「なんてことだ……」
「どうしたの?」
九月某日。自室にてスマホを眺めながら唸る俺に、学園祭のシンデレラによって同室となった楯無先輩が声をかける。
「見てくださいよこれ」
「なになに……『九十九透とは何者? 出身校は? 彼女はいる? 織斑一夏との関係は? 調べてみた!』……よくあるブログじゃない」
「こんなのがよくあるんですか!?」
なんて恐ろしい。こんな簡単に俺の情報を調べ上げられるやつがいたなんて。しかもそれが幾つもあるだと?
「早く消させなきゃ……」
「いや、放っておいていいわよ」
「?」
何を言っているんだ。このままじゃ俺の情報が晒され続けてしまうじゃないか。一刻も早く止めるべきだ。
「いいから、まず読んでみなさい」
「はぁ……」
そこまで言うなら……。早速サイトを読み込み、上から順に見ていくこととする。
まずは名前か。『本名は九十九透で間違いなさそうです!』……まあそれが本名ってことになってるから当然だな。個体ナンバーは俺も知らないし。
次は出身校。『調べてみても出身校はわかりませんでした!』……そもそも
恋人、「調べてみましたが、恋人の有無はわかりませんでした!」……そりゃいないからな。
SNSアカウント、『調べてみましたが本物のアカウントは存在しないようです!』……やってないからな。
織斑一夏との関係、『わかりませんでした!』……うん。
「あれ??」
「わかったでしょ? こういう中身のないやつなの」
「なるほど……安易に検索した者をターゲットにしたものか……巧妙だな」
「透くんって時々馬鹿になるわね」
こんな手口があるとは。インターネットって怖いなぁ。情報が空っぽで助かった。
「あっそうだ」
「今度は何?」
一安心ついでに一つ思いついた。前から考えていたこと、今答えを出しておこう。
「生徒会に入れてもらえませんか?」
「え?」
ぽかんと口を開けてこちらを見ている。
「い、今なんて?」
「だから、生徒会に入れてほしんですよ」
「誰を?」
「俺を」
「!?!???!!?」
何を驚くことがあるのだろうか。これまで何度も誘って来たのを受け入れただけなのに。
「ちょちょちょちょっと待って! え、透くんが? 生徒会に?」
「はい。俺を生徒会に入れてください」
「ぃやっっっっっったぁぁぁぁ!!!!!!」
「!?」
うるせぇ! 間近で叫ばれると耳が壊れる。今度は喜び過ぎではないか。
「じゃあ早速これとこれとこれとこれにサインを! あとこれにも!」
「はいはい、そんな急がなくたって書きますよ」
「ダメ! そう言って心変わりするんでしょ!」
「しませんって」
あらぬ疑いを否定しながら、どさどさと積み上げられた書類にサインする。誓約書やら生徒会規約やら個人情報保護やら、目を通すのも面倒なくらい細かい字でびっしりと書かれている。
「……はい、全部書きましたよ。これでいいんですか?」
「えーと……うん、バッチリね! 今日から透くんも生徒会メンバーよ!」
「わぁい」
予想外の反応だったが、何とか入ることができてよかったな。
「嬉しいなぁ。何回も誘った甲斐があったわ」
「……そうですか」
もちろん俺が生徒会に入る理由は、単に誘われたからという馬鹿な理由じゃない。ちゃんとした目的があってのことだ。
生徒会メンバーになるということは生徒会長の楯無先輩の下に付くと言うこと。生徒会長とは学園最強の証、それなりに頼れる後ろ盾になることだろう、生徒会長権限なるものもあるようだし。
これから抱えることになる仕事は面倒だろうが、その代わりに得られる物のためなら軽い物。存分に利用させてもらう。
「にしても、こうなるんだったら演劇もやる必要なかったわね」
「? それはどういうことで」
「ああ、あの劇に参加するには投票券が必要ってことにしてたのよ。知っての通りあの人数が参加してくれたから、男子争奪戦は私たちの勝利ってわけ」
「てことは一夏も入るんですね。ひっでぇ出来レースだぁ」
「そうね、でもルール違反はしてないからセーフよ!」
何だ、結局生徒会に入ることは決まってたのか。自分から言って損したな。
いや、無理矢理入れられたってより、自ら入る方が印象はいいか? うーん……わからんな。
「じゃあ次は役職を決めないとね」
「どこが空いてるんです?」
「副会長と庶務ね。ぶっちゃけ君たちの場合どちらもやることは変わらないわ」
「ふーん、じゃ偉そうだし副会長で」
「おっけー」
なんあ庶務って下っ端な響きがするからな。名前だけでも偉そうな所に収まりたい。ナンバー2ってやつだ。
「一夏くんと他の皆には明日発表しましょうか」
「荒れそうだなぁ」
「ちゃんと収める案もあるから平気よ」
やる気を煽りに煽ってのこれでは納得も行かない部もあるだろう。それを納得させる案か……嫌な予感がするな。
「明日になればわかるわ。とりあえず……これからよろしくね!」
「……ええ。よろしく、会長」
「もう、今まで通り楯無先輩って呼んで!」
まあ、今はいいか。
次の日。
「……というわけで、生徒会が一位になったので男子争奪戦は私たちの勝ちです。救済措置として各部活動に派遣するものとします」
「は?」
「えぇっ!?」
案ってこれかよ! 結局知らない女子と活動することには変わりなかった。
相当不満が出そうなものだが、元々一位が絶望的だった部活もあったことでどの部にもチャンスが与えられるこの考え受けがよく、俺たち二人が酷使される形で学園祭は幕を閉じた。
「あ? 誕生日?」
「そうそう。昨日話題になってさー」
生徒会入りから数日。学園内の熱も冷め、すっかり元の雰囲気に戻った校内を歩きながら一夏と会話の中で、誕生日の話が出た。
「そういえば話したことなかったな。何日なんだ?」
「九月二七日。日曜だな」
「へー」
一夏は俺と同じ試験管ベイビー。つまり普通に生まれた日が誕生日となるわけではないのだが、そこは織斑先生辺りが決めたのだろうか。製造日でも流用したのかな?
「透は? 何月何日?」
「俺かぁ……」
俺に誕生日は存在しない。例の研究所と共に記録は消滅して、束様の頭の中。教えられたことなんて無いし、知りたいとすら思ったことがない。
こうなるなら偽装でも考えておくべきだったかな。今更遅いか。
「知らないな。束さんに聞けばわかるかな?」
「えぇ……。一度も祝われてないのか?」
「祝われるような環境じゃなかったしな。正直祝うって感覚もわからん」
「そ、そうか……」
また俺何か言っちゃいました? な雰囲気になってしまった。俺自身言われなきゃ気にしてなかったんだがなぁ。
「お前は何かするのか? ほら、篠ノ之さんとかとさ」
「あ、ああ。中学の友達が祝ってくれるみたいでさ。俺の家に集まって誕生日会をな。透も来いよ!」
「いいのか? ならお言葉に甘えて、プレゼントも持って行くよ」
特に断る理由もないし、まあ参加してもいいだろう。
隅っこで一人寂しくしてる未来が見えたが気にしない物とする。プレゼントはまぁ、適当に決めれば良いや。
「じゃあ決まりだな! ま、当日のアレが終わったらなんだけど」
「アレ……ああ、『キャノンボール・ファスト』な」
ISの高速バトルレース『キャノンボール・ファスト』。本来は国際大会として行われるそれを市のイベントとして開催。俺たちIS学園の生徒が参加することとなっている。
学園外のイベントのため、市のISアリーナ──なんであるんだそんなもの──の中で行うらしい。収容可能人数は二万人以上だとか。
ちなみに公平を期すため、専用機持ちと一般生徒とは別の部門となっているそうだ。
「まあ、俺は出ないんだが」
「ひっでぇよなぁ。出場禁止なんて」
つい先日のこと。市つまり大会の主催から俺と【Bug-VenoMillion】の出場を遠慮したいとの要請があった、色々と理由が書き並べてあったが……要は『お前の機体気持ち悪いから来んな』ということであった。
集客用の広告には一夏と他の専用機持ちで十分、そこに俺が混じると見栄えが悪いと思ってるんだろう。俺もそう思う。
「どうせやる気も無かったがなー」
「おい」
「だってよ、全力出したら
「それはまぁ……仕方ないか」
元々【Bug-VenoMillion】は機動力に特化した機体ではない。専用のパッケージもないし、調整にも限度がある。それでレースなんて出ても優勝は難しい上に、調子に乗ればまた病室送り。やってられるかこんなクソゲー状態である。
ちなみに訓練機で出場するという選択肢はない。だって弱いもん。
「だから俺は観客か、生徒会として運営にでも回るかな。ちょっとぐらい仕事あるだろ」
「そっか……ちょっと残念だな、勝負したかったのに」
「大人数のレースで勝負かよ……」
勝負も悪くないが、それは俺が無傷で乗りこなせるようになってからかな。何年かかるんだろうか。
「でも今回は結構早く元気になってるじゃん。 全治二週間だったのにもう出歩いてるし」
「まだ完全じゃないけどな……大体一週間ぐらいでここまで回復するとは思ってなかった」
確かに怪我の程度があったとはいえ、以前に比べて怪我の治りは早まっている。そこまで鍛えてるつもりはないんだが……身体が慣れたんだろうか? 何にせよこうして元気でいられるのはよいことだ。だからといってまた調子に乗って怪我するのは御免だが。
「皆心配してたんだからな。楯無さんなんて泣いてたぞ」
「……本当か? 俺の前だと嘘泣きだったんだが」
「照れ隠しじゃないか?」
「そうかぁ……?」
本当にそうなんだろうか。あの人の考えることはよくわからないな。いっそ本人に直接聞いて……やっぱりやめておこう。
「ところで、お前の王冠は誰が取ったんだ? もう同室になってんのか?」
「皆が引っ張ったらバラバラになって一人五日になった。今はセシリア」
「えぇ……」
「はぁっ! ……はぁ……」
「精が出るねぇ」
第三アリーナ。休日にも関わらず生徒達が懸命に練習する中、その一角で息を荒げるオルコットと、それを見ている俺。
先ほどから何度もビットと連動した高速ロール射撃を行い。何が気にくわないのか、飛んでいくレーザーを眺めては落胆している。
「……なぁ、人を呼び出しといてさっきから何してんだ?」
「っ九十九さんいつの間に……ってもうこんな時間!?」
「気づいてなかったのかよ」
俺がここでオルコットの特訓を眺めていた理由、それはこいつに呼び出されたから。来たときにも声は掛けたんだが……相当集中していたのか無視されて今に至る。
「申し訳ありません。すっかり夢中になってしまって……」
「いーよ。で、何の用だ?」
「はい、それが……」
珍しく俺に話が、それも二人でというのだから余程重要な話なんだろう。恐らくは……一夏の誕生日プレゼントとか?
「学園祭で九十九さんが戦った、【サイレント・ゼフィルス】の操縦者についてお聞きしたいのです」
「あっうん」
全然違った。
「あれは
必要ねぇ。知ってどうするんだか。自分が取り戻す気かな?
俺と奴が戦った時間は短い。正確に計ってはいないが、僅か十分にも満たないだろう。しかしその短い時間でもわかったことは多い。
例えば機体の性能差、操縦者の技術差、戦術、その他諸々といった感じで。
話したところでこいつがどうこうできるとは思えんが、ここまで言うなら教えてやるか。
「いいよ、教えてやる。但し俺の主観だから、期待してるような情報じゃなくても怒るなよ」
「はいお願いしますわ」
勿論本気でこいつが怒るなんて思っちゃいない。しかし甘い期待を持っているなら捨てて貰わないと困るんだ。
なぜなら。
「最初に言っとくが、【サイレント・ゼフィルス】の操縦者──面倒だから奴とするか──は、今のお前より遙かに強い」
「っ、やはりそうでしたか」
まあ、こういうことだ。
「まず機体性能が違う。どうせ国から伝えられてるだろうし詳細は言わんが、ビットの数も、種類も、出力も【ブルー・ティアーズ】とは比べものにならん。この時点でかなり差がついてる」
「……」
通常のビームビットが六基にシールドビットが二基。ビームは俺の装甲でも止めきれずにダメージを与え、シールドは砲撃を防ぎきった。そのどちらも、オルコットとティアーズではできなかったことだ。
「次に技術。これに関してもかなりの差があるが……一番は」
「『
「そうだ」
BT兵器の高稼働時に発現する曲がる射撃。一発一発が確実にこちらを捉え、追い詰めてくるあの感じ……今思い出しても感心する。直線の攻撃だったビームが曲線になるだけでああも嫌らしいものになるとは。まあ全部無視して突っ込めばよかったんだが。
「ここまで話せばわかるだろ? あらゆる面においてお前は奴に負けている。ちょっとやそっとじゃ覆らない程にな」
「……もしそれを覆らせるとしたら、何が必要でしょうか?」
「少なくとも一人で練習したぐらいじゃ無理だろうなぁ。向こうだってやってるだろうし」
次戦うまでずーっと怠けていてくれるなら勝ち目もあるだろう。当然そんなことあるはずがないが。
かといって全く打つ手がないわけでもない。たった一つだけ、奴には隙があった。
「お前でも突けるかもしれない隙、知りたいか?」
「!? 教えてください!」
「だめー。ヒントはやるから自分で考えな」
別に難しいことではない。が、俺が全部言ったのでは意味が無い。少しぐらいは自分で考えて貰わないとな。
「……わかりましたわ」
「オーケー。一度しか言わないからよく聞けよ?」
「奴は、昔の──初めて会った頃のお前によく似ている」
「それ殆ど答え言ってませんこと?」
「マジ? まあ、後は自分でな」
「は、はぁ……」
これぐらいでもわかってしまったか。まあいい。わかったところでどうするかはこいつ次第だ。
このまま一人で練習を続けるもよし、誰かとするもよし、いつかくるその日でこのヒントが生かされていることを願おう。俺はもう何もしないけど。
「……とりあえず、今日の所は休みますわ。時間も時間ですし」
「それがいい。どうせ明日戦うわけじゃねーんだ」
次に奴らが来るとしたら何時になるか……またイベントが潰されるとしたらキャノンボール・ファストか? 考えたくないな。
「さすがにそれはない……とは言い切れないのが悲しいですわね」
「ほんとだな……」
……無人機と福音に関しては
「そうだ、見ろよこのサイト。俺のこと調べたんだとよ」
「……何ですの? この無駄に長いくせに結局何もわかってない記事は」
「さあ?」
第34話「副会長・奴」
今月はいつも通りのペースで更新できそうです