これからもよろしくお願いします……(他力本願)
不満げなオルコットが勢いよく机を叩き、数秒前まで教室は俺と一夏のどちらをクラス代表とするか盛り上がっていた教室は見事に静まり返っていた。
「そのような選出は認められません! 代表とはクラスの象徴。その実力、振る舞いでこのクラス全体の“格”が決まります! それを物珍しいからという理由で極東の猿が務めるだなんて言語道断、わたくしはISの修練をするためにここへ来たのであって、サーカスをする気は毛頭ございません!」
わあすごい罵倒。前半は同意だが、猿扱いはいかがなものか。今クラスの格を落としているのはお前じゃないか?
「よろしいですか? クラス代表は実力と品を兼ね備えた者、つまり私がなるべきですわ! 大体こんな何もかも後進的な国で暮らさなくてはいけないこと自体わたくしには耐えがたい苦痛だというのに──」
「イギリスだって大してお国自慢ないだろ。世界一まずい料理で何年覇者だよ」
あーあ言っちゃった。一瞬呆気に取られた表情になったセシリアは、みるみるその顔を怒りに染めていく。一夏もこれはうっかり口を滑らしていたようで、焦った表情を浮かべている。
「なっななん……なんですってぇ!? あなたわたくしの祖国を侮辱しますの!?」
「先に言ったのはお前だろ? 猿とか後進的とか」
まったくだ。しかしこの雰囲気はまずい。教室の雰囲気はどんどん悪くなっているし、織斑先生の眉間にもどんどん皺が寄っている。山田先生はもう泣きそうだ。また雷が落ちる前に止めておこう。
「まあちょっと落ち着けよ。特にオルコットさん、散々な言い様だったけど今の状況がわからない訳じゃないだろう?」
「っ! ……ええ、失礼いたしました」
さすがに気づいてくれたか。あのまま言わせておいたら一生拗れたままになりそうだったぞ。
「一夏、お前も先に言われたからって返し方があるだろ」
「……ああ、俺も悪かった」
よかった両方素直で。あのまま決闘とか言い出されたらたまったもんじゃない。山田先生の表情も明るくなっている。
「……気は済んだか? オルコットは自薦だな。それでは他はどうだ? いないのか?」
気持ち眉間の皺が減った織斑先生が話を進める。しかし他に候補はいないようだし、俺たち三人で決めるのか? くじ引きかじゃんけん?
「……ではこの三人から代表を決める。決定方法はどうする?」
「じゃあじゃんけ「わたくしに一つ案が」」
「運任せはなしだ。ではオルコット、言ってみろ」
「はい……この三人で、決闘なんてどうでしょう?」
……は? ちょっと待て、おい!
「決闘か。実力で決めると」
「ええ、いかがです? 織斑さん、九十九さん」
「おう。いいぜ。四の五の言うよりわかりやすい」
「いやよくないで──うっ、ワカリマシタ」
拒否しようとした瞬間、鋭い視線が突き刺さる。
「言っておきますけど、わざと負けたりなんてことがあればわたくしの小間使い──いえ、奴隷にしますわよ」
「侮るなよ。真剣勝負で手を抜くほど腐っちゃいないぜ」
「……オーケー。こっちも本気でやるよ」
「決まりですわね。イギリス代表候補生であるこのわたくしセシリア・オルコットの実力を見せて差し上げます」
面倒事は嫌いだが、奴隷なんて御免だね。今度こそ実力を示す機会と考えよう。
「ハンデはどうする?」
「「は?」」
「だから、俺はどのくらいハンデをつければいい?」
何を言っているんだこいつは。俺とオルコットは間抜けな声を上げ、一瞬の静寂の後にクラスからは爆笑が巻き起こる。
「織斑くん、それ本気で言ってるの?」
「男より女が強かったのは大昔の話だよ?」
「織斑くんや九十九くんがISを使えても、実力はオルコットさんの方がずっと上なんだよ」
あちこちから飛び交う指摘と嘲笑。しかし悪気はなく、本気で、女が男を見下している。これが今の世界──ISが創り出した世界だ。
性別による身体能力の差など関係ない。それを扱える存在がいればもし男女で戦争が起きようと女の勝利は目に見えている。強すぎた兵器、それこそがIS。そんなものが片側のみに渡ればこうなるのも必然か。ともかくこの世界での男はとっくに弱者なのだ。
「やめとけ一夏。代表候補は舐めて勝てるようなやつじゃない」
「……じゃあ、ハンデはいい」
「全くですわ。本来わたくしがハンデを付けるべきところを……日本の男はジョークセンスがあるのね」
先ほどまでの怒りはどこへやら、オルコットは一気に機嫌がよくなっている。忙しいやつだな。
「ねー、ほんとにハンデいらないの? このままじゃ絶対無理だよ?」
「男が一度言い出したことは覆さねぇ。ハンデは必要ない」
強情だなぁ。まあみっともなく頼み込むよりはずっと潔いけどな。
「話はまとまったな。勝負は一週間後の月曜放課後。場所は第三アリーナ、三人は準備をしておけ。以上授業を始める」
それだけ伝えて手を打ち話を締める。オルコットは何か決意した様な顔で前を向き、一夏はどこか楽観的な表情を浮かべた後に難しそうな顔で教科書とにらめっこを始めた。
決まってしまったものは仕方ない。気持ちを切り替えよう。手を組んで前に伸ばし、肘をぽきぽき鳴らしてから退屈な授業に戻った。
放課後。一夏は机のぐったりとうなだれ、俺はその前に立っていた。
「全っ然意味がわからねぇ……ややこしすぎるだろ……」
「そうか? 予習しとけばある程度わかるレベルだと思うが」
「マジでぇ……?」
俺が習い始めの時でももうちょっとできた物だが……指導者の違い? ……織斑先生にぶっ叩かれそうだな。
「参考書を捨てていなければ……くそう」
「それは自業自得だな。再発行まで頑張れ」
聞けばこいつは入学前の参考書を古い電話帳と間違えて捨てたらしい。馬鹿だ。
「あ、織斑くん。教室にいたんですね。お知らせです」
「お知らせ?」
後ろから声をかけられ、入り口へ振り返ると山田先生がいる。手には書類と……鍵を持っていた。
「えっとですね、寮の部屋が決まったので、こちらが鍵です。相部屋なので注意してください」
そう言って書類と鍵を渡す。しかし不思議そうな顔で受け取る一夏。ああ、これ俺の時と同じか。こいつも相部屋だし。
「あれ、俺の部屋はまだ決まってないから、しばらく自宅から通うって話じゃ」
「そのはずだったんですが、事情が事情なので無理矢理予定と部屋割りを変更したそうです。その様子だと……聞いてなかったみたいですね」
「いきなり今日から寮生活って言われても困るよなー。俺もそうだったから諦めろ」
「あうう……。すみません」
共感で思わず口を挟んでしまった。山田先生は悪くないが、これは文句の一つも出るというものだ。
「事情はわかりましたけど俺の荷物はどうなってるんです? ほとんど家にあるはずなんで」
「それなら私が用意した。ありがたく思え」
「……アリガトウゴザイマス」
「生活必需品だけだがな。まあ十分だろう?」
大雑把だな。束様も『ちーちゃんは雑』と言っていた。織斑先生睨まないで心読んでるんですか?
「細かい規則などはその書類で確認してください。男子は大浴場使えなかったり色々違いがあるので」
「え、何でですか?」
いやダメだろ。
「何言ってんだお前は。女子と風呂に入る気か?」
「織斑くん!? いけませんよ!」
「いや入りたくないですっ!」
「女の子に興味がないんですか!?それはそれで問題が……」
声がでけえ! そんな怪しい言動をするものだからクラスに残った女子が噂を始めている。
「えっと、では私たちは会議があるのでこれで。二人とも道草くっちゃダメですよ」
危険な噂の種を残し教室から出て行く二人を見送り、同時にため息をつく。
「……寮行くか。お互いの部屋知っときたいし」
「……そうだな、俺のルームメイトも気になるし」
それだけ言葉を交わして一緒に寮へ向かう。教室からのじっとりとした視線が辛かった。
学生寮。あの視線と噂は一旦忘れ、お互いの部屋番号を共有すべくまず俺の部屋の前に来ていた。
「ここが俺の部屋な。ルームメイトは……まだ戻ってないっぽいな」
扉を開けて中を確認したが、明かりは点いていない。先輩は生徒会長だし、忙しいのだろう。
「1011……わかった。にしても部屋が違うなんてなー、男同士の方が気楽でいいのに」
「俺が寮に入ったのはもう少し前だからな、一夏の部屋はどこなんだ?」
本当なんで俺の方が先に入寮したんだか。
「えーと、俺の部屋は……1025室だからあっちだな」
「微妙に離れてんだな。じゃあ俺はこれで、また明日」
「ああ、また明日」
お互い色々するべきことがあるため部屋番号の確認だけして別れる。入ったところで全部同じ内装だしな。一夏が見送って部屋に入る。
「ふう、疲れたなぁ」
初めての学校生活だったが、濃い一日だったな。授業は退屈だが、今やっているのは座学だけ、いずれ実技に入れば幾分かマシになるだろう。
「やっと一人になれた……」
一日中ずっと人目に晒されていたからなぁ。さすがにトイレまでは入ってこなかったが、出たら入り口に並んでて驚いた。女子用と間違えたかと思ったぞ。
今は人目もないし、噂話も聞こえない。先輩が帰るまでの短い間だろうが一人の静けさを楽しむとし
ズドン! ……ズドン!
……謎の貫通音。何やら叫び声も聞こえるが無視する。これ以上面倒事に巻き込まれるのは御免だ。静かでは無くなってしまったが少し一人でのびのびとしていよ
てれててててーん、てれてててーん。
……電話だ。俺の携帯に電話をかけてくるような人は二人しかいない。内クロエは滅多にかけてこない。となるとこれは
「もしもし、俺です」
『やっほー! 君のご主人束さんだよー!』
「うるさ、切りますね」
『わーごめん待って切らないで! お話したいことがあるの!』
邪魔された苛つきと相変わらずのテンションで即切りしかけたが何とか堪える。一応話は聞いておかないとな。
『ふー、危なかったぜい』
「もうちょっと静かにできないんですか貴女は。ところで話って何です?」
『そうそう、見たよ聞いたよー。決闘するんだって?』
「見た聞いたって……ああ、カメラでも付けてたんですね」
全く気づかなかったが、この人なら誰にも気づかれないようにカメラを設置するぐらい朝飯前だろう。例えどれだけ厳重な警備でも、遠く離れた場所からであっても。
『大事な大事な箒ちゃんの高校デビューだからね! ずっと置いとくとちーちゃんにバレちゃうからもう回収したけど』
「さいですか。で、わざわざ決闘の話を出したってことは?」
『うん! 災難な一日を過ごしたとーくんに束さんからのプレゼント! あの金髪といっくんの機体について教えちゃう!』
「ほう……」
その情報はありがたい。オルコットの方は自分で調べられるが限度があるし、一夏に専用機が与えられることなんて初めて知った。間違いなく役に立つだろう。
『データはもう送っておいたから。じゃーまたそのうちかけるね! ばいばーい!』
「ありがとうございま……切れた」
忙しい人だ。しかし相手のデータが得られたのは大きい。今日はこれで対策を立てるとしよう。
もしこれを知られたら、あいつらは怒るだろうか。だとしてもこのデータを捨てるつもりは毛頭ないが。それに言わなければバレやしない。使える物は何でも利用してやる。それが俺だ。
「ただいまー!」
「お帰りなさい」
「今日も疲れちゃったー。透くんマッサージしてー」
「ははは、俺も疲れてるんで嫌でーす」
先輩が帰ってきた。この人も
決闘対策はこの人がいないときにしよう。
「ねー透くんまだー?」
「だからやりませんって」
翌日の放課後。これまで一夏のルームメイトが妹様で一悶着あったとか一夏に専用機が与えられたとか(昨日貰ったデータより)、妹様が束様のことを聞かれて怒ったとか色々あったが俺には関係なかったので割愛する。
そして俺は今、剣道場でギャラリーに混じって一夏と妹様の試合を眺めていた。昼休みに妹様から強引に誘われ、一夏の助けを求める目が憐れすぎて来てしまった。丁度今試合が終わり、一夏が妹様に怒られている。どうやらブランクがあったらしい。
「もしかして、織斑くんて結構弱い?」
「ISほんとにうごかせるのかなー」
ひそひそとギャラリーの落胆した声が聞こえる。いや妹様結構強そうだったしなぁ。剣道知らないけど。
「何をしている九十九。お前も来い、腕を見てやる」
「えー、俺ルール知らないんだけど」
「構わん。こちらも手加減はしてやる」
拒否権はなさそうだ。ここは従っておくか、適当に流して終わりだな。
「じゃあよろしく、弱くても怒らないでな」
「ああ、防具の付け方は一夏に聞け」
一夏に習って防具を装着し、竹刀を持って構える。
「いくぞ?」
「どーぞ」
この後滅茶苦茶一本取られた。だから剣道は無理なんだって。
その後の稽古は丁重にお断りした。一瞬不機嫌になったので慌てたが、一夏と二人きりになれることを念入りに強調したらすぐに顔が緩んでいた。将来変な人に騙されてそう。
退屈な授業を受けたり、データを纏めて対策を練ったり、一夏に
「……ふぅ、やるか」
月曜。決闘の日である。
第4話「宣戦布告・一週間」
個人的にここ要らなくね?ってなったところはTNPをよくするためにカットしてます