないと思われてるのか。だとしたらこれで決まるか?
そうだな、今のところは……。
「わかりません」
「……巫山戯ているのか?」
「まさか、俺自身どっちの味方なのかさっぱりなんですよ」
束様の味方でもなく、学園の味方でもない。どちらに決めることなんてできない。
「束さ……もういいや面倒くさい、束様の敵にはなれません。どうなるかわかりませんし、そもそも俺のISはあの人が作った物ですしね」
「……」
「でも学園の敵にもなりたくない。俺だってそれなりにここを気に入ってるんですよ? 居心地がいいので」
「どちらの味方になったところでもう一方の敵になるわけでは……」
「なりますよ。今はそうでなくとも何時かは必ず。それが嫌なんですよ」
何時までもあの人が大人しくしているわけがない。今までが大人しいというわけでもないが……いつかは明確に敵に回る。これは間違いない。
「とりあえず、今のところはどちらでもないということで。ある程度は協力しますよ。束様にも同様ですが」
「……わかった。今はそれでも構わん」
「ご理解が早くて助かります」
無理矢理どっちか決めろなんて言われたらどうしようかと。そうなってたら……やめておこう、考えるだけ無駄だな。
「質問は以上だ。ご苦労だったな」
「はいはい。お疲れさまでしたー」
レコーダーのスイッチが切られる。これで録音も終わりと言うことかだろう。部屋はどうなってるか、どっちでもいいか。
「恨んでないのか、あいつを」
「はい?」
さあ帰るかとドアノブに手を掛けた瞬間、追加の質問が飛んでくる。さっきので終わりじゃなかったのか? それに録音も……いや、だからこそか。
これは聴取とは無関係の質問。学園に知らせることのない、ただの個人的な興味。
にしても恨みか……一夏も聞いてきたな。
「多少は、ぶっちゃけ次会ったらぶん殴ってやりたいくらいですかね。それ以上は別に」
何とも思っていないと言えば嘘になる。いくら最初に命を救われたからって、それを帳消しにできるくらい何度も酷い目に遭わされているし、これからもきっとそう。不満だらけだ。
「……死にかけても、片足を失ってもか?」
「でも死んでませんから。より強い力が手に入りましたし」
「っ!」
あの件の目的はもうわかっている、Bugの第二形態移行──一夏の例を参考にして、とりあえずギリギリまで追い詰めてみたってところか。危うく死ぬところだったが、成功する確信があったのだろう。事実成功して、格段に性能は増した。少々困ったことにもなっているが、これでそこらの相手に負けはしない。
「前にも言いましたがね、俺はとにかく死にたくないんですよ。できるものならずっとずっとずーっと、生きて生きて生きて……不老不死になりたいくらいに死にたくない。それは無理でも、可能な限り生き続けたいんです」
しかし俺の存在を狙う者はいくらでもいる。何たってISを動かせるたった二人の男子の片割れなのだから。
「だからあの人も、学園も利用する。それが最善だから。貴女もご存じの通り、政府は信用できませんしね」
「……」
死にかけようが片足を失おうが、死なずに済むなら安いもの。生きるためなら蝙蝠にだってなろう。
「今度こそ質問は終わりですね? それでは」
沈黙に包まれた部屋を出る。呆れかえったか、それとも絶句か。どちらでもいいさ。
それが
第29話「新学期・聴取」
性能が高すぎるのでリミットが設けられたぞ!