「もう話すことなんてないのに。毎日暇ねぇ」
「……そう見えるか」
さらに三日が過ぎた。依然として九十九透、篠ノ之箒の両名の消息は掴めず。今日もこうしてあるかもわからない手がかりを求めて
「本当に、本当に何も知らないのか? 束と交流のあったお前でも」
「私たちは利用されていただけよ。少しでも知ってたなら、こんな無様な格好で寝てたりなんかしないわ」
白いベッドに横たわる金髪の女──スコールは、不満気な態度を隠しもせずにそう言った。
現在の彼女は生体同期していたコアを引き抜かれた影響か、
「何度も同じことを言ってるけど、私と篠ノ之博士との関係は最大限好意的に見ても使いっ走りの下請け。あの坊や──九十九透と通じていた事さえ教えられていなかったわ」
「だろうな。あいつが他人とそう簡単に協力するわけがない」
「それを承知で力を借りたつもりだったけど……まさか根こそぎ持っていかれるなんてね。大損だわ」
ISの開発者である束の助力を得れば、確かに亡国機業の戦力は飛躍的に強化されただろう。実際我々IS学園の面々は何度も苦戦させられた。
しかし束に裏切られた今ではこの通り、隊長のスコールは要介護同然。オータム・ダリル・フォルテは独房行き。一時的な協力者のアリーシャでさえ学園で軟禁中だ。
「オータムは元気? 暴れてないといいけど」
「残念ながら毎日大暴れだ。いつまでも取り調べが進まん」
「あらあら」
いつもであれば『無駄口を叩くな』と一蹴していた質問だが、妙に取り調べに協力的なスコールから聞き出すことは束関連以外にはない。それすら知らないというのなら、もはやここにいる意味すらない。
だから逆にこんな質問をされてもつい答えてしまう。一応、答える内容はよく考えているが。
「……じゃあ、エムは?」
「あいつは……まだ寝ている」
「そう……」
エムと呼ばれた少女。三度学園を襲撃し、一夏達が打ち倒した敵。
彼女はあれから一度も目を覚ましていない。命には別状ない程度とはいえ、甚大なダメージを負っていたことが原因か、もしくはこれも束のせいか。理由はいくつも考えられる。
だが今は目を覚まさぬ理由はどうだっていい。問題は、私に似たこいつが存在していることだ。
「『プロジェクト・モザイカ』狂った考えだと思うわ。悪党の私が見てもね」
「! ……知っていたのか」
「ええ。全て、ではないけれど。あの子を拾ったのは私たちだしね」
「この義肢もそこから派生した技術を使っているの」と僅かに残った指先を動かすスコール。そうか、確かに裏の人間ならば、知っていてもおかしくはない。
「あの子がまだ正気だった頃。いつもあなたの名前を呼んでいたわ。……どういう意味だったのかは知らないけど」
「……そうか」
「あら、もう行くの?」
「ああ、また来る。次こそ吐いてもらうぞ」
「だからもう……」
スコールが言い切らないうちに病室を出る。まだ予定の時間ではないが、もう聞ける事はない。正確には、聞きたくない。
重い足取りで廊下を歩き、そして次の目的地──エムが寝ている病室へ到着する。
「すぅ……」
「……まだ、目覚めんか」
静かな寝顔で、穏やかに寝息を立てるエム。
外傷は綺麗さっぱり消え、今はもう何の問題もないはずだ。しかし今日まで意識を取り戻すことはなかった。
「お前も、
『
成功試作体は私と一夏の二つだけ。私の家族は、約束されていた何もかもを捨てて選んだ一夏だけ……のはずだった。
では、目の前の彼女は。学生時代の私に瓜二つの顔を持つもの。その存在が意味することは。
「私は……」
廃棄されたはずの何千もの失敗作か、それとも隠れて製造されていたのか。とにかく、計画の生き残りは二人だけではなかった。
私は、救い損ねていた。
「すまない」
救ったつもりで家族ごっこをしている間、彼女はどんな思いで生きていたのか。私の名を呼んでいたのなら、きっと恨んでいたのだろうか。
話をしたい。でも、目を覚まさぬ今となってはそれもできない。
できるのは、誰の耳にも届かない無意味な謝罪だけ。
「……すぅ……」
「ではな……っ!?」
入った時と何も変わらない寝顔。叶うなら目覚めるまで側にいたいが、私にはまだやるべきことがある。
そしてドアノブに手をかけた瞬間、脳内にある生徒の顔が浮かんだ。
「まさか……あいつも……?」
九十九透。
なぜ奴もISを動かせるのか、どうせ束が何か仕込んだのだろうとずっと思ったいた。束が奴に目をかけている理由も考えないで。
「そう考えれば辻褄が合う。そうとしか考えられない!」
目をかけられているのも、男なのにISを動かせるのも『織斑計画』の試作体だから。顔つきと声の違いは整形すればどうにでもなる。
『命の恩人』と称していたのは拾われた時の話か、ならいつから共に行動していた?
「ずっと、ずっと見落としていたのか……!」
初対面で違和感を覚えた時、何としてでも調べるべきだった。聴取を行った時も、何度データを採取しても全て改竄されていた時も。無理矢理問いただすべきだったのだ。
見過ごしていたあらゆる情報が、疑問となって脳内を駆け巡る。
「……くそっ!」
やるべきことは山積み。しかし今すぐ全てを処理することはできない。静かに、しかし素早く扉を閉め、校則違反を承知で廊下を駆ける。
まずは篠ノ之の救出。疑問の答えはその後だ。
「……で、あたしらの専用機もほとんど修理完了したわけだけど」
「依然として待機命令ですわね……」
「仕方ないよ、何の手がかりもないんじゃあね」
「今も捜索中らしいがいつになるやら……」
「……うん」
食堂の一角にて、円形のテーブルを囲んで座る専用機持ち女子の面々。ここしばらくは特に意識していたわけでもなくバラバラに行動していたが、偶然タイミングが重なり一同に介している。
しかし会話は一般的なガールズトークとは程遠かった。
「みんなは一週間何してた……って、大体わかるか」
「わたくしと鈴さんは個人練習、シャルロットさんとラウラさんは情報収集ですわ」
「簪さんは何してたの?」
「お姉ちゃんと話そうとしたけど……全然出てこないからずっと整備してた」
学園から出された命令は『待機』。つまり機体の修理が完了し、次の動きが決まるまでは完全に暇だった。
その暇を利用して、それぞれがやるべきと判断したことをしていたのだが……。
「全員結果は芳しくなさそうね……」
「ええ、残念ながら」
まず個人練習。『余計な感情を振り切るなら体を動かすのが一番』とISを使えないなりに始めたはいいものの、そう簡単に振り切れるはずもなく。大した集中できないままであった。
「相手が悪すぎるね。痕跡も何も見つからなかったよ」
「軍の衛星を使ってもな、私が怒られただけだった」
「また無断でやったの……?」
次に情報収集。使える限りの手段は尽くしたが、それによって得られた収穫はゼロ。無理やり収穫を挙げるなら『一切の痕跡すら残さないステルス技術によって逃げた』ことぐらいだ。
「この一週間ろくに顔も合わせてない…… 普段は鬱陶しいぐらい会いに来るのに……」
「それは心配ね……」
『一日一回は抱きつかないと禁断症状が出る』と豪語していた楯無も生徒会室に篭りっきり。稀に廊下で姿を見かけても声をかける前に何処かへ消えていき、メッセージも適当な返事ばかり。
あからさまに好意を抱いていた相手がいなくなったのだ。相当堪えているのだろう。
「あの野郎次会ったらぶっ飛ばしてやる」
「ええ、あたしも五、六発ぶん殴りたいわね」
「野蛮ですわね。わたくしはスマートに風穴空けてやりますわ」
「じゃあ僕パイルバンカー」
「拘束は私に任せろ」
自分を含めた皆を、特に簪は大事な大事な姉を裏切られた怒りに報復を誓う。さすがに元仲間のよしみで殺しはしないが、全員に土下座ぐらいはしてもらわないと気が済まない。
「と言っても、僕たちはあんまり透と仲良いわけじゃなかったけどね……」
「友達扱いされていたかも怪しいな」
「あっちから話しかけてきたことなんて数えるぐらいしかな「鈴さんは二組ですからね」表出なさい」
「そ、そうなんだ……」
表面上は悪くない関係であったとは思う。しかし本心から、胸を張って彼を友人だと呼べるのか……それはきっと、この中では簪以外にはできないだろう。本心では嫌われていた可能性もある。
「わたくしは初対面が最悪でしたから仕方ないようなところもあるのですけど、まぁ……」
「セシリアはまだマシでしょ、私なんて厄介ごとに巻き込まれてあと放置とかあったわよ」
「鈴もギリギリセーフじゃない? 僕は……どちらかというと嫌われてたかなぁ、たぶん」
「私もそうだろうな、というかまともな会話した覚えがない」
セシリアと鈴に対しては、会えば話せる、聞けば答える、呼べば来る程度の関係ではあった。そもそもセシリアとの最初の因縁は決闘擬きでほとんど解消され、鈴は直接悪印象を持たれるような関わりが無かったからだが。
シャルロットとラウラの扱いは微妙に悪かった。片や【打鉄弐式】の開発中に呼び出されてはデータを脅し取られた──結局黙っててくれたのだから文句は言えない──し、もう一方は負けた後に追い討ちをかけられている。こっちも的外れではなかったので文句は言えない。
「……透のこと、嫌い……?」
「いや、それは無いですわ」
「変なやつだけど、仲間ではあったし」
「うん、良い人……と言い切れるかは怪しいけど……」
「よくわからんやつではあったが、私たちは嫌いではない」
「うん……うん……? よかった……?」
なんかだんだん下がっているような気もするが、嫌いでないのならばそれでいい。皆にとってはともかく、簪にとっては数少ない友人であるのだから、嫌われ者にはなって欲しくない。
「ラウラの『よくわからんやつ』って例えが一番しっくり来るわね」
「全然自分の話しなかったもんね、僕たちに限らず」
「『篠ノ之束の関係者だから』と思っていたが、よく考えるとおかしいな?」
「今思えば隠していたってことなのでしょうね」
「うん……たぶんそう」
結局のところ、『九十九透』という人物のことを本当に理解できている者はいなかった。簪は友人としての一面、四人は仲間の一人という一面、きっと箒も、一夏も、先生も別の一面しか知らなかっただろう。それらを共有してとしても、きっと『九十九透』の全てはわからない。
「でもさ、やっぱり……知りたいよね」
「ええ、このままじゃ納得できませんわ」
「何がなんでも聞き出してやらんとな」
「どうかな、簪さん?」
「……うん、今からでも遅くない。たぶん」
それでも、わかりたいとは思うから。折角出会って、表面上であってもついこの間まで仲間として過ごしてきた。何も知らないままこの関係を終わらせたくないのだ。
きっと一夏も、箒も、楯無もそう思っている。
「まあ全部知ってもぶん殴るのは一緒だけど」
「理由あっても許されることじゃありませんわ」
「今までのお返しをたっぷりとさせてもらわないとね」
「なら私たちは『九十九透ぶん殴り同盟』だな」
「えぇ……」
「っくしゅっ! あー……」
「大丈夫ですか?」
「噂でもされてるんじゃない?」
「かもしれませんね……あ、よう」
「……何だ」
不意に出たくしゃみは置いといて、篠ノ之さんをほうりこんでいる独房の前に揃った俺たち三人。中の篠ノ之さんは不快そうな視線を主に束様へ向けている。
「準備ができたのさ。お待たせしましたってとこだな」
「随分とかかったじゃないか。遅すぎて3キロは痩せてしまったぞ」
「へいくーちゃん!」
「正確には2.2キロです」
「なぜわかる!?」
それはここの床が計測機を兼ねているからだ。今日に至るまで、篠ノ之さんの身体データはあらゆる面から採取されている。『女の子のプライバシーは大事』らしく、俺は何も見せられていない。どの口が言うのか。
「さてさてさぁーて箒ちゃん、一応聞いておくけどさ……私たちの仲間になる気はない?」
「断る。なんと言われようがあなたの仲間には……いや、道具になんてなりたくない」
「…………」
「おっ」
優しい勧誘に対して、明確な拒絶。これには束様の貼り付けた笑いも凍りつく。
しかしまあ、仲間でなく道具を求めているってのはご明察だ。ただの姉嫌いだと思っていたが、ちゃんとわかってるじゃないか。
「断られちゃいましたね」
「……予想通りだよ。それでもちょっとダメージだけど」
「何を考えているか知らないが、諦めるんだな。あなたの思い通りには──」
「──いいや、なるよ」
「!」
雰囲気が変わった。へらへらした雰囲気は消え失せ、思わずこちらが震えてしまいそうなほど冷徹な瞳で肉親である篠ノ之さんを見つめる。
正直同情する。もし素直に道具となる道を選んでいれば、これからの恐ろしいことは経験しないで済むはずだったのだから。
「くーちゃん、
「かしこまりました……『
「な──ぁ──……」
「……ありがと」
クロエのIS【黒鍵】の能力によって、篠ノ之さんの意識は幻に落ちる。知ってさえいれば抵抗できたであろうが、丸腰ではどうしようもない。
電脳ダイブしたメンバーには理想的な夢、俺と織斑先生がかけられた時は真っ白な世界だった。今はどうかな。
「……箒ちゃんには
「はい。今度は逆に、とびきりの……悪夢を」
「なるほどね……」
聞けば篠ノ之さんが『ワールド・パージ』の中自力で覚醒できていたらしい。それを可能とするのは現実と理想を見極める精神力。
だがそれは、最低の悪夢にも対抗できる力なのか? 優しさを振り切ることと、苦しみに耐え抜くことは違うのだから。
「でも意外ですね。いつもの溺愛っぷりなら、もう少し優しくいくと思ってました」
「箒ちゃんは好きだよ。でもそれとこれとは別なだけ」
「そうですか。別にどっちだって構いやしませんが……俺ここにいる必要あります? 正直見たくもないし、そろそろ薬の時間なんですけど」
棒立ちのまま、目を閉じてうなされている篠ノ之さん。マニアなら喜んで見るのだろうが生憎俺の感性には合わない。
呼ばれて来たもののすることがあるわけではなさそうだし、こんな胸糞悪い光景を見続けたくはないんだ。
「だめー。くーちゃん、もう一回」
「かしこまりました。……透さま、申し訳ありません」
「うっ──なんで俺も……いや、束様まで?」
そして自室へ戻ろうとした瞬間、『ワールド・パージ』の幻に包まれる。前回とは違う真っ黒な世界。そこに俺と……何故か束様がくっきりと存在している。
「よくないなぁ。とーくんはもう共犯者なんだから、目を背けちゃダメだよ」
「……ほんっとに嫌な人だ」
別にこんな幻に包まれたって焦ることはない。前回同様、
しかしずっとそれが続くのはかなり鬱陶しい。そもそもこの人を前に感知してる余裕なんてないし、『見ろ』というのが命令なら俺に拒否権はない。
「ほら、あっちをご覧」
「? 何が──うわぁ」
暗闇の中で束様が指差す先には、呆然とした様子で立ち尽くす篠ノ之さんと、すぐ側で倒れ伏す一夏。二人の手には赤い液体が付着した刀が握られ、こちらまで鉄のような臭いがする。
「ははぁ、これは確かに最悪ですね」
「でしょう? こっちまで苦しくなっちゃう」
わかってる。これは幻覚で、本当にあそこにいるのは棒立ちで何も持っていない篠ノ之さんだけだ。タチの悪い夢だ。
でも篠ノ之さんはそれを認識できてない。理由もわからず、体の自由もきかずに一夏と殺し合いをして、勝ってしまったことになっているのだろう。
「あ、ああ……いちか……」
「見てて、ほら」
「ん……げっ」
「ほ、ほう……きぃ……」
正直これで十分な気もするが、まだまだこの悪夢は終わらないらしい。
死んだはずの幻覚の一夏が起き上がり、再び刀を構える。血塗れた身体と焦点の合わない瞳はまるで
「ああっ、うわあぁぁーーっ!!!」
「もういいよくーちゃん……ま、こんな感じだね。あとは箒ちゃんがいい感じに壊れるまで続けてもらう」
「ぅ──きついなぁ……」
ふっ、と部屋の電気が切り替わったような感覚がして、元の空間に戻される。鉄の匂いは消え、篠ノ之さんの格好もきれいなままだ。
裏切った身とはいえ、知り合い同士が殺し合いをする様を見せつけられるのは中々きついものがあった。正直あのまま続けられたらこっちが参ってしまう。
あれを直接体験している篠ノ之さんは……まあ、長くは持たないな。
「壊れたら次は
「ああ、【紅椿】……じゃなかった、【赤月】ですか」
「うん。じっくり進めた分、こっちはもう準備できてるから」
束様が右手に取り出したのは赤いISコア。篠ノ之さんから取り上げて、ずっと弄っていたIS。
篠ノ之さんの
「これで
────【双天機神】の完成だ」
第56話「どこに②・悪夢」
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