XVも終わってしまいましたね。
最終話は涙が止まりませんでした。
出久の右脚は正確に弦十郎を捉えていた。彼の頬にめり込んだそれは確かにダメージを与えていたはずだが、”ぶっ飛ばす”までは至らなかった。
満身創痍。
ボロボロまで追い込まれた出久は自身の蹴りの衝撃が別の力で相殺されたのを感じた。
それは発勁。
弦十郎が使うそれに見事なまでに打ち消されたのだ。
「・・・うむ! なかなかの一撃だ!」
それを聞いた出久は自分の身体から力が失われるのを感じた。
通じなかった。ボクはオールマイトの矜持すら通せないほど弱いのか・・・。
反撃を覚悟した瞬間、弦十郎は思わぬ一撃を返す。
彼は手を伸ばし、力を失い崩れ落ちようとする出久の身体を抱きとめた。
「すまなかった、緑谷くん。 こんな形でしか話を聞けない俺を許してほしい」
その言葉を最後に出久の意識は落ちていった。
「ま、まさかの展開デース!」
「あれに対して飛び込むなんて・・・」
かつてそれをおみまいされた二人は仲良く呆けていた。
自分達はなすすべなく吹き飛ばされた過去がある。
あの少年は避けるでも逃げるでもなく正面突破を図ったのだ。
その勇気と判断。そして激情。
装者でもない少年が成し遂げた偉業に素直な憧れを持った。
「さて、そろそろ叔父様にお説教の時間だな」
「私も付き合うわ」
“話をする為”とは言え、流石にやり過ぎである。
彼の考えはわかっていた。わかってはいたが限度はある。
大人組の二人はため息とともに倒れた出久に向かい動き出した。
「師匠とあんなに闘えるなんて、凄いね!」
「バカ! どう考えてもヤベェだろ、医務室運ぶぞ!」
こちらはこちらで二人の元に駆け出した。あの少年は明らかにダメージが大きい。速やかに治療を施さなくてはならない。
クリスは耳につけた通信機で呼びかける。
「エルフナイン! 急患だ、今から運ぶ」
『は、はい! 準備しておきます!』
慌てた様子の幼い声が耳に届く。
優しい彼女のことだ、ハラハラしながらモニタリングしていたのだろう。
声の後ろからバタバタ動き出す音が聞こえてきた。
「ったく。加減を考えろよ・・・」
自らを助けてくれた少年を今度は助ける為、クリスは急ぐ。
目を開く。
そこは最近見た天井。
この間目覚めた部屋のそれだと気がついた。
『僕は確か、風鳴さんと戦っていて・・・』
ぼんやりする意識の中、記憶の糸を紡いでいく。
少しずつ纏まり始める頭。
目覚め。異なる世界。風鳴 弦十郎。師への侮辱。圧倒的な戦闘力。震脚。そして、敗北。
そこまで至り、痛む身体を弾ける様に起き上がる。
「オールマイト・・・」
直後、口から出たのは嗚咽。
師の誇りを守れなかった自分への不甲斐なさ。
師のいない世界への恐怖。
家族や友のいない世界への絶望。
色々な感情が渦巻き、彼の心中を犯す。
痛む身体を曲げて頬を流れる涙は掛け布団を濡らしていく。
「ごめんなさい、オールマイト・・・」
涙は止まらない。
その時。
「目覚めたみたいですよ、調」
「じーーーー」
視線と声を感じてその方を向くと開け放たれた扉に隠れる様に顔だけ出した少女が二人、こちらを観察していた。
眼鏡をかけた二人は興味深そうに自分を見ていた。
「泣いてるデス! そんなに負けたのがショックなんデスかね?」
「じーーーー」
気恥ずかしさから慌てて涙を拭うと、未だに震える声で呼びかける。
「あの、さっき見てた人ですよね?」
「じーーーー」
擬音を口に出している少女はブレる事なく出久を見つめてくる。
「気づかれたデース!?」
感情表現が豊かな少女は驚いた様に反応した。
あれだけ口に出していて見つかっていないと思っていたのだろうか。
「見つかってしまっては仕方ないデス。・・・大丈夫デスか?」
「・・・」
部屋に入って来た二人はベッドの横に恐る恐ると近づく。
「ありがとう。少し痛むけど、大丈夫・・・です」
「!・・・それは良かったデース!」
返答を聞いて少し困った様な顔から一転、朗らかな表情に変わる少女。
表情がコロコロと変わる子だなぁ、と出久の口は微笑む。
「でも無理しちゃ、ダメ」
無表情なもう一人の少女は少しだけ、ほんの少しだけ怒った顔で出久に告げた。
「ご、ごめん」
「無理したらゆっくり休むのも大事」
反射的に謝ってしまう彼に少女は優しげな顔を見せ、横になる様に促す。
表情が薄い様に見えるが彼女の労わりを感じた。
「もう少し横になるデース」
「ちゃんと治さないと」
二人に言われ再び身体を横にする。身体の各所がまだ痛む。気づかずワン・フォー・オールの力をいつもより強く使っていた様だ。それに戦闘のダメージもある。
「君たちは確か・・・風鳴さんと戦ってる時に見ていた・・・」
戦いを見学していた六人の内の二人だったはずだ。
よく考えればこんな子達の前でボコボコにやられるのを見られていたのかと思うと先程とは違う意味で恥ずかしさがこみ上げてきた。
出久は少し目線を逸らす。
その意味に気がついたのか二人はフォローする様に言った。
「司令さんに勝てるわけないデスから、仕方ないデス! 私たちが束になっても敵わないデスよ!」
「むしろその司令に攻撃できただけ貴方は凄い」
実際。各所から『人類超越者』『アンタが戦えばいいんじゃね?』などと言われている風鳴 弦十郎と戦って攻撃を加えるなど、それだけで賞賛される案件である。
だが出久は自身がどれだけ凄い事をやってのけたのかわからなかった。
今彼にあるのは師の誇りを守れなかったという悔しさだけだ。
それが溢れ出す。
「僕は・・・オールマイトの誇りさえ守れないほど弱いんだ・・・。それが堪らなく悔しい・・・。個性を受け取って、それを少しでも使いこなせる様に成長してると思ってた。でも! 全然敵わなかった!」
拭ったはずの涙が再び彼の顔を濡らす。
恥も外面もなく少女達の前で涙を零した。
慟哭にも等しい彼の叫びを聞いて、二人は顔を見合わせた。
そして意を決して、二人は語り出す。
「それは少し勘違い」
無表情な少女は言う。
「司令さんは決して悪気があって言ったわけではないデス」
表情豊かな少女が続ける。
「司令は『男同士、拳で語り合えば通じるはずだ!』って言ってた。確かに酷いことを言ってたけど、ちゃんと意味がある」
「でもやりすぎてたので、マリアと翼さんにお説教されてるデス」
「まさか司令が正座して怒られてる姿を見るとは思わなかった」
「あんなに小さくなった司令、初めてみたデース!」
「私達から見てもやりすぎ」
「でもでも! 司令さん言ってたデス」
『彼はきっと今混乱の中にいる。どうしていいか自分でもわからないんだろう。だからこそ大人の俺は受け止めてやらねばならない。それが大人の役割だ』
弦十郎の真似をした少女を見て出久は心の中が暖かくなる。
酷い言動はわざと自分を挑発したのだと気がつけた。
あの人は自分の事を思いやって、進んで悪役を引き受けたのだ、と。
「司令はとても優しい人。でも同じくらい不器用なの」
少女は微笑みながら言う。
「不器用だからこそ全力でぶつかってくれるデス」
少女も笑いながら言う。
「「だからあの人を許してあげてほしい(デース)」」
二人の少女の言葉が重なる。
少女達の言葉で出久の心の中は晴れ渡る。
弦十郎に悪意がないのは薄々わかっていた。
でも目の前で師を貶されては流石の自分も激情に駆られる。
それさえ受け止める彼の懐の大きさに嬉しささえ覚えた。
気がつけば彼の涙は止まっていた。
不思議と口角が上がる。
「お礼、言わないといけないな」
異常事態に放り込まれ混乱していた自分を、その身でぶつかり正してくれた人がいる。
誰とも知らぬ自分にそこまでしてくれるとはどれだけの優しさを持っているのだろうか。
出久はオールマイトにも似た何かを感じた。