「はい千冬姉、お茶」
「すまんな」
IS学園特別治療室──重症人を放り込まれる一室で千冬姉は療養していた。
身体あちこちに管が通され、仰々しい機械に囲まれている。
原因は当然、数日前透に刺されたこと。
「……まだ痛む? それ」
「ああ。最初に比べればマシだがな」
あの後、血溜まりに浸かって倒れる千冬姉は駆けつけた医療班によって緊急手術が行われ、何とか一命を取り留めた。
右肺を貫いた刺し傷はさすがの千冬姉でもそう簡単には治せないものとなった。意識を取り戻しただけでも驚きだそうだ。
「『織斑計画』成功例としては、この程度の傷はとっくに治せているはずなんだがな。九十九……いや束のやつか、何か仕込んだらしい」
「治癒力を落とす何かか?」
「そうだな。数日続くことを考えると、恐らくナノマシンの類だ」
ふぅ、と息を整えて俺が淹れたお茶を啜る。いつも通りの調子に見せかけているが、長く話すのはまだ辛いみたいだ。
……こんなに弱った千冬姉を見る日が来るなんてな」
「私とて人間でなくとも生物だ。弱りもするさ」
「えっあっ、声出てた?」
「完全にな。出さなくても顔でわかるが」
「ご、ごめん……」
「構わん。別に怒っちゃいない」
うっかり本音が口に出ていた。半分呆れられたような気もするが、そこは弟としてたった一人の家族が心配だったと思ってほしい。
……俺たちが人間じゃなくても。
「やっぱりアレは本当なのか?」
「そうだ。憎らしいほどに真実しかない」
「……そっか」
もしかしたらと意味のない期待はしていた。しかしあの時見た全ては真実だ。
俺たちが非道な計画の果てに作られたこと、束さんがそれを終わらせたこと、千冬姉が赤子の俺を連れて逃げたこと……透はその失敗作であること。
「私がそれを話さなかったのはお前を子供扱いしていたと言うのは間違いない。だがな、お前には少しでも普通の人間らしく生きて欲しかったんだ」
「わかってる。だから学園に入るまでISから遠ざけてたんだろ? ……ISに近づくことは、束さんに近づくことでもあるから」
「束と接触すれば、いつ何を話すかわからんからな。案の定こうなったが」
いくら遠ざけようとも、結局は束さんの仕込みによって俺はIS学園に入ることになっていたのだろう。……受験会場間違えたのもあの人の仕業なのか? だとしたらどれだけ手が込んでいるんだか。
「じゃあさ、透のことは知ってたのか? あと、エム──マドカってやつのことも」
「いいや、知らなかった。気づいたのは九十九が裏切った後。それまで私たち以外は廃棄されたものとばかりな」
いなかったはずの『きょうだい』。計画の生き残り。兄か弟か、姉か妹かもわからない存在。
千冬姉すら知らなかった成功例と失敗作。その二人は立場は違えど俺たちの敵になった。
「恨んでいるのだろうな。何も知らず、一夏一人しか助けられなかった無力な私を」
「そんなことっ! は、わからないけど……」
未だ昏睡状態のマドカはともかく、透は何と言うだろう。あいつのことだ、どちらにせよ生きているなら気にしてないかもしれないし、逆に死ぬかもしれなかったと恨んでいるかもしれない。
だが、どれだけ俺が考えてもそれは推測でしかない。救われた俺に、救われなかった者の気持ちはわからないのだから。
「恨んでようがいまいが、今のあいつがやろうとしていることは認められない。それも理屈じゃなくて感情で、俺は認めたくないんだ」
今の世界を壊して、新しい世界を創る。綺麗な理想だけど、実際にできるのは少なくない犠牲で成り立つ
あいつらはその犠牲を必要と断じた。だけど俺はそれを認めたくない。ただそれだけのちっぽけな倫理観と正義感で否定しようとしている。
「……これってさ、正しいのかな」
「…………」
……もしかすると、世界の敵になるのは俺たちなのかもしれない。そう考えると、何をするべきかもわからなくなる。
「……おい、一夏」
「あっ……ごめん、何かあった?」
また考え事をしてしまった。今は千冬姉の見舞いに来ているというのに。怪我人に余計な心配をかけてはいけないな。
「この茶は不味い」
「えっ!?」
この人本当に怪我人か? さっきまでの無理してる感じはどこへいった。
しかし茶が不味い……淹れ方が悪かったか? しかしここにある道具でできることはやったのだが……。
「悪いのは淹れ方ではない、悪いのはお前の
「!」
ショックだった。心の乱れが茶に出るというのはどこかで聞いたような話だが、それを千冬姉に見抜かれる──この場合は
「どちらが本当に正しいかなんて誰にもわからん。それでも自分の望みを貫き通したいのであれば勝つしかない。だから、今は迷うな」
「……わかった」
何を考えていたんだ、俺は。怒ったり、憐れんだり迷ったり……例え百年考えたって、何も変わりはしないというのに。
結局、俺が今のあいつにできることは一つだけ。
「この怒りも迷いも、全部全部剣に乗せてあいつにぶつけてやる。それまでは、迷わない」
未熟な俺たちには、きっとそれしかできないのだろう。
……まさかお茶を通して学ぶとは思わなかった。
「ありがとう。ちょっと整理できた」
「ならいい。……ほら、おかわりを寄越せ」
「全部飲んではくれるのな……ちょっと待ってくれ、すぐ淹れ直してくるから」
とりあえずは、今度こそ千冬姉に美味しいお茶を淹れてやろう。そして茶器セットに手を伸ばした瞬間──
「……ふぅ」
「あ、いたいた。おーい」
IS学園剣道場。校内改修を理由に臨時休校で人気のない中、
基本的な所作の確認と素振り。まるで初心者のようなメニューを静かにこなし、そこそこの疲労を感じて休憩を決めた時、奥の入り口から呼びかけられる。
「鈴か、どうした?」
「大したことじゃない……と思う。今休憩? ちょっと来てほしいんだけど」
「? わかった。少し待っててくれ」
声の主は鈴だった。何をする気かよくわからない誘いをした彼女は、いつか見たような正直あまり似合わない体勢で入口に寄りかかっている。
「んっ……よし。待たせた……なんだ、皆来てたのか」
「今来たところですの」
「お疲れ様ー、はい飲み物」
「あ、ありがとう……」
「よし、では行くか」
急ぎ気味に着替えを済ませて来てみれば、待っていたのは四人に増えている。
シャルロットから差し出されたスポーツドリンクを受け取り、目的地も知らされずに着いて行く。
「はい着いた」
「ここは……生徒会室か」
「そうそう、来るのは初めてだよね?」
「ああ、まあ……」
「あたしも。皆そうじゃない?」
到着したのは生徒会室。ほとんどの生徒は存在を知りながら入ったことがない場所。
男子二人は生徒会の仕事で頻繁に通っていたが、大抵仕事内容ばかりでどんな場所なのかは聞いていなかった。
そんな場所に部外者の自分たちが入ってもいいものか、重厚な扉を前に尻込みする。
「じゃあ入りま──「はいいらっしゃい」ア゛ッ!?」
意を決して鈴がノックしようとした瞬間、唐突に開かれた扉に額を強打。それももう少し顔面に当たっていれば鼻血を垂らしていたであろう勢いで。
「あっ!? ご、ごめんなさい」
「だ、大丈夫……いたた」
「うわー……」
「何やってんのお姉ちゃん」
扉を開いたのは楯無さん。五人が来ることを知っていたのか、きっと待ち構えていたんだろう。お陰で鈴にダメージ入ったが。
半開きの扉の向こうから簪の呆れた声が聞こえる。
「えーと……とりあえずどうぞ、ケーキあるわよ」
「……失礼します」
若干気まずいまま部屋に入ると、いかにも生徒会といった雰囲気の内装が目に入る。中心に大きなテーブル、奥には『生徒会長』と書かれた机上札が置かれている。
どうやら自分たち以外にいるのは簪と楯無さんのみ。他の生徒会メンバーはいないらしい。
「はい紅茶どうぞ」
「あ、いただきます……」
「虚ちゃんがいればもっと美味しいのが出せるんだけど、今日はお休みだからこれで勘弁して頂戴」
「いえそんな……とても美味しいですわ」
「そう? ありがと」
謙遜しながら差し出された紅茶は緑茶派の私でも気に入る香りで、紅茶にうるさいセシリアでも合格点らしい。しかし虚さんとやらが淹れるとこれ以上美味しいのなら、また来てみようとまで思う。
「ところで、私たちはなぜ呼ばれたんだ? 個別に何かあるわけではなさそうだが」
「そうそう、メッセージじゃなくて直接呼ばれたし」
「あっそうだったのか」
「言ってなかったっけ? 直接呼んだのはメッセージだと見ないかもって」
綺麗に七等分されたケーキが簪の運んだ皿に乗せて出される。奥にちらりと見えた箱からはそこらの洋菓子店とは違く明らかな高級感が漂っている。
こんなものをしょっちゅう食べていたのかあいつらは、ずるいぞ。
「用はまあ、女子会でもしようかなって」
「えっなんで?」
聞き違えかな? この状況で女子会とは、突然過ぎる提案に理解が追いつかない。
そんな私たちを他所に楯無さんも席につき、早速ケーキにフォークを突き立てる。
「次の戦いに備えてとかじゃないんですか? てっきりそっちだと……」
「いいじゃないいいじゃない。私たちってあんまりそういうことしてなかったでしょ? やってみたかったの……おいし」
「えぇ……まぁ、確かに」
「構いませんが……」
「うむむ……いいだろう」
本当にそれが目的……なのか? だとしてももう少しタイミングというものがあるのではないかと思うが、断る理由もないか。
「整備中断して呼ばれたのがこれ?」
「ご、ごめんなさい……」
「うーんいいよ」
簪も目的が女子会とは知らなかったらしく、微妙な目で楯無さんを見ている。しかし秒で許すあたり嫌ではないようだ。半分冗談だったのだろう。
「……じゃあ最初は何話そっか?」
「そうだなぁ……うーん、
「あれって?」
「ほら、この前の──」
「ああ! あの時の!」
結局始まった女子会だが、最初の話題が見つかれば皆順応して会話を進めていく。結局はいつも教室で話していることと変わりはないが、簪と楯無さんという珍しい顔も混ざるとまた新しい楽しさがあった。
「はい!」
「わぁびっくりした」
そして特に話題が途切れることなく時は経ち、そろそろ夕食時かというところで楯無さんが手を挙げた。
「ラスト楯無、相談があります!!」
「飲み会の一発芸みたいなノリね」
「ごめんみんな、お姉ちゃん時々ぽんこつになるの」
「ぽんっ……!? つ、続けます……」
妹からのぽんこつ扱いにショックを受けながらも話は続けられる。わざわざ大トリに名乗りを挙げたのだからさぞかし女子会らしい相談なのだろう。
「私ってまだ透くんと脈あると思う?」
「解散ですわッッッ!!!」
「まってぇ!」
やっぱりぽんこつだこの人。いや内容自体は女子会らしいが、何をそんなアホなことを聞いているのだ。椅子から落ちるかと思った。
「今更何気にしてるのお姉ちゃん……」
「数日経ってみたら不安になったの! 右腕吹き飛ばした後に告白する女は無理なんじゃないかって!」
「この前吹っ切ったはずでは……?」
というか最初からこれの相談が目的だっただろう。されたこちらとてまともに告白できた試しが無いのだが。
「殺してでも連れ戻すけど嫌われたくはない……うう」
「改めて聞くととんでもない主張ね」
「最初に言った私でもやばいと思う」
確かに、あの時は勢いで済まされていたが、今になって考えるととんでもないことを言っているな。九十九でなくともドン引きしている可能性すらある。
緩んでいた雰囲気は凹んだ楯無さんによって一気にお通夜状態になった。
「……お開きにしましょう」
「うん……」
「はい」
そして突発的女子会は終了となり、片付けを済ませた全員が撤収しようとしたその時──
『あーージッ──あ、ああ。よし』
「!?」
突如強制展開された投影ディスプレイ。一瞬ノイズがかった後、映し出されたのはとある人物の姿。
『世界の汚点の皆さん、こんにちは』
今まさに話題にされた男、九十九透だった。
「僕は九十九透。世界で二番目の男性IS操縦者で、先日IS学園を裏切りました」
まずは自己紹介から。俺だって一応有名人であるが、これからの話をする上で俺という存在はきっちり印象に残してもらわねば困る。
何せ全世界生中継だ。失敗はできない。
「この世界に住む人は
用意されたカメラの前で、即興で考え出した言葉を告げる。自分が生きる上では至極どうでもいいことを、本気で憂いているかのように。
どこに流すかは聞いてないが、きっとあちこちに、無差別に配信されているのだろう。神話のためのマッチポンプとして。
「人の悪意は止まる事を知らず、人同士が無意味に憎み、無意味に争い、無意味に傷つけ合う……万物の霊長という肩書きに恥じる行いばかり」
だったら何だ。悪意があったら、傲慢だったら? 死にさえしないなら気にすることもないだろうに。普通の人はそうなのに。
「『私は違う』と思った方もいるでしょう。ですがそれは本当ですか? 自分はただの一度も、悪意で人に触れたことがないと言い切れますか? ……そんな人間は赤ん坊くらいのものです」
俺だってゼロではない。ぶっちゃけ憎んだ記憶は無いが、どれだけ争い、傷つけたかなんて数え切れないほど。
そうやって世界は回っているのだ。そして俺たちが何もしなければ、ずーっと先も同じように繰り返す。
「──、──────」
心にもない言葉に、偽りの感情ばかりを込めて語り続ける。長ったらしく、めちゃくちゃな論理で。
共感を得ようとする必要はない。今俺が演じるべき姿は、そこらの路上でデモでもしているような、革命家気取りの異常者なのだから。
「美しかった世界は人によって壊され、汚され、少しずつ、しかし確実に醜くなっていく。そんなことが許されるのでしょうか? ……僕は許せません」
許すも許さないも気にしてなんかいない。生きていけるなら美しかろうが醜くなろうが構わない。
「だから、僕は」
だけど、俺は。
「この世界を壊します」
世界の敵として、全てを
「これが冗談でないことはお分かりでしょう。汚点中の汚点である、上の人々なら」
俺が『織斑計画』の失敗作であることはもう政府に知られているだろう。いずれ一般にも情報が行き渡るはずだ。そうなるように束様が仕組んでいる。
どうせならば
「始まりは三日後。そこから全てを終わらせます」
三日。それで俺たちの準備は完了する。……といっても、その間動くのは束様だけなんだが。
「ですが、一方的に破壊されたところで納得できない人もいるでしょう。なので、
もちろんチャンスなんかじゃない。神話を成り立たせるために必要な役者を集めるため。救世主とその仲間という役を。
レンズの向こうのさらに遠く、この生中継を見ているであろうあいつらを指名するように、正面を指差す。
「──止めてみな」
最後に中指を立てて、台本通りの挑発は完了した。
「お疲れ様、大根役者くん」
「頭の悪い台本書いておいて何を言いますか。あーあ俺が馬鹿だと思われる」
「どうだろうね、意外と支持されたりして」
「……これっぽっちも嬉しくない」
思い出すのも嫌な演技で支持なんか得たくもない。そもそもさっきの話を真に受けるような者だって束様に言わせれば愚かな存在だろう。
……そいつらと同類扱いされるのは嫌だなぁ。
「それよりもだ、あいつらにはちゃんと伝わったんでしょうね? こんな恥を晒して気づかれないとか最悪なんですけど」
「大丈夫だよ。上層部はもちろん全ISに強制表示させたし、IS学園の映像機器にも片っ端から送ってあるから」
「うーわ最悪」
つまり学園の人は全員見たってことか。生徒会、諸先輩方、同級生、教員その他諸々……これだけでも数え切れないな。
知り合いならまだ理解してくれるだろうからまだしも、顔も知らないやつらに見られて勘違いされかねない。もう戻れない。
「まぁ、戻るつもりもありませんがね」
「そうだね。残りは三日、その後は学園も必要なくなる」
「本当に三日で済むんでしょうね。準備とやらは」
「ちゃんとやってるから安心しなよ、減ってしまった数の確保も、君の戦力補強も、
「……なら、いいですけど」
新しい神話のメインは戦いだ。最初の予定と比べ随分とねじ曲がってしまったが、悪役を救世主役が倒して、神様役が上手くまとめる。
当然その通りにいくと俺がやられてしまうから、その辺りは誤魔化しながら都合よく進めていく。
「そうだそうだ、戦力補強といえば……はい」
「これは……ああ、なるほど」
唐突に差し出された
その使い方も、俺に渡す意味も。
「
「……ええ。ありがたく」
全ての結晶を量子変換して収納。使うべき時がくれば……いや、きっと使うことになるだろう。それだけの強さをあいつらは持っている。
「次で本当に最後。全てが終われば、君の命は君だけのものになる」
「……そういう約束ですからね」
「ん。じゃあ作業に戻るから」
そう言って、また部屋に戻っていく束様。恐らくはまた一日二日は籠りからだろう。
最後の作戦開始までのたった数日が、ひどく長いものに感じる。
「はぁ……」
誰も俺を殺さない、もう死に怯えなくて済む世界。それがあと少しで掴めそうなところまで来ている。
悪いがあいつらにはその為の犠牲になってもらう。
これが俺の望む選択だ。そのためだけに生きてきた。
なのに、何故。
「ッ……!」
どうして胸が痛むのか、それだけがわからなかった。
第63話「それぞれ・予告」
最近寒すぎて家では八割布団の中にいます。
だから執筆中に寝落ちするのは仕方ないことなんですね。