【完結】害虫生存戦略   作:エルゴ

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更新時間変えてみようその3なので初投稿です。
二週間がいいとか言ったくせに一週間も経ってねぇじゃねぇかお前オォン!?


第44話「×とは・100」

 

「すいません。の並盛りに退院許可付きをお願いします」

「どっちもダメよ」

 

 あの襲撃事件から数日。もはやリスポーン地点のように慣れ親しんだ──もちろん親しみたくなんてなかった──医務室で、今日も俺はベッドに縛り付けられていた。

 

「いいじゃないですか。見ての通り俺はピンピンしてるし、骨折だって裂傷だってもう治ってたでしょう? こうして寝っぱなしの方が身体に悪いですよ」

「そうね、骨折も裂傷もない。じゃあその右手は何?

「……ごめんなさい」

「ん」

 

 怪我らしい怪我はその日のうちに……というかここに運び込まれた時にはもう完全に塞がっていた。このグロテスクに変形した右手を除いて。

 その治癒速度も大概だが、とにかくこの右腕に治り方は異常であるということでこんな状態になっているわけだ。

 

「……で、どうなの? その右腕の調子は」

「んー……痛みはないですね。変に膨らんだ肉がちょっと邪魔ですが、特別動かしづらい感じはしないですね、箸とかペンぐらいなら平気かな。天体観測…あーでも、編み物は」

「……そう」

「だからもう退院を「だめ」はい」

 

 そして楯無先輩はずっと俺を監視している。いや原因はわかりきっているし、全面的に俺が悪い。あれほど無茶するなと言われておいて、結局したあげくに目に見える後遺症を抱えられたのでは当然の処遇だ。

 しかし別に怒っているわけではないらしい。たっぷりお説教はされたのだが、前に怒らせたときのような威圧感はない。

 

「先輩、ちょっと水を……」

「はい! 大丈夫? 私が飲ませる?」

「いや、自分で飲めます……」

 

 なんというか過保護になったような感じだ。何をするにも積極的に介護しようとしてくる。まるで老人を相手にするような……というより、甘やかされてる?

 簪含む女子専用機持ち等は先輩の様子を見るなりすぐ帰ってしまったし、一夏はISに起きた異変について調べるだとかで忙しく全然顔を見せない。

 ぶっちゃけ居心地が悪いのだ。早いとこ許可を得てここを出たい。

 

「九十九……と更識姉、話がある」

「織斑先生?」

「なんでしょう?」

 

 外に思いを馳せていたところ、医務室の扉が開き織斑先生が入ってくる。今日もキチッと決めたスーツ姿だが、何となく疲れた雰囲気を漂わせている。連日の事後処理で忙しいのだろう。きっと山田先生は死にかけだ。

 先生方の心配はともかく、どうやら俺たちに用事があるらしい。また事情聴取だろうか。

 

「九十九の退院許可が下りた。()()()()検査結果は改竄されていたが、少なくともその右手以外に異常はなさそうなのでな」

「っしゃぁ!」

「えっ……」

 

 やっと許可が出た。これで部屋に戻れる、のんびりできる! 

 ずっとここにいるのは窮屈だったからな。早く部屋に戻って、自由な時間を過ごしたい。

 

「今すぐにでも戻って構わないそうだが……どうする?」

「はい戻ります! こんなところにいられるかっ!」

「……そう、ね。元気なんだものね……」

 

 なぜか凹んでいる先輩。そんなに俺の介護したかったのか……? これ以上はマジで一人じゃ何もできなくされそうだったから怖いんだが。

 

「じゃあ部屋に戻りましょっか、先輩」

「えっ?」

「はい?」

「ん?」

 

 何か変なことを言っただろうか。俺と先輩は同室なわけで、別に一緒に戻るのもおかしくはないと思うんだが。

 

「あー……九十九、忘れてないか?」

「? 何がです?」

「お前と更識姉同室期間は一ヶ月だぞ」

「えっ……あ゛」

 

 そういえばそうだ。あの同室生活は学園祭のカオス演劇『シンデレラ』による王冠争奪戦の結果、先輩が俺の王冠をゲットしたからだったっけ。

 壁に貼られたカレンダーを見れば、あの日から丁度一ヶ月が過ぎている。つまり今日からは一夏と同じ部屋ということだ。

 

「……えーと」

「だっ大丈夫よ! もう元気だって診断されたんだし! 私がいなくても……平気……うん」

「うぐぐ……」

 

 元の形に戻るだけなのにどうしてそんな悲しそうな顔をするんだ? まるで俺がこの人を捨てるみたいじゃないか!

 ……ああもう。男子だけの方が女に気を使わなくて過ごしやすいはずなのに、ずっとこっちを望んでたはずなのに。

 先輩がこんな顔してるのは見たくない。

 

「今日だけ! 今日だけここで寝泊まりします! 念のため!」

「……透くん? いいの?」

「いいんです! なんかお腹も痛い気がするし! 俺の身体のためですから! 先輩も付き添ってください……ね?」

「……うん! まっかせて!」

 

 さっきまでの沈んだ雰囲気はどこへやら、満面の笑みを浮かべる。やっぱりこの人は笑顔の方がいい……けど何か今の俺ツンデレみたいじゃなかったか? 男がやっても気持ち悪いだけだろう。

 

「ふっ、わかった。話は私が通しておこう」

「あ、すいません……」

「だがほどほどにしておけよ? くれぐれも不純異性交遊などしないように」

「うっ」

「しませんよ、もう」

 

 軽くこちらを揶揄って、そのまま退出する織斑先生。これからまた仕事だろうか。今日はわがまま聞いてもらったことだし、明日にはお礼言っておこう。

 

「えっへへへへ……あ、りんご食べる?」

「……いただきます」

「うん! ちょっと待っててねー……んへへへぇ……」

「……はぁ」

 

 すっかりご機嫌でりんごを剥く先輩。五分前の姿を見せてやりたい気分だ。

 全く、なんで俺なんかに構うのだろう。前に聞いたときは楽しいからとはぐらかされたが……本当は?

 もっと別の感情があるんじゃないのか? 例えば──

 

「はい、あーん」

「いや、自分で……」

「あーーーん」

「……あー」

 

 やめておこう。聞かれたくないからはぐらかしたのだろうし、本当に楽しいからってだけかもしれない。

 

「おいしい? もう一つ食べる?」

「はい、お願いします」

「はいあーん」

「あー」

 

 それに俺自身悪い気はしていないし。差し出されたりんごを頬張りながらそう思った。

 

 

 

 

 次の日。

 

「……ってことで今日からまた同室だな」

「お、おう……大丈夫か?」

「まあ先輩は嫌がってたけど、一ヶ月過ぎちまったらしょうがないだろ」

「いやそっちじゃなくて」

 

 ようやく医務室から出て、一夏と二人になった部屋で事情を話す。今朝こちらに移動してきたのだが……最後まで先輩は嫌そうな顔をしていた。口に出して反対はしなかったが、やはり心配してくれているのだろう。だからだってあの甘やかし方は無いと思うが。

 

「腕だよ腕。結局戻ってないんだろ?」

「あ、こっちか。……正直よくわからん。痛みとかはないけど、ちょっとばかし凸凹で動かしづらいかな。それも特に細かい作業でもなきゃ困らんぐらいだが」

「じゃあ、その黒いのは?」

「これはサポーター。ほら、見た目結構グロテスクだったろ? ずっと晒しとくわけにもいかんし、こうやって隠してる」

 

 一般生徒にこの腕を晒すのは周囲の精神衛生上よくないため、今俺の右腕は黒いサポーターと手袋で包まれている。あと単純に目立つのが嫌。

 流石に触られたら誤魔化せないだろうが、見た目だけならちょっとした違和感で済むだろう。つけている理由は適当に筋肉痛とかなんとか言っておけばいい。

 

「見た目は完全に厨二病になっちまったけど、今さら噂されたってどうでもいいしな。いつまでつけなきゃいけないのかは考えたくないけど」

「そうか……」

「だからそう気にするなって。理由はわかんねーけど、原因は俺が無茶したから、その罰みたいなもんだ。潰れたまま治らないよりはマシだよ」

「……ああ、わかった」

 

 それに、わからなくても予想はできてる。答え合わせのアテもあるしな。

 

「……はぁ」

「どうした、まだ何か心配でも?」

「いや、腕の話とは関係ないんだけどさ……」

「?」

 

 気にしないと決めても一夏表情は沈んだままで、どうやら気落ちしてる原因は俺だけじゃなかったらしい。思えばこいつがこうなっているのも珍しい気がする。ちょっと聞いてみようか。

 

「話してみろよ。俺から何か言えるかもしれないし」

「うーん……そうするか」

「よしきた」

「『愛』ってなんだと思う?」

「ちょっと待て」

 

 は? 何を聞いているんだ? 愛だと? こいつ(一夏)が?

 

「おいどうした、急に停止して」

「悪い悪い。予想外の単語が出てきてな」

「いやまあ、自分でも変なこと聞いたとは思うけど……そんなにか?」

「少なくとも俺がお前から聞くとは思ってなかったよ」

 

 いつもの五人(妹様以下略)がこの問いを聞いたらどうなるだろう。きっと全員驚いて……誰一人まともに答えられなそうだな。

 

「で、一体全体どうして愛に哲学的疑問を持ったんだ?」

「哲学的かは置いといて、透はダリル先輩とフォルテ先輩のことは知ってるか?」

「知ってる。亡国に寝返ったんだってな」

 

 事情聴取のついでに教えてもらった。確か最初に亡国のスパイだったダリル先輩──本名はレイン・ミューゼルで、スコールの親戚らしい──がデュノアとボーデヴィッヒのペアを襲って、なんだかんだあってフォルテ先輩も寝返ったらしい。

 

「二人の裏切りと愛がどうのの何が関係あるんだ?」

「それがさ、元々スパイだったダリル先輩はともかく……フォルテ先輩まで裏切ったのは『愛しているから』なんだってさ」

「……ほぉー」

 

 つまりあの二人は、女同士ながら恋人であったということか。ほぼ女子校のIS学園ならそんなこともあるだろうが……まさかそれが裏切りの理由になるとはな。

 

「フォルテ先輩にはさ、恋人のダリル先輩以外にも親しい人がいたと思うんだよ。学園の中にも外にも」

 

「亡国についていくってことは、そんな人たちの敵になることだ。きっと先輩もそのことはわかってたのに、それでも向こうへ行った」

 

「じゃあ、人にそこまでさせる『愛』ってなんなんだ? と俺は思ったんだ……透はどう思う?」

「長ぇし重いわ」

「おい」

「悪い、ちゃんと考えるから」

 

 ちょっと黙って聞いていたら思ったより長かったし重かった。てっきり色恋がどうのみたいな話に行くと思ってたのに、まさかこんな重い疑問が飛んでくるとは。

 しかし「愛」、愛することか。うーん……。

 

「ごめん何にもわからん」

「えぇ……」

「だって見てみろよ。俺がそこまで誰かを愛したことあるように見えるか? どこからどう見ても愛を知らずに育った悲しきモンスターだろ」

「それもなんかおかしくないか?」

 

 俺が聞き出しといてアレだが、この話は間違いなく俺が適任じゃない。というか学生がごときに答えが出せるのかすら怪しい。

 ……俺は愛されるような環境で育っちゃいないからな。強いてあげれば束様がいるが、あの人のは情愛じゃなくて道具への愛着に近いし。

 

「やっぱり透でもわかんないかー。千冬姉にでも聞くかなぁ……」

「……ああ、意外と答えられるかもしれないな。大人だし」

 

 そういえば、織斑先生も愛を理由に組織を裏切った過去があった。

 弟の一夏のため、織斑計画へ背を向けた。それ以外の全てを捨てて。

 あの人なら何か答えられるかもしれない……まあ、この場合は家族愛だが。

 

「でも千冬姉だって恋愛経験は無いんだけどな」

「殺されるぞお前」

 

 

 

 

「……さて、と。【Bug-VenoMillion】」

 

 また次の日の夕暮れ。織斑先生に無理を言って借りたアリーナの中心で専用機の名を呼ぶ。ここにいるのは俺だけ。一夏にも、楯無先輩に伝えていない。たった一人の静かな空間で【VenoMillion】がその巨体を現す。

 

「『センサー、制御系、駆動系異常なし、出力80%で安定……大丈夫だな」』

 

 目的は機体の検査。ある程度は整備室で行なったが、実際どれほどの変化が起こったのかはこうして身に纏い、動かさなければわからない。

 一応展開しただけでは異常はなし。右腕がこの有り様だから、少し心配だったが杞憂らしい。

 

「『出力上昇……85%。まだいけるな」』

 

 感覚で上昇させた出力は85%。前の俺ならキツめの筋肉痛になるレベル。だが今のところまるで負荷を感じない。むしろまだまだ上へ行けそうな感じだ。

 

「『一応聞いておくか。なぁ((2))、俺たちは今どこまでいけると思う?」』

『ノーリスクなら92%、少しの筋肉痛覚悟なら96ってとこか』

「『なら、100%なら?」』

『……おそらくは、そう大した怪我もなく──せいぜい打撲か、酷くてもヒビぐらいで使えるだろう』

「『……うん、俺もそんな気がしてた」』

 

 懲りずに繰り返した負傷と再生。そこに操作技術と機体の最適化が加わって、ついに100%を命を危険に曝すことなく扱えるだけの状態に達した。

 無論反動が消えたわけではないが、手足が潰れることに比べたら何の問題もない。治癒力も上がっていることだし。

 

「『……はぁ」』

 

 ぱきり。このスイッチでの切り替えも慣れてきた。あの時も途中押され気味でたったがこれで逆転したし、実戦で使えることは証明されたと言っていいだろう。

 形態移行してから約二ヶ月。ようやくこの機体に見合う力が揃おうとしていた。

 

「『楯無先輩の特訓を嫌がったのはこれが理由か?」』

『正解。あの人の言い分が間違ってるとは言わんが、それはあくまで自滅の回避だけを考えた場合だ。自滅しなくても、敵に殺されるなら意味がない』

「『……そうだな」』

 

 確かに先輩の言い分は間違ってない。毎度瀕死か大怪我をしていれば、自滅のリスクを重く見るのは当然のことだ。

 でも、俺を殺すのは俺だけじゃない。あの束様は俺の命を明らかに軽視してるし、けしかけられたであろうエムもそう。他の知らん奴らも含めれば数なんて把握しきれない。

 

『一度殺意を向けられたなら、後は殺すか殺されるかだ。加減なんてしちゃいられない』

「『大体同意する。けど、あの人の特訓が完全に無駄だったわけじゃないからな」』

『わかってるよ。あれがなきゃ今頃もっと酷かったろうからな。そこは認める』

 

 再生による上昇効率に比べれば、あの特訓の上昇効率は微々たるものだ。しかしそれが無ければまた入院生活か、そもそも本気出す前に死んでもおかしくなかった。

 何より、俺があの特訓を全部無駄だったとは思いたくない。

 

「『よしやめだ。今日は帰ろう」』

『……試してみないのか? 100%は』

「『馬鹿言え。今日はただの確認だって言ったろ? 実戦でもないのに、少しでもリスクが残っている力は使えねーよ。すぐ治るとしてもな」』

『そうか、なら実戦でのお披露目に期待だな』

「『やめてくれ、またすぐに敵が現れるみたいに……いや、来るなたぶん」』

 

 どんな形であれ、確実に何かと戦う日は来るだろう。力の出し惜しみができないような実力を持つ何かと。

 

「『ふぅ、解除」

 

 簡単なチェックは済んだことだし、ISを解除してゲートへ歩く。本当は飛んだり跳ねたりしたいところだが、時間も時間だしこの辺で終わりにしよう。これぐらいなら後で先輩にバレても怒られないだろうし。

 

「……で、これは何なんだろうなぁ」

『原因は明らかだけどな』

 

 右腕を包むサポーターの一部を剥がし、露出した肌を撫でる。正常な皮膚より少し硬く、かさついていて、肉が詰まったような感触。何とも気味が悪い。

 思い当たる原因は高速再生の失敗。腕の機能は復元できたが、見た目は大きく歪んでしまった。

 なら、その高速再生は何によって為されている?

 

心臓脇(ここ)の機械か。こんな機能だったとはな」

『それが埋められた時、まだ俺は存在もしていなかったが……確か束様(あの人)が面白そうだからって放置してたんだっけ?』

「ああ。どこまで知ってたのかはわからないけど」

 

 この再生力の強化だけがこいつの機能なのか、数ある内の一端なのか、または偶発的に発生した想定外の機能か。いずれにせよ、真実を知るのは束様だけだ。

 今度こそ、あの人から聞き出さなければならない。

 

「どんなリスクがあるかもわからない。ここまで生きているのもラッキーなだけかもしれないし」

(IS)のスキャンでも結果は隠されるからな。それほど隠したいことなんだろうが』

「……聞くの怖くなってきた」

『おい』

 

 冗談。流石に今度こそ聞き出してやるさ。突然機能が暴走して、内側から破裂して死ぬなんてことがあったら嫌だしな。

 次に話をする機会を考える。電話で聞いても誤魔化されるのが落ちだし、しかし直接聞くってのも……うーむ。

 

「おっと、今度こそ帰らないとな」

 

 考えるのに夢中で完全に足を止めていた。

 ただでさえ無理言って使わせてもらっているんだ、施錠担当は織斑先生だし、さっさと出て職員室へ行かないと。

 急いで出口に走り、サポーターを巻き直しながら退出する。

 

「織斑先生待ってるよな……悪いことをした」

「大丈夫よ。私が代わりにするから」

「ああそうでしたか、楯無先ぱ……い……」

「うん、じゃあ戻ろっか? 一緒に」

「……はい」

 

 この後めちゃくちゃ優しくお説教された。

 

 

 

 

第44話「愛とは・100」

 

 

 




前回分と同時にまた機体設定を活動報告にあげておきましたのでよかったらどうぞ。
読まなくても全く問題ありません。

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