「……よし、と」
透による挑発の生放送から、あっという間に三日が経過した。
IS学園外部発進用ゲート前にて、選ばれた者たちはそれぞれの専用機を身に纏い集合していた。
「みんな、整備はできたか?」
「バッチリ。整備班が過労死する勢いでやってくれたから」
「この前はそこまで損傷もしなかったからね」
与えられた三日という猶予はほとんど機体の整備に当てられていた。イレギュラーな形態移行、一つ一つは小さいとはいえ専用機持ち全員分の損傷。
朝から次の朝まで人員入れ替わりで作業が続けられた結果、こうして万全な状態で当日を迎えられた。
「一応参加は自由だったんだけどな。やっぱり全員来たか」
「当然ですわ。あんな放送でわたくしたちが怖気付くとでも?」
「あいつにはきっちりとオトシマエをつけてもらわねばな」
「言い方……ま、僕も同じ気持ちだけどね」
「ああ、そうだな。今度こそ、きっちりお返ししてやらないと」
入院中ながらも指示を出す千冬姉は、『参加したい者のみ集まれ』と言った。これから始まるのは世界の命運をかけての戦いだが、千冬姉から言わせれば生徒達の命がかかっている戦いでもある。
「世界のため、命のためと言われても、俺たちにだって譲れないものがある。これまでの罪と、これからの犠牲は見逃せる事じゃない」
「それ全部まとめて色々ムカつく罪で袋叩きの刑ね」
「賛成」
「せっかく一夏くんが真面目に言ったのに……」
「……まあやることは一緒なんだけども」
……しかし、俺たちからすればこの戦いは世界や命なんて大層なものをかけたものではなく、裏切った元友人に仕返しをする程度のことである。
もちろん危険性や責任については理解している。それ以上に重いものがあるだけのこと。
「機体も身体も万全。気合も十分。悪役ぶった透くんを私たちでコテンパンにしちゃいましょう!」
「「「はい!」」」
改めてカタパルトの上に並び、後は出撃するだけ。管制室から、ゲート展開のアナウンスが流れる。
これが最後の出撃。微かに感じる震えは怯えでなく、きっと武者震い。
開き出したゲートの隙間から光が差し込んで──
「……いやちょっと待て」
「えっ」
「ちょっ」
箒の声によって止められた。完全に出撃の構えを取っていた全員がずっこけそうになりながら、静止した箒を見る。
「どうしたんだよ。忘れ物か?」
「別に忘れ物ではなく……いや確かに忘れているのかもしれんが……」
その様子は何かを思い出したような、それに疑問を抱いたような顔だ。
機体や装備は確認済み。今になって忘れることなんて他にあっただろうかと首を傾げる。
「私たちはどこに行くんだ?」
「えっ? そりゃあ透のとこに……」
「では九十九はどこにいる?」
「あっ」
「「「あっ」」」
忘れていたのは場所だった。正確には、場所がわからないのを忘れていた。
今までは出撃前に指示されるか、向こうから信号が送られていたせいで今回もわかっているつもりだったが、考えてみればどちらでもない。
「ど、どうする!? 今から探す?」
「探すってどうやってよ? 当てもなく飛んでいく気?」
「衛星か何かに接続すれば……でも時間がかかりそう」
「なんで三日前に言わないのよアイツ!」
居場所がわからねば戦うこともできない。このままでは出撃以前の問題だ。
勇ましい出撃体勢から一転、慌てて情報をかき集めようとした時、
「こんにちは。皆さまお揃いで」
「──っ!?」
何もない空間から、銀髪の少女が現れた。
「だ、誰だ!?」
「はじめまして……いや、お二人は三日ぶりですね。私はクロエ・クロニクルと申します」
「クロエ……てことはあの時の!」
「はい、先日箒さまと一夏さまを洗脳したのは私です」
特徴的なゴスロリ衣装を摘んでお辞儀をした少女の自己紹介を聞いて、俺は先日の記憶を思い出す。
あと一歩のところで隙を突かれ、抵抗する暇もなく術中に閉じ込められた。結果として抜け出せたからいいものの、危うく一生夢の中にいるところ。思わず警戒を強めてしまう。
「先月
「あれもか!?」
「あれってそういうことだったんだ。だからあんなすごい夢を……」
「内容は個人の願望を反映させていましたが」
「えっ」
ついでに明かされた接点。俺が電脳ダイブで何人もの夢の中を出入りしたあの事件でこのクロエと名乗る少女は関わっていたらしい。
しれっと夢の内容が個人の願望と断言されたが、今は気にしないでおく。
「えーと、クロエは何のつもりでここに来た? もし戦うつもりなら……」
「いいえ、私はただの遣いです。束さまより全員へ道案内するようにと命令されております」
「そ、そうなのか……ありがたい? のか?」
このために場所を伝えなかったのか、それとも伝え忘れたから来たのかはわからないが、とにかく道案内をしてくれるのなら願ってもないことだ。
しかし問題は、現状敵である彼女の言葉を信じてもいいのか、ということだ。
「大丈夫じゃない? 少なくとも戦意があるようには見えないし」
「それに、もし戦る気なら姿を表さずとも全員幻覚に嵌めればいいだけ……」
「うーん……それもそうか」
確かにまだ警戒してない状態だったとはいえ、完全に何もないと思っていた場所から現れた彼女の隠密能力はとてつもない。あのまま攻撃されていたら、自分の番が来るまで気づかなかったかもしれないほどに。
しかしそうはなっていない。ということは逆に、案内することに関しては信じてもいい理由になるはず。たぶん。
「答えは決まりましたか?」
「……わかった、頼む。反対はいるか?」
「異議なし」
「他に方法もないからね」
結局はそれだ。もしここで断ったとして、自力で探し当てるのは不可能に近い。その間に何をされるかもわからないし。
ただ、全てを完全に信じるわけじゃない。
「少しでも怪しい動きをすればすぐに拘束する。いいな」
「かしこまりました……とその前に、透様に連絡をさせていただきたいのですが」
「……今やってくれ。手短にな」
「ありがとうございます。あちらもそれなりの時間待っておりますので」
もし幻覚に落とされたとしても、俺なら抜け出せる。根拠はないが、きっとできるであろう自信がある。一度やられた分の抗体的な何かで。
連絡は今だけ許可しよう。無駄に厳しく禁じて不都合が起きるのは嫌だが、途中で変なことをされても困る。
「では行きましょう。……ああ、どなたか抱えてくださいますか? 私機動力は無いもので」
「なら俺が「私が抱えよう」……」
「わっ……お願いします」
「『IS学園より案内開始、到着は約五分後を予定』……了解。あいつらが考えなしに捕まえるような阿呆じゃなくてよかったな』
薄暗い曇り空の下。IS学園から遠く、某国の領海スレスレの位置で
クロエは束様の指令通り学園メンバーを誘導を開始。あいつらが案内通りに動けば直にここへ到着するだろう。
「最終確認……は、するまでもないか』
機体整備はあの人がやった。であれば不備などあり得るはずもない。渡されたモノもあるし、体調も問題なし。気分は……まあ、普通。
「どれ、あとは準備運動でも……ん?』
あいつらが到着すれば、そう話す間も無く戦闘に入るだろう。戦う覚悟はできているが、僅かでもパフォーマンスが落ちる可能性は減らしておきたい。
たかが数分ではストレッチにもならないが、と腰を上げたところで何者かからの通信が入る。
『──! ─────!』
「何語かわからんな……まあいい』
聞こえるのは知らない言語。学園や束様のところで見聞きしたことがあってもネイティブな発音ではよくわからない。
だが言葉がわかるかなんてどうでもいい。気にするべきは、通信をかけてきたであろう本人──いや本隊が、こちらに武器を向けていることだ。
ステルス戦闘機が四機、量産型らしいISが二機。恐らくは近場の某国か、あの放送を見ることができたどこかの軍隊だろう。居場所を特定できたのは偶然か、それとも張り込みでもしていたのかな?
「丁度いい、準備運動代わりだ』
武器を向けたということは攻撃する意思を見せたということ。だったら思いきり抵抗されることくらいは承知しているんだろうな?
たかが戦闘機や雑魚IS如きでどうにかなると思うなよ。
ごきっ。
「精々踊ってくれよ。数分だけな』
『────!』
【Bug-VenoMillion】を展開。手始めに背部のハッチを開き、四方八方に遠隔爆弾を飛ばす。
へばりついた害虫型の機械が全身を這い回られ、必死に振り払おうとする姿はいつ見ても憐れだ。
『……ッ、グッ!!』
「そう睨むなよ。ちゃんと全部取ってやるからさ……
かちり。と音があちこちから響いた直後。一斉に遠隔爆弾が起爆。戦闘機もISも全てが爆発に包まれる。
ISはまだ耐えているが、戦闘機はあっさりと撃墜。どうにか無事だった脱出装置を使ってこの場から離脱している。……といっても離脱できたのは偶然じゃなく、そうなるように狙って爆破しただけだが。
「安心しろよ。お前らを殺す気はないからさ……準備運動くらいで殺意なんか出してられるか』
『貴様……!』
「なんだ、日本語使えたのかよ』
だったら最初から使え……いや、お互い対話する気なんてなかったか。
……さて、あまり時間はかけていられないし、遠隔爆弾ばかりでは準備運動には物足りないな。やはり、直接いくのが一番だ。
「まずは一機……!』
『しまっ──』
「墜ちろ羽虫』
《
装甲越しに鼻骨が砕けた感触が伝わる腕を振り抜けば、勢いのままに相手は海面に叩きつけられた。
「二機目だっ!』
『ちょっ』
「逃げんな……よっと!』
『──ガッ!!』
「お前も、墜ちなぁっ!』
月に《
これでどこかの軍隊は全滅。伏兵もなし……準備運動は終わりだ。当然の結果ではあるが、少し物足りない。
「はぁー……ああ、こいつら邪魔だから遠くに捨ててこい』
『──ギッ』
水面から浮上した【漆機蟻】は命令し、たった今落とした二人を運ばせる。別に俺個人としてはこのまま放っておいて溺死されようが構わないが、余計な死体が増えて束様に文句を言われては敵わない。
今頃は軍隊の本部にでも連絡が入っているだろう。適当な安全圏で捨てておけば拾われるはずだ。
「……来たな』
高速で接近する熱源反応が九つ。内一つはクロエで、残り八つは……言うまでもないか。時刻は予定通り。きっちり五分経過している。
振り返ればやつらはもうすぐそこまで来ていて、俺の前で停止した。
「よう、全員お揃いで』
「呼びつけたのはお前だろ。場所も言わないで」
「
「はい、透さま。……ご武運を」
「ん、気をつけて』
ボーデヴィッヒに抱き抱えられたクロエはするりと抜け出し、空間に溶け込むようにその姿を消す。これでもう俺のレーダーにすら映らずに移動ができる。あいつは遅いから少し時間はかかるが、道中の心配はいらないな。
「…………」
「なんだ、もっとキレてると思ったんだけどな。大事な姉が刺されてるんだからさ、いきなり斬りかかってみたらどうだ?』
「キレてるよ。キレてるけど、それに乗ったらお前らの思う壺なんだろ?」
「正解。少しは賢くなったな』
あの時は確かに殺意にまで到達した怒りを抱いていた一夏が、今は静かな怒りを持ってこちらを睨みつけている。
きっと織斑先生あたりにでも諭されたのだろう。もっと意識を取り戻さないくらい念入りに痛めつければよかったか。
「お前らも気合十分ってとこか。やっぱり時間空けるとこうなるよな……』
「言っとくけど、あんたの下手くそな演説が始まる前には全員こうだったからね。三日待ちなんて関係無いわよ」
「あれ録画してるから。全部終わったら上映会ね」
「心から勘弁してほしいがそれは不可能だ。どうせお前ら全員傀儡行きになるんだからな』
俺たちも準備が必要だったとはいえ、流石に時間をかけ過ぎた。これじゃあ前回必死にやった意味がまるで無い……今更考えても仕方ないけども。
「……透くん」
「ああ先輩。この前のはかなり効きましたよ……やっと新しい腕にも慣れたところです』
「残念ね。今日で壊れちゃうのに」
「……チッ』
こっちもダメか。人の
「他は……話すまでもないか』
「長々と引き伸ばすつもりはないでしょう? お互いに」
「だな」
もう時間稼ぎをする必要はない。今俺がやるべきことは、目の前の相手と思いきり戦って、叩き潰すことだけ。
ばぎり。残った左手を鳴らして、【Bug-VenoMillion】を完全展開。黒い光が装甲となって全身を包む。
「さぁ、生存競争を始めよう。お前らは
「ッ……いくぞっ!!」
一直線に突撃するのは《雪片弐型》を構えた一夏。勿論これは思考停止で取った行動でないことは俺にもわかる。
半端な攻撃は俺の装甲には通らない。であれば『零落白夜』による確実なダメージを狙ったのだろう。真っ直ぐ突っ込んでくるのも俺が防御や回避策を取る前に最速で近づくため。
確かにそれが最善だ。俺だってそうする。でも残念だ。
「盾』
『──ガガッ!』
「何っ!?」
俺と一夏の間に滑り込んだ【漆機蟻】が物理盾を使って刃を受け止める。深々と盾に食い込んだバリアー無効化の切先は俺には届かず、最善の初手は無意味に終わった。
もうこの盾は使い物にならないが、何の問題もない。代わりはちゃんと用意している。
「相手は俺だけかと思ったか? 悪いがまた
「天丼はもうお腹いっぱいよ。さっさと片付けてやるわ」
「そう言うなよ。
『キ──ガギギ』
「らしいな……!」
前回は数に物を言わせた時間稼ぎが目的で、どれだけ倒されようと、一人も倒せなかろうとその場に留められればよかった。しかし今回は逆。数を絞った分個々の性能を底上げして撃破を狙う。
つまり下っぱ戦闘員からエリート戦闘員へのクラスチェンジだというわけだ。絞ったと言っても軽く数十体は用意しているがな。
「そんなことより……そこはもう、俺の間合いだぜ?』
「はっ──ぐあっ!」
「はははははっ、初撃はもらった』
そして近づいたということは俺の間合いに入ったということ。ブレードを受け止められた一夏に尻尾の一撃が突き刺さる。律儀に説明なんか聞くからだ。
「一夏っ、こんのぉっ!」
「加勢するよっ!」
「おおっと、そいつは困る』
数の差はできたとしても、その数をどう振るかは重要だ。一夏と無人機をぶつければすぐに防御手段がなくなるし、一夏以外全員を相手させてもそれは同じ。以上の分析とこれまでの経験から考えられる最適な配分……こうだ。
『──ピピッ』
「ちょっ、こいつらいきなり──きゃああっ!?」
「鈴さん!」
「よしよし。使える人形共だ、なっ!』
「うわぁっ!」
……しかし今回は『権能』によるデバフがない以上、長くは持たないだろうけど。
「〜ええい鬱陶しい! 皆躱してくれ!」
「おっけい! 派手にやっちゃって!」
「はぁぁぁぁっ、《
『ジッ! ビ──……』
「あーあ、もうこんなに……』
懸念は即的中し、数の多さに耐えかねた篠ノ之さんによってあっさりと焼き払われる。流石は《双天機神》の片割れと言ったところか、今の一瞬で三分の一はやられてしまった。この調子では残り三分の二も時間の問題か。
「さぁてどこまで持つかなぁ!?』
「ぐっ、速い!」
「100%に加えて
だがそれも想定内だ。そもそもこの戦いで無人機が生き残れるなんて思っちゃいない。こいつらは俺が十分に暴れるための囮、程々に生き残って少しでも削ってくれ……仕込みが終わるまで。
「行きなさいっ、ティアーズ!」
「《Hornet》+、《Spider》!』
「《山嵐》ぃっ!」
「《Bonbardier》ァ!』
飛び交うレーザー・針・ネット。更にはミサイル・爆炎。何度も相手を切り替えながら、少しずつダメージを蓄積させていく。
その間にも無人機はみるみる数を減らして行き、十体、五体、三体、一体……そして。
「これでっ……最後!」
「そうですね……
最後の一体が機能を停止させる直前。ちょうど完了した仕込みを一斉に作動させる。
制御系に侵入して機能不全を引き起こす対IS用・寄生型ナノマシン。その暴走。
「あっ──ぐ、ぁ──」
「『
これで全員大幅に動きが制限される。ただ出力が下げられるだけじゃない。感知系、命令伝達速度、可動域、動きの滑らかさ──全てが絶不調のそれになる。更にはシールドエネルギーへのスリップダメージ付き。普通ならこれでゲームセットだ。
そう、
──バチチッ。電撃の様な音が響き、苦しみ蹲っていたはずの一夏が立ち上がる。その瞳は金色に輝き、右手には
「まだまだ──」
「あーあ、お前ってやつは本当に……』
「──ここからだっ!」
「……イラつくぜ』
《
第64話「案内・開戦」
"密"を避けてるだけだから(号泣)