ついに始まった学園祭当日。何日もかけて準備を続けてきた生徒たちは、これまでで一番と言うほどにテンションを上げていた。
「お金を払えば無料で男子の接客が受けられるですって!?」
「Hな接客してください!」
「ゲームに勝ったら写真撮れるの!? 個人撮影はどこでできますか?」
「帰りてぇ……」
特に我が一年一組の『御奉仕喫茶』は大盛況。ご覧の通り開始から一時間経過した今でも地獄を形成している。
クロエが来ないならとっくに逃げている。早く来い。
「いらっしゃいませぇお嬢様ー。はいお席はこちらでーす」
「九十九くんもっと愛想よく!」
「いえ! これが良いんです!!」
「はぁ……」
半分作業のごとくお客様をご案内。ただやる気が無いだけだが、それが逆に受けているらしい。
こんなことになるなら無理にでも裏方に行くべきだったか? いや、どうせ押し切られてたな。
「九十九くん! 二番テーブルご注文!」
「はいはい。お待たせ致し……なんだ簪か」
「お疲れ……」
注文を取りに行った先には制服姿の簪がいた。
「……ふふっ、何それ……」
「言うな。似合ってないことは俺が一番わかってる」
「ごめっ……んふふ……」
メニュー表で顔は顔は隠しても声が震えている。完全に笑ってやがるな。
大体ノリで着てしまったこの燕尾服。一夏はまあまあ似合っているが俺には全く合っていない。恥ずかしくなってきたな、脱ぐか?
「ダメ! 脱がない!」
「はいはい……ってことだ。さっさと笑いを止めろ」
「うん……ふふっ……」
店長(鷹月さん)の命令により燕尾服継続。早く休憩になれ。
「よかった、元気そうで」
「んー? ああ、まだ気にしてたのか」
「
そう言いながら伏せた視線の先には俺の左足。燕尾服と
あの時の戦いで、自分が先に倒れたこと。ずっと気にしてたのか。
「……あれは束さんが悪い。本来俺とあの人だけで済む戦いに巻き込まれちまっただけ。庇ったのは俺の勝手。それだけだよ」
「でも……」
「いいからいいから。申し訳ないと思うなら……今度整備手伝って」
「……うん!」
「この話はこれで終わり、ほら注文くれ」
真面目な雰囲気を吹き飛ばす様にメニュー表を出す。これにはクラスメイトが何日も掛けて考案し、その殆どを俺たちで却下した残りが載っている。
「えーと……何このメニュー?」
「聞くな」
どうしてかここのメニューはおかしな名前が多い。『執事orメイドにご褒美セット』なんてまだいい方で、『湖畔に響くナイチンゲールのさえずりセット』とか『深き森にて奏でよ愛の調べセット』なんかは意味がわからない。かと思えば『チャーハンDKSG』や『アイスティーと白い粉』という触れてはいけなそうな物もある。一生注文されないで欲しい。
「名前で何が来るのか全くわからない……とりあえず、『呼び覚まされた痛みと記憶』と……飲み物が『黎明と見る深淵の夜明け』で」
「かしこまりました……後悔するなよ」
「? うん」
そして運ばれる目玉型の何かが添えられたケーキと箱に詰められたドリンク。
「あっ……」
「ごゆっくりどうぞー」
「ああああぁ…………」
違う意味で震えだしたが一旦放置。次のお客様が待っているんだ、一人に構ってばかりいられない。
「透! こっち手伝ってくれ!」
「りょうかーい。はいお客様こちらへ──」
その後も接客は続き、三十分が経過した頃。
「九十九くーん! またまたご指名でーす!」
「またか? 今度はどいつ……お」
「こんにちは、透さま」
聞き覚えのある声に振り向くと、長い銀髪に閉じた両目白いゴスロリ風の福に身を包んだ少女──クロエ・クロニクルが立っていた。
そうだ、俺が呼んだんだったな。まさかここまで来てくれるとは。
「やぁクロエ。よく来たなぁ」
「はい。折角ご招待されましたので。束さまも来てらっしゃいますよ、今は『ちーちゃんに会ってくる!』と別行動ですが」
「そのまま帰ってくれないかな」
やっぱり来てるのか……絶対この格好見られたくないな。もしかするともう見られているかもしれないが。
「お知り合い?」
「ああ。何というか……家族? 同僚? そんなところだ」
「いつも透さまがお世話になっております……」
「様っ!? え!? そういう関係!?」
「やめろクロエ、ややこしくなる」
完全に勘違いされてしまったじゃないか。どうして急にこんなことを……うんあの人のせいか、教育が悪い。
「え、えーと……知り合いなら一緒に学園祭回ったいいんじゃない? 休憩早めよっか?」
「はぁ……じゃあ頼む」
「はい九十九くん休憩でーす!
窮屈な燕尾服から制服に着替え、待たせていたクロエと移動開始。
見送るクラスメイトは皆怪しい笑みで、どうせこれから噂するのだろう。このままバックレてやろうか、それはそれで変な噂が立ちそうだ。
「では行きましょう。私料理部に行きたいです」
「はいはい……」
未だにクロエは料理に凝っているのか。正直なところ腕はイマイチ。というか悪い。しかし楽しそうに料理するのを止められず時々束様が苦しんでいたのをよく覚えている。
「聞くところによると日本料理を作っているとか。私も味を覚えて束さまを喜ばせたいのです」
「あっ……そうか! 頑張れよ!」
「? はい!」
またあの人が苦しむ姿が浮かんだが、あえて止めないこととする。どうせ俺は食わないからな、左足の復讐ということで我慢して欲しい。
「ここだ、失礼しまーす」
「た、たのもーう!」
「クロエ、何か間違ってる」
「いらっしゃ……あ! 九十九くんだ!」
「隣の女子は一体!?」
また騒がしくなってしまった。やっぱりクロエの存在は目立つらしい、一先ずノーコメントで通そう。
「沢山ありますね……」
「どうぞどうぞー!」
ずらりと並んだ大皿料理。煮物焼き物和え物その他……。凄い量だな。
「肉じゃがの試食でーす!」
「どうも……あ、うまい」
「販売もやってるからいっぱい試食していっぱい買ってってね!」
「はい!」
部活動にしているだけあってどれも食堂で出されるものに引けを取らない美味しい料理だ。俺はそう料理するタイプではないが、一夏なら作り方が気になっていることだろう。
「それは企業秘密! 知りたくば入部するのだ!」
「はは、遠慮しまーす」
秘密は少々気になるが、勧誘はしっかり断っておく。料理部も俺たちを狙っているのだろうか、一夏だけにしてくれ。
「荷物になるから買うのは後にして次行くぞクロエ……早く飲み込んどけよ?」
「ふぁい……」
「また来てね!」
数分後。二人でめぼしい出し物を求めて歩くと、やけに人の少ない部活が目に付く。
「何でしょう……?」
「『手芸部』……こんなのもあったのか」
「いらぁっしゃぁ~い」
「おわあ!?」
急に背後から現れた手芸部員(仮)。不意打ちはやめてくれ。
「いいものいっぱいあるよぉ。入って入ってぇ」
「は、はい……」
なんだこの独特な雰囲気は。ここオカルト研究部か? 促されるままに教室へ入る。
「でも透さま、中は普通ですよ?」
「本当だ、あの人が変なだけか」
「酷いなぁ。まあ色々あるから見てってよ。安くしとくよー?」
これまた大量に並んだハンドメイドの品々。詳しくない俺が見てもクオリティは高く、値段も手頃。料理部より興味が出てきたな。
「いいな、この手袋買おう」
「私はこの編み物練習セットを……」
「わぁい。まいどありぃ」
思わず目に付いたものを買ってしまった。別に大した荷物でもないしいいか。
「嬉しいなぁ。実は今日初めてのお客さんなんだよねぇ」
「そうなんですか? こんなにいいものばかりなのに……」
「……」
完全にこの人の雰囲気で誤解されているとは言えない。
「他の部員はいないんですか?」
「あぁ、あんまりお客さん来ないから休憩出しちゃった。後でお客さん来てたって教えてあげよ」
「ははは……」
その客が男子と知ったらどんな反応するんだろうか。俺なら大した反応じゃないかな。
「さて……ん」
買い物はしたし長居する場所でもないので出ようとした瞬間、ある商品が視界に入る。
そういえば、楯無先輩は編み物が苦手なんだっけ。……よし、買おう。
「すいません、これも買います」
「はぁい。割引しとくねぇ」
「ありがとうございます……後で宣伝しときますよ」
「ほんとぉ? やったぁ!」
安くしてくれたお礼だ。休憩が終わった後にでも宣伝してみよう。一夏たちに教えてもいいな。
「ありがとうございましたぁ。よろしくねぇ!」
「はーい」
話しかけられたときはどうなるかと思ったが、中々いいところだったな。もっと人気が出てほしいものだ。
……入部したいかと聞かれたら微妙だが。
「透さま、最後に何を買われたのですか?」
「……んー。秘密で」
「?」
「……あれは」
また数分後。文化系が続いたので今度は運動系に移行かという流れになり、そういえば妹様は剣道部(幽霊)だったなぁと立ち寄ったところ。
「フンッ!!」
「甘いよっ!!」
見覚えのある教師と、見覚えのある保護者が剣を交えていた。
「何してんですかねこれ」
「束さま!」
「あっ二人とも! やっほー!」
「待て束ぇ!」
「こわいよちーちゃん! 今日は何もしないってばぁ!」
一体どうしてこんなことになっているのか。概ね察しは付くが……あの人が先生に見つかって、逃げてきた先がここだったのだろう。
束様の格好は何時もの謎コスプレではなく、いかにも保護者感のあるスーツ姿に黒縁眼鏡。これなら彼女が篠ノ之束と見分けられる者は少ないだろうが……だからって人目を気にせず戦うのはどうかと思うが。
「ちーちゃんったら急に斬りかかってくるんだもん、ちょーっとおっぱい揉もうとしただけなのになー」
「いや、それは斬られて当然かと」
「そう?」
もっと酷い理由だった。全く悪びれていないし……。
「そんことより! とーくんの調子はどーお?」
「
「あははー。じゃあもっとちょっかい出しちゃおっかな!」
「下手くそな皮肉言ってすいませんでした」
「おい……」
そんな憐れむような目で見ないでください、逆らえないんです。
「はぁ……とにかく、騒ぎだけは起こすなよ。起こしたら縦に真っ二つにするぞ」
「はいはい。どうせ今日はちーちゃんにも会えたし、後はくーちゃんと回るから!」
「そうですか……なら俺戻っていいですか?」
「だめー」
「えー」
やっと解放されると思ったのに、いやクロエと回るのが嫌というわけではないが。でも束様とは嫌だな……言わないけど。
「じゃあ一カ所だけ付き合います。そしたら戻りますからね!」
「おっけー!」
「かしこまりました……」
「しっかり手綱握っておけよ九十九……!」
「無茶言わないでください」
この人の制御なんてできるわけないだろ!
束様を加えて歩き出した俺たち。しかし行き先を決めていない。
「ところで、どこ行きたいんです?」
「どこでもいーよ、話したかっただけだし」
「はぁ……?」
だったら電話でも何でもよかったのでは……? お尋ね者である束様がわざわざ学園まで足を伸ばして、捕まるリスクを背負う必要は無かったはずだ。どうせ捕まえられるわけがないと踏んでのことだろうが。
「直接会って話さないとわからないこともあるんだよ? さ、時間もないし歩きながら話そっか」
「人目がありますよ」
「これだけ騒がしかったら聞こえないよ。対策もしてるしね」
「そうですか……」
確かにこの賑わいで会話を普通の聞き取るのは困難だろう。対策が何かはわからないが、きっと監視カメラや盗聴器の妨害か何か、俺が心配することは全部問題ないな。
「とーくん
「いや、それはないでしょう。俺がそんな生物じゃないってことぐらい知ってるでしょ」
「最初はね、でも今は違う。自分じゃ気づけないかな?」
今は違う? まさか一度死にかけたぐらいでスーパーパワーに目覚めるとでも? アニメやライトノベルじゃあるまいし。
「ま、いーや。次の話、
「……知ってるんですね」
「私は親だよ? 親は子のことは何でも知ってるのさ」
もう一人の俺、【Bug-VenoMillion】のコア人格、
あの黒い空間でも(2)は束様を母親と称していた。この人の手にかかれば、突如誕生した人格の存在を察知することぐらい朝飯前なのだろう。
「……と言っても、存在しかわかってないんだけどねー。何でか拒絶されちゃっててさ」
「拒絶? 俺は何もしてませんが」
「うん。とーくんは何もしてないね。でも遠隔でコアにアクセスしようとしたらエラーになってね、ママ部屋に入れてもらえないの」
どういうことだ? この人の技術を以てしても中を見れない。そんなことは今まで無かった。
セキュリティ設定は特に弄っていないし、その程度の小細工なら即突破されている。ということは……。
『俺のせいだよ。理由は胸に手当てて考えな』
「……だそうです」
「えー? ……うーん柔らかい、でもわかんない!」
揉めとは言ってないんだがなぁ……そんなことより、やっぱり原因はこいつか。
理由は束様にあるというのはまあ、よくわかるよ。なんと言っても俺だし、こいつも痛めつけられたのだから。
「くすん、ママ悲しい……」
「似合わない嘘泣きはやめて下さいよ」
「バレた? あっははー!」
嘘泣きがバレた瞬間、何もなかったかのように笑い出す。こんな性格だから拒絶されているんじゃないか?
「あの、透さま。お時間は大丈夫ですか?」
「え? やっべもう休憩終わるじゃん」
「えーもう? もっとお話したかったのにー」
「ダメですよ。迷惑かかっちゃいますから。本音は戻りたくないですが」
「ふーん……」
またあの衣装を着ると思うと気が滅入る。しかしここで逃げたら後が怖い。
「しょーがないなぁ。じゃあ最後に一言耳貸して~」
「何です?」
他には聞こえないと言ったのに、どうして耳打ちなんかと考えながら耳を傾け。束様の口から発せられる言葉を待つ。
「これからもよろしくね」
「──っ!」
何時もの巫山戯た態度はどこへやら、温度のないぞっとするような声が突き刺さる。
なんてことないはずの言葉が、何よりも恐ろしい脅しに感じた。
「じゃーね! また今度! ばいばーい!」
「失礼します……」
「……」
そう言って歩き去って行く二人。すぐそこの角を曲がれば、もう追いかけても消えているのだろう。
「はぁ……」
たった一言であの威圧感。浮ついた気分が一瞬で吹き飛ばされてしまった。
こんな確認なんていらなかったのに、織斑先生との聴取で腹は決まっている。いや、それを知っていて話したのか? 性格の悪い人だ。
「了解しました……っと、戻らなきゃ」
嫌な気分は一旦忘れて、一組へ戻らねば。皆が待って……たぶん待ってる。
手芸部の宣伝もしなきゃならないし、もう一頑張りしようかな。
第31話「御奉仕喫茶・学園祭」
そろそろ改変箇所が増えてきて、難しいねんな……。