遂にキャノンボール・ファスト当日。天気は快晴、会場は超満員、空には花火が打ち上がっている。
「帰っていい?」
「だめー」
鬱陶しい日差しを手で遮りながら、正直は想いを口にする。が、呆気なく却下される。
九月の末とはいえこの天気に人混み、観客のテンションも相まってまるで真夏のような熱気に包まれている。
「あちーんだよここ。こんなところにずっといたら溶けるぜ。本音だってそう思うだろ?」
「そうだけどさー、これも私たちの仕事なんだよー? ちゃんとやらなきゃねー」
「普段は適当なくせにっ……」
「てぃーぴーおーってやつだよー」
しかしこの熱気から逃げることは許されない。なぜならこれが……観客席を回りながら外敵に警戒することが俺たちの仕事だからだ。
「俺はともかくさぁ。本音まで見回りってどうなんだ? 敵来ても戦えないだろ」
「私は戦わないよー。もしもの時は注意喚起と避難誘導と各所に連絡、あとは──」
「あとは?」
「つづらんが逃げないか監視」
「……信用ねー」
命じたのは楯無先輩だろうか。全く少しは俺を信じて欲しいものだ。そうしてくれたら逃げられたのに。
「二年生の部が終わったら交代なんだからさー。もーちょっとがんばろ?」
「はいはい……」
本日はまず二年生のレースを行い、続いて一年生の専用機持ち(俺を除く)、一年生の訓練機組、最後に三年生のエキシビジョンというプログラムになっている。
「そろそろ決着かな? 人多すぎて見えねーけど」
「みんなの声も大きくなってきてるねー。全然見えないけどー」
わああぁぁぁ……!
「おっ」
「んー?」
ウワァァァァァァ……。マアァァァァァァ……。と盛大な歓声が会場に響き渡る。どうやら勝者が決まったらしい。まあ出てる人は誰も知らないため興味も無いのだが。
「じゃあ、戻るか」
「そだねー」
となれば交代の時間だ。さっさと先輩と交代して、だらだらと冷たい飲み物でも飲みながら観戦しよう。
「そういえば、楯無先輩が出ないのもったいないよなー。いくら仕事があるとはいえ」
「いやぁ。たてなっちゃんが出たら優勝しちゃうからねー。つまんないでしょ」
「確かに……」
先輩の実力は生徒全体で見ても抜きん出ている。それこそ二年生の中では圧倒的なほどに。機体こそレース向きではないが、もし出場すれば軽々優勝してしまう。
……それはそれで見てみたいと思ったが。
「透くーん! 本音ちゃーん! お疲れ様ー!」
「あ、いたいた。はーい!」
「わーい」
話していた先輩が見えた。これで交代、後はゆっくりと観戦できる。
「次は一夏達が出るんだったか……ちょっとくらい応援してやらないとな」
「つづらーん! 早く席とろ!」
「おーう」
さて、優勝は誰になるか……少し楽しみだ。
『それでは皆さん、一年生の専用機持ち組のレースを開催します!』
「おおー」
「始まるなぁ」
大きなアナウンスが響き、専用機持ちがスタートラインに並ぶ。各々が高速起動用のハイパーセンサー・バイザーを下ろし、意識を集中している。
「かんちゃんがんばれー!」
「がんばれ一夏ー」
シグナルランプが点灯、全員がスラスターを点火。
スタートまで3……2……1……。
『ゴー!』
合図と同時にロケットスタート。先頭はオルコット、少し遅れて一夏、あとは団子といったところか。
「やっぱ専用のパッケージあると違うな。動きも慣れてる」
「一杯練習してたからねー」
戦闘を維持したまま第一コーナーを過ぎ、このレース最初の攻防が始まる。
「ねーねー、
「だめだ。今の人数じゃ聞いたってうるさいだけだぞ」
現在は凰がオルコットに攻撃を仕掛け、その隙にデュノアとボーデヴィッヒが追い抜いたところ。
一夏も負けじと加速し、妹様と簪も何やら仕込みがあるらしく、一定のペースを保ちながら後方に食らいついている。
「良い感じだねー」
「白熱してきたな」
レースは二週目に突入し、会場の熱気は更に増していく。
そんなタイミングで、異変は起きた。
『警告する。五秒後に一体、そして会場西にもう一体、敵が来る』
「────は?」
「んー?」
突如(2)からの警告に理解が遅れ、気づいた時には。
──ドンッ!
上空からの一撃がトップのデュノアとボーデヴィッヒを撃ち抜く。
「──本音、避難誘導は任せた」
「ふぇ? りょ、了解! ……つづらんは?」
「俺は──見逃したネズミを叩きに行く」
逃げ惑う観客の流れに逆らうように移動。人が邪魔でIS使えないことに苛立ちながらながら進んでいく。
徐々に人が減っていき、目的の西エリアに着く頃には、残っている者はただ一人。
「──見つけた」
「驚いた、もう気づかれるなんて」
そこにいたのは、美しい金髪をなびかせた女性。見た目だけで判断するなら欧米の、二十台後半と言ったところか。整った顔立ちとスタイルに、赤いスーツがよく似合っている。こんな状況でなければ、どこかのセレブかと思うだろう。
……けど何だろうかこの違和感は、どこか普通の人間とは違う、親近感すら感じてしまうのは。
「お前も『亡国機業』だかの一員か?」
「知ってるの? 情報通ね」
「揶揄うなよ、侵入者が」
サングラスを外しながら、と余裕たっぷりの声色で返答する。
「目的は何だ、パツキン悪女」
「言うわけ無いじゃない。あとその呼び方はやめなさい」
「そうかい、なら無理矢理聞き出すか」』
「できるかしら? 九十九透くん」
ばきり。とISを展開し、真っ直ぐ的へ突っ込む。もう観客はいない、思う存分、死なない程度に暴れられる。
「『いきなりだが──吹き飛べ」』
「!」
不意を突いての砲撃、これで死ぬわけはないが、先ずは小手調べ。どれぐらい通るか見極めを──
「──初対面の相手に随分失礼じゃない」
「『あ? ……あー、そういうタイプね」』
敵の姿は金色の繭に包まれ。傷一つ付いてはいなかった。
「貴女と戦うのは目的ではないんだけど……仕方ないわね」
「『そうこなくっちゃ」』
ISが
両腕に備え付けられた鞭が炎を放ちながら高速回転。炎のシールドを展開する。さっきのはこれか。
こいつは明らかに実力者。下手に出力押さえてる場合じゃない──65%だ。
「こんがり焼いてあげる」
「『飛んで火に入る夏の虫……ってこと?」』
戦闘開始。
「『熱っっっっっつ! 死ね!!」』
「うふふ……」
数分後、見事に火だるまにされた俺と、ほぼ無傷のままの敵。威勢よく戦い始めたはいいものの、当てられた攻撃は最初の砲撃と数発掠らせただけ。ほとんど一方的に焼かれるばかりだ。
「この程度かしら? 興覚めね」
「『言ってろこのっ……あっつ!」』
シールドエネルギーで俺は本体は保護されていても熱いものは熱い。口だけは強がりつつも、情けなく転がっていた。
『何やってんだ馬鹿! また逆戻りしやがって!』
「うるせぇ! 仕方ねーだろ!」
「急に独り言? 余裕のつもりかしら?」
「『お前には関係ねぇ!」』
「!?」
やられっぱなしの原因は俺の戦い方にある。学園祭で得たはずの正解の動き、『鋭敏・直感的・暴力的』なスタイルが全く発揮できていない。
それは余計な思考が抜けきってないからだ。まだ俺は、自ら思考を消していくことに慣れていない。学園祭以来まともに戦っていないとのだから、試す機会がなかったんだ。
「『あの状態に入れればっ……て考えるのが駄目なんだよなぁ……」』
「何のつもりか知らないけど、一気に決めさせてもらうわよ!」
そんなことを考えていれば当然隙だらけになるわけで、そこを突かれるのは必然。さらに窮地に陥る。
「『っく!」』
敵の腕から放たれた火球が次々と襲いかかり、シールドエネルギーが削られ始める。俺の装甲の上からダメージを通せるということは相当の火力を持つということ。
掠らせたときに付けたナノマシンは焼かれて使い物にならないし……まずいな。打つ手がない。
「燃えなさい」
「『!」』
そう言って、敵が構える火球は先ほどとは比べものにならない程大きく、強力な熱を蓄えている。
直撃すればただじゃ済まない。強制解除か、病院送りか、最悪火葬か。急いで回避を──間に合わない!
「『やっべ、死──!?」』
『来た』
「躱した!?」
頭の中で何かが弾けたと思ったら、次の瞬間回避に成功していた。
なんだ今の、この感覚は。あの時と同じ、単純で鋭敏で直感的な……。そうか、『来た』ってこれのことか!
「ならもう一度っ!」
「『あ」』
いやそんなことより次がやばい死ぬ──
「そこまでよっ!」
「『!?」』
「何っ!?」
放たれた火球は水の壁に阻まれ、水蒸気を上げながら消えていく。これは、今の声は?
「透くん大丈夫っ!?」
「『先輩! どうしてここに?」』
「どうしてって、何回も柱上がってたんだから気づくに決まってるでしょ! 避難対応で遅れちゃったけど!」
「『ですよねー」』
敵はともかく、俺も全く会場に気を遣って戦っていなかったからな。あちこち燃えて、ぶっ壊れている。そりゃ目立つよな。
「そんなことより……まさか貴女が出てくるとはね、『
「こちらこそ、貴女とも戦えるなんて思わなかったわ。更識楯無」
どうやらこの敵はスコールと言うらしい。それが偽名か本名かは定かではないが。
「『とにかく助かりました。もうすこしで黒焦げだった……」』
「透君は下がってなさい、だいぶダメ-ジ入ってるでしょ」
「『いえ、そういうわけには。……折角
「は?」
「『まあ見ててくださいよ」』
いきなりこんなこと言っても理解はしてもらえないか。明らかに劣勢だった者がやる気を出しても虚勢にしか見えないだろう。
だが、その劣勢はこれで覆る……はず。
ごきり。
「『……
「!? そんなことしたらっ!」
「『いいんですよこれで、
「……よくわからないけど、本気を出したってことかしら?」
「『ああ、そんなとこだ」』
出力が格段に上がり。60%そこそこより遙かに強い負荷が全身にかかる。肉が潰され、骨が軋むのを感じる。これが欲しかったんだ。……マゾではない。
「『きたきたきたぁ……この感覚、
二次移行の時と同じだ。どんどん死が迫ってくるこの感じ。学園祭の時も、ついさっきも、この死が近づく感覚で正解に辿り着いた。
まさか何より死を恐れてる俺が、自ら死に近づくことで全力を出すなんて、どんな皮肉だろうか。
「『殺すっ!」』
「!!」
スラスターを全開、スコールへ急接近しながら左腕を叩きつける。小細工は不要だ、炎の防御も何もかも質量とパワーで押し切ればいい。
「さっきとはまれで違う動きっ……エムがやられたのはこれね!」
「『エムぅ? ああ、ゼフィルスの女か、てめぇも潰してやるよ!」』
「ちょっと透くん! 待ちなさい!」
死から逃げるように敵に突っ込み、直感に従って攻撃を叩きつける。何と暴力的で、知性の欠片もない野蛮な戦法、束様が見たら何というだろうか。
「『炎でナノマシンが燃えちまうのが残念だなぁ。もっと面白くできたのによぉ!」』
「あ、あなた本当に九十九透なの?」
「『当たり前だろ、他の誰に見えるんだ?」』
痛みと喜びで少しばかりハイになっているけど、俺は俺を保っている。
『その通り。さあ時間も残り少ない、決着をつけようか』
自ら正解の動きを引き出せるようになったといっても、それが自滅を招くことには変わりない。どれだけいい調子でもいずれは死に追いつかれる。そうなる前に敵を
「『終わりにしてやる」』
「ちょっ」
敵の左腕を掴み、抵抗するのも構わず思いきり振り回す。地面に叩きつけるたびに装甲が砕け、装甲の根元がガタつき始める。そろそろ千切れるな。
もう一度地面にめり込むまで強く叩きつけ、中身ごと踏み砕こうとした瞬間。
「くぅっ……」
「『あ? 何だそれ?」』
スコールの左腕が
「秘密、バレちゃったわねっ……」
「
失った四肢や器官を機械で代用または強化した存在。俺の左足も似たような物……あの妙は親近感はこれか。
「『……まぁいい、スクラップにしてや……っ!?」』
「だから、待ちなさいって!」
「『先輩!? ちょっと……ぅぶっ!?」』
背後からアクア・ナノマシンによる拘束を受けて動きが停止。それと同時に反動による吐血、耐えきれない痛みが全身に走る。
「『あ痛ぁ!? ギブギブギブ!」』
「ごめん! でもこうしなきゃ止められなかったから……」
痛みで全身が引きつるが、見事に固められているため指一本動かせない。結果逃げ場のない地獄のような感覚に陥る。
「……今の内にっ!」
「『おい待て逃げんな!」』
「だから動かないで!」
半壊した機体で逃走を図るスコール。俺には追う余力は無く、先輩には俺を拘束するので精一杯。追う気もないようだが。
あっという間に遠ざかる背を見つめながら脱力する。
「『ああ逃げていく……」』
「いいから! 今日は諦めて!」
「『どうしてですか! ここで捕まえなきゃまた……」』
「今自分の身体がどうなってるかわからないの!?」
「『は……え?」』
そう言われて、とりあえず右腕に目を向けると。
「『げ」』
既に具現化は解けていて、血まみれの肉がそこにあった。
「『あー……はい、わかりました」』
「本当に? 追わない? 追ったら爆破するわよ」
「『それは勘弁。……ほら、解除しましたよ」
残る装甲も全て解除し、もう繊維がないことを示す。今爆破されたら本当に死んでしまう。
「もうっもう! なんで無茶ばかりするの!」
「ははは……行けるかと思って」
「無理に決まってるでしょ! こんなに怪我して……早く治療するわよ!」
「はいはい……すいません痛すぎて動けません」
「私が運ぶから!」
特に重傷なのは右手だが、全身張り裂けそうだ。折れ……てるかはわからないが。所々火傷しているのもあって風すら痛い。
いっそ意識を失ってれば……あれ、今日は気絶しないな。
「ちょっとは進歩したってことかな……いて」
「動けなくなっておいて何言ってるの? 後でお説教だからね!」
「それも勘弁願いた……あっ先輩、揺れると超痛いです!」
「急いでるんだから我慢して!」
しかし今は治療が優先。先輩の腕に情けなく抱えられながら、この痛みに耐えるのだった。
第36話「
コーロナコロナコーロナ\休み/
コーロナコロナ\低収入/