「んぐぐ……」
月曜放課後。俺はある部屋で、初めての作業に苦心していた。
「……できたぁ!」
「おめでとぉう。よくできたねぇ」
「はい! ありがとうございます」
ここは手芸部部室。今日から始まった各部への男子貸し出しキャンペーンによってここに来たのだ。
順番は全部活が参加したというビンゴ大会で決められ、各部ごとに数日貸し出されるそうだ。ちなみに一夏はテニス部へ行っている。
「編み物って結構難しいんですね」
「そぉ? 飲み込みはいいけどねぇ」
今編んだのはコースター。何となく選んだ物だが、初めてだとこれが中々難しかった。部長さんに見てもらわなければ殆どできなかっただろう。
「それにしても嬉しいなぁ。あの時買ってくれたのを持ってきてくれるなんてねぇ」
「……いえ、どうせ一人じゃ使えなかったんで……」
俺が使っているのは学園祭で手芸部の店に立ち寄ったときに買っていたキット。あの日以来、何度か取り出しては説明を読みながら挑戦していたものの結局何もわからず。また楯無先輩が同室になっているため中々作業もできずに今日に至っている。
「まぁまぁ。ここにいる内に色々覚えていけばいいよぉ。何でも聞いちゃってぇ」
「はい。……次何作ろっかな」
「そうだねぇ、マフラーとかどうかなぁ。冬に使えるよぉ」
「なるほど……うわ難しそう」
適当に作り方を調べるとコースターより遥かに難しそうな工程が、まだまだ先は長い……冬までにできんのかこれ? 心配になってきた。
「そいえばさぁ、誰かにあげたりしないのぉ? ずいぶんかわいい色だけどさぁ」
「……いや、これは自分用ですよ? 色は練習だからです」
「えー?」
だって、人にあげるものなら手作りするより既製品買った方がいいだろう。その方が時間もかからずクオリティも保証されている。
これは楯無先輩か編み物苦手ということを聞いて、じゃあ俺はどうなのか試しているだけだ。完成したら思いっきり自慢する。
後はまぁ、暫く忘れていた趣味探しの一環ってところか。
「なぁんだ、つまんないのー」
「でも毛糸はまだまだありますし、そのうち誰かにあげるのもありですね」
「そぉ? ならその時はまた教えてしんぜよう」
「本当ですか? ありがとうございます」
まだ始めたばかりだが、そこそこ楽しいしな。生徒会もあるし入部する気はないが、このまま続けてみるのもいいだろう。
「部長ずるいです! 九十九くん独占してる!」
「なぁにおう? だったら君たちも教えてあげなさい」
「はぁい! さぁさぁ九十九くん私たちにも聞いちゃってぇ!」
「え、この人がいいんですけど」
「えっ」
だってたった一回とはいえ面識ある人だし。部長なら一番上手そうだし。俺はさっさと上達したいんだ。
「まぁまぁ、折角だし皆ともお話してってよ。皆も上手だしさ」
「そういうことなら……よろしく」
「やったわ」
「共に愛……じゃなかった、手芸を語りましょう?」
……やっぱり帰りたいなぁ。
「はい、それでは皆さーん。今日は高速機動についての授業をしますよー」
またあくる日、第六アリーナにて山田先生の声が響き渡る。
「この第六アリーナは中央タワーに繋がっていて、高速機動実習が可能になっています。早速専用機持ちの皆さんに実践してもらいましょう!」
そう言いながら指し示す先にはISを展開した一夏とオルコット。それぞれが高速起動用に調整された機体に身を包んでいる。
「オルコットさんは高速機動パッケージ【ストライク・ガンナー】を装備しています。武装を機動力強化に回していますね!」
【ストライク・ガンナー】……確か夏にも使っていたパッケージだったか。あの時は『
通常サイド・バインダーに装備しているビームビットを腰部に連結、元々あったミサイルビットと合わせて推進力として運用しているのか。その代わりに射撃機能は封印されているらしい……ミサイルビットは推進力になるのか?
「織斑くんは通常装備ですが、スラスターなど機動系の出力を調整して高速機動型にしています。見た目は殆どそのままですね!」
今の説明の通り、【白式・雪羅】の方は外見にほぼ変化はない。精々高速機動補助バイザーが付いているぐらいだ。いまいち使い方がわからないらしく、何だか挙動不審だ。オルコットに個人通信で聞いているのだろう。
「それでは二人とも、準備はいいですかー?」
『『はい!』』
「ではまずは一周お願いします。……3,2,1、ゴー!」
フラッグと同時に二人が飛翔。一瞬にして音速の壁を突破し、あっという間にアリーナを飛び出して中央タワーへ。
「いいなー、たまには俺も飛びたい」
「残念だがお前は見学だ。授業で大怪我なんてされてはかなわんのでな」
「わかってますよ……はぁ」
少し願望を口にすると、すかさず織斑先生からの注意が入る。いたのか……。
元々積極的に授業に参加する質でもないんだが、いざ見学にされると……なんかなぁ。余計な負傷を防ぎたい先生の言い分も最もなんだが。
これでも負荷は抑えられてきた方なんだ、まだ高出力は無理でも、60%程度なら筋肉痛も起こらない。怪我の治りも早まってきたし、この調子なら80%が使いこなせる日もそう遠くないと感じている。
「お、戻ってきた。やっぱり早いな」
「お疲れ様でした! 二人ともすっごく優秀でしたよ!」
タワーの頂上から折り返してきた二人がアリーナへ到着。最後まで安定して飛んでいて、山田先生が褒めるのも納得だ。
……だからって子ども見たいに跳ねるのはどうかと思いますよ山田先生。一夏が目のやり場に困っている。
そんな一夏を見てボーデヴィッヒが何やら話して……ああ、また面倒なことに。
「全員注目!」
「!」
「今年は異例の一年生参加だが、やる以上は各自結果を残すように。キャノンボール・ファストの経験はこの先必ず生きてくる。それでは訓練機組の選出を行う、各自割り振られた機体の乗り込め。……ぼやぼやするな開始だ!」
「「「は、はいっ!!」」」
緩みかけた雰囲気を一喝。この流れは何度目か、さすがに手慣れたものだ。
「よーし、狙うは優勝、デザート無料券よ!」
「お姉様に良いところを見せて……げへへ」
「だが待ってほしい。ふがいない結果を出して涙を流すところで慰めてもらうのはどうだろう?」
「!」
「いや、真面目にやれよ」
本来一般生徒は二年生から参加するものらしいが、今年は
そんなわけで女子は燃え上がり、先生方も気合いが入っている。入りすぎなくらいに。
「……でも俺は出ないんだよな」
頭ではわかっていても、疎外感を感じずにはいられなかった。
「はー……今日も疲れた」
「お疲れー」
そして大会前日。アリーナ使用時間ギリギリまで練習していた一夏と、それに付き合いながら調整していた俺。
実は明日の本番に出ない俺が態々付き合う必要も無かったのだが、今日に限っては共に練習をしていた。
「悪いな、俺のわがままに付き合って」
「いーよ。どうせ俺も退屈してたんだ」
一夏には高速機動下でのでの戦闘経験が、俺にはISを十全に使いこなすための練習が必要だ。互いに必要な要素を満たすため、それに適した方法を実践していたのだ。
「お前が飛んで俺が撃ち墜とす……中々楽しかった」
「途中からお互い本気になってたな……」
と言っても一夏が高速で飛び回り、俺は地上から攻撃。それを迎撃しつつ反撃し、またそれを迎撃して……を無限に繰り返していただけだが。
始めはそれなりに加減していたはずが続けていく内に熱くなり、最終的には全力一歩手前になっていた。時間が来なければどちらかがエネルギー切れになるまで続けていたかもしれない。その前に俺が潰れていた可能性もあるが。楯無先輩に知られたら怒られるな。
「とりあえず一夏、荷電粒子砲は使うな。お前が使うと産廃になる」
「そこまで言うか……ちょっとは使えるようになったと思うんだけどなぁ……」
「至近距離でぶっ放すか遠距離で7割外すしかできないのを使えるとは言わん」
「ぐぬ……そういう透こそ、すぐ力押しするのはどうなんだ?」
「俺はあれでいーんだよ、そっちの方が今の機体に向いてる」
自室へと歩きながら感想、もといアドバイスを語り合う。ほぼダメ出しになっているのは気にしない。
「でも良い経験になったんじゃないか? 明日に活かせそうだ」
「そうかい、俺はまぁ……ぼちぼちかな」
今日の最高出力は67%。短時間の発動ではあるが、今のところ反動はない。明日にはどうなっているかが気になるところだ。
70%が見えてきたのは大きな進歩といえる。単一使用能力を安定して発動できるラインは80%、もう少しだ。
「でもその少しが、難しいんだなぁ……」
「ははは……頑張れ」
そんな調子で話していると部屋へ到着。まだ一夏とは別室なのでここで別れる。
「じゃ、俺はここで」
「おう、また明日」
腹も減ったが、先にこの汗を流しておきたい。そうしたらすこし休んで──
「お帰りなさーい。今日は随分お楽しみだったみたいねぇ?」
「すいませんでしたぁ!」
もうバレてる!
「反省した?」
「はい……」
あれから約一時間後。言われるがままにベッドへ正座させられた俺はこってり叱られていた。
「別にね、絶対にISを使うなって言ってるわけじゃないの。いざというときに自分を守るには必要不可欠だし、授業だってあるし」
「でしょう? じゃあ」
「でもそれで自爆しちゃあ意味ないでしょ!」
「すいませんでしたぁ!」
いや全くもってその通りなんだが、もう少しこう……俺を信じて欲しいな。
確実に反動は減ってるし、今日だって無傷で終えることができている。治りも早まっている。
「そう思ってるならせめて事前に連絡して頂戴。必要なら私が監督するし、誰かに頼むことだってできるんだから」
「一夏は」
「一緒になって本気出すからダメよ」
「はい」
完全に見抜かれている。今日の特訓も見てたんじゃないか? もしくは誰かが告げ口したか。
「とにかく、これから特訓するなら必ず連絡すること。それが守れないなら最悪禁止になるわよ」
「……はい」
正直かなり嫌だが、諦めるしかないな。この人が言ってることは正しいし、許可さえもらえれば使えることに変わりは無いんだ。嫌々でも従っておこう。
「透くんは気づいてないかもしれないけど、今のあなたはかなり不自然な状態なのよ」
「不自然? どこが?」
まさか頭がとでも言うつもりか?
「あなたの身体が、反動に慣れるのが早過ぎるの」
「いいことじゃないですか」
「確かにね……でも考えてみて。ほんの一月前まで全身にヒビ、内臓までダメージが入っていたのが、この間は筋肉痛と少し骨が折れただけで済んでる。二次移行までに受けてた怪我を差し引いても、明らかに軽くなってる」
「それは……そうですね。大して鍛えられたわけでもないのに……」
夏休み強制終了の怪我から復帰して、学園祭でまた気絶するまでは約一週間。その間でBugを動かしたのは片手で数えられるほど。生身の鍛錬だってあまりしていなかった。それなのにこれほどの差が出ているのはおかしい。
「傷が治るまでもそう。寝たきりで二週間かかってたのが動き回りながら一週間と少しでほとんど治ってるの。しかもナノマシンを使わずに」
「……普通一ヶ月は要りますよね」
「私がかなり早く見積もっても二週間は必要だった。
一応言っておくとまだ完治したわけではない。過度な運動は控えるように言われてるし(やった)。
それならこの再生速度は何だ? 織斑計画で作られたから? しかし俺は失敗作、身体機能はただの人間と同等のはずだ。
よーく思い出せ。この再生力はどこから来ている? 俺と他の常人の違いは何だ? ……ああ。
「
「? 何か言った?」
「いえ、何も」
いけない。まだ先輩がいるのに、うっかり出自を話したりなんかしたら大変だ。これは後で考えよう。
「これがただの成長なら喜ぶべきことだけど……もしそうでない異変なら、今後どんな副作用が出るかわからない。安易に頼るべきではないのよ」
「副作用ねぇ……」
そこまでは考えたこと無かったな。副作用……変な形で治ったりとかだろうか。骨折したときが怖いな。
「あくまで可能性の話よ、最低限頭に入れてほしいけど」
「……ま、まぁ、今度こそ注意して戦うことにしますよ。望んで怪我してるわけじゃないですし」
「そうね。出力は経過を見ながら上げていきましょう」
結局はこれに尽きる。忠告はそこそこに受け止めて、思い当たった原因は……その内
「……シャワー浴びてきます」
「あ、うん……背中流す?」
「叩き出しますよ」
とりあえず、今は休息の時だ。
明日はキャノンボール・ファスト本番。それなりに仕事もあるし、一応応援だってするつもり。
願わくば、何事も起こらんことを。
第35話「見学・不自然」
書きながらずっと「楯無さんとは何?」って考えてました