絶叫する出久。
そして覚醒する力。
だが、その力は・・・。
お待たせいたしました。45話の続きです。
「うあaぁあaaαaAあAAAaああ!!!」
絶叫する出久の胸から溢れ出た黒い闇は彼の身体を包み出す。全てを覆い隠す球体となった闇が一気に収束し、彼の五体には先程までは無かったものがあった。
漆黒のインナースーツに包まれた全身。
その腕と脚には鉤爪を意識させる禍禍しいガントレットとグリーブが。
身体の各所には全てを拒絶する鋭いアーマーパーツが彼を外界から護る様に創られる。
そしてヘッドセットが構築される瞬間表示される文字があった。
【SYSTEM RED ALERT】
【IRREGULAR OPERATION】
【CAUTION!!】
その文字は瞬時に消え去り、バイザー一体型のヘッドセットが完成する。バイザーによって隠されているその奥から赤い光が二つ、輝いた。
「ショートォォォォォォォ!!」
黒き全身に血を思わせる赤い雷を纏いながら出久は四足獣の如く、目の前の獲物に突進した。
ショートは突然の出久の変容に驚きつつも、冷静に氷の壁を作り迎撃する。
「GAAAAAAAaaa!!!」
だがそんな氷壁をいとも容易く撃破り、出久は右腕を振りかぶる。黒いガントレットは再構築され、巨大で強大な拳が形成された。
そのまま力任せにぶん殴る。
ショートの身体が蹴り飛ばした小石の様に吹き飛んでいく。空中で炎を操り姿勢を立て直す彼だったが、既に目の前には獣がいた。咄嗟に左手を向ける。
「ッ! 灼けて静まれ!」
【PROMINENCE BURN】
左半身全面から太陽を思わせる紅炎を噴射する広域殲滅の大技、プロミネンスバーン。
だが超高温の炎を出久の両手は二つに『裂いた』
「おい、マジか・・・ガッ!」
腹に蹴りが突き刺さる。鉤爪は何とか氷で食い止めたが、勢いまでは殺せない。空中で90°進路を変えショートは空を飛ぶと、そのまま近くの民家の塀を突き破った。
「AAaAAあぁぁぁぁぁ!!!」
まるで泣き叫ぶ様な声が街に轟いていく。
声は現場に近づく二人にも聞こえていた。まるで手負いの獣が発する様な凄まじい叫びに身震いする。
「クリス先輩、この声って・・・」
切歌の質問に答えないクリスは唇を血が滲む寸前まで噛んでいた。怒りに任せて飛び出した彼女だったが、さっきから響いてくる聞いた事のある声に我を取り戻していた。
追いついてきた切歌も不安げな顔をしている。今は兎にも角にも出久に合流しなくてはならなかった。
「急ぐぞ。デクの奴が待ってる」
それだけ言うと銃把を握り直し、ただ声のする方に走り続ける。
クリスと切歌が声の元に辿り着くとそこには黒い何かがいた。雄叫びをあげながら壁を殴り続けているそれは姿形は変わってはいたが、出久のはずだ。
まるで今は無きイグナイトモジュールの様なギアを纏った彼は一心不乱に壁を殴り、蹴る。その度にグチャ、ガキンと何かが砕ける妙な音が鳴っていた。
「デク!」
「デク君!」
声をかけた二人に動きを止めて振り向く出久の様なモノ。激情に満ちた顔とその両手からドロリと滴るものに二人は次の言葉を失う。
大量の血が彼の手を汚している。
そして殴っていた壁には人がいた。両腕を原型を留めないほどに形を変え、それでも身を護る様にしている人物がいた。
その姿を見たクリスは一瞬でリボルバーを向ける。
「てめぇ何やってんだ、デク!!」
彼を止めるために放たれる三連射。それに反応した出久は左手の一振りで射撃を防ぐ。
容易く防がれたクリスはすぐさまガトリングを呼び出すが、出久は新たに現れた『敵』に向かい一目散に襲いかかっていく。
クリスが向けたガトリングが鷲掴みにされて飴細工の様にへし折られた。使い物にならなくなったそれをすぐさま捨てさり、短銃型のアームドギアを呼び出す。至近距離からの銃撃。今度は避けられるはずがない。
それでも今の出久には脅威にもならなかった。右手の銃は撃った弾ごと砕かれる。
「このッ!」
出久は舌打ちと共に向けられるもう一丁を通り越しクリスの腕を掴むと、そのまま重さを感じないかのように地面に叩きつけた。背中から落とされたクリスの肺から空気が押し出され、呻き声と共に彼女は動きを止める。
その間、切歌は動けずにいた。
頭が働かないのだ。
目の前の惨状は切歌の思考を阻害し、現実を認めまいと逃避を続けていた。
自分を邪魔する者を排除した出久は再び壁に向かい歩き出していく。
そこにはヴィランがいる。
自らの父を、偉大なヒーローを、自分で殺した憎いヴィランがいる。
倒さなくてはならない。
いや、そうではない。
ここで息の根を止めよう。
シンプルにそうきめた。
だけどなぜだろう。
なんでこんなにあめがふっているのかな。
切歌は自分に背を向け一歩ずつ歩いていく彼を見つめていた。相変わらず身体は動かない。だが目だけが離せなかった。
その時。切歌は不思議なものを見る。
出久の背から伸びた沢山の糸が自分や倒れたクリスに繋がっているのだ。
それがプツリ、プツリと途切れていく。一つ切れる事に出久の姿が揺らいだ。糸は更に千切れる。どんどんと彼の気配が希薄になっていく。
このままではダメだ。彼が消えてしまう。
わたしの大好きな彼がいなくなってしまう。
あのゴツゴツしているけど優しい手も。
はにかみながら照れるあの顔も。
自分の信念を貫き通すあの瞳も。
誰かを救うという彼の想いも。
全てが消え去ろうとしている。
「駄目・・・」
いつの間にか握り締めていたアームドギアを取り落とす。だが自分がそれを落とした事を気がつかなかった。
震える身体が少し、また少しと前に進み始める。夢遊病者の様に手を伸ばし、ふらふらと彼の跡を追う。
そして糸は自分と出久を繋ぐ一本だけとなる。鮮やかな緑色をしたそれは少しずつ細くなり光を失っていく。
切歌はそれを掴む。
これだけは離さない。離してはいけない。
離してなるものか!
切歌の手が出久に追いついた。
彼の腕を掴み、引き留めようとする。だが出久はそれを振り払う。勢いで転んだ切歌は再び立ち上がると彼の手を掴む。今度は投げ飛ばされる。それでもまた立ち上がった。
「デク君どうしちゃったデスか?」
さっきより強く飛ばされる。
それでもまた立ち上がり、彼のもとへ。
「駄目、デスよ」
地面に叩きつけられた。
それでも彼のもとへ向かう。
「そんなのデク君らしくない」
遂に壁に辿り着いた彼の前に切歌は立ち塞がる。両手を広げ、これ以上は進ませないと彼の道を塞ぐ。
そして赤い光を煌めかせながら涙を流す彼の顔を見た切歌は理解した。そして繋がった糸から彼の意図を感じ取り、彼女は言う。
「もう大丈夫。わたしが、来たデス」
そう言うと彼女は彼の正面に回ると荒ぶるヒーローを抱きしめる。
腕の中で暴れる出久をじっと抱き続ける。首筋に噛み付かれて血が滲む。
それでもこの手は離さない。
・・・やがて彼の動きが止まり、小さな嗚咽が漏れ始める。切歌の手が彼の髪を撫でた。
「辛かったんデスね・・・」
泥だらけの顔で微笑みながら慰め続ける切歌はギアを解除する。もう戦う力は必要なかった。
彼の耳元で自分の決意を告げる。
「デク君がわたしを救けてくれた様に、わたしもデク君を救けるデス」
その言葉に出久の纏う漆黒のギアに亀裂が入り始める。軋む音をたてながら、出久のギアは砕け散った。