「あ、せーのっ」
「一夏、お誕生日おめでとーう!」
「おめでとー」
「めでたーい」
デュノアの声を合図に、祝いの言葉と共に幾つものクラッカーが鳴る。遅れて言ったのは俺と本音だ。
時刻は夕方五時頃、織斑邸にて俺たちは一夏の誕生日を祝うべく集まっている。
「お、おう。サンキュ……けど多すぎないかこの人数」
今ここにいるメンバーを整理すると、まず一夏と俺、例の五人、簪、本音、虚先輩、楯無先輩、新聞部のなんとか先輩、一夏の友達が三人。合計十五人、多すぎるな! 織斑先生は後から来るらしい。
「よかったな人気者」
「あ、ああ……ってお前透か?」
「それ以外に誰に見えるんだ」
「俺の知ってる透は全身拘束されたミイラ男じゃないぞ」
「うん」
今の俺の姿は一夏の言ったとおり、全身包帯でぐるぐる巻きのミイラ男が車椅子に拘束されたホラーチックな有様。今日がハロウィンだったらよくお似合いだろう。
こんな状態になってしまったのは、当然ながら俺の治療のためである。スコールとの戦いによって(半分以上自爆)何度目かの全身重傷を負った俺は、とりあえず治療用ナノマシンによる活性化再生治療を受けた。本来ならばそのまま入院のはずだったが、ガチガチに拘束されることを条件にここへ来ることを許された。だって自分だけ蚊帳の外とか嫌だろう。
「相対的にわたくしの傷が浅く見えてますわ……」
「どこ張り合ってんだお前」
いつの間にか隣に立っていたオルコット。彼女も右腕に包帯を巻き、入院を拒否して来ているそうだ。
「よう、機嫌良さそうじゃないか」
「ええ。お陰様で、祖国の意地を見せられましたので」
「そうかい、よかったな」
聞けばこいつは【サイレント・ゼフィルス】の操縦者──エムといったか──相手に大立ち回りを演じ、『偏向射撃』まで発現させたらしい。ついこの間までと比べてたら相当な進歩だ。
「けれどまだまだですわ。わたくし一人では撃退できませんでしたし」
「さっすが、上昇志向が強い」
「もう慢心しないと決めているので」
俺もこういう所は見習わないといけないな。見習いすぎるとまた怪我するんだが。
「ほら、俺と話してばっかいないで一夏のとこいってこいよ。またラブコメじてるぞあいつ」
「! そうでした。一夏さーん!」
そしてオルコットはプレゼントらしき包みを持って、凰にラーメンを食わされている一夏の元へ歩み寄る。何してんだあいつら。
俺は一人、隅っこでパーティの景色を眺める……あれ、この展開予想通りだな?
「とーおーるーくんっ!」
「? ……何だ先輩ですか」
「どう? 大人しくしてる?」
「そこは楽しんでるとかでは……いえ、何でも無いです」
背後から現れた先輩の表情はいつもの笑顔。声の調子もいつも通りだが……何だろう。もの凄く怒ってる感じがする。
やっぱり
ここは……うん。
「あの」
「なぁに?」
怖すぎる。けど、説明はさせてほしい。
「これは、
「……その度に、死にかけるとしても?」
「完全に死ななければ、次があります」
もしこの先、半端な力で敵と戦えば敗北は必至。負けた先に待つ物は……言うまでも無いだろう。
「それに、今日の怪我も思っていたほどではありませんでした。それがいいことかどうかはわかりませんけど」
右腕粉砕骨折、全身に青あざとところどころに火傷。あとは内臓にほんの少しの傷。これが今日のダメージだ。その殆どが負荷による物だが、確実に軽減されている。
この調子で身体を慣らしていけば、間違いなく最小限の負荷で使いこなせるはずなんだ。
「どうしてもやめる気は無いってわけね……」
「これも生きるためなんで。そのためなら何度死にかけたって構いません」
ほんの僅かでも生存確率が上がるのならば、幾らでこんな痛みなんて屁でもない。
「はぁ……わかったわ」
「!」
「その前に!」
「!?」
納得してくれた……と思ったら、まだ何かあるようだ。
「もう一つ言わなきゃいけないことがあるんじゃない?」
「ああー……」
そうだよな。忠告を無視して、心配かけて、挙句の果てに暴走を止めてもらったんだ。言い訳を並べる前に、これだけは伝えておかないといけなかった。
「ごめんなさい」
「ん、よろしい」
精一杯の謝罪、全身ガチガチのため頭を下げることもできないけれど。
その言葉を受けて優しく微笑む先輩。許してくれた……のかな?
「またあんなことになったら、何度だって私が止めてあげる」
「はは、頼もしいなぁ」
またあの拘束を食らう羽目になるのか……そもそも暴走しなければいいんだが。
「それとどうしても無茶するって言うなら、無茶が無茶じゃなくなるまで鍛えてもらうわ」
「具体的には?」
「超スパルタ楯無ズブートキャンプよ!」
「えぇ……」
いきなり会話の知能指数が下がった。なんだこのネーミングは。
「今までのメニューに加えて、とびっきり厳しい特訓で徹底的に鍛え上げるわよ」
「うげぇ、拒否権は」
「無いに決まってるでしょ。これは交換条件なんだから」
「交換条件……」
俺の無茶を認める代わりに、さらなる特訓を重ねるのこと。これが先輩の考えか。正直言ってかなり嫌だが、きっとこれも役に立つ……はず。そうでなきゃ言い出さないだろうし。
「わかりました。その超スパルタ楯無ズブートキャンプ(笑)を受けますよ」
「なんか馬鹿にしてない?」
「気のせいですよ」
「? じゃあ決まりね! それが治り次第始めるから覚悟しなさい!」
「はいはい……はぁ」
また面倒ごとが増えてしまったが、これも生存のため。注意を無視した罰と思って受けるとしよう。
ぺき。無傷の左手を鳴らしながら、ため息をついた。
その後も一夏の誕生日パーティーは続き、
「新聞部でーす、インタビューさせてくださーい!」
「え? 今の俺に?」
「うん、『九十九透、階段から落ちる!』って記事書くの」
「何でそう間抜けな嘘を……ああ」
「情報操作ってやつよ」
「やっほー」
「やっほー、簪が参加してたのは意外だな。プレゼントまで持ってくるとは」
「折角誘われたし……あの中身は果たし状」
「お、おう」
「つづらん見てあそこ」
「……? 虚先輩じゃん、あと一夏の友達だっけ」
「しーっ」
「……あの、連絡先、教えてもらっても……?」
「は、はい! どうぞ!」
「……ほーう」
「ほほーう」
「そうだ一夏、プレゼントが後ろのポケットに入ってるから取ってくれ」
「拘束されてるから届かないのか……これかな?」
「ああ、中は湯飲みだ。なんか四万ぐらいした」
「高っ!? え!? いいのか!?」
「いーよいーよ、どうせこんなことじゃないと使わないし」
そして、そろそろお開きになろうかと言うとき。
「まだやってるか!?」
「千冬姉!?」
「織斑先生と呼……今は学園外だったか。すまない遅くなったっ、ハァ……」
ここで織斑先生が登場。相当急いできたのか、珍しく息を切らしている。
「事後処理で遅くなってたんだったか。お疲れ様でーす」
「ああ、山田先生が送り出してくれてな……いや待てお前透か?」
「その下りさっきやりました」
学園内ならともかく、市内でISによる戦闘が起こったとなれば相当面倒な処理があったことだろう。俺たちの取り調べももかなり面倒だった。さらっと山田先生が犠牲になってるし。
「ほら千冬姉」
「ん」
「はい」
「なんだこいつら……」
「「「…………」」」
スムーズにに上着を受け取り、ハンガーに掛けていく様はまるで熟年夫婦のよう。皆もそう感じているのか微妙な顔で眺めている。
「ご飯は……今あるやつで、あとはえーと」
「誕生日の人間が動くな。私はいいから」
「なあ、いつもこうなのか?」
「小学生からこんな感じだぞ」
昔から二人を知っている妹様が言うのだからそうなんだろう。姉弟ってのは皆こうなのか……いや、違うよなきっと。
「それよりほら、プレゼントだ」
「! ありがとう千冬姉!」
「なんて眩しい笑顔なんだ……」
何を貰ったかは知らないが、間違いなく今日一番の笑顔が出た。もう織斑先生からなら何が貰えても嬉しいんじゃないか?
「ぐぬぬ……」
「くっ! 教官に負けた!」
「フフン」
何の勝負だ……と言おうと思ったが、織斑先生の勝ち誇ったような笑みでその言葉を飲み込む。
「主役は最後に来ると言うことだ、小娘共」
「主役は一夏では?」
「忘れろ」
織斑先生のボケによって、今度こそパーティーはお開きとなったのだった。
「……私、は」
高層マンションの最上階。広く豪華絢爛な部屋に少女が一人、首を垂れていた。
『わたくしの切り札はまだありましてよ!』
「っ!」
頭に響く幻聴。今日の失態を招いた原因の、【ブルー・ティアーズ】の操縦者の声。
あそこまでは確かに優勢だった。あと少しで、あと一手で殺し切れたはずだった。
それなのに。
「──違う! 私は、私は負けてなどいない!」
あまりにも無様な逆転劇。直前まで格下の集まりと侮っていた。技術の足りない雑魚共と嗤っていた奴らに不意を突かれ、あっという間に離脱へと追い込まれた。
『まだお前の面を拝んでなかったな。見せてくれよ』
あの時だってそうだ、追い詰めたはずの相手に圧倒される、どちらも、誰がどう見ても敗北なのは明らかだった。
しかし自分では認められない。認めては、また
『愛されていない』
『未来はない』
『希望もない』
『あるのは、ただ──』
「黙れぇっ!」
響き続ける幻聴かをかき消すように叫び、耳を塞ぐ。無駄だということはわかっているはずなのに。
「……うぅ、うぅぅぅぅ……」
結局今は消えない幻聴に耐えながら、ただ蹲ることしかできなかった。
「……いいのかよ何も言わなくて、あいつ壊れちまうぞ?」
「私だって負けたようなものよ、声かけたって余計に刺激するだけ」
「そうか……」
その様子を陰から見ているのは二人の女。亡国機業の実働部隊が一つ、『モノクローム・アバター』のスコールとオータムだ。
「心配なら貴女が行けばいいじゃない」
「やーだよ。柄じゃねぇ」
「心配なのは否定しないのね」
「ばっ……まぁ、そうだけどよ」
片や冷酷なリーダー、片や粗野な一構成員だが、彼女らも血の通った──片方は
「私には何も言わないの? こんな身体を見ての感想は?」
「…………」
「がっかりした? それとも……?」
続く言葉を遮るようにオータムは歩み寄り、露出した機械部分を優しく、割れ物に触れるように優しく撫でる。
「知ってたさ、このくらい。お前のことだから」
「あら……ふふっ」
ほんの少し意外そうに驚きそれから少女の様に笑うスコール。そこには若干の自虐を含ませながら。
「無理すんなよ。本当は痛むんだろ?」
「…………」
「パーツはどこにある? 速いとこ治しちまおうぜ」
「そうね」
恋人のスコールを思い、優しく言葉をかける。その優しさに甘えたくなる気持ちを堪え、突き放すような態度を取る。
「……少し遠いけど、行きましょうか。私と貴女の追加武装もあるわ」
「わかった、行こう」
同意しながらも、オータムはスコールの隣に腰掛ける。
それにスコールは何も言わず、オータムも何も言わない。
「ねえ」
長い沈黙の後で、スコールが口を開いた。
「キス、しましょう?」
「ああ」
寄り添う二人の距離が更に縮まり、恋人同士の口づけが交わされる瞬間──
「ほら見てくーちゃん、ちゅーだよちゅー」
「すっごく、すごいです……!」
「「!?」」
この場にはひどく不釣り合いな二人が現れた。
「お茶くれる? 砂糖入れてね」
「私は紅茶を……」
「遠慮ってものがないのか?」
数分後、当然の様にお茶を要求する束と便乗するクロエ。我が物顔で寛ぐ姿からは彼女らが天災科学者とその娘的な存在とは窺い知れないだろう。
「毒とか入ってない? どうせ効かないけどね!」
「私には効くので入れないでください!」
「入っていませんが……」
「わぁい……やべぇ熱っ!?」
「なんだこいつら……」
毒が入っていないことを確認し、一気に飲んで舌を火傷するクロエ。何をしたいのか全くわからない。
「……それで、何のご用でしょうか、篠ノ之博士?」
「んー? ちょっとねー、お前らに手を貸してあげようかなーって」
「手を……? !?!!?!?!」
「は? は!? え゛!?」
手を貸す。普通であれば大したことない、よくある話の一つ。しかし相手はかの天災篠ノ之束、あおの彼女が手を貸すなどそれこそ天変地異の前触れのような出来事だ。
「うるさいなぁ、帰るよ?」
「まっ待ってください! その、あまりに驚いてしまったもので……」
「何言ってんの、そのうち呼び出すつもりだったんでしょー? コソコソ嗅ぎ回ってたくせに」
「……気づいていましたか」
確かに、最近の亡国機業では戦力強化のため彼女の力を得るべく捜索を続けていた。今日に至るまで手がかりは全くなかったが。
「別に見つかるまで待っててもよかったんだけどさー、それだと何年かかるかわからないし、こっちから来てやったわけ」
「そ、そうですか……」
「失礼いたしました。して、具体的には何をして頂けるので?」
想定外の事態だが、願ってもないことなのは事実。ならば、何を得られるのかを確認する。
「そうだねぇ……新造IS」
「!」
「はやめといて、お前らが持ってるISのどれかでも強化しよっかな。嬉しいだろー」
「あ、ありがとうございます……」
期待していた物とは違うが、戦力強化に繋がるのは間違いない。ご機嫌取りも兼ねた礼を述べておく。
「さてさて、どいつのISから弄っちゃおうかなーっと……?」
そう言いながら席を立ち、ぐるりと部屋を見渡すと何かを見つける。視線の先には、一応同席させていた──といても隅で蹲っているだけだが──エムがいた。
「んんー?」
「? ……ぁ」
興味深げに、じいっとエムの顔を見つめる束。自分を見つめる瞳の、その奥にある何かを見たエムは動けない。動けば何が起こるかもわからない。
「んふ、あはははははっ! そうか、
「……?」
突然の笑い声と意味不明の言動に戸惑う。相当愉快なのか、文字通り腹を抱えて笑っている。
「ねぇ、君の名前は──いや、私が当てようか」
「…………」
「んふふ、えっとねぇ──織斑、マドカ」
「「「!?」」」
スコール、オータム、エムの三人が同時に驚愕する。
どうして知っているのか。それはこちらの握っている情報でも秘中の秘、関係者でないはずの彼女が知っているはずがないのに。
「当ったりぃ! よーし、最初に機体を弄るのは君にしよう! ねぇいいでしょ?」
「え」
驚きを余所に勝手に話を進める束。断るつもりはないが、謎は増えていくばかり。
「どんな形にしようかなーっ。やっぱり近接、機動力は高めで──ほらほら
「!? ?!?」
機体の性能、妙な愛称。話のスピードについて行けないエム改めマドカ。対して束は新しいおもちゃを眺める子の様な笑顔を浮かべている。
「さあて君は、
「? 今何か……」
「なんでもなーい!」
「……はぁ」
おそらく、いや確実に何か呟いていたはずだが、否定されては追求できない。せっかくマドカを気に入った素振りを見せているのだ、機嫌を損ねられてはかなわない。
「とりあえずはまあ、ご飯でも食べよっか! スコー……なんとかの奢りで!」
「おいやりたい放題だぞこいつ」
「……ここは諦めましょう」
だから今は、この無茶振りにも耐えるしかないのだ。
「ねぇ早く行こうよ、どっかおすすめ無いの?」
「束様、近くにおいしいラーメン屋の屋台があるそうです」
「いいねー! じゃあ先行って並んどいて!」
「……はい」
……耐えるしかないのだ。
同時刻、織斑邸にて。
「ぶえっき痛ぇ! くしゃみが骨に響く!」
「おいおい……風邪か?」
「いや、何つーか……嫌な予感がする」
「?」
突然の悪寒。根拠はないが、これが虫の知らせというやつだろうか?
その悪い予感の正体は、すぐにわかることとなる。
第37話「パーティー・マドカ」
来月からはマジで不定期更新になります