「や、やあ……」
「? どうも……」
休憩から帰って数十分後。ようやく行列が無くなり一息ついた頃。
唐突に楯無先輩が現れた。
「……」
「……あの、何の用ですか? お客じゃなさそうですが」
「へぇっ!? あ、えっと……」
なんだか先輩の態度がおかしい。これまでもよくわからない態度を取ることはあったが、今日は何というか、見てはいけない物を見てしまったような感じだ。
「えーと、実は、透くんと一夏くんに協力して欲しいことがあって……」
「協力?」
「俺もですか?」
俺たち二人? 男手が必要と言うことだろうか。それも生徒会長直々に頼みに来るとはよっぽどのことなのだろうか。絶対面倒なやつだろ。
「生徒会の出し物でね? 観客参加型劇って言うんだけど」
「「観客参加型演劇?」」
「そう」
劇……は思っていたより普通だが、その前の聞き慣れない単語に首を傾げる。観客が参加……ステージにでも立たせるのか?
「毎年アリーナ使って派手にやるのよ。そこで今年は男子二人にも参加して欲しいなーって」
「今は落ち着いてますけど、ここ放って行くのは……」
「俺たちもう休憩行きましたし……」
俺はクロエと。一夏も妹様やオルコット、デュノアなんかと休憩に行ってしまっている。戻って一時間も経っていないこの状況で抜けるのは厳しい物がある。
「生徒会長権限! はい決定!」
「それ言えば何でもできると思ってません?」
びしっと決めて言われても……。やっぱり拒否権はないのか。
「あの先輩? いくら何でも二人まとめては困るんですが……」
そうだデュノア、このまま追い返してくれ。
「シャルロットちゃん、あなたも来る?」
「ふえ!?」
「きれいなドレスが着れるわよ~?」
「ド、ドレス……」
おい、何だこの流れは。
「箒ちゃんとセシリアちゃんとラウラちゃんもいらっしゃい、鈴ちゃんも誘っちゃお。みーんなドレス着せたげる」
「それなら……」
「やぶさかでも……」
「仕方ないな……」
「お前ら……」
全員あっさり落とされやがって。この調子じゃ凰も同じだろうな。これが生徒会長の話術か……?
「そういえば、演目は何なんです?」
「ふふん」
一夏がまだ知らされていなかった演目を聞くと、戦敗が勢いよく扇子を開くそこには『迫劇*1』の二文字。
「シンデレラよ」
「……何だこの服」
「王子様、か?」
第四アリーナ更衣室。参加するならまず着替えを、ということで放り込まれた俺たちは用意された衣装に着替えていた。
しかしこの衣装。まるでおとぎ話の王子様のようだ。ご丁寧に王冠まで用意されている。ちなみに一夏と俺の衣装は色違いで、俺の方が色が濃い。
「お邪魔するわよー」
「着替え中ですよ」
「もう終わってるじゃない。ちゃんと王冠も着けてるわね、ヨシ!」
「そんなに重要なんですかこれ?」
こんな飾りに何の意味があるのだろうか。わざわざ名前が振ってあるのを見ると怪しさ満点だが……。
「さて、そろそろ始まるわよ」
「えっ台本は?」
「大丈夫大丈夫、こっちからアナウンスするから。二人の台詞はアドリブで」
「適当だなぁ……」
心配になってきた。隣の一夏も不安を隠せない表情になっている。
「お互い……頑張ろうな」
「おう……」
互いの健闘を祈りながら舞台袖へ、楯無し戦費はさっさと壇上へ上がってしまった。
「さあ、幕開けよ!」
ブザーが鳴り響き、証明が落ちる。幕が上がり、楯無先輩にスポットライトが当たる。
『昔々あるところに、シンデレラという少女がおりました』
なんだ、普通の始まりじゃないか。まだ王子が二人とかドレス着る役多くないかという疑問は残っているが。
『否、それはもはや名前ではない。幾多の舞踏会で敵兵をなぎ倒し、灰燼を纏いてなお進み続ける無敵の戦士達。彼女らに与えられし称号。その名も……『
「は?」
「え?」
何て?
『今宵もまた、血に飢えた『灰被り姫』たちの夜が始まる。二人の王子様の冠に隠されし機密を狙い、舞踏会という死地に少女たちが舞い踊る!!』
「「はあぁっ!?」」
「もらったぁ!!!」
「おわあ!?」
唐突な叫び声と共に鈴が登場。白いドレス姿に似合わぬ動きで襲い来る。どうにかそれを反射で躱す──が。
「それ寄越しなさいっ!」
「あっぶぇ!?」
「刃物投げんな!」
「安心しなさい、刃は潰してあるわ!」
「柱に刺さってんじゃねーか!」
投げてきたのは中国の手裏剣・飛刀。刃は潰しているみたいだが、一夏が防御に使ったトレーには深々と突き刺さっている。
冗談じゃないぞ、どうやら凰の目当ては一夏らしいが、いつ俺に飛び火するかわからん。ここは別れないと。
「一旦別行動だ! 健闘を祈る!」
「ちょっ、待って……おわーっ!?」
今度は赤い光──おそらくスナイパーライフルのポインターに狙われる一夏を置いて逃走、あれはセシリアか。殺す気か?
……やっぱり面倒なやつじゃねーか! 後で覚えてろよ!!
「ここまで逃げればいいだろ……」
「果たしてそうかな?」
「ぎゃあっ!?」
舞踏会エリアを抜け、謎の森エリアに潜んだ俺。ここなら安全だと思った瞬間に真横から声。
「……何だ簪か」
「いぇーい」
隣に座っていたのは簪だった。淡い水色のドレスにガラスの靴。よく似合ってはいるが何とも乗り気でない声のトーンと表情。
「お前も参加してるのか」
「不本意ながら。代理って感じ」
「代理……?」
代理とは一体。そもそも代理立ててまで参加するメリットは何があるんだ、優勝賞品でもあるってか?
「そんなとこ……。あと、代理は私だけじゃないから……」
「まだいるのか……」
俺なんて誰も狙わないと思ったのに、これではずっと逃げ続ける羽目になりそうだ。
「じゃあ、そういうことで……」
「待て! せめて何が目的か教えてくれ!」
とりあえず何が狙いかだけでも知らないとダメだ。それがどうでもいい物ならさっさと渡せばいいし、大事な物なら逃げ続ける。どっちかわからないで続行は勘弁だ。
「……頭の王冠」
「王冠? 何でこれが」
「それを手に入れた物は『一ヶ月同室券』を得ることができる……」
「マジかよ……」
一ヶ月だと? 一夏と同じとはいえようゆく女子と別室になれたというのに、またなるってのか? 期間限定でも御免だぞ。
……あれ? じゃあ俺と同室になりたい奴って誰だよ。
「それは秘密。とりあえず今は……王冠頂戴!」
「やめろぉ!」
どこからか取り出した薙刀──練習用のやつを振りかざし駆ける簪。同時に観客席からは声援と拍手が飛ぶ。……俺の応援じゃないけど。
「渡す物かっ! 俺は逃げるぞ!!」
「待てーっ!」
「……撒いたか? 撒いたな?」
簪から逃げてセット裏。ここなら見つからない……はず。
「まだで~す」
「!? ……なんだ本音か」
今度はドレス姿の本音。何時通りのにこやかな顔と独特ののほほんとした雰囲気で立っていた。
「お前も代理か?」
「そうだよ~誰のかは教えないけど」
「ですよねー」
教えてもらえるとは思ってないけどさ。
しかし本音もこの場に立っているというのなら、俺の王冠を狙っているのは間違いない。さっさと逃げないと。
「だめー」
「やっぱりな……って遅っ!?」
右手に持った武器──何故かはえたたきを構えて飛びかかる。しかし動きは鈍く、本気で躱すまでもない。
「やる気あるのかこれ?」
「あんまり~」
「えぇ……」
やっぱりやる気は無いのか。簪も不本意だと言ってたし本音もそうなのだろう。
にしても、不本意でもやっているということは断れなかったということ。二人にそんな命令じみたことをができる奴は……。
「いやぁ? 普通に土下座して頼まれたよ?」
「プライド無いのかそいつ?」
土下座って、どうしてそこまでして頼んでるのか。よっぽど俺と同室になりたいのか。
「おっとっと~喋り過ぎちゃったかなー?」
「後で怒られそう……」
「あっかんちゃーん!」
「追いつかれたか……」
ここで簪が再び参戦。さすがに二対一はつらい。また逃げなくては。
「逃げても無駄……王冠が誰かの手に渡るまでこの劇は終わらない!」
「観念しろー」
「ふざけんなクソゲーかよ!?」
おいそれは聞いてないぞ。王冠が取られるまで終わらない、さすがに学園祭終了までには終わるだろうが、そうなるとここで祭りを終える羽目になる。
「何とか平和に終える方法は無いのか……捨てるか?」
外してどこかに捨てるなり隠せば誰の手にも渡らない。そして俺はここを抜け出せばいい、そう考えて王冠に手を掛けた瞬間。
『王子様にとって国とは全て。その機密が隠された王冠を失うことは死を意味する。要は外すと電流が流れます』
「は──あああああああ!?」
注意を理解する前に手は動き、全身に電流が流れる。何とか手を離すが、所々からは煙が上がっている。
「あああああああ!?」
どこかから一夏の声も聞こえる。あいつも引っかかったか。
『ああ、なんということでしょう! 王子様の国を思う心はそうまでも重いのか。しかし私たちには見守ることしかできません! 頑張れ王子!』
「なあこれ俺たちを殺すために始まった企画じゃないよな?」
「さ、さすがに違うと思う……」
「今だー!」
「クッソ……!」
もう一度電流は食らいたくない、捨てる作戦は失敗だ。ここまでだと他に作戦を考えようと対策されている可能性が高い。
再び逃走開始、次の隠れ場所を探そう。
……もし同室になるのがあの人なら。
「……それはないか」
「はぁー……」
「おーい」
「どこー?」
何とか二人を撒いて、アリーナの中央辺りに位置する巨大な城の陰に移動。いつの間にこんなもん建てたんだ。
俺たちを探す声は遠く、すぐにこちらまでは来ないだろう。やっと落ち着けるかな。
「よー透。お前もここか……」
「……一夏か」
そこで一夏がよろよろと登場。やはりこいつも電撃を食らっていたようで、今も煙が上がっている。
「疲れたぁ、何で皆こんな王冠が欲しいんだよ……」
「知らないのか? これゲットしたやつが俺たちと同室になれるんだってよ」
「はぁ!? マジかそれ……」
こいつは教えられてないのか。まあ妹様達が素直に言うわけ無いよな。
「じゃああいつらは俺と同室になりたいのか? なんでまた……」
「……なんでだろーな」
いや、お前はそろそろ気づいてくれ。
「一夏ー! どこにいる!?」
「嫁ー!?」
「やべ、もう来た!? じゃあもう行くから!」
「おーう、頑張れー……」
この声は妹様とボーデヴィッヒか。追っ手が多いと大変だな。俺は二人だけで助かっ
ドドドドド……。
何だ? このとてつもなく嫌な予感のする地響きは?
『さあ! ただいまよりフリーエントリー組の参加です! 皆さん王子様の王冠目指して頑張ってください!』
「!?」
えっ何それは……。
「織斑くん! 大人しくしなさい!」
「透くん! 私と蜜月の時を過ごしましょう!」
「王子を捕まえろ!」
「同室券は山分けだ!」
「あああああああ!?」
地響きの正体は無数のシンデレラ。現在進行形で次々と増えていき、ドレス姿ですらないものもいる。設定ぐらい守れ。
しかしこれはやばすぎる。追っ手の数は一気に数十倍。捕まれば……考えたくもない。
こんなことになるなら適当に渡しておけばよかったぁ!
「待てぇぇぇ!!」
「うおおおお!?」
人海戦術を前に隠れるのは不可能。かといって逃げ続けても囲まれるのがオチ。ISで逃げるか? いや下手に暴れて大事故は不味い。
……詰んでない?
「見つけたぁ!」
「しまった!」
「待ってぇ!」
「王冠置いてけぇ!」
「くっ……」
ゾンビのごとく群がる女子一同。まるでC級ホラーだな。
こうなったらもうアリーナから出るしかない。とりあえず追っ手を振り切って、ゲートをぶち破る瞬間だけISを使おう。
「うおおおおっ……」
ゲートまで全速力で走る。走る。走って──
がこん。
「は?」
突如まだ触れてもいないゲートが開き、隙間から伸びた小さな手に引きずり込まれた。
「どこへ行った!?」
「近くにいるはずよ! 探せ!」
「うへー、まだ探してるよ。出る瞬間見られなくてよかったな」
どうにか脱出に成功し、中の喧噪を聞きながら扉にもたれ掛かる。まさかの形となったが、これで同室がどうのは回避できただろう。
「で、お前は誰だ?」
「……」
「あ、無視?」
そして、そのまさかの原因となった目の前の少女。といっても顔はやたらと大きいマスクで隠され、長めの髪と小さい身体で判断しただけだが。
「──九十九透だな?」
「せいかーい。で、もう一度聞くけど……お前は誰だ?」
「では……ISを頂こう」
「また無視──うおっ!?」
突如足下への射撃。つま先に当たりかけた弾丸を反射で躱す。砕けた床はそれが本物であることを意味していた。
そしてISを頂くという言葉の意味──考えるまでも無い、こいつは敵だ。
「一度だけ言おう。貴様のISを渡せ。そうすれば命は取らん」
「……撃つ前に言えよ。あとやらん」
いきなり撃ってきて信用できるわけ無いだろうが。そうでなくとも渡す気は無い。
だってこれ取れないし。
「なら、死んでもらおう」
「はっ、やってみな」
サブマシンガンを両手に構え、同時に連射。今度は本気、確実に殺すための攻撃。
これは躱せない──ので。
「部分展開、【Bug-VenoMillion】!」』
「ほう……」
ISを展開して受け止める。生身なら致命傷でも、装甲越しなら屁でもない。
しかしここはアリーナの通路、他のISの数倍デカいVenoMillionでは狭すぎる。必要最低限の装甲しか展開できない。この銃だけならそれで良いのだが……。
「対象のIS展開を確認。実力行使に移る」
「『やっぱ持ってるよなー……」』
ISが相手では分が悪い。
相手もISを展開。蒼い装甲にライフルを構えたそれは、どこかで見た覚えのある出で立ち。何だっけな……。
「行くぞ?」
「『ちっ……」』
今度はライフルの銃撃。サブマシンガンより遙かに威力と速度は増し、回避できずに被弾する。まだエネルギーは十分でも、このままでは反撃ができない。
『ならばどうする?』
決まってる。
「『逃げる!!」』
「!?」
展開されているブースターを全力で噴かし、一気に後退。一瞬驚きながらも敵は追いかけてくる。
とにかく全力が出せないこの狭い空間で戦うのだけはダメだ。
考えろ、少しでも広く、誰も巻き込まなそうで、追いつかれる前に突っ込めるところは──あそこだ!
「『よっし……!」』
「『そうと決まれば──行くぞ!」』
「待てっ!」
ISで飛べば秒で着く距離。しかしこの追っ手を振り切れるか?
「『80%」』
一瞬だけ出力を上昇。それに伴う加速の後、負荷がかからないところまで落とす。これで引き離せた。
そして──
「『──着いたぁ!」』
移動に成功。ここなら思い切り
「鬼ごっこは終わりか?」
数秒の後敵が追いつき停止。あの大きなマスクは外れたが、上半分を覆うバイザーにより未だ素顔は見えない。見えないが、こいつ笑ってないか?
……まるでこれを待ってたみたいに。
「『ああ、もう逃げない。これで満足か?」』
ふざけやがって。そっちが殺す気なら、俺
「そうか、では──」
「『じゃ──」』
ばきっ……。
「殺す」
「『叩き潰す」』
そして、戦いの火蓋が切られた。
第32話「灰被り姫・脱出」
クロエ 「束様! 今度蘇作ってもいいですか!?」
束「えっ」