「あーもう! さっさと追いかけなきゃいけないってのにっ!」
「敵が多過ぎるよ! 今ので何体目!?」
「ちょっとそういうこと言うと……キャーまた出ましたわ!」
透を逃してしまってからどれほど経過しただろうか、残された専用機持ちは未だ大量の無人機【漆機蟻】の相手をさせられていた。
決して強くはない敵。出力の低下にも慣れてきた。だと言うのに一向に数が減らない。
「やはり、元を断つ必要かあるな」
「あのでかいフロートね……」
その原因は真下に浮かぶギガ・フロート。その天板のあちこちに開いた穴から次から次へと追加が出てきている。
現在のペースは撃破≒追加。ギリギリ現状維持だが、このまま続けばエネルギー切れや追加ペースの変化で押し切られることは容易に予想できた。
「なら範囲攻撃が必要だね。それも高火力の」
「じゃあ私の《山嵐》で。あとは……」
「…………」
「お姉ちゃん?」
中に潜む無人機ごとフロートを破壊するには広範囲を一気に、高い火力で吹き飛ばす必要がある。この低出力下でそれが可能なのは実体の火薬を用いている簪の《山嵐》と、内側から爆破できるアクア・ナノマシンを用いた楯無の『清き熱情』のみ。他のメンバーではごく一部を破壊するので手一杯だ。
だが楯無は茫然とした表情。フラフラと応戦するばかりで話が耳に入っていない様子だった。
「ちょっと、聴いてる?」
「……透くんは連れ戻さなくちゃいけない、でも連れ戻せば一月で死んじゃう。そんなの……」
「っこの……お姉ちゃん!!」
「えっ!? あ、何!?」
呟くばかりで返事をしない楯無に痺れを切らした簪が声を荒げる。普段の彼女ならまずやらないことだが、今は非常時で、ここは戦場。ぼんやりしていられるのは困る。
当の楯無はほとんど聞いたことのない妹の怒声に驚き、ようやく自分に話しかけられていたことに気づく。
「いつまでフラフラしてるの! そんなに透の話がショック? だからって適当な戦いしないで!」
「そ、そんなこと……えと……」
『そんなことない』なんて言い切ろうとして、右手に構えた槍を握りしめた瞬間。脳裏に透の姿が浮かぶ。
確かに、楯無は彼の話で動揺した。自分に語りかけた彼はまるで別人のようだったが、紛れもなく本人であった。
そしてその彼が、日頃から何よりも大事にしていた命を失いかけているだなんて、考えもしなかった。
「透を連れて帰るんでしょう! そんな調子でできると思ってるのっ!」
「……でも! そうすれば透くんが死んじゃうのよ! 私は透くんに死んでほしくないの!」
「私たちだってそれは同じ! でも、
「っ!」
死なないでほしい。生きていてほしい。一人の人間が、大切な存在に対してそう思うのは極々当たり前で自然なことだ。
楯無もそう。誰よりも透のことを思っているからこそ、こんな情けない調子になっている。
だからそこに、妹の簪が喝を入れなければならないのだ。
「お姉ちゃんが透のことを好きなのは知ってる! だからこんなに悩んで、困ってるでしょ?」
「えっちょっ……そうだけど!」
確かにそうなのだが、誰にも直接話したことはないのになぜ知っているのか困惑する楯無。出所は虚か、本音か。実際は全員にバレバレだったということはまだ知らない。
「透の望み通り生きていたらそれでいいの? それが正しいことだとでも思ってるの? 違うでしょ!」
「うっ……」
「私だって透が死んじゃうのは嫌。 でも、このまま私たちの敵であり続けるのは、お姉ちゃんを悲しませるのはもっと嫌! だから意地でもこっちに引き戻す! そしてたっぷりお返しする! 治すのはその後考える!」
「!」
雷でも落ちたような衝撃が走る。ついさっき
だが本当に、楯無が望んでいたのは──
「──はぁぁぁぁっ!!」
「えっ」
「ちょっと楯無さ──」
「『
「──、──!!」
楯無の叫びと共にアクア・ナノマシンが一瞬にして拡散。フロートの僅かな隙間に入り込み、一気に炸裂する。
不調から一転してベストコンディション以上の出力を発揮した爆発は、巨大なフロートを内部に潜む【漆機蟻】ごと破壊した。
「い、威力……」
「一人で破壊しちゃったわね……」
「……!」
「ふぅ……」
バラバラに大破したフロートの上で、一仕事やりきったかのように息を吐く楯無。唐突な変わりように、叱咤激励したばかりの簪ですら驚きを隠せない。
「だがこれで、無人機はもう増えない!」
「簪ちゃん!」
「……《山嵐》!」
【打鉄弐式】の肩部ウイングスラスターが展開。六基の八連装ミサイルが同時に放たれ、簪の制御によって目標へ向かい──その全てが正確に着弾した。
「──! ガガ……ガ」
「はっ!」
「ギィ!? ──…………」
「……でも、爆発から逃れたやつらがまだ残ってるわね」
「だがこの程度ならやれる!」
実戦仕様のミサイルの直撃によって【漆機蟻】はほぼ大破。無限にも思える数の敵機は大破しかけの十数機まで数を減らしている。増援もないならば、今の戦力ですぐに倒し切れるだろう。
「……ありがとう簪ちゃん。かっこ悪いところ見せちゃったわね」
「いいの。お姉ちゃんが困ってたら、助けるのが妹だもん」
「そっか……うん。成長したわね」
「まだまだだよ。すぐにお姉ちゃんを追い越しちゃうくらい成長するから」
折れかけていた自分を奮い立たせてくれた簪。もう劣等感で捻くれていた彼女はいない。純粋に姉を思い、友人を思う、強い妹になった。こんな時だというのに、楯無にはそれがとても嬉しかった。
「よし、じゃあ早速残りを倒して追いかけなきゃ──」
「ううん。ここは私が引き受けるから、みんなは先に行ってて頂戴」
「何故ですの? まさか故障でも……!」
「いいえ、機体はまだまだ安全圏よ」
「じゃあなんで……?」
急いで追いかけようとした時、楯無から急に別行動の申し出。機体に多少の消耗はあれど特に異常は無く、少しでも戦力が欲しいこの状況でわざわざ戻る理由とはなんなのか。五人の脳内に疑問符が浮かぶ。
「たった今、学園に置いてある『秘密兵器』の移送を頼んだの。本当はまだ試作段階なんだけど、今日この戦いで使うべきと判断したわ」
「大丈夫なんですか? 本当に役に立つのか……」
「役に立つかどうかなら今の私の方が怪しい。今の爆破でナノマシンもかなり減ったし、出力の落ちたまま向こうに行ってところで足手まといになりかねない」
「それは、そうかもしれませんが……」
確かに今の楯無では追いついたところで透や操られているであろう箒に対抗できるかはわからない。
しかし僅かな戦力だろうと数が減るというのは痛手だ。もう雑魚散らしは完了し、範囲攻撃は必要ないとしても、これからを考えると少しでも数が欲しい。
「残りを倒して、その『秘密兵器』をインストールして……追いつくにも時間がかかりますよね?」
「そうね、追いつこうとしたら間に合わないかも。でもインストールにはそう時間もかからないし、私の『秘密兵器』は
「……わかった。信じよう」
わざわざここに残ってまで楯無が必要と考えた武装。それが本当にあるのなら確かに使えた方がいいだろう。一時的な戦力減少のデメリットを考えてみても。
そもそもここで議論する暇があるなら早く追うべきだ。距離と時間を考えれば、既に透は二人に追いついている可能性が高いのだから。
「ありがとう。それじゃみんな……任せたわよ」
「「「はい!」」」
そうと決まればすぐに動き出さなければならない。残る敵は楯無に任せ、専用機持ちは全速力で目標へ向かう。
「……、───」
「さぁ……来なさいっ!」
一刻も早く専用機持ちを透たちの元へ行かせるため、『秘密兵器』が届くまでの時間を稼ぐために、楯無は【漆機蟻】へ槍を構えた。
──時は透が専用機持ちとの戦闘から離脱したところまで遡る。
あのまま先を進んだ俺は、ついに目標地点──箒の居場所へと辿り着いた。
「やっぱりここにいたんだな……箒」
「…………」
「箒……?」
「ウ…ウウ……」
ようやく再会できた幼なじみ。しかし彼女の様子がいつもと違う。
呻くような声を発し、意識があるのかも定かではないこの様子には見覚えがある。今も学園で眠っている、亡国機業の一人にそっくりだ。
「イ、チカ」
「そうだ、俺だよ! お前の幼なじみだ!」
「イチカ……。おりムラ……イチカ……」
「お前を助けに来たんだ! ……くそ、やっぱり何かされたのか」
こちらに気づいたかと思えばひたすら俺の名前を繰り返すだけ。その声色は何かに怯えているようで、明らかに普段の彼女とはかけ離れた雰囲気だ。
「……クナイ」
「え?」
「イチカ、を、殺シたくナイ」
「何を──ッッ!?」
「アあ、嫌ダッ……!」
突如箒の姿がぶれ、一瞬にして目の前に移動。両手に構えたブレードが叩きつけるように振るわれる。
予想外の動きに驚愕しつつも、どうにか攻撃を受け止めることに成功した。
「やめロ、私は、ワタしはッ……!」
「なんだこれは、強い……」
「ウウウッ……ワァぁぁっ!」
「ぐあっ!」
普段の美しささえあった剣技は性能と勢いに任せた力押しのものに変わり、予想外の追撃に弾かれる。
『殺したくない』と言いながら攻撃し、自分から仕掛けて『やめろ』と言う。言葉と大きく矛盾した行動に困惑を隠せない。
「どうしてこんな……何をされた?」
「……ゥ、ァアあアア……」
「答えられるわけないか……!」
しかし弾かれた勢いで距離を開け、体勢を整えることには成功した。《雪片弐型》も正面に構え直し、不意の一撃に備える。
「近づクなっ! ヤメろッ! 私は、私はァッ!」
「くっ……太刀筋がめちゃくちゃだ。まるで何かを振り払ってるみたいに……待てよ」
繰り出される出鱈目な斬撃を捌きながら、ある一点に気づく。
『殺したくない』『やめろ』『近づくな』。これらの言葉とは矛盾する行動。逆に言えば、箒の認識は『殺しを』『やめられないから』『近づかせたくない』ということになる。
「殺しを強制されている……それも現実じゃなくて、意識の中……悪夢か!」
悪夢──つまり『夢』。このワードには少し前に覚えがある。学園がハッキングされて、一年専用機持ちが夢の中に囚われかけて……色々と人には話せない体験をしたあの事件だ。
あの時はいい夢──基準はよくわからなかったが──だった。なら今の箒が見せられているのは、こんな状態になるような悪夢だ。
「それがわかったところで、俺にやれることは一つだけかっ……」
「ああ、いちか。ワタシは、また……」
「……すぐにその夢から覚ましてやるからなっ!」
【赤月】のビットと化した肩部ユニットが分離し、四方八方から《穿千》のビームが一夏を狙う。
その全てが絶対防御を貫通するほどの威力を秘めたいることを感じ取り、掠ることも許さぬ機動で躱していく。
「こんな状況じゃ《雪羅》は当てられない。シールドとして使っても効率が悪すぎる……やっぱり、こちらから近づかないと」
全快に近い状態でここまで辿り着いたとはいえ、【白式】には持久戦ができない。例え実戦仕様のエネルギー量で、さらに節約してもそこらの量産機程度の稼働時間しか確保できないからだ。
ならば狙うべきはいつも通りの短期決戦。確実に攻撃を当てられる間合いまで近づいて、『零落白夜』の一撃を叩き込む。そのためには、今みたいに守りに追い込まれてちゃだめだ。こちらから攻めていかないと。
「……ああ、行カないで。死なナイで……」
「死なねぇよ!」
やはり悪夢の中で殺されているのは俺らしい。前は相当強くされた俺が出てきたというのに、今度は弱体化でもされているのか。それも仕組んだ者に設定されたのだろう。
そんなことを考えていると、不意に背中に妙な感覚が走る。少しくすぐったくて、
「ぅぐ……こんな時にっ! ……ん?」
「……ッアぁぁあっ!」
「っぶね! ……この感触前にどこかで……いや俺じゃあなかった。確か……そうだ!」
あれはそう、亡国機業との戦いの中、半分だけ機体が変わった瞬間。そして【紅椿】が【赤月】へと変わった瞬間と同じ予兆。
最初は自分の意思とは関係なく、だが二度目の箒は気合で変化させた。ならば、俺にもできるはずだ!
「ぐぅぅぅ……っ!」
急げ、集中しろ。これ以上待てば攻撃されるという限界ギリギリまで気合を溜めて、内側から古い装甲を押しのけるように──
……びしり。
──今だ!
「うおぉぉーーーっっ!!!」
雄叫びと共に強い光が全身を包み、【白式・雪羅】の装甲が弾け飛ぶ。
出力はそのままに小型化したカスタム・ウイング。腰から広がるアクティブ・スラスターはスカートというよりマントか。四肢の延長は最低限で、男性的なシルエットだ。
まるで、男が白騎士を身につけたかのように。
「【双天機神──白騎士】、そういうことかよ」
かつて束さんは、『【白式】と【紅椿】は対となるもの』と言った。そして『双天機神』の名を持つこのIS。恐らくは、目の前の箒が纏う【赤月】にもあるのだろう。
なら、【赤月】と同じ《
「あった! ……って、はぁっ!?」
膨大な情報から見つけ出した《
「……でも、これなら!」
少しでも使えるのならばと思ったが、まさかの大当たりだ。これを使えば間違いなく箒を助けられる。
だが今すぐにとはいかない。『零落白夜』を使う時と同じだ。まずは発動するまでの隙を作らないと……。
「──いち、かァ……っ!」
「……いくぞ、箒!」
幾分か細く、しかし鋭さを増した《雪片弐型》を握りしめ、降り注ぐ赤いビームの雨を突っ切る。
「ぜぇぇりゃっ!」
「グッ、うぅっ!」
「──おらぁっ!」
素早い斬撃を《雨月》と《空裂》が受け止める。一瞬だけ鍔迫り合いの形になるが、思い切り力を込めて振り抜き、その刀身をへし折った。
箒への負担を最小限にするために、余計な抵抗の手段は摘まなければならない。だから、先ずは武器を壊す。
「来ルなぁっ! うぅ……」
「……!」
ビットの《穿千》にエネルギーが収束する。またビームを降り注がせる合図だ。
だがその攻撃はもう使わせない。たった今、その対策を理解した。
理解した通りに左腕を振るい、八つの光弾を展開する。
「《
号令と同時に四つの光弾が飛び交い、全てのビームを相殺。残る半分はビットに直撃し、破壊する。
《雪羅》の形こそ失われたものの、その性能はアップグレードされて機体に搭載されている。エネルギー効率も改善され、今のように『零落白夜』の荷電粒子砲を同時に複数放つことだって可能だ。……もはや荷電粒子砲じゃない気もするが。
「よっし!」
とにかくこれでメインの武器は破壊できた。残るは展開装甲で構築されるもののみ。その程度なら脅威に数える必要もない。
あとはいつも通り限界まで近づいて……この右手で触れるだけ。《雪片弐型》を収納し、右手を前に出す。
「《
「あッ……」
白い光が右手を包む。この光こそ《
その能力は『
この力で、箒を苦しめるプログラムを消去する。
「……助けて、一夏……!」
「──箒ぃぃーーーーっっ!!!」
やっと救える。そう思いながら、白い手で赤い装甲に触れようとしたその瞬間。
「はい、そこまで』
「──ッッ!?」
突然割り込んだ黒い腕が、真正面から叩きつけられた。
第58話「奮起・赤白」
ここ数話で9000字連発してたのがおかしいのであって本来の目標はこれぐらいのボリュームなんですよ(逆ギレ)