更新早くねと思ったそこのあなた、後書きで説明します。
「鈴が死ぬ夢を見たんだ」
「お供え物は酢豚でいいのかな」
一夏がオペレーションルームに向かって、俺が選択を済ませてから二時間と少し。
向こうでは色々あったそうだが無事にシステムは復旧。まだ点検は残っているそうだが、一先ず俺たちの任務は終了した。
今いるのは医務室で、その色々で眠っていた一夏が目覚めたところ。俺が無傷で医務室にいるというのは珍しい気がするな。
「恐ろしい夢だった……鈴が千冬姉にラ◯ダーキックをしていたんだ」
「確かに恐ろしいがもういいだろそれは」
俺は直に見ていたわけではないので知らなかったのだが、この恐ろしい夢が本当にあったことと知るのは後日簪に教えられてからである。
「というかお前、結局倉持の用事はどうなったんだ。途中で放り出したんだろ?」
「やっべ!? ……あー、なんか大丈夫っぽい。メール来てた」
「本当か……?」
「さぁ。向こうが大丈夫って言うならそうなんだろ」
倉持技研が一夏を呼んだのは本当に検査のためだったのかは知らないが、とにかくもうやることは済んだらしい。どうやら怪しげな改造手術も受けてなさそうだし、死んだ凰も安心するだろう。
「…………」
「……? なんだ、俺の顔に何かついてるか?」
「いや、そういうわけじゃなくて……もう大丈夫なのか?」
「何が大丈夫って……ああ、
こいつが心配しているのはきっと、さっき通路で別れる直前のことだろう。あの時の俺はひどい顔していたそうだからな。
しかしもう大丈夫なのかと聞くってことは、少なくともさっきよりはマシな顔になっているらしい。選択を済ませたからか、ただ時間の経過か。とにかく他のやつに怪しまれない程度に戻ったならいい。
「大したことじゃないさ。ただ少しばかり嫌なことを考えていただけだ」
「……そう、か」
「だから、もう心配する必要はない」
さっきまでのもやもやした感覚が嘘のように、自分でも驚くほど冷静な頭でそう応えた。
「みんなはどうしてるんだ?」
「全員部屋待機だよ。俺もそろそろ戻る」
「そうか……何かあったんなら、いつでも相談しろよ?」
「……
それだけを伝えて、振り返らずに医務室を出た。
「さて、クロエはどこかな」
気を取り直して、どこかで待機しているらしいクロエを探す。そろそろ戻るとは言ったが、今すぐとはと言ってないからな。
どこかに隠れているだろうが、あの人が会ってやれと言うのだからそう見つけるのは難しくなさそうだ。
「面倒だ。
【VenoMillion】のセンサー起動。対称を人に限定して、広範囲設定で探知開始……それらしい人影を発見。だが妙だ、二人いる。
いくら高感度センサーでも、あの距離では個人の認識までは難しい。そもそもここは屋内で、その二人がいるのは学園から少し離れたところ、臨海公園前のカフェだ。
「少し遠いな……」
歩きで行くのは遅すぎる、交通機関はまだ使えない。ということで【VenoMillion】を最低限飛行できるだけ部分展開。校則違反だが、バレなければ問題はない。システム点検中なら大丈夫だろう。
「よし行こう」
近くの窓を開け、バレないようにスラスターを噴かしたのだった。
「何をしている」
「げっ」
「透さま……」
結局バレた。確かに目的地のカフェにはクロエがいたが、もう一人は織斑先生。もう言い逃れもできない。
だけどまあ、開き直ればいいや。
「束様に言われて、クロエと話に来ました。俺を罰しますか?」
「……いや、やめておこう。ただし私も同席させろ」
「仕方ないですね。いいよな? クロエ」
「……はい」
どうせ大して重要な話をするわけでもないだろう。あの人はクロエにそんな情報を握らせておくような人じゃない。
それに俺が聞きたいことと先生が聞きたいことはどうせ同じ、此度のハッキングのことだ。すぐに聞くつもりはないけど。
「久しぶりだけど、元気そうで何よりだ。あんなことまでできるようになってるとは」
「束さまのご命令ですので。そのための力も与えていただきました」
「力だと……?」
「ええ、
「!?」
クロエがその両眼を開いた瞬間、周囲にあったテーブルやカップ、その他全ての風景が消え去り、上下左右どこまでも続く真っ白な空間が広がる。
明らかに異常な光景だが、聴覚と触覚には何ら問題ない。つまりこれは視覚にのみ作用する幻覚だ。
「生体同期型ISか、そこまで開発しているとはな」
「ご存知でしたか、織斑千冬さま」
「IS学園で教鞭を取るものとして、これぐらいは当然だ」
真っ白な空間から二人の声がする。仕掛けたクロエは当然として、まるで動じていないのは流石織斑先生といったところ。動じてないのは俺もだが。
当たり前のようにカップを持ち、コーヒーを飲む音がする。この人本当に幻覚見せられてるのか?
「だがこの力はほんの一端。その気になれば視覚以外をも惑わし、電脳世界ならさらに自在……といったところか?」
「正解です」
「…………」
全部言われてしまった。俺だって何もわかっていないわけじゃないぞ。この幻覚が大気成分を変質させていることで作り出しているとか、
そして、織斑先生にそんな攻撃は効かないことも。
「やめとけ、殺されるぞ」
「ッ!」
俺の制止を聞いてくれたか、それとも無理を察したのかは知らないが、ナイフをしまってくれて助かった。だって、あのまま続けていれば──
「よかったな。あと1センチ手を動かしていれば両眼を抉るつもりだった」
「…………」
これだよ。
ここからクロエが勝つのは不可能。否応なく能力を解除したクロエの顔には恐怖が滲んでいた。
全く無茶なことをする。そもそも殺せなんて命令されてないだろうに。
「とにかく座れ。一杯ぐらい奢ってやる。九十九、お前もだ」
「……俺はブラックでいいです。クロエにはカフェオレで」
「私もブラックでいいです」
「やめとけ、苦いぞ」
これ以上苦い思いをしなくていいだろう。二重の意味で。
織斑先生が注文し、しばし無言の時間。そしてそれぞれのコーヒーが届けられる。
「では目的を聞こうか、お前は何をしに来た?」
「……届け物ですよ。もうあなたも気付いているはず」
「ふん、余計な物を寄越しおって」
「なんですかそれ……ああ、教えてくれないやつですか。ならいいです」
「そうしておけ」
せっかく同席してるんだし、何が届いたのか知りたかったが……明らかに『聞くな』という目線を送られたら諦めるしかない。少なくとも、俺に直接関係ある物ではなさそうだし。
「ならばあの六人が入ったという空間──仮に夢の世界としておこうか、あれは何のつもりだ」
俺は実際に体験したわけでも詳しく聞いたわけでもないが、どうやらいつもの五人と一夏は夢の世界とやらに入り込んでいたらしい。簪の言葉を借りると、『妄想逞しい』空間だったとか。
「ああ、あれは戦力の分散と、ちょっとした調査と、個人的な興味です。中々面白いものが見れました」
「おい、九十九」
「たぶん本当ですよ。あまり気にする必要もないかと。なぁ?」
「はい。特に何かを残すためのものではございませんので、半分お遊びのようなものです」
「……はぁ、わかった」
眉間に皺を寄せて、それをほぐすように手を当てる先生。本当にうちの上司と妹っぽいやつが迷惑をかけている。止める気はないんだが。
しかし、クロエは人に対して興味とかお遊びとか口にするタイプだっただろうか。俺たちに対しては料理だ何だと話していたが、完全に他人の一夏たちに感情を向けるのは珍しい。これも成長かな。
「そういえば、お前の妹──ラウラには合わなくていいのか?」
「…………」
「なぁんだ、知ってたんですね」
「見た目で判断したまでだ。その反応だと当たりで間違いなさそうだがな」
クロエの出自はボーデヴィッヒと同じ、ドイツのどこそこが造り出した
別に隠してもないが、やはり見る人が見ればわかるのだろう。だからという話でもある。
「必要ありません。今の私はクロエ・クロニクル。ラウラ・ボーデヴィッヒととは無関係の、ミステリアスな妹ポジションです。今さら姉設定は不要です」
「設定じゃなくて事実だろ」
「そうか……では私は戻る。勘定はここに置くから、後は好きにしろ」
なんとも言えない空気のまま去っていく織斑先生。後は好きにしろと言われても、正直俺も聞くことがないんだけどな。
しかしじゃあさよならも冷たい気がする。束様にも言われたし、ちょっと世間話ぐらいはしていくか。
「いえ、私もそろそろ。透さまの様子が見られたら十分でしたので……」
「あ、ああ。そうか。気をつけて帰れよ」
「はい……透さまも、お身体に気をつけて」
「お前も知ってんのかよ」
「ふふ、では……また」
再び目を見開き、今度はクロエの姿だけが消え去る。センサーで追えば居場所はわかるだろうが、まあやる意味もないか。
きっとこのまま束様と合流するのだろう。正直送ってやらなきゃいけないかもと考えていたので楽でいい。
「……戻ろ」
そして勘定を済ませ、辺りが暗くなる前に急いで、しかしまた誰かにバレることのないようにこっそりと帰路につく──ことはなく。
「もう出てきていいですよ。楯無先輩」
「あ、あはは……バレてた?」
「ええ。クロエはどうだか知りませんが、織斑先生は間違いなく気づいてたでしょうね。無反応ってことは見逃してくれるんでしょうけど」
「はぁ、私もまだまだね」
がさがさと植え込みをかき分けて登場した楯無先輩とは、作戦開始前に別れたきり会ってなかった。作戦終了後は先生に敵を引き渡し、簪と少し話してすぐに医務室へ向かっていたし、なんというか顔を合わせずらかったから。
つまりこちらから避けていたことになる。
「今日はお疲れ様。透くんに怪我がなくてよかったわ」
「いつも怪我ばかりですいませんね。楯無先輩こそ無傷で何より」
「そりゃね、あの程度でやられてたら生徒会長失格よ」
本当は怪我どころではないのだが、当然話せるわけがない。余計なことを言わないように、適当に返事をしながら歩く。
「ねぇ、何かあったの?」
「!」
どうしてまた気づかれる。また変な顔してたか? いや、そんなことはないはずだ。もうあれから結構経っているんだから。
「一夏にも言われましたけど、何にもないですよ」
「嘘。だっていつもと違うもん、雰囲気が」
「雰囲気って、具体的にどこが?」
「……違うものは違うのよ」
「何だそりゃ」
一応、完全に見抜かれてるわけじゃないらしい。あくまで疑っている、それでもよくはないが。
これが女の勘というやつだろうか、侮れないな。
「大丈夫ですよ。本当に」
その何かは、もう終わってるから。
「……そう、ね。私の勘違いかしら、ごめんね?」
「いいですよ。別に」
うまく隠せたようだ。俺から何も言わなければ全てを知られることはないとは言え、あまり詮索されるのもよろしくない。さっさと話を打ち切るに限る。
「帰りましょっか。IS使いましょ、生徒会長権限で許可するわ」
「やったぜ」
「でも私の【ミステリアス・レイディ】はまだ万全じゃないから、透くんが運んでね」
「……はい」
ここから徒歩なんてまっぴら御免だからな。先輩を運ぶ手間があってもこうして許可が出るのはありがたいことだ。人一人ぐらいなら大した苦でもない。
先輩を傷つけないように危ないところ以外を部分展開し、両腕で抱えるような形をとる。
「どうぞ」
「ありがと」
特に戸惑うこともなく先輩が両腕に収まり準備OK。背中に乗せるのも考えたが、安全面を考慮したらこっちの方がいいだろう。
「透くん」
「はい?」
「いつか、教えてね」
「……行きますよ」
それから俺たちは学園へ戻り、寮に入るまで何も言葉を交わすことはなかった。
しかし俺の頭には、ちゃんと消したはずのもやもやした感覚がいつまでも残り続けていたのだった。
「んふふふふっ、さぁーてどうなるかなー? どっちにするのかなぁー?」
薄暗いラボの中、奇妙な椅子座りながらけたけたと笑う
「まあどーっちでもいいんだけどねぇ。結果は同じ、運命はとーくんを逃さない」
机を正面にぴたりと回転を止める。そこにあるのは今日の届け物のついでにコピーしてきたばかりの機密資料。流し読みするようにパラパラと捲られる紙には、次にIS学園の起こす行動がこと細かに記されている。
いくら厳重な警備システムに守られていようが、私の手にかかれば赤子の手を捻るより楽な作業だ。赤子の手なんて捻ったことないけど。
「まずはその力が本当に『 の 』にふさわしいか、最後の試験。答えを聞くのはその後だね」
曖昧な答えは許さない。確固たる覚悟と行動で、彼の選択を示してもらおう。
「──ァ、ギ……」
「んー? 君も待ち遠しいかい、まどっち」
ついこの間までひたすら苦しそうな呻き声を上げていたまどっちも仕上がってきた。とーくんと《Bug-VenoMillion》もほぼ完成したようだし、今度こそいい勝負ができるだろう。
「ツッッ九っ十九と、ト透ゥゥ…!」
「そうそう、いいよーまどっち。その意気で、壊れるまで戦ってね?」
「ギィ、ギグ……」
もうまどっちに人としての意識はあるのか、徹底的に弄り回した今となってはわからない。
だがそれでも、
「あぁ、楽しみだなぁ……」
あと少し。もう少しで、世界を変えられる。
「待ってるよ、とーくん」
第48話「幻覚・帰路」
リアルが忙しくて執筆ペースガタ落ちしそうなのでしばらく休みます。
色々落ち着いてからある程度書き溜めして更新するので次回は8月中旬かなぁ……と考えてますのでお待ち下さい。