前にやった時もそうだった
「ぐぅ、ぁ……」
「よう、さっきぶり』
「透……!」
親が二人に追いつき、少し隠れて様子を窺って数分。狙い通り一夏も覚醒し、これで【双天機神】が揃ったことになる。
一夏が篠ノ之さんに触れるギリギリで割り込ませた一撃はジャストタイミングで叩きつけられ、右手に集まっていた光は霧散した。
「悪いがまだ──いや一生、篠ノ之さんを正気に戻されるのは困るんだ。役目を果たせなくなる』
「っ……どけよ。何させる気か知らねーけど、そんな役目クソ食らえだ」
「どかない。こっちも命かかってんだ──大体察しはつくだろ?』
「……ああ。お前が裏切るとしたら、それしかないと思ってたよ」
『計画』を完遂して、俺が救われるためには篠ノ之さんの救出は絶対に阻止しなければならない。そうでなきゃ、何のためにここまで苦労してきたかわからない。
一夏も俺の行動原理は理解してくれているらしい。だからといって邪魔をしないわけではなさそうだが。
「だったらごちゃごちゃと対話する必要もないか』
「そうだな。今更話し合いは無益だ」
「ウぅ、いち、か……」
「……うるせぇな』
篠ノ之さんにはこのままでいてもらわないと困るが、今から俺たちが始める戦いには邪魔だ。一々呻き声を聞かされるのも耳障りだし、
「退がれ、静かにしてろ』
「ア…! グ……──」
「箒!? ……お前何を!」
「ちょっと引っ込んでもらうだけさ。安心しろ、むしろ苦しみは減ってるよ』
命令通りに海面スレスレに高度を下げ、ある程度距離を取った場所で沈黙する篠ノ之さん。苦しみに歪んでいた表情はまるで人形のように冷たく、何の表情も浮かべていない。
「てめぇ……!」
「これで邪魔は入らない……やろうか』
鋭い目つきで一夏が剣を構える。その矛先は当然俺。学園での温い模擬戦とは比べ物にならない気迫が突きつけられる。
びぎり。
「うおおおおっ!」
「はぁぁっ!』
白と黒が激突し、一撃必殺と猛毒の刃が火花を散らす。
【双天機神・白騎士】へと覚醒したこの機体の火力・機動力は100%の【Bug-VenoMillion】すら凌ぐ。さらには『零落白夜』と《権能》をも備えているとなれば一瞬の油断も許されない。
だが、やりようがないわけじゃあない。
「……フンッ!』
「っ! このっ!」
「甘いんだよ!』
《
その刃に直接触れないよう蹴り上げ、《
「しまっ──」
「吹っ飛べ』
「──うわぁぁっ!!」
ほぼゼロ距離で放たれた爆風が一夏を吹き飛ばし、大きく距離が開く。読み通りだ。
「ごほっ、っ──《月穿》!」
「それも読めてる──《Cockroach》』
「なにっ!?」
円形に配置された光弾を、発射と同時に予め出しておいた追尾爆弾で撃ち落とす。あの攻撃を撃たせると厄介なことになるんでな。
「お前の動きはよーく知ってるからなぁ。前のはもちろん、今のも』
「……隠れて見てたのか!」
「その通り』
俺は一夏と篠ノ之さんとの戦いを隠れて見て、【白騎士】の動きを解析していた。新しい機能、【雪羅】との性能差、動きの変化……割り込むまでの短時間の全てを。
だからこうして一夏の動きに遅れを取らない対応ができるわけだ。
「さぁ、続けていくぞっ!』
「……くそっ!」
しかし俺が一夏の動きを解析したように、いずれは一夏も俺の動きを覚えるだろう。それも近いうちに。
それにいつ
「風穴開けてやる。《Hornet》!』
「──っ、当たるかよ!」
「まだまだ──《Spider》!』
「これはっ……ぜあっ!」
左腕から打ち出される毒針は全弾叩き落とされ、捕縛ネットは切り裂かれる。やはりこの程度の攻撃はもう通用しないか。
……絡め手はやめだ。ストレートにいこう。
「おらぁっ!』
「──うぉっ!? ぐ、ぐぐ……」
「はぁぁぁぁ……っ!』
突進した勢いのままに《Longicorn》を叩きつけ、ギリギリと力を込める。本来は相手の武装を破壊するための武装だが、その頑丈さをそのままぶつかるだけでも十分に使える。
「ん……ぎぎ……!」
「どうした? こんな近くに俺がいるんだ! この大チャンスこそ『アレ』でも使ってみろよ!』
「ぐぁっ!」
さらに力を込め、防御を押し除けて一夏の胴に攻撃が入る。だが感覚から察するにギリギリで身を引いたか、手応えは弱い。
「できないんだよな? 『権能』を行使するには集中が足りないからなっ!』
「っ──だったらどうしたぁ!」
「あ? ──ちっ……」
《
……しかし、ごく浅いものとはいえこの短時間で反撃を当てられた。さすがは俺とは違う成功作だ。
「やっと本気出したか、
「目……? まさかまた変わってるのか?」
「気づいてないのかお前』
その証拠が金色に光る双眸。クロエとボーデヴィッヒが持つ『
とうに受け入れた筈の差を見せつけられるようで、全く嫌になる。
「教えてくれよ、その力を!』
「──見えるっ!」
「ちっ……』
尻尾の横薙ぎ、右腕の《
もうここまで対応された。まだ『権能』は発動していないが、これ以上続けてもいずれは……。
「今度はこっちからだ!」
「……ああ。来いよ』
「すぅ……いくぞっ!」
呼吸を整え、金色の瞳でこちらを睨みつけた瞬間。センサーでも追いきれない急加速、かつ複雑な軌道で迫る一夏。
正面から繰り出される斬撃ですらまともに躱せず、済んでのところでダメージを最小限にするために右腕を差し出すのが精一杯だった。
「くっ……』
「これで砲撃は使えないなっ!」
「だが、こうすれば使えるぜっ!』
「無駄だっ!」
「!』
深く切り込みが入り、火砲としての機能を失った右腕を鈍器として叩きつける。だがそれは空振りに終わり、一瞬で後ろに回り込んだ一夏が白く輝く《雪片弐型》を振りかぶっていた。
「──《Cockroach》!』
「《
「っぐ……くそ……』
『零落白夜』のシールドによって爆弾はエネルギーを失い不発。そのまま背に斬撃をくらい、絶対防御が発動する。
もう一夏は追撃の用意をしている。見たところ次で決めるつもりか。確かに《Bug-VenoMillion》でもこれ以上は危険域……
……うん、頃合いだな。
ぱきっ。
「これでっ、トドメだぁっ!」
「ははははっ……
「うおおおおっ……は?」
「『
目の鼻の先で全力の一撃を見舞おうとした一夏の真後ろに現れた銀髪少女──クロエが、そっと【白騎士】に手を触れる。
一夏は間抜けな声を上げ、ろくに抵抗する暇もなく動きを止まる。それはクロエのIS【黒鍵】が持つ単一仕様能力『
「ぁ──ぐ、──……」
「──完了しました。透さま」
「……ご苦労。助かったよ』
「いえ、ご命令ですので」
物言わぬ人形と化した一夏。これで篠ノ之さんと合わせて【双天機神】の傀儡化が完了した。
はじめからこの戦いの目的はこれにあった。篠ノ之さんを俺が操っているかのように見せかけ、ヘイトを集めたのもクロエの存在に気づかさないため。
クロエが近づく隙を作るのには苦労したが、勝ちを確信した瞬間には油断が生まれやすいものだ。特に一夏がそうなりやすいのは、元友人としてよーく知っている。
「……しかし焦った。もし失敗してたら終わっていたな』
「見ているこちらがハラハラいたしました。あまり無茶はなさらないよう」
「悪いな。無意識に熱くなってたのかもしれない』
油断を誘い出すためとはいえ、少しばかりマジになりすぎてしまったようだ。結果オーライといえばそうなのだが。
「──……」
「……やけに静かだが、一夏にはどんな夢を見せた?』
「それは──」
篠ノ之さんの時は随分呻いてうるさかった気がするんだが、対する一夏は気味が悪いほど静かだ。聞いてどうということはないが、ほんの少しだけ興味がある。
「ただの日常を。過剰な幸福も苦しみもない。いつもと変わらない日々の夢です」
「へぇ、それはなんとも……よく効きそうだ』
「はい。織斑一夏には悪夢も甘い夢も効果が薄いと判断したので、いっそどちらでもない夢が適当と」
「そうか。いい判断だと思うぜ』
クロエの言う通り一夏には妙なところで精神が強い。下手に幸福や苦しみを与えれば、それをきっかけに目覚めかねない。
だがただの日常なら。ただ平穏に過ぎていく日常から脱しようとは思えるだろうか。
……俺なら、どうかな。考えるだけ無駄な仮定か。
「さて、目的を達したならもう用はない。帰ろうか、クロエ……』
「──いいえ。まだ帰らせない」
傀儡の二人とクロエを連れ、束様の元へと向かおうとした瞬間、後ろから声がかけられる。
この声はよく覚えている。少し前まだ戦っていた相手なのだから。
「何だ、また追いついたのか……簪』
「透……二人を返してもらう!」
「……そいつは、無理な相談だなぁ』
IS学園専用機持ち、ついさっき置いてきたばかりの五人がそこにいた。
「──あれ、俺は何を……?」
目を開くと学園の教室にいた。どうやら今は休み時間だろうか。
確かさっきまで俺は、─を──るために─と───て……。ん? 結局何のことだ?
……いくら思い出そうと記憶はあっという間に薄れていく変な夢でも見ていたのかな。
「どうした一夏、ぼうっとして」
「箒か……何でもない。ちょっとうとうとしてたみたいだ」
「夜更かしでもしてらしたんですの? 健康に悪いですわよ」
「うーん、そうだったのかもしれない。気をつけるよセシリア」
心配でもしてくれたのか、箒とセシリアに声をかけられる。昨日は何をしていたっけ、あんまり覚えてないな……そんなに夜更かしはしてなかったと思うけど。
『──おきて、いちか』
「うん? 誰か何か言ったか?」
「はぁ? 何も言ってないわよ。今声かけようとはしたけど」
「何だ鈴、来てたのか」
「来てたのかって何よ!」
どこかから声が聞こえた気がして辺りを見渡すと、そばには箒とセシリア、後ろに鈴がいた。
まさか後ろに立っていたとは思わず、少々適当すぎる言葉を投げかけられた鈴が抗議するように声を荒げる。
「いやごめん、いきなり出てきたもんだから……」
「あんたがぼーっとしてて声かけづらかったんでしょうがー!」
「まあまあ落ち着いて……それで、声ってどんなの? 僕には聞こえなかったけど……」
「私も聞こえなかったな。この教室の誰かか?」
続いていつのまにか横に来ていたシャルとラウラが声について聞く。いつものことだが、この二人は不意にスッと出てくるな。
そして声か。確かに聞こえたと思ったが、どうなのと聞かれると……。
「微妙だなぁ、聞き覚えがあるようなないような……そもそもすごく小さくて、なんて言ってたのかもよく覚えてない」
「何だそれは……やはり気のせいではないのか?」
「そうかなぁ……」
『──いちか、はやく、いちか──』
「……また!」
「ええっ?」
もう一度、さっきとほとんど大きさは変わらないが、確かに俺のことを呼んでいた……気がする。たぶん。
しかしその声の主はどこにも見当たらない。何だというのだろう。用があるならはっきり声をかけてもらいたいものだ。
「そうだ
「……は?」
俺の左斜め後方。窓際の席に向かって声をかけるもそこには誰もいない。もうあいつは帰ってしまったのだろうか。休み時間じゃなくて放課後だったのか?
しかしみんなが変な目でこちらを見るのは何故だろう。そんなにおかしなことを言ったかな。
「透さんって誰ですの?」
「え?」
「そんなやつ一組にいた? 知らないけど」
「は? んんん?」
「僕も知らない……」
「私も知らんが」
「???」
え? みんな知らない? だって─は俺と同じ一組の──で……あれ??
─って誰だ? 何言ってるんだ俺。俺と箒、セシリア、鈴、シャル、ラウラ。俺たちは大体この五人でつるんで、たまに簪さんや更識先輩と話すぐらいだったじゃないか。
何も変なことはない。これ以上も以下もない、平和な日常……のはずだ。
「……ごめん、本当に夢でも見てたみたいだ……」
「だ、大丈夫か? 休んだ方がいいのでは……」
「いや心配ない、寝ぼけてただけだって。ほらアリーナ行こうぜ」
それでも拭えない微かな違和感には蓋をすると、何となくうとうとする前の記憶が浮かんできた。たしかこの後は第四アリーナで模擬戦をやる予定だったはずだ。急いでいかないと全員とやる時間がなくなってしまう。
「今日は試したいことがありますの。実験台よろしくお願いしますわ、一夏さん?」
「じゃあ僕も新技見せてあげるね!」
「ははは、お手柔らかに……」
……今日は二人にボコボコにされてしまいそうだ。やっと代表候補生と対等か少し下ぐらいで戦えるようになってきたと思うのだが、やはり国に選ばれた者なだけあってすぐに差をつけられそうになる。俺ももっともっと頑張らないとな。
『──お願いいちか。みんなが──』
「……うん?」
「どうした?」
「何でもない。さぁ行くぞ競争だ!」
「競争って、子供じゃあるまいし……ビリは飲み物奢りなさいよ!」
教室の外には放課後らしく談笑する生徒がちらほら。その中を我先にとアリーナへ駆け出していく。先生に見つかったら大目玉だが、この人数に奢るのは避けたい。
『いちか──』
「〜〜だから誰だっ!? ……え?」
けれど、今度は後ろからかけられたような、少しだけ大きくなった声は妙に気にかかって──。
声の正体に振り返った瞬間。そこにはどこまでも白い空間が広がっていた。
「その内来るだろうとは思ってたが、意外と早かったじゃないか。あの数の【漆機蟻】は……お前たちなら攻略できるか』
「あからさまに『蟻』なんてついてたら誰だってわかるわ。舐めないで」
「ふぅん……』
さっきはそれなりにショッキングなことを去り方をしたつもりだったが、思いの外堪えている様子がないな。簪以外の面々も同様……ん? 楯無先輩は?
「先輩はどうした、まさかあの程度でやられたか? いやそんなはずはないか……』
「さぁどうでしょうね」
数は揃えたとはいえ【漆機蟻】軍団は所詮時間稼ぎ要員の雑魚。いくら《
では何故いないか。近くに隠れている? いや、【ミステリアス・レイディ】に俺の
「わかった。『置いてきた』な?』
「…………」
「沈黙が答え合わせか? なるほどなぁ』
こいつらは全ての【漆機蟻】を倒してはいない。恐らくはほとんど殲滅はしたが、それでも倒しきれないやつがいた。それを先輩が引き受けてきたのだろう。通りで予想以上に早く来れたわけだ。
「殿と言えば格好つくが、用は雑魚の処理を押し付けられてるわけだ。そうだろ?』
「何とでも言えばいい……本気でそう思っているのなら」
「……はっ。なわけねーだろ』
俺だって馬鹿じゃない。楯無先輩が自分からそれを引き受けて、こいつらを送り出したことぐらいはわかる。それも何かしらの理由があってのこと……念のため、いつ先輩が来てもいいように頭の片隅には入れておくか。
ついでに挑発のつもりで放った言葉だが、もうこの程度で動じる精神ではなかったな。
「それで? またそんな話で時間を稼ぐつもり?」
「まぁな。もう目的は達成してるし、どうやってお前らを排除するか考えてた』
全快ならいざ知らず、それなりに消耗したこいつら相手に戦って負ける気はしないが、俺には一夏と篠ノ之さんを連れて行く仕事が残っている。
それまでに余計な邪魔が入るのはよろしくない。負けないまでも、帰るだけの余力を残すには……これだ。
「ようし。それじゃあ紹介がてら、お前らで試すとしよう……【双天機神】の力をな』
「──…─…」
「……─……」
「一夏、箒!」
「貴様っ……!」
傀儡と化した二人は静かに俺と専用機持ちの間に入り、一夏は《雪片弐型》を構え、武装を破壊された篠ノ之さんは展開装甲を攻撃用に変形させる。
どれだけ呼びかけようと無駄だ。夢に堕ちた二人には届きはしない。
「精々足掻いてみろよ──やれ』
「──やるしかない、みんな行くよっ!」
「「「……了解!」」」
紅白二つと、色取り取りの機体が激突した。
第59話「おやすみ・声」
章機能とか使ってみようかなーと思ったけどどこで区切ればいいのかわからなかったのでやめました