「『死ねっ!」』
「…………」
「『ちっ……」』
飛び回る敵に振るわれた左腕はひらりと躱され、返しの射撃を受け止める。
ここで戦闘を開始して早数分。未だこちらから有効打は与えられない膠着状態。
「ぬるいな」
「『抜かせ!」』
終いにはこんな舐め腐った台詞を吐かれる始末。
いや、事実俺たちの攻撃が手ぬるいからこんなことになっているのだろうが。
「
「『そうかい、だったらお前はどうなんだ?」』
何故記録を知っているのかは置いといて、確かに今の俺は機体性能を全く引き出せていない。出力に制限が掛けられているのを抜きにしても、ゴーレムⅢと戦ったときに比べて動きが悪すぎる。
これが(2)の言っていた、『そうじゃない』ということだろうか。
「次はこちらの番だ」
「『あ……?」』
がしゃん。と
「『ああ、そういうことか」』
やけにこの機体に見覚えがあるわけだ。蒼くてビットを使うIS、【ブルー・ティアーズ】。そいつに似てたんだ。
ビットの数を見るに後継機。イギリスのあるはずのそれがここにあると言うことは……
「『奪ったか」』
「その通り。【サイレント。ゼフィルス】……【ブルー・ティアーズ】試作第二号機だ」
「『やっぱり後継機かよ、そんないいやつ持ってんなら十分だろうに」』
【サイレント。ゼフィルス】、俺も殆ど情報を持っていない。見たまま判断するなら中距離射撃型で間違いないだろうが、オルコットと同じと考えたら痛い目を見そうだ。
「行くぞ?」
「『来んなぁ!」』
ビットが散開し、あらゆる方向から射撃が飛んでくる。こう比べると失礼だが、オルコットのそれとは明らかに質が違う。
回避困難で威力も高い、さっきのライフルは加減してやがったか。
「『鬱陶しい!」』
「ふん……」
ビットの包囲から強引に脱出、右腕の砲撃を準備しつつ複脚を起動、ネットを発射して拘束を──
『だから、違うって』
──は? また?
……いやそんなこと考えている場合じゃない、砲撃だ!
「『あっ!?」』
「この程度か?」
しかしネットは躱され、砲撃は軽々と受け止められる。
「『何だそりゃ!?」』
「舐めるなよ、旧型とは違う」
「『そうらしい、なっ!」』
すかさず打ち込まれる射撃。もう俺たちを包囲している。ビットの扱いも相当な物だ。
それにたった今使用されたシールドビット。焦って半端な威力だったとはいえあの砲撃を受けきる防御力。こんな武装まで備えているとは。
「次だ」
「『……?」』
更に包囲射撃。しかし今度は狙いが甘く、巨体の俺たちでも回避は楽。
何だ? 何が狙いだ?
「
「『!? 曲がっ──痛!」』
回避したはずのビームが弧を描いて曲がり、直撃。またエネルギーが削られる。
今のは確か、BT兵器の高稼働時に可能になる──
「『
この技術を使うのは高いBT適性が必要だと聞く。たしかオルコットのBT適性はAだから……こいつは少なくともそれ以上か?
とにかくこの技はやばい。今の俺では対処不能、一方的に撃ち込まれることになる。
「『ぐっ……これでどうだ!」』
「ほう……」
背中のハッチを展開、格納された害虫型爆弾を起動し、ロックオンして発射。敵が偏向射撃ならこちらはマルチロックオン害虫だ。
「無駄だ」
「『っ! 全部落とすか……」』
しかし爆弾は敵に届かず、その全てが偏向射撃によって撃ち落とされる。かなり複雑な軌道で飛ばしたはずだが、表情一つ動かさずに落とされるとは思わなかった。
「この程度か?」
「『うるせぇ!」』
思考の間も射撃は止まず、確実にこちらが追い詰められている。
このままじゃだめだ、考えろ、この状況を打開する手は──
『そうじゃないって』
またかよ!? だから何が違うのか──ああもう!
「もういいだろう、これで終わりだ」
銃口に光が集まる。さっきまでとは違う本気の攻撃、今度こそ決めに来るか。
偏向射撃で回避はできない。受け止めようにもこれ以上のダメージは不味い。なら、なら……。
「死ね」
「『──く、そっ……」』
収束された光が放たれ、そして──
「『がああっっ!! ……ん?」』
「何っ!?」
気づけばビームを弾き飛ばしていた、
『そうだ!
「『……?」』
何が『それ』だ? ただ俺は無我夢中で動いて、その結果攻撃を弾いただけ。
「『ああ、わかった」』
「何を言っている!」
何だ、間違いってのはそういうことか。いくら考えてもわからないわけだ。
ごぎっ。
「『こうすればよかったのか」』
「!?」
『大正解』
再び充填されたビームが発射される。その全てが確実にこちらを狙い、回避しようとも偏向射撃で当てられるだろう。
だが、もう回避は不要。ブースターを全開し最大まで加速、一直線に敵に突っ込んで──
「『その機体さあ、綺麗だよなぁ。まるで蝶みたいだ」』
「っ!?」
「『ちょっと心が痛むかな──グチャグチャに叩き潰すのは」』
「何──がぁっ!?」
思い切り殴り飛ばした。
「き、さまっ……!」
「『まだだよ」』
「がっ!?」
間髪入れずもう一発、もう一発、もう一発。何度も何度も何度も何度も殴り続ける。
「ふざけっ──」
「『無駄」』
「ごっ……」
慌てて取り出したナイフも、俺たちと敵の間に挟まれたされたシールドビットも無視して殴り続ける。敵を潰すことだけに集中して。
「『礼を言うよ。お前のお陰で、やっとこいつの使い方がわかった」』
「何、をっ……?」
一度吹っ飛ばすように殴りつけて距離を取る。まだ試さなきゃいけないことがあるからな。くたばられちゃ困る。
「『こいつはもう第二形態。今までと同じじゃない。だから乗り手である俺も、変わらなきゃいけなかった」』
【Bug-Human】なら、低いスペックを武装の多彩さと精密さで補うために思考が必要だった。それも常に相手に合わせて武装を切り替えるためにより深い思考が。
でも今は【Bug-VenoMillion】。出力を抑えても尚高いスペックを持ち、切り替えるまでもなく使える武装が全身に搭載された機体。深過ぎる思考は邪魔になる。
「『こいつの力は、単純に鋭敏に直感的に──そして何より、暴力的に振るうべきなんだ」』
「……!!」
考えるまでも無く最低限の技術は身体に染みついている。細かい制御は(2)に任せればいい。
さて、低出力の感覚はよくわかった。なら次のステージだ。
「『80%」』
機体がうなりを上げ、俺自身をも破壊しかねない力で満ちる。
さあ、限界まで行ってみようか。
「『じゃ、殺すから」』
「──っ、ぁ!?」
先ほどとは比べものにならないスピードとパワー。それに圧倒的質量を絡めた破壊力でもって叩き潰す。
全身に走る痛みなんて知ったことか。今はただ、目の前の敵を潰すことだけに集中しろ。
「『俺たちのISを奪おうってんだ。どうせ
「…………!」
通常のISには兵器としての一面が強く出過ぎないようにシールドエネルギー量や武装の出力に制限が設けられている。当然敵はこれを解除して、100%性能を引き出せる状態にしてあるはずだ。
そうなれば制限の付いたままの機体では対処は難しい、がそれは普通ならの話。圧倒的な暴力の前には無意味だ。
「『死ね」』
複脚の拘束、右手の砲撃、左手の刺突、尾の斬撃。次々と武装を切り替えながら叩き込んでいく。
ビットは潰され、ライフルは折れ、装甲が砕けていく。必死の回避も、苦し紛れの反撃も、何一つこの猛攻を止めることはできない。
「『さて、仕上げと行こうか」』
背中のハッチを全開、内蔵された遠隔爆弾を起動。飛行速度、追尾性能、爆破威力全て
「何をっ──まさか!」
「『もう遅い」』
飛び立つ虫は瞬く間に敵を覆い尽くし、かちりと音を立て──
「『爆ぜろ」』
一斉に起爆した。
「────!」
「『あっはははは、すげぇ音」』
聴覚保護が無ければ鼓膜が破れそうな爆音、内臓まで響く衝撃波。その中心にいる奴はひとたまりも無いだろう。
そして爆発は続き、十数秒後。
「ぁ──ぅ……」
「『こんがり焼けましたー、ってか?」』
煙が晴れた先には、見るも無惨に破壊された【サイレント・ゼフィルス】と満身創痍の操縦者が横たわる。
「『
「…………」
「『……そうそう、まだ面拝んでなかったな。見せてくれよ」』
「やめ、ろっ……!」
日々の入ったバイザーを掴み、力任せに引っ張る。よほど素顔を見られたくないのか僅かに抵抗するが。強引に引き剥がした。
「『あ?」』
「うっ……」
そこあったのは見慣れた顔立ち、正確にはそれを少し若返らせた様な。これではまるで──
「『織斑せんs」』
「クソガキィィーーーッ!!」
「『!?」』
「オータム!?」
素顔の衝撃を吹き飛ばし様な大声と共に現れたのは蜘蛛型のIS。所々破損したそれを身に纏う女が叫びながら突撃してくる。
「『何だお前!? 敵か?」』
「貴様っ、なぜここに……」
「動くんじゃねぇ! 作戦は失敗だ、さっさと逃げるぞ!」
あっと言う間に織斑先生似の少女を縛り上げ、米俵の様に抱える女。やばい、これ逃げられる。
「『待てコラ!」』
「うるせぇ! 今はてめぇに構ってる暇はねーんだよ!」
「『だからって見逃すわけ──あ痛ぁっ!?」』
慌てて追いかけようにも身体は動かず、調子に乗ったツケが来たらしい。全身が張り裂けるような痛みに包まれ、あちこちから血が流れ出している。
「『こんな、時に……」』
「じゃあなガキ! 次は私が殺してやるよ!」
「『くっそムカつく……!」』
そのまま飛び立つ敵を見上げ、腹が立つ捨て台詞を聞きながら落下していく。
結局倒しきれなかったが、具現化解除までは追い込まれなかっただけまだマシか。
(……あと何回
そして意識は遠のき、地に落ちた。
「……ってわけなんですよ」
「そ、そう……」
数時間後。保健室のベッドに横たわる俺は。楯無先輩に事情聴取と情報交換をしていた。主に戦闘開始までの流れや敵の詳細などを話す。
とは言ってもこちらは全てを正確に話すつもりはない。織斑先生似のあいつのこととかは知らないフリだ。
「まだ何か隠してる?」
「いえ、何も」
その隠し事も見透かされているみたいだが、どうせ拷問に掛けられるわけじゃないんだ。黙ってたっていいだろう。
もし話すなら、詳しい事情を知ってそうな人──先生か束様かな。
「『
「裏では結構有名な所よ。各国からISを強奪してる、かなり大きい勢力ね」
「ふーん……」
今回俺たちを襲ったのは秘密結社『亡国機業』。俺と戦った方は名称不明、後から来た蜘蛛女はオータムと名乗ったらしい。楯無先輩と一夏が交戦したそうだ。
あの二人が使っていたのIS【サイレント・ゼフィルス】と【アラクネ】はそれぞれイギリスとアメリカから奪った機体。どちらの国も国防の過失を隠すために公表していなかったらしい。馬鹿なことを。
「結局逃げられたんですね」
「もっと追いかけることもできたんだけど……まだ学園内に敵がいないとも限らなかったし、誰かさんが大怪我してたからね。学園敷地内から出た時点で諦めたわ」
「そうですか……」
まあ、深追いは危険だよな。先輩が言うとおり中はもちろん、外に敵がいる可能性もある。
……俺の心配はいらないと思うけどな。
「ところで、この怪我にはいつナノマシン打ってくれるんですか?」
普通に話してはいたが、今の俺は全身包帯でぐるぐる巻き。あちこち肉離れを起こしたように痛むし、確実に骨の二、三本は折れている。
完全に重症患者だというのに処置は普通の病院と同じ。さっさと治療用ナノマシンで治して欲しいところ「打たないわよ」……え。
「えっ」
「透くんは最近怪我が多すぎるわ。今ナノマシンを撃てば確かに治りは早くなる、けどそれは無理矢理治癒能力を高めているから。それ相応の負担はかかっているの」
「そんな、ひどい……」
「酷くて結構よ。もしここで使ったら、これからも怪我を繰り返すでしょう?」
「うっ……」
その通り、その通りだが、これは機体性能を引き出すために仕方無いことなんだ。リスクを恐れてチマチマ動いてたら逆に──
「そうじゃなくて、怪我しても簡単に治せると思ってることが問題なの!」
「っ……」
痛いところを突かれた。確かにここの治療を当てにしていることは否めない。
この人もその浅はかな考えに気づいてたんだろう。目には涙を浮かべて──やめろ泣くんじゃない!
「今は完治できても、
「わかった、わかりましたから! ちゃんと治して、当分は大人しくしますから!」
「わかればよろしい」
「!?!?!!?」
完全に騙された。少しでも焦ったこの気持ちを返してくれ。
「ごめんね? でも心配してるのは本当よ」
「はぁ……参りました」
「うん! それじゃあ全治二週間、ちゃんと大人しくしているように!」
「長いなぁ……」
二週間か。さすがに丸々保健室で過ごすってことは無いだろうが……かなり退屈になりそうだ。
まだ痛む右手で頭を掻くと、一つ忘れていたことを思い出した。
「そういえば、学園祭はどうなったんです?」
「学園祭はもう終わっちゃったわ。表向きには襲撃もなかったことにされて、今は片付け中よ」
「やっぱりか……」
窓の外は真っ暗で、夜の静けさで満ちている。こんな時間ではとうに終わっていても仕方が無いか。
何というか、少しだけ残念だ。あまり真面目に参加してはなかったが、それでも少しは楽しみにしていた面もあったわけで。
「
「本当に済まないと思っているけど私たちにも限界があるのよっ……!」
「いや、責めてるわけじゃないですから」
毎度こんなことばかり起きていては守る側の気苦労は絶えないんだろうな。殆どの場合相手が悪いんだが……。
「ま、起きちまったことはしょうがないか。残念だけど」
「うん……」
別に全く楽しめなかったわけじゃない。色々問題だらけだったが、少しは思い出になった。収穫もあったしな。
「……あ、あのさ」
「はい?」
急に落ち着きのない様子でこちらに声を掛ける先輩。また何かあるのか。
「今日……さ、一緒に回ってた子って……知り合い?」
「ああ、クロエですか」
何だ、クロエのことか。別に隠していたわけじゃないが、今まで話したことなかったなぁ。
というかあれ見てたのか。会話まで聞かれてたりしたんだろうか。
「そ、その子って……付き合ってたり、する?」
「はい?」
何かと思えば付き合う? クロエが? 俺と?
「ないないない。あいつは妹みたいなものですよ。束さ、んのとこにいたときに一緒に暮らしてただけです」
「……本当? 禁断の愛とかないの?」
「ないですって。あっちもそんな感情持ってませんよ」
そんなこと考えたことも無い。いくら容姿が整ってて、それなりに近くにいたからって……なぁ?
「本当の本当に? 神に誓って?」
「しつこいなぁ、誓いますけど……」
どうしたんだ今日に限って。まるで俺が誰かと付き合ったら不味いみたいに。
俺だってこんな立場だけど、恋愛感情がないわけじゃないんだ。いつかは誰かとなんて考えたことだって……。
「そっかぁ……」
「!?」
ふにゃり、と笑いながら安堵の言葉を口にする先輩。その笑顔を見た瞬間、時が止まったような衝撃が走る。
どうして先輩は安心した? この笑顔は何だ? 今俺はどんな感情を抱いている?
……この雰囲気はだめだ、こっちの調子まで狂ってしまいそう。話題を切り替えないと。
「そうだ! シンデレラ、王冠の行方はどうなったんですか?」
「うっ……」
手にした者は一ヶ月同室の慣れる権利を得るというあの王冠。アレを巡って酷い目に遭ったんだ。
結局誰にも取られないまま戦闘してしまったが、起きたときにはもう無かった。一応俺を狙う奴もいたわけだし、誰かが持っている可能性もある。
「アクシデントがあったし無効ですかね? でもそれだと一般生徒に説明するの面倒くさそう……」
「じ、実は……私が持ってたり?」
「え?」
そう言って、どこかから取り出した王冠を見せる先輩、少し汚れているが裏面には確かに俺の名前。つまりこれは……。
「えっと……明日から同棲、お願いします!」
「え、えぇー……」
そういうことになった。
第33話「正解・王冠」
例によって書き溜めが無いので次回は来月以降です
忙しくなるので遅くなるor不定期になるかもしれない