校舎内の全消灯から数秒経過。本来なら窓から射す日光は消灯に続くようにして降りた防御シャッターによって遮られ、校舎内は完全な暗闇に包まれた。
突然の暗闇に戸惑う生徒達のどよめきがそこら中から聞こえる。
「……ねえ」
「わかってる。緊急電源どころか非常灯も点いてない。ただの停電じゃないね」
「第一停電ならシャッター降りるわけないからな。要は
凰とデュノアはローエネルギーモードでISを起動。暗視モードと各種センサーをセットして周囲の状況を探る。
三人とも同じ事やっても仕方ないし、とりあえず俺は織斑先生と連絡でも──あ、もうきた。
「えー……『専用機持ちは至急指定した場所に集合。途中隔壁に遮られた場合はある程度の破壊を許可する』……だってさ」
「破壊許可? 織斑先生が?」
「相当やばいみたいね……」
普段ならば学園設備を破壊したなんて知られた瞬間に処罰が確定する。今は例外とはいえ、それを推奨するのは異例といえるだろう。
「とにかく急いで移動しよう。道中の障害物は俺が壊す」
「いいの勝手に……」
「何か問題か? 別に今はいいって言われただろ」
「いや、楯無さんが……」
「一緒に言い訳してくれ」
急いで指定場所に集合すると、一夏を除く他の専用機持ちは既に揃っていた。まさか俺たちが最後とは思わなかったが、若干遠かったし仕方ないか。
「全員揃ったな。状況を説明する」
ざっくり先生の説明を要約しよう。現在この学園は何者かの
ちなみに今いるのは学園地下特別区画のオペレーションルーム。本来なら生徒が立ち入ることのない場所。なぜここだけ機器が稼働しているのかというと、ここだけ完全に独立した電源で動いているからだそうだ。ただし大体の設備は旧式である。
「独立したシステムで動いてるはずの学園がハッキングね……目的はなんでしょうね?」
「今はそこを気にしている場合ではない。現状への対処が先だ」
確かにその通りだ。断定ではないが、どうせ犯人はわかっているようなものだし。
そして状況説明が終わり、質問もなくなったところで話は作戦内容へ移行する。
「これから篠ノ之さん、オルコットさん、凰さん、デュノアさん、ボーデヴィッヒさんはアクセスルームへ移動し、ISコア・ネットワークを利用した電脳ダイブを行ってもらいます。更識簪さんはそのバックアップです」
「えっ」
「電脳ダイブですか?」
「あれ? みなさん授業で習いましたよね?」
「いえ、そういうことではなく……」
電脳ダイブとはISの同調機能とナノマシンの信号伝達を使い、操縦者保護神経バイパスから電脳世界へ仮想可視化しての進入すること。まだ理論上という話だったと思うが……まだ表に出ていなかっただけか。
確かアラスカ条約で規制されていたはずだが、今回は特例となるだろう。
「電脳ダイブ中は操縦者が無防備になるはずです。全員ではないとはいえ、一箇所にそんな状態の専用機持ちを集めるのは危険かと」
「残念だが異論は聞いていない。本作戦では電脳ダイブの実行を絶対とする。嫌ならば辞退してもらおう」
「「「「「「うっ……」」」」」」
「はっ」
いつもの迫力で全員を了承させようとする先生。そこまでいうのならばそうしなくてはならない理由も当然あるはずだ。ここは納得して──おく前に、ちょっとぐらい聞き出してやる。
「ダイブしない俺が聞くのもなんですがね、ちょーっと説明足りないんじゃないですか? それじゃ全員納得はしませんよ」
「……これを見ろ」
「?」
そう言って、旧式のディスプレイに表示した映像をこちらに見せる。薄暗い背景に五つの扉。それぞれのネームプレートには専用機持ち五人の名前。
「現在ハッキングされたシステムに干渉しようとすると、この画面が表示される。これは仮想現実、そこには扉とお前たちの名前が記されている」
「なるほどね、だから指名された五人を向かわせると」
わざわざ電脳ダイブなんて手段を取る理由はわかった。でも敵の挑発じみた演出になってやる意味はない。普通ならそう考えたはずだ。
しかし今日の犯人を考えれば、それに従わなかった時どうなるか……語る必要もないだろう。
「そういうことか……」
「うん、納得……」
「わかりました。口出ししてすみませんね」
「……構わん。では各自移動してくれ」
今度こそ同意を得たところで作戦開始、指名された五人とバックアップの簪がアクセスルームへ移動する。
そして残されたのは俺と楯無先輩、織斑先生と山田先生の四人だ。
「さて、お前たちには別の任務が与えられる」
「なんなりと」
「はい」
普段のふざけ半分な態度はなく、静かにうなずく先輩。俺も同様に任務の説明を待つ。
「これからおそらく、システムダウンの原因とは別の勢力がここへやってくる。漁夫の利を狙ってな」
「どこかの軍隊、それも非公式の存在ですね」
「ああ、そこでお前たちに頼らせてもらう」
現在この学園の戦力は激減している。システムダウンと隔壁の影響で使えるISは限られているし、専用機持ちもほとんど戦えない。そんな状況になれば、必ずどこかの国が目をつけて、学園の機密を狙いに介入を試みるだろう。
「……すまないな。先日の一件から日も空けずにこんなことをさせて」
織斑先生に似合わず弱々しく、申し訳なさそうな調子だ。もっと堂々と指示してくれた方がらしさがあるのに。
やはりこの人も教師か。たとえ任務でも、子供を戦場に立たせることをよしとしたくないのだろう。
「いいんですよ。私は生徒会長の更識楯無。学園を守るのが役目です」
「会長じゃないし役目でもないですが、俺だってこれぐらいは協力しますよ」
「……では、任せた」
軽くお辞儀をして、オペレーションルームから持ち場へ向かう。ここは通じる
「じゃあ私はこっちね。そう強い敵は来ないでしょうけど、気をつけてね」
「はい。先輩こそ倒したと思った敵に撃たれて麻酔で眠らされて捕まったりしないでくださいよ」
「なんでそんな具体的なの……?」
軽く冗談を言って別れ、自分の持ち場へ到着。先輩も無事に到着し、全校生徒の避難も完了したらしい。次に連絡するのは敵を片付けた後か、更なる緊急事態かになるだろう。
今のところ敵の気配はなし。このまま来ないことを祈って、しばらくは待つとしよう。
「釣れねぇなぁ……」
倉持技研に到着して約一時間。その近くの川で
今のところの釣果は無し。ただぼーっと水面の映る景色を眺めているだけだ。
「でもまぁ、たまにはこういうのも悪くないかぁ」
倉持技研はなぜか山の中にあるため、その周辺は自然が多い。学園の喧騒に少々疲れていた今の俺には、風と水の音、植物が揺れる音に鳥の鳴き声に包まれるのはとても落ち着くのだ。
「意外とおじさんみたいなこというねぇ、少年」
「あれ? ヒカルノさん、いいんですかここに来て」
「いいのいいの、今私やることなくてさ専門がソフトウェアだから」
この人は篝火ヒカルノ、倉持の第二研究所所長──つまり結構偉い人──で、千冬姉の同級生だったらしい。なぜか友達ではなかったことを強調していたが。
ISに白衣という学園でも中々見ないスタイルで研究所に着いた俺を出迎え、なんだかんだと説明した後「どうせ君いてもわかんないから釣りでもしてて」と追い出してきた。それで素直に従う俺も今考えたらどうかと思うけど。
「ちなみに少年は、ISのソフトウェアについてはどれぐらい知ってるかな?」
「えーっと……『コアごとに設定され、
確かそう授業では教わったはずだ。近ごろは勉強の甲斐もありそこそこ内容にもついていけるようになって、テストでも平均は超えられるようになった。
……透にはまだ勝ってないけど。
「うんうん、よく勉強しているね。ちなみに非限定情報集積とはコア・ネットワークの接続に用いられる特殊権限のことね」
「はぁ」
「じゃあ次の問題。コア・ネットワークとはなんでしょう?」
「えぇ? ……『宇宙活動を想定したISの星間通信プロトコル。全てのISが繋がる電脳世界のこと』……で合ってます?」
「うん正解。でもそれじゃあ半分。習ったそのままって感じだね」
「うっ……」
そのままか……確かにその通りなんだけど。やっぱり授業外の内容にも触れておくべきだろうか、でもそれで逆効果とか嫌だな。
「ははは、でも学生でそこまで答えられたら十分だよ。私みたいにソフトウェア専攻するわけでもないならね」
「ど、どうも……」
「お、フィーッシュ!」
しゅぱーん、と釣竿を引っ張り、見事な大きさの魚を釣り上げる。たぶんイワナ、焼いて食べたらうまそうだ。
「ちなみにさぁ、コア・ネットワークには情報交換やバックアップ機能も存在することはご存知?」
「? いや、初めて聞きました」
「学園じゃ習わないか。例えば……あれだ。君の【白式】が姉であるの専用機【暮桜】のワンオフを継いだり、あの白騎士の特殊機能を再現したりだとか」
「………」
妖しい笑み、それも楯無先輩とはまた違う獲物を狙うような表情でこちらを見るヒカルノさん。俺はそれに何も返せず、ただ黙って聞くばかり。
「ISはガワにもかなりの謎が詰まっているけど、その中身にはさらに多くの謎が詰まっている。さっきの好みや感情に似たものの存在とか、多くのコア・ネットワークがニューロン、もっといえば宇宙の構造に似ているとか色々ね」
「……謎、ですか」
「ぶっちゃけ全部篠ノ之束は知ってるんだろうね。開発者だし」
「聞いても教えてくれないだろうなぁ……」
「間違いないね、友達じゃない私でもわかる。だから私たち凡人は、自力で解明するしかないのさ」
どうしてこんなことを話すのか、単なる暇つぶし? それとも……疑いすぎか。
まあいいか。今は釣りに集中しよう。……これ本来の目的じゃないんだけど。
『いちか』
「……? ヒカルノさん今呼びました?」
「いいや? 気のせいじゃないのかい?」
「そうかなぁ……あっかかった」
暗く、長く、静かな廊下。裸眼では数メートル先を見るのが精一杯の暗闇で一人敵を待ち構える。
──いや。正確には待ち構えて「いた」か。
「来たな」
「いいもん着てますね、最新型かな?」
「…………」
「黙秘か。いやまぁ、応えてくれるとは思ってないけどさ」
ぷしっ。
そう、生身なら。
「『残念、俺には効かねーよ」』
「!?」
既に装甲を展開した俺には全く通じない。かきんかきんと軽い金属音を響かせて、潰れた弾丸が散らばる。
この狭い空間では完全展開はできないので、軽く全身をカバーできる程度の装甲と、いくつかの武装だけの部分展開。あとは
「『ミス! ダメージを与えられない!」』
最近は防いでも大ダメージばかりだったし、こうして無傷で受け切れる相手ってのは新鮮だ。だからって油断する気はないが。
遠くで爆発音がする。これは楯無先輩のアクア・ナノマシンが爆発した音。派手にやってるようだ。
「
「ッ総員退──」
「『逃がすか」』
いくつか展開した武装のうち一つ、《Bonbardier》。死なない程度に全員ぶっ飛ばせるまで威力を絞って、丁度退避しかけた敵に──ぼかん。
「「「ぐああーーーっっ!?」」」
「『うーん、雑魚って感じ」』
炸裂した爆炎と衝撃波に吹き飛ばされる敵たち。死にはしないが、十分戦闘不能になるだけのダメージは与えられただろう。そうでないならもう一発だ。
「『さぁ次、早く来い」』
まさかここに来たのがこいつら六人だけなんてことはないだろう。向こうはまだドンパチ……というか
予想通り、また光学迷彩に身を包んだ兵士が八人ほど姿を現す。
「貴様ぁ……!」
「『よし来た、またぶっ飛ばしてやる」』
しかしやることは一緒。殺さないように全員まとめてぶっ放すだけ。虫でもできる簡単なお仕事だ。先生が気に病む必要もないほどに。
「『はい、どーん」』
「「があぁーーっ!?」」
「『はーっはっはっはっはっ……」』
まるで一夏と遊んだ無双ゲーのようで、ほんの少しだけ爽快感がある光景だが……それだけ。現実で弱すぎる相手に圧勝してもなぁ。
「『……はぁ」』
「ぐぅ、ぐぐぐ……」
「『ああ、そういうのいいから」』
「ぐへぇっ!?」
当たりどころが微妙だったのか、なんとか立ち上がろうとした兵士を小突いて気絶させる。これで増援含め全敵制圧完了。なんともつまらない任務だった。
「『拘束してっと……ふぅ」
全員意識は失っているが、念のため《Spider》で拘束。これでもし意識を取り戻そうが、武器を隠し持っていようが反撃されることはない。
そして周りに敵がもういないことも念入りに確認してISを解除。とりあえず先輩に連絡を取ろうとした瞬間。
「やあ、とーくん」
「──ッ!?」
何もいない暗闇だったはずの場所、束様がそこにいた。
第46話「ハッキング・暗闇」
夢の世界……? なんですそれ?