引き続き出久と切歌のお話です。
遊びに行く。
そう決めた二人は歩きながら話し合い、とある場所に向かった。
「高校生二枚お願いします」
「はい、それでは2700円頂きます」
料金を支払い、売り場の女性から二枚のチケットを渡される。側のラックからパンフレットを取ることも忘れない。
入り口でチケットを渡し、ゲートを潜ると二人は海の中へと足を踏み入れた。
「ほわ〜! お魚がいっぱいデス!」
「凄い・・・」
そこは水族館。
目の前には大水槽。多数の種類の魚が自由気ままに泳ぎ回っている。魚が泳ぐたびに取り入れられた日光が鱗に反射してキラキラと輝いていた。
「あの群れで泳いでるのは鰯みたいだね」
「沢山いるデスね。食べきれないデス!」
「食べるつもりなの!?」
「美味しそうデス・・・」
じゅるりと涎を垂らしそうになる彼女を見ながら苦笑いする。花より団子とはこの事だ。切歌のまた知らない一面を見る事が出来た。
出久と切歌は水槽に設置されている説明文を読みながら、それぞれの魚を探した。
二人の足は大水槽から個々の水槽に移る。
海月や深海魚、熱帯の海に生息する魚たち。
様々な魚類がそこにはいた。
二人は時間をかけて水族館をまわる。
そんな中、館内にアナウンスが流れた。
『間も無くイルカショー開催の時間となります。御観覧希望のお客様は一階、イルカプールへお集まりください』
「イルカ!」
それを聞いた切歌の目が輝く。
本では読んだ事はあったが、実際に見た事はない。
「切歌ちゃん、観に行く?」
「行くデース!」
そんな彼女の様子を見た出久は提案する。即答した彼女は出久の手を引き、歩き出す。余程楽しみらしい。
一方。いきなり女の子に手を繋がれた出久はされるがままに彼女の後に続いた。柔らかい彼女の手の感触に胸を高鳴らせながら。
二人の姿はイルカプールにあった。折角なので最前列の席を取った二人はショーの始まりを今か今かと待ちわびていた。
「デク君はこういうの見た事あるデスか?」
足をふらふらと揺らしながら隣に座る少年に質問する切歌。その顔は笑顔で溢れていた。
彼女の笑みにつられて自分も笑顔になるのを出久は感じていた。
「子供の頃に家族と見たかな。あ、そうそう! その時大変だったんだよ。一番前に座ってて、それで・・・」
出久が話そうとすると、アナウンスが響いた。どうやらショーが始まるようだ。インストラクターの女性がステージに現れている。
「皆さん、お待たせしました〜!」
「始まるデス!」
切歌の興味が出久からプールに移り変わった。出久も話を止め、彼女と同じ方向を向く。
「御来場ありがとうございます!皆さんとお友達になりに来た『ジョニー』君が開幕のご挨拶〜!」
女性が手を挙げると、同時に水中から高く飛び出る一匹のイルカ。高々とジャンプしてジョニー君は再び水中に帰っていく。
「わは〜!でっかいデス!」
生まれて初めて見たイルカが予想以上に大きくて、両手を挙げて驚く切歌。そんな切歌の様子を見て出久は弦十郎から聞いた彼女の過去を思い出す。
彼女達はフィーネのレセプターチルドレンとして秘密裏に集められ、子供らしい日常とは無縁で過ごした幼少期だったそうだ。
今こうして日常を謳歌している事自体が一つの奇跡なのだろう。
イルカがインストラクターの手の動きに合わせて飛び跳ねるのを、子供の様に反応する彼女の横顔を盗み見る。
ついつい見惚れていると、いつの間にかショーも終盤であった。
「さ〜て! それじゃあ頑張ってくれたジョニー君におやつの時間です! どなたか手伝ってもらえませんか〜?」
切歌はインストラクターの言葉に「はいデス!」と高く手を挙げる。観客席にはその他にも幾つかの手が挙がっていたが・・・。
「では! 一番早かった一番前のお姉さん! こちらへどうぞ!」
彼女は見事選ばれ、ステージに招待される。
「行ってくるデス!」
「うん、いってらっしゃい!」
元気いっぱいな彼女を送り出す。スタッフに導かれて壇上に上がる切歌。
「お姉さん、お名前は?」
「暁 切歌デス!」
「手伝ってくれる切歌さんに皆さん、拍手〜!」
出久は彼女に届く様に力一杯拍手を送る。それに気がついた切歌が手を振り返すのが見えた。
「おやおや? もしかしてあそこにいるのは彼氏さんですか?」
「かっ!?」
その様子を見たインストラクターの質問に顔を真っ赤にして俯く。出久も同様に俯いた。
「あら、初々しいカップルさんですね〜! ジョニー君も拍手してあげて!」
ジョニー君が出久の目の前でバシャバシャと尾で水面を叩く。跳ねあげられた水が出久に降りかかった。
「ジョニー君、やりすぎだよ!」
出久は全身びしょ濡れである。
幼い頃の自分と家族を襲ったイルカショー最前列の悲劇を数年ぶりに味わう。
考えようによってはこれが楽しみの一つではあるのだが、イルカは容赦してくれない。
故に、出久は下着までずぶ濡れとなった。
「あらあら。ジョニー君、仲良しの二人を喜ばせようと頑張っちゃいましたね。そんなジョニー君に切歌さん、ご褒美をお願いしま〜す」
「このお魚をあげればいいデスか?」
切歌はスタッフに渡された魚を一匹、ジョニーに差し出す。それをパクりと平らげるジョニーは感謝のジャンプをした。それを見て目を輝かせる彼女はその姿を見上げ、追う。
水滴は輝き、切歌は着水時の水飛沫を浴びる。自分も彼の様にずぶ濡れになりながらもそれを気にする様子も無く、彼女は受け入れる。
出久と一緒に遊びに来て、知らなかった事を知る。それは切歌の心を温かくする。
願うなら、この瞬間がいつまでも続けばいいのにと彼女は想う。
「びしょびしょデース!」
「僕も・・・」
水も滴る二人はベンチに座り、日を浴びていた。今日は晴天。少し経てば服も乾くだろう。秋空の下で二人はイルカプールの水槽を眺めていた。
「さっきデク君が言いかけたのはこれデスね?」
「うん。前はびしょ濡れになって泣いちゃったんだ。子供だったしね」
水に濡れてへばりつくTシャツを持ち上げて出久は言う。開いた胸元に、切歌は光るモノを見つけた。
それは自分がプレゼントしたネックレスだった。
「それ・・・」
出久がネックレスをつけてくれている。切歌はそれが堪らなく嬉しかった。知らぬうちに自分の髪飾りを触る。
その言葉と仕草で出久も、気がついた。
「・・・うん。せっかく切歌ちゃんにプレゼントしてもらったのにつけないのは勿体無いと思って」
「そうデスか・・・」
切歌の胸に湧き上がるのは喜び。彼が自分の事を考えてくれている。それは彼女の胸を熱く揺らす。
自分の顔が赤くなるのがわかる。彼の笑顔が眩しい。その眩さから顔を逸らしてしまいそうになる。
でも、見ていたい。ずっと見つめていたかった。
「えへへへ!」
何故か恥ずかしくて、嬉しくて、どこか誇らしい。そんな感情に支配されていく。
今、切歌の目に入るのは彼だけだった。
切歌はベンチに置かれた傷だらけの手に自分の手を重ねる。その傷跡を指でなぞる。
彼が彼である証。その傷さえ、愛おしい。
「切歌・・・ちゃん」
出久は彼女の指が自身の右手を撫でるのを感じる。古傷を添う様に伝う指。傷痕を愛おしむような感触。
そうされる事に心が乱される。
初めて味わう感情に胸が高鳴る。
どうしてこんな気持ちになるのかわからなかった。
二人の手は重ねられ、日の光を浴び続ける。
やがて一人の頭がもう一人の肩に寄り掛かった。触れる彼の重さを味わうように、その目は閉じられる。
受けた彼も彼女の重さを受け止めて、その目を閉じた。
秋の光が二人を包み込んでいく。
書いていて思ったのですが、もうこれ付き合ってるのではないでしょうか?