一人の恋が終わり、一人の恋が始まります。
「デース・・・」
「切ちゃん、ご飯だよ?」
エプロン姿の調はソファーに突っ伏す同居人に声をかけた。
「冷めちゃうから早く」
「デース・・・」
「切ちゃん、早く食べないと遅刻しちゃうよ」
「デース・・・」
昨日からこの調子である。
原因はそう・・・。
「出久君」
「デス!?」
ガバリと起き上がる切歌。
あからさまな反応に溜息が出た。
この同居人の少女は最近彼に御執心である。
それが調にはなんだか面白くない。
「ほら、切ちゃん!」
「わかったデス、調・・・」
のそのそとテーブルにつくとトーストに手をつける。
調は目玉焼きを食べながら観察した。
いつもなら自分の作ったご飯を褒めてくれる彼女が何にも言わずにただ食事を進める。
よく見ると目の下にクマがあった。昨日よく眠っていないのだろうか。
髪もボサボサである。更に言えばいつもの髪飾りも角度がおかしい。
そして何より。
いつもの様な笑顔ではなかった。
それが調の心を乱している。
調に急かされ席についた切歌は目の前の食事に食べながら感じていた。
いつも美味しいはずの彼女のご飯が美味しく感じられない。いや、いつも通りの味なのだ。だがそれを自分が美味しいと思えない。
それどころか見るもの全てがどこか色が薄い。
色褪せている。
周りの全てはいつもと同じはずなのにそれを同じと感じられない。
これはきっと昨日の一件が原因なのだろう。
出久がえっちな本を買っていた。
あの時切歌はなんでだかはわからないがとてもとても悲しくなった。胸のあたりが痛くなって、うまく声が出なくなった。
調に手を引かれて部屋に戻ってからもその痛みは無くならず強くなるばかりであった。そのせいか昨日はよく眠れず、朝方疲れ果てる様に眠りに落ちた。
学校に行くために起きたはいいが、どうにもやる気が出てこない。
どうして自分はこんな気持ちになるのであろうか。
重苦しい食事が終わり、着替えを終えた二人は部屋を出る。
いつもの時間、いつもの通学路、いつもの二人での登校。
だが二人に会話はなくリディアンが視界に入る頃、切歌の足が止まった。
「調」
「どうしたの切ちゃん」
「あの〜ちょっとお腹が痛いので、今日はお休みするデスよ」
嘘だ。
すぐにわかった。
でも調はそれを言わなかった。
「・・・そう」
「わたしは部屋に戻るデス」
「・・・わかった。先生には伝えておくから無理しちゃダメだよ、切ちゃん」
「了解デスよ、調」
話す切歌の笑顔はぎこちなく、辛そうで調は何も言わない。くるりと背を向けて歩き出す彼女を見えなくなるまで見送る。
嗚呼。やはりそうなのだろう。
「切ちゃんは出久君が好きなんだね・・・」
そう口に出した彼女の胸に痛みがやってきた。
調は切歌の歩いて行った先を見つめ続ける。
出久は街中を走っていた。
この時間ならまだ間に合うはずだ。
一晩考えたがやはり二人に直接謝るべきだと思い、二人の登校前に話をしようと街中をひた走る。リディアンの校門前ならきっと二人に会えるはずだ。
間も無く学校が見えてくる。
そんな時、見つけた一人の少女。
「調ちゃん!」
声をかけられる。
その方向を見ると今一番会いたくない少年がこちらに向かって手を挙げながら駆けてきていた。
間も無く自分の前にやってくる彼は汗をかき、息も絶え絶えに、それでも真っ直ぐに目を見て話しかけてきた。
「昨日はごめん!」
いの一番に出てくるのは謝罪の言葉。
大きなその声に面食らう。
「マリアさんから聞いてるかもしれないけど、元はと言えば僕が変な態度をとったせいで勘違いさせちゃったのが原因なんだ。だから、本当にごめん!!」
初めて自己紹介をしたときの様に90°に腰を曲げて頭を下げる出久。
「やましい物を買ってたわけじゃないんだ。ただ、その・・・少女漫画を男の僕が買ってるのが恥ずかしくって、だからつい隠しちゃっただけで」
その体勢のまま弁解を続ける少年を見る。
「ちゃんと説明できれば良かったんだけど、つい変な態度をとっちゃってごめんなさい!」
三度謝る出久。
調の心には彼に対する感情が渦巻いていた。
どうして貴方なの?
どうして私じゃないの?
切ちゃんとずっと一緒にいたのは私なのに!
それなのにどうして!?
・・・それなのに自分の口から出たのはそれではなかった。
「出久君。それ本当?」
「うん! ・・・ってマリアさんから聞いてないの?」
「何にも」
「えぇっ!? おかしいなぁ、説明してくれるって言ってたのに・・・」
頭を掻きながら首を傾げる彼を見る。
「・・・わざわざそれを言う為にこんな朝早く私のところに来たの?」
「よく考えたんだけど、やっぱり直接謝りたくて。そうしないといけないって思ったんだ」
「そっか・・・じゃあ出久君はえっちじゃないんだね」
「だ、だからそれは違うんだって!」
「でも男の人はみんな狼なんでしょ?」
「それは・・・う〜ん、人によるんじゃないかな?」
「・・・出久君は?」
「僕は・・・って、そうじゃなくて!」
「わかってるよ。出久君はそうじゃない」
そう。
きっと彼はそういうのではない。
「私の勘違いだったんだね。私こそごめんね、出久君」
ペコリと頭を下げる。
そんな調を見た出久は喜ぶ。
「よかった!」
「え・・・?」
「僕、調ちゃんが嫌な思いしちゃったんじゃないかと思ってて・・・だから」
この少年は本当に優しい。
自分の事よりも人の事を大切にできる。
人の想いを自分の事の様に考えることが出来る。
そうか。きっとこれなのだ。
切歌が彼を好きな理由。
それは愚直なまでに真っ直ぐな所。
それをしっかりと行動に移す所。
そして誰よりも人を思いやれる心。
そんな所を私の好きな彼女は好きになったのだろう。
「調ちゃんが笑顔なのが嬉しい」
にっこりと笑う彼はとってもかっこよかった。
「え! 切歌ちゃん、体調崩してるの?」
「うん。だから様子を見に行ってあげて? この道真っ直ぐいけば追いつけるはずだから」
「わかった、まかせて!」
「うん、『よろしくね』」
切歌の不調を知ると出久は驚き、そして駆け出していった。
調はその背に自分の言葉を託した。
「月読」
再び一人になった彼女に声をかける者。
それは翼であった。
「大丈夫か?」
「翼さん・・・」
優しくこちらを見つめる彼女。
調の瞳から涙が溢れる。
そんな彼女をそっと抱きしめる。
「私、わたし・・・」
調を抱きしめる翼は何も言わない。
「切ちゃんが私に向けてくれる『好き』が私が切ちゃんに向ける『好き』と違うの気がついてたんです」
「それでも私は切ちゃんが『好き』で・・・! だからいつか私の事を『好き』になって欲しかった!」
「なのに切ちゃんは出久君を『好き』になっちゃった!」
「それでも出久君を責めるなんて出来ない。切ちゃんが『好き』になった人だから」
泣きじゃくる調をあやしながら、抱きしめる力を強くする。
「・・・ねぇ翼さん。私、何がいけなかったのかな?」
「月読。お前に悪いところなどない」
「でも!」
「人を『好き』になるのに理屈はいらない。お前が想うことに誰が口を挟めようか」
「お前を否定したら、この世界の誰も『好き』などと軽々しく使う事など出来まい」
「それほど月読の想いは大切なのだ」
調は撫でられる頭に滴が落ちるのを感じた。
「だから、その想いは決して間違いではない。その胸にしっかりと携えて前を向け。誰より優しいお前ならそう出来ると私が信じている」
「う、うあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
調の嗚咽をその胸に受け止めた翼は彼女が泣き止むまでそうしていた。
「落ち着いたか?」
「はい・・・」
泣き腫らした目で翼を見上げる調。
まだ完全には泣き止めていない。
「それにしても、月読は暁の事が好きだったのか」
「え・・・?」
「仲が良いとは思っていたが知らなかったぞ」
「てっきり知っているのかと・・・」
「私は人の機微疎いからな。これはあれだな『カミングアウト』というやつか」
この防人はやはり何処かズレている。
さっきまではあんなにかっこよく慰めてくれていたのに、そんな彼女の様子が可笑しくて、笑い出してしまう。
「泣いたり笑ったりと忙しいな」
呆れた様子でどこか憮然とした顔をする翼を見ながら、調は彼女の手をとった。
「翼さん。話を聞いてくれてありがとうございます」
「何を言う。なんでも頼ってくれていいのだぞ?」
やっと泣き止み、笑みを浮かべた調。
それを見て、繋がれた手を見て、笑顔で返す翼であった。
「じゃあ早速なんですけど」
「ん?」
「今日はもう学校行く気分じゃないので、遊びに連れて行ってください」
「な、なんだと!?」
たじろぐ翼に調は笑いかける。
「『なんでも』頼っていいんですよね?」
「そうは言ったが・・・」
「翼さんには私の秘密も知られちゃいましたし、もっと慰めてください」
「む、むう・・・わかった」
押し切られる形で彼女は調の『お願い』を承諾した。
バイクで市外の遊園地に向かう途中。
翼は後ろに乗る調の回す手が震えているのを感じた。
最初は怖いのかと思ったが、どうやら違うようである。
その証拠に背中越しの小さな嗚咽が聞こえてきた。
『・・・今日は目一杯遊んでやろう』
防人はバイクのアクセルを吹かせた。
まず最初にきりしら派の方々には謝罪を。
申し訳ありません。
このお話を書いていくにあたって最初に主人公出久に対するヒロインを決めました。それが切歌です。
これには色々と理由があります。それは後々描いていくつもりですが・・・単に『イメージカラーが一緒だから』とかではありません。
ちゃんとした考えがございます。
切歌と調。
二人はいつでも一緒に手をつないでいます。
纏うシンフォギアも二対一組のイガリマとシュルシャガナ。
二人揃うことで完成形なのだと思います。
ですが、すみません。私はそれを崩させていただきます。
これはもちろん私のエゴでしかありません。
今回の話を読んだ方の中には不快に思われる方も少なからずおられるとは思いますが、今後もまたお読みいただければとても嬉しいです。