「『あー……」』
一点の曇りもない青空。アリーナのバリア一枚を隔てたそれを眺めて空中に浮かぶ。
「『お~お~……」』
気の抜けた声を上げながらその場で回転なんかして、真下から飛んでくる妹様を煽ってみる。
「『こっこまでおっいでー」』
「ええい大人しく真っ二つになれ!!」
「『こえーよ」』
鬼気迫る表情で迫る紅椿。展開装甲は速度に特化した形態にチューニングされ、二振のブレードからは幾つものレーザーを乱射している。
いくら狙いが甘くても、こちらの速度が上がっていても、それら全ては躱せない。ざっくりと弾いても残った分が直撃する。
「『でもまー、効かないんだよなぁ」』
しかし装甲には傷一つ無く、シールドエネルギーの消耗も微々たるもの。この程度じゃ沈まない。
がしゃん。左手の手甲がスライドし、鋭い針と二本の刃が現れる。
「『お返しいくぞ──そらっ!」』
「!?」
驚く妹様は隙だらけ、遠慮無く反撃を叩き込もうか。
「っ離せ!」
「『そう言われて離す馬鹿は──いや、離そ」』
「は──ぐっ!?」
言われるままに拘束を解き、雑に蹴って距離を空ける。
望み通りの形となったが、別に言いなりになったわけではない。ただの実験だ。
「『続き行くぞー」』
右腕の手甲は一度閉じ、次は左腕を展開。掌から砲口を伸ばし真っ直ぐ妹様へ向ける。
「『ファイア」』
「な──」
ボン! と大きな破裂音。
「『やべ、やりすぎ──」』
「──ぅげほっ」
「『あ、セーフ」』
「『じゃあ続きな、おら尻尾だ!」』
「何だこのっ……邪魔だっ!」
「『はい右、上、下──嘘だよ右!」』
「あっ!」
これはいい、以前の《Centipede》も気に入っていたが、尻尾になってもお世話になりそうだ。ついでに先端の《Scorpion》も、そのおまけも。
「『どうする? もうやめとくか?」』
「まだまだっ!」
「『そうこなくっちゃ」』
しかし未だ戦意は衰えず。肩部ユニットをクロスボウに変形させる。
確かあれは福音の腕を吹っ飛ばしたやつか。ならさっきみたいに適当に受けるのは無理だな。
「『でももう──」』
「その鬱陶しい尻尾から飛ばしてやるっ!」
「『当たらないんだよなぁ」』
「《穿t──外した!?」
放たれた二本のビームは俺からあらぬ方向に飛んでいき、アリーナの内壁にぶち当たる。何故狙いが外れたか?
「ナノマシンか!」
「『ご名答、でももう手遅れだっ!」』
絡繰りがわかっても隙はできている。当然それを見逃す理由もなく、
「『さぁ、どうする?」』
「はぁ……参った。降参だ」
顔面スレスレで蹴りは止まり、勝敗が決した。
「『よーし。じゃ交代……次凰な」』
『げっ、あたし!?』
「だぁー! 勝てない! あんた強すぎ!」
「ははは、悔しかったらお前らも第二形態移行してみな!」
「ぐぬぬ……」
「子どもか」
凰との試合も無事圧勝。休憩がてら俺も交代し、今は反省会だ。
「まだ本気出してないんでしょ? ほんっとインチキみたいな性能してるわね……」
「ナメプしてるわけじゃねーんだけどな。さっきのは二人とも55%ってとこか……ハァ……」
「あれで半分か……反動は平気か?」
「これぐらいなら……でも疲れた……」
55%で二戦。たったそれだけでこの疲労、調子乗りすぎたか。筋肉痛にはならないといいが……。
やはり
それに……。
「うーん。なんか、
「違うって、何がよ?」
「いやわからん。わからんが、今日戦ってみた感じは何か違う気がする」
「……圧勝された後に聞くと喧嘩売られてるみたいね。ただ慣れてないだけじゃないの?」
「そうかもな……」
今日の二戦と一夏との一戦、この三戦を通して感じる僅かな違和感。第二形態移行した時のあの感覚とは違う、何かがズレているような……。
まあ凰の言う通り、慣れてないというのが一番妥当な原因か。
「透くんはもう休みね、見学してて」
「はーい。ひぃー疲れた」
「お疲れー。はい飲み物」
「サンキュー」
デュノアから投げ渡されたスポーツドリンクを開け、一気に飲み干す。健康オタクの一夏に見られたら小言を言われそうだが、今のあいつにそんな余裕はない。
「どうです? 二人の試合」
「簪ちゃんが押してるわ。あと2,3分で決まるんじゃないかしら?」
「意外と早いですね」
「一夏くんは慣れてない相手で苦戦してて、簪ちゃんはガッツリ対策してきたって感じの動き……さすがよ!」
「対策……ああ、なるほど」
そういえば簪は一夏もライバル視してたな。楯無先輩と仲直りしたから完全に忘れてた。
上空ではリズミカルに連射される《春雷》が一夏を寄せ付けず、強引に迫れば《夢現》が叩き落とす。延々とこれが繰り返されている。完全に嵌められてるなぁ。
「何をしている嫁! 貴様にも荷電粒子砲はあるだろうが!」
『そんなこと言われたって! おわっ!?』
『御命頂戴!!』
「殺すなよ?」
確かにあいつにも荷電粒子砲を内蔵した武装《雪羅》はある。しかしまだ十分に使いこなせているとは言えず。こう追い詰められてしまうと構えることすらできないか。
『いっけぇ! 《山嵐》ぃっ!』
「あっ」
『ちょっそれは……ぬわーーーー!!』
「たーまやー」
『汚ぇ花火だ……』
派手は爆発が上空に咲く。中心の一夏はフラフラと落ち、ぎりぎりで着地。あれはキツそうだな。
「簪ちゃん何やってるの! 《山嵐》は強すぎるからダメって言ったでしょ?」
「ごめんなさい……でもぶっ放すなら今しかなかったの……」
「うーんかわいいから許しちゃう!」
「おい」
「「「「「一夏ー!?」」」」」
反則もあったがとりあえず簪の勝ち。今回は情報アドバンテージの差ってとこか。次戦えば一夏にも勝ち目はあるだろう。
……にしても専用機を完成させて一月であの戦いっぷり。うかうかしてたら追い越されるな。
「……さっさと強くならないとなぁ」
当面の目標は60%の壁を越えること、技術もまだまだ磨かなきゃいけないし……道は長そうだ。
『うーん、そうじゃないんだよなー』
「え、何か間違ってたか?」
『ああ。まず……いや、それは自分で気づいた方がいいかな』
「? ふぅん……」
急に出てきて疑問を増やすとは。今のどこにおかしいところがあった? 出力の壁、技術……考えてもわからない。
「透くーん! 片付けするわよー!」
「はーい!」
もう時間か。さっさと片付けないと。アリーナの貸し出し時間が過ぎると面倒だからな。
疑問の答えは……特訓しながら解いていこう。
『うんうん、それがいい』
……さっさと教えてくれたら早いんだがなぁ。
「外部用チケットか……」
次の日。何とか筋肉痛を回避した身体で職員室から出た俺は、そこに呼ばれた理由である紙切れを手に廊下を彷徨く。
「誰誘うかなぁ」
本来IS学園に一般人は入れない、しかし学園祭のようなイベントに限っては例外的に入ることができる。もちろんそのためには入場券が必要で、今回は生徒一人に一枚配られるチケットになっている。
それを誰に使うか……思い当たるのは束様とクロエぐらいか。それ以外に知り合いはいないし、そのどちらかだな。正直どちらも渡す必要ない気がするけど。
「クロエでいいか、束様は渡さなくても来る」
折角貰った物は有効活用しておきたい。あの人は今更だが、クロエにまで不法侵入はさせたくはないしな。
問題はどうやってこれを渡すか……その辺に置いとけばその内回収されるだろ。そうと決まれば適当にポケットへ突っ込む。
「あら透くん。元気?」
「お、先輩。いつも通りですよ」
曲がり角を過ぎたところで楯無先輩とばったり出くわす。最近訓練でしか顔を合わせていなかったからそれ以外で合うのは久しぶりだ。
「学園祭の準備はどう? 御奉仕喫茶だっけ」
「ぼちぼちって感じですね。今の所はあまり関わっていないので……」
「そう? 放っておいたらすごいことになってたりして」
「いや一夏もいますし……。そういえば、ここの学園祭って凄い気合い入ってるんですね」
新学期が始まって以来、どこを歩いても学園祭の話で持ちきり。クラスごとの出し物もかなり気合い入っているが、部活動の出し物は異次元だ。年単位で進めた研究の発表だったり、芸能人を呼んだり、企業と提携しているところまである。普通の学校の場合は知らないが、それでもここの学園祭はレベルが違うことだけはわかる。
「部活動はみんな景品目当てよ、知らないの?」
「景品?」
何だそれは全然聞いてないぞ。というか何故部活だけ?
「それは……これを見て」
「……『各部対抗男子争奪戦』? これって……」
ぱんっと開いた扇子に書いてある文字を読み上げ、その意味を考える。
部活動が、俺たちを、奪う合う? 学園祭で?
「学園祭では毎年投票で、各部活の催しに順位を出していたの。例年なら上位の部費に助成金を出していたんだけど……」
「今年は俺たちが景品と」
「そういうこと。いやぁお陰で大盛り上がr」「ああ、ここにいらしたんですね」
「!?」
自身が景品扱いされていたこと驚く間もなく、廊下に響く声。どこかで聞いたような……いや誰だ?
「虚ちゃん!? どうしてここに!?」
「それはこちらの台詞です。十分休憩と言って消えたと思えば三十分経っても戻ってこないものですから……あら?」
「ど、どうも……」
突然現れては楯無先輩に詰め寄る女生徒。リボンを見れば三年生らしい。しかし二年生の先輩には敬語、まさか生徒会メンバー?
「えーっと、まずは生徒会室行きましょうか?」
「かしこまりました」
「は、はあ……」
そういうことになった。
「こ↑……ここが生徒会室よ」
「へぇ……初めて来た」
やたら重く厚い扉が開き、きちんと整頓された内装が広がる。
中心にはいかにも高そうなテーブルと、そこに伏せる女子が一人。
「ただいまー」
「おかえりぃ~……。あ、つづらんだぁ……やっほー」
「布仏さんじゃん、やっほー」
伏せていたのは布仏さんだった。どうして生徒会室に……ああ、この人も生徒会なのか。
しかし眠そうだ……あ、寝た。
「今お茶を出すわ。ほら本音、手伝いなさい」
「お姉ちゃ……かんべん……ねむ……」
お姉ちゃん? それによく似た声と顔……なるほどな。
「姉妹ですか」
「ええ。私は布仏
「姉妹で生徒会と更識家のお手伝いしてま-す。いぇい」
「へぇ……」
そういえば簪と布仏さんも幼馴染と言っていたな。その姉である布仏先輩も楯無先輩と幼馴染というわけか。
「生徒会長には定員内でメンバーを自由に決められる権利が与えられるの。だから身内の二人をね」
「お嬢様に仕えるのが私どもの仕事ですので」
「みーとぅ」
「あん、お嬢様はやめてよ」
「失礼しました、つい癖で」
話には聞いていたが、やっぱり先輩の家柄は相当なものと察せられる。
カップにお茶を注ぐ布仏先輩の仕草も、何というかデキる女といった感じで絵になっている。
「はいどうぞ」
「あ、いただきます」
「本音ちゃん、冷蔵庫からケーキを」
「はい! お任せください!」
急に元気になったな……甘いもの好きなのか。それでも動きは緩慢で、布仏先輩とは対照的だ。
どうにかケーキを運び終え、最初に自分の分を取り出す。
「ここのケーキはねぇ。ちょおちょおちょお~……おいしんだよ~」
「お、おう」
「やめなさい本音、布仏家の常識が」
「うまうま♪ ……あいたぁ!?」
「やめなさい」
これまでも大分疑われるような振る舞いだったが、さすがにケーキのフィルムを舐めるのはだめだったらしい。
勢いよく振るわれた拳が脳天に直撃する。
「仲いいんですね……えーと、布仏先輩」
「私のことは虚でいいわ、紛らわしいでしょ?」
「私も本音でいーよぉ~、呼び捨て!」
「わかりました」
「えっ私の時と対応違う……」
初対面の時は完全に不審者だったからな……。こうして普通に話していればあんな対決なんてする必要も無かったのに。
「ぐぬ……そろそろ本題入っていいかしら?」
「あ、はい」
改めて三人が俺に向き合う。本音を除いて真剣な表情だ。
「さっきの景品の話だけど、君たち男子が部活動に入らないから色々と苦情が来てるのよ。何時までも放っておくわけにもいかないし……」
「だから争奪戦と、迷惑ですねー」
「悪いとは思ってるわ。でもこうでもしないといつ実力行使になってもおかしくないからね」
それはそれで困る。実力行使だろうと負ける気はしないが、続くようなら面倒だ。
しかしどこかいい部活があるわけでもない。当然ながらどこも知らない女子ばかり、一夏なら剣道部と関わりがあるだろうが、俺にはそんなものはないし楽しく部活動なんて無理に決まってる。
「あ、生徒会に入ればその心配も無くなるわよ」
「……考えておきます」
「!?」
何故か楯無先輩が驚いているが、一応生徒会入りも考えておくべきか。他の知らない部活に放り込まれるよりはマシだろう。
「うーん……」
結局この日は答えを出すことはなかった。
「あっそうだ虚先輩。楯無先輩の苦手なことって何ですか?」
「急に何聞いてるのよ」
「編み物よ」
「ありがとうございまーす」
「虚ちゃん!?」
ついでに楯無先輩の弱点? をゲットした。意味はない。
「……行った?」
「はい。もう声は聞こえないかと」
「帰っちゃったぁ~」
「はぁぁ~!」
透くんが生徒会室を出て数分。もう声は届かないことを確認した私は、気の抜けた声を上げて資料の積まれた机に突っ伏す。
「今日も生徒会入ってくれなかったぁ!」
「普通に誘えばいいんですよ。変に不意打ちで誘うから警戒されるんです」
「だってぇ! 今更真面目になるの恥ずかしいんだもん!」
彼の入学以来ずっと続けている勧誘。どうして最初にふざけた勧誘をしてしまったのか、自分でもわからない。お陰で今日も失敗だ。
「そもそも男子を生徒会に加えるのは賛成ですが、どうして九十九君ばかり誘うんです? 織斑君だっているでしょう?」
「たしかにー。今だって、
「う゛」
この従者は痛いところを突いてくる。幼馴染だからこその遠慮のなさ、勘弁して欲しい。
「一夏君も誘うけど、でも最初は……」
「へぇ……?」
「へー?」
「あ」
余計なことを言ってしまった。
「まあお嬢様はそう言うなら? 私たちは従いますけど?」
「たてなっちゃんはつづらんが……もがーっ!?」
「黙ってなさい」
「やめて……!」
「うぅ……」
この調子だと完全に見抜かれている。秘密のつもりだったのに!
「いつからなんですか?」
「……夏休みから……」
「おぉー!」
直接言葉にはしなくとも、何を聞きたいのかはわかる。私のこの気持ちがいつからあるのか、どうしてできたのか。
顔が熱い、胸がバクバクする。思考が彼一色に染まりかけて、このままじゃ全部聞き出されそう。
「この話はここまで! 仕事するわよ!」
「ふふ。承知しました」
「はぁ~い」
「もう……」
強引に話を打ち切って、資料を手に取り仕事の姿勢へ。続いて二人もテーブルに向かう。
しかし頭の中は彼の顔が、声がちらついていて。目を閉じれば
(……次会うまでに落ち着けないと)
暫く鼓動は鳴り止まなかった。
第30話「違和感・生徒会」
言い忘れましたが機体設定を活動報告に載せました。
あまり詳細なものではないです。