僕のヒーローシンフォギア   作:露海ろみ

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五十五話目となります。

彼の話を書いていると闇に引きずられて精神がドン底まで持っていかれる私です。
なんとか色んな事で精神を保っていますが、彼の心の闇は深いようです。


55.誰を救うのか

『怪傑⭐︎うたずきん!』の新刊が発売したと聞いた出久は休みを利用して街に繰り出した。目当ての本はコミックコーナーに平積みされており、出久は難なく手に入れることが出来た。

ついでに他に面白そうな本はないかと棚を眺めていると、隣の本棚に知った顔を見つけた。

 

「夢原先輩!」

「ん? 緑谷君じゃないか」

 

声に顔を上げた青年は出久に気がつくと、ひらひらと手を振る。出久は彼に近づくと手にした本を見て質問した。

 

「先輩も買い物ですか?」

「うん。レパートリーを増やそうかと思ってね」

 

彼の掲げたのは料理の本。最近流行りの時短レシピ集。

 

「料理をなさるんですね」

「うん。妹と弟が美味しそうに食べてくれるのが嬉しくて、よく作るんだ」

 

嬉しそうに話す夢原は二人の顔を思い浮かべているのだろうか、優しい顔をしていた。

 

「緑谷君も目当ての本を買いに来たみたいだね・・・って、それうたずきんの新刊じゃないか!」

 

出久が手に持つコミックをちらりと見た彼は今気がついた様に驚いた。

 

「僕も妹に買って帰らないと。何処にあるんだい?」

「こっちですよ」

 

夢原と出久は連れ立って歩きだす。休日の本屋は賑わっていた。親子連れやカップルなど沢山の人が思い思いに本を探している。

二人の目の前を双子らしき子供が通り過ぎた。夢原の脚が止まったので出久も脚が止まる。

 

「どうしたんですか?」

「うん。ウチの二人も双子だから、ついね」

 

走り去っていく双子の背中を眺めながら呟いた夢原の声のトーンが、落ちる。先程までの明るさが嘘の様な変化に出久は首を傾げた。

 

「先輩・・・?」

「ごめんごめん! 連れてきてあげれば良かったなぁ、って思っちゃってさ」

「そうですか・・・」

 

明るさを取り戻した彼は答えるが、違和感を感じた。何か思い悩んでいるのだろうか。

しかしそんな出久の考えとは裏腹に元気良く夢原は出久に提案をする。

 

「緑谷君、折角だしこのあと一緒に昼食でもどうだい? 近くに雰囲気の良い喫茶店を知っているんだ」

 

 

夢原に連れて来られたのは大通りから外れた道にある喫茶店だった。個人経営と思われる小さな店には常連と思われるの先客が何人かいた。

奥のテーブルに案内された二人はメニューを開く。

 

「ここはカレーが絶品なんだ。オススメだよ」

 

出久が見ると手書きのメニューには他の品より大きな字で『当店特製カレー』の文字が踊っていた。出久は夢原の勧めに乗り、それにする事にする。

 

「マスター。特製カレー二つ、お願いします」

 

夢原も迷った末に結局同じものにした様だ。

彼のよく通る声を聞いた店主が「はいよ。いつものだな」と頷いた。その言葉に彼が日頃からこの店をよく利用している事が伺えた。

 

「いつも迷うんだけど、結局カレーに落ち着いちゃうんだよね」

「それだけ美味しいってことですね!」

「その通り。きっと君も気にいると思うよ」

 

ニコニコと笑顔の素敵な夢原は出久がカレーを選択したのが嬉しいのかもしれない。そんな彼は料理が届けられるまで世間話をする事に決めた様だった。

 

「そういえば、緑谷君が通ってる高校ってどんな所なんだい?」

「え〜っと・・・」

 

何と答えたものだろうか。

この世界に『ヒーロー』はいない。故にヒーロー科なる学科は存在しない。出久は少し悩み、それっぽい答えを出す。

 

「人を救ける仕事を勉強できる学校・・・ですかね」

「それは警察官とか消防士とか?」

「そんな感じ、です。総合的に色々と学べるというか・・・」

「じゃあ君も将来はそっち方面に進むんだね」

「はい。僕は誰かを救けられる人に、ちょっと変かもですけど『ヒーロー』になりたいんです」

 

出久の夢はオールマイトの様な立派なヒーローに成ること。その思いは今も続いている。

明るい瞳で夢を語る彼を夢原は視ていた。その視線に出久は問い返す。

 

「先輩は将来の夢とかあるんですか?」

「僕は・・・ないかな」

 

水の入ったグラスを弄びながら、夢原は視線を窓の外に外した。

 

「とりあえず今、やりたい事があるんだ。それはちょっと大変でさ。だから先ずはそれを成し遂げたい」

「そうなんですか・・・」

「そうなんですよ」

 

笑いながらの顔が返ってくる。そんな夢原は意地悪そうな顔になり、出久を見つめてきていた。

 

「ねぇ、緑谷君。『ヒーロー』になりたい君に質問だ」

 

彼はテーブルに少しだけ身体を乗り出すと、指を一本立てる。

 

「例えば、君の目の前には崖から落ちそうな人が二人います。一人は君のお母さん。一人は君の恋人。片方を救けるともう片方は救けられない時、君はどっちを救ける?」

「え・・・」

「ねぇ、どっちだい?」

 

それはとても意地の悪い質問だった。母親と恋人。お母さんと切歌ちゃん。そんなのは選べるはずがなかった。

だからこそ、出久は答える。

 

「僕は・・・二人とも救けます」

「おいおい。どちらかしか救けられないって問題だよ?」

 

呆れ返る夢原をよそに出久は拳を握りしめた。握るその手は彼の理想だ。その理想を現実にする力を彼は今、その身に宿している。

 

「それでも僕は二人とも救けたいんです。だってそれが僕の目指すものですから」

「君って結構ワガママだね」

「す、すみません!」

 

苦笑しながら言う夢原は目の前のヒーロー志望の少年を眩しそうに眺めている。

だが次の瞬間。

 

「でもね」

 

その顔は出久の見たことのないものになった。

 

「現実はそんなに甘くないよ。救けられた人間なんて一握りだ。救けられなかった人間の方がごまんといる。理想と現実は違うんだよ」

 

こちらを咎める視線。出久は初めて彼から敵意を感じた。豹変した青年に驚き、思わず座り直す。自分を見つめる目から目を離せない。光を呑み込む尽くす黒い瞳がこちらを見据えている。

出久にはこの目に見覚えがあった。全身の毛穴が開くと汗が吹き出る。

そこから互いに言葉を発さず、気まずい時間だけが流れた。

 

「特製カレー、おまちどうさん」

 

その空気を破る様に店主が料理をテーブルに置いていく。

 

「探、あんまり年下をいじめてやるな。夢は人それぞれでいいじゃねぇか」

 

カウンターから二人の会話を聞いていた店主は夢原を諫める。その言葉にふっ、と笑った彼はカッコつけて言い訳をはじめる。

 

「先輩として後輩には現実の厳しさってのを教えてあげようかと」

「なら人生の先輩の俺の言う事を聞いてくれるんだな?」

「えーと」

「聞いてくれるんだな⁉︎」

「・・・はい、すみませんでした」

 

自分の言ったセリフを逆手に取られ、夢原は縮こまる。

 

「坊主、こいつの言う事をあんまり真に受けるな。たまに意地が悪りぃ事すんのがこいつの悪癖だ」

「ありがとう、ございます」

 

カレーを受け取りながら礼を言う。どうやらこの店主、顔は怖いが優しい人らしい。 

 

「ほれ。冷める前に食え」

 

しかめっ面の上にかけた眼鏡を押し上げた彼はぶっきらぼうに言いながらテーブルに備え付けのカトラリーボックスを二人の真ん中に置く。

二人はスプーンをそれぞれ手に取り、手を合わせた。

 

「「いただきます」」

「はいよ、おあがりなさいな」

 

店主のカレーは、出久が今まで食べたそれの中でダントツだった。

 

 

 

ランチにはドリンクが付くということで、食べ終えた二人はコーヒーを楽しんだ。

 

「やっぱりここのカレーが一番だ」

「はい。すっごく美味しかったです」

 

流石は特製カレーというだけあって味が深い。食べながら隠し味はなんなのだろうかと思い巡らせてみたが、全くわからない逸品だった。

そして今飲んでいるコーヒーも苦味が強すぎずに程よい酸味を感じる旨いコーヒーであり、店主の腕の高さを表している。

 

「おや、もうこんな時間か。そろそろ帰らないとな」

 

腕時計を見た夢原はいそいそと帰り支度をしはじめる。そしてなんでも無い様に伝票を手にレジに向かった。

慌てた出久は財布を手に追いかけたが、時すでに遅し。夢原は二人分の料金を支払い終わっていた。

 

「ご馳走になってしまって・・・」

「少しキツい事を言ってしまったからね。そのお詫びさ」

 

恐縮する出久にひらひらと手を振りながら答える笑顔の夢原に先程の剣呑な雰囲気は無い。

 

「じゃあまたね、緑谷君」

「ご馳走様でした・・・」

 

出久の声を背に夢原は去っていく。

顔をあげた出久は彼の背をどこか不安げな表情で見ていた。

あの時。豹変した彼の目が気になっていた。

何処かで自分は似た様な目を見たことがあるのだ。だがそれが思い出せない。

あれはいつの事だろうか。

あの目が意味していたのは何だっただろうか。

去りゆくその背中に恐怖にも似た不安が、出久の胸を支配する。

 

 

 

人々が行き交う大通り。

そこを歩く一人の青年。

 

「『みんな救う』か。贅沢だな」

 

口の中で発せられた言葉は周りには響かない。

 

「なら『救われなかった人間』はなんだっていうんだ」

 

歯軋りし、怒りに満ちた言葉は彼の身体に響き渡る。

まるで自分がそうであるかの様に。


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