お疲れ様です。
気がつけば今回はいつもの二倍の長さとなってしまいました。
少しばかり長文ですが、お楽しみ頂ければ幸いです。
なお。今回のタイトルは切歌と調の「ダイスキスキスギ」という曲が元ネタとなっております。二人の愛情の深さがよく解る曲ですので、宜しければ聞いてみてください。
三日間の鍛錬禁止。
翼に告げられた一言を律儀に守る出久が何をしていたかというと、平和な日常を謳歌していた。
「切歌ちゃん、調ちゃん!」
彼女らの姿を見つけて校門にて手を振る出久。
この三日で恒例ともなったその姿にようやくリディアンの学生達からの誤解も解けた様で彼は受け入れられていた。クリスの悪戯によってヘイトを集めていた出久は知らぬ内にその存在を許されていたのだ。
「デクくーん!」
彼の声に応えて切歌は嬉しさをその身に滲ませ、手を振り返すと駆け出した。そんな幸せそうな彼女を追いかける調。
切歌は息を弾ませながら愛しの彼に接近する。出久は飛びついてくる彼女をしっかりと受け止めた。
「今日も来てくれたデスか?」
「うん。一緒に帰ろう!」
学校帰りに大好きな彼が迎えに来てくれるという想像の中で思い描いていたシチュエーション。自然と切歌の頬が緩んでいく。
あの日以来二人の距離はずっと縮んでいた。
「やったデースッ!」
「切ちゃん、みんな見てる」
「デデデース⁉︎」
調の言葉に我を取り戻し、出久から身を離す切歌は正に恋に恋する乙女といった面持ちで慌てて距離を調整する。そんな彼女を見ながら出久と調は全く同じ感想を抱いた。
『やっぱり可愛い』
眩しいその笑顔に二人の目が細められる。男も女も魅了する乙女切歌。もしかしたら装者の中で一番の小悪魔なのかもしれない。
「それで! 今日はどうするデスか?」
昨日一昨日と三人は学校帰りに学生らしく遊びまわった。ボーリングをしたり、カラオケに行ったりと出久のクラスメイト達が見ていたら「青春っぽいやつ来たー!」と叫ぶだろう。
今日も三人で遊べる、そう思っていた二人に調が手を上げて否定の言葉を述べる。
「ごめん。今日は本部に呼ばれてるの」
「あれぇ? そうだったデスっけ?」
「うん。さっき突然召集かけられちゃったから、今日は二人で遊んできて」
「二人で・・・」
突然の調離脱宣言に首を傾げながら言葉を続けた切歌は残念そうな顔になる。そしてその隣に立つ少年も同様にしょんぼりした。
「あと今日は少し遅くなっちゃうから、ご飯は外で食べてきてね」
「わかったデス」
「それと・・・」
調は彼だけに聞こえる様にすれ違いざまに囁いた。
「折角のデートなんだからちゃんとエスコートしてあげるんだよ、出久君」
その言葉にギョッとした出久は手を振りながら去っていく調の背を見つめる。
どうやら、自分は彼女に気を使ってもらったのかもしれなかった。
「なんて言っていたデス?」
「うぇ⁉︎ その・・・」
そんな出久の動揺を知らない彼女は無邪気な表情を近づけてくる。言われた言葉をそのまま伝えるわけにもいかず、切歌の手を取り歩き出す。
「とりあえず、行こう!」
「?」
二人はリディアン前を後にした。
背後から二人の気配が遠ざかっていく。
顔を伏せて歩き続ける調は彼らが角を曲がったのを見計らい顔を上げた。
「では、行きましょう」
その一言でビルの影から出てくるのは変装した防人と保護者の二人。
「これでいいのか月読?」
「はい。ばっちりです」
「調、貴女ね・・・」
「マリアは二人が心配じゃないの?」
鞄からそれぞれに美人潜入捜査官眼鏡(伊達)を手渡し、自らも使い慣れたそれを装着する。
その瞳は爛々と光り輝いた。
「よしっ!」
「・・・良しっ!」
「翼、真似しなくていいのよ」
渋々とマリアも眼鏡をかける。思えばとんでもない事に巻き込まれてしまったとため息を吐き出すマリアなのだった。
話は昼頃、翼の端末に一通のメールが届いた事から始まる。
『切ちゃんと出久君のお付き合いが健全なものか確認する為に協力してくれませんか?』
実際の文章はこれより熱の入った長文だったのだが、要約するとこうなる。二人が年相応を飛び越えて不純な異性交遊をしてはいないか、仲間の自分達には確認する必要があり、もしそうならちゃんと指導しなくてはいけないと力説する一文だった。
それを読んだ翼の反応。
『ふむ。道理だな』
同じく読んだマリアの反応。
『いやいや待て待て』
その他遣り取りはあったが、画して装者大人組は調の熱意に引き摺られる形で出久と切歌のデート監視というイベントに参加する事になったのだった。
友人の策謀が渦巻いているとは知らない当事者達は仲良く手を繋ぎ街中を進んでいく。
先日の戦闘は街に傷跡を残していたが、そこに住む人々は活気を取り戻しつつあった。
この三日で開いている店が徐々に増えている。そうなると立ち寄れる場所が増え、出久は辺りを見回しながら何処に寄るべきか吟味する。
デート。
切歌と二人で遊びに行く事をデートだとすれば前に一緒に水族館に行ったのだし、何も初めての事ではない。
しかし意識して『デート』をするのは初めてだ。そうなると出久はどうしていいのかと混乱の最中にあった。あれもこれもと選択肢として浮かんでは消えていく。
『どうしよう。どうしていいかわからない』
彼の瞳はアニメの様にぐるぐると渦を描いている。見事に調の一言は出久に致命的な一撃を喰らわせていた。
隣を歩く彼が混乱している時、切歌もまたその心中を変化させていた。
『よくよく考えたら二人っきりって、デートみたいデスね』
みたいではなくそのものなのだが彼女はそれになかなか気がつけていなかった。常々自らを常識人と言う切歌はまだ若く、経験が足りていない。
それでも現状を把握する力はあった。
『それならもうちょっと近づいてもだいじょーぶデス・・・よね?』
そう考えた切歌は絡み合う指を離すと彼の腕に自分のそれを絡めた。さっきよりも感じる彼の体温。ぽかぽかと温かい彼を独り占めにする。
『えへへ。あったかいデス』
手を解かれた出久がその行動に驚くと同時に今度は更なる衝撃が彼を襲う。
『柔らかい何かが腕に当たっている!』
隣を見ると切歌が腕に抱きついているのが見えた。その顔を緩ませてその身をすり寄せる彼女はしっかりと出久の腕に身体を近づけている。触れる面積は手の比ではない。柔らかな彼女の身体が彼の腕に確かに密着している。その見知らぬ感触に思考が止まってしまった出久は何とか歩く事に意識を集めてやり過ごしていった。
彼等の監視は少し離れた後方から行われていた。仲良く手を繋ぎ歩く二人はぎこちないながらも傍目から見れば等身大のカップルという感じである。
そんな彼女の方が彼氏に腕を絡めた。一瞬、ピクリと身を揺らす彼氏はそれを受け入れ、硬い動きで歩みを進めていく。
「初々しいわね」
「あぁ。中々に魅せつけてくれるな」
「・・・切ちゃん」
ズレ落ちた眼鏡を上げながら三人はそれぞれの感想を述べる。今のところ見ている限り二人に不純交遊の兆しは見られない。というか年齢的にも性格的もそんな事があり得るのかと疑うくらいだ。
それ程に二人の反応は可愛らしかった。
出久は初めての彼女に戸惑いを隠していない。
切歌は初めての彼氏に喜びを隠してきれない。
そんな彼等の行動は見ていて微笑ましい。
「男女の逢引とはこの様なものなのだな」
「年相応、って感じね」
二人の様子を翼とマリアの二人は見守る。調の懸念した事実は今の所どこにも見受けられなかった。目の前を歩く二人はただ共にいることに幸せを感じている様に見える。しかし出久の方は若干余裕をなくしている様に見えた。
「緊張で余裕をなくしてる、出久君マイナス十点」
「厳しいな、月読」
メモを取りながら呟く調。翼が彼女の手元を覗き込むとそこには『切ちゃんとデート→マイナス三十点。切ちゃんと腕を組んだ→マイナス二十点』などと出久にとってどこか理不尽な文が書き殴られていた。
そんな私怨丸出しの文を見た翼は妹みたいな彼女の頭を撫でる。
「・・・え?」
「本当に暁の事が大切なのだな」
いきなりの事に顔を上げる。調の頭に手を置いた彼女はそこを撫で続けた。
改めて言われると自分は暁 切歌という少女に並々ならぬ執着を持っていると感じた。それはF.I.S.にいた頃からいつでも一緒にいたから。いや、きっとそれだけではない。
その名の通り『暁』と『月』、暁 切歌は月読 調にとっての日輪だったのだ。
いつでも明るく自分を暖め、照らし、側にいてくれた彼女をだからこそ好きになった。
そんな彼女が自身の想い人を見つけて、今やその心を素直に隣を歩いている。
それが、嬉しくないはずがない。
何故なら。
「・・・切ちゃんは、私のダイスキな人ですから」
「そうか」
呟かれたその言葉から翼は感じる。何だかんだと言いながら、彼女とその彼を祝福しているのだ。
ただ調自身が素直になっていないだけ。
それだけだ。
「二人とも。出久達を見失うわよ」
マリア、もといママリアは前方を進む彼等から目を離さずに歩みを止めた翼達に声をかける。
二人が視線を移すと、可愛らしいカップルは小さな雑貨屋に入るところだ。
「行くぞ、月読」
「はい!」
切歌が離れてしまっても、彼女は決して一人ではない。マリアや翼や仲間達が今はいる。
その事実に調は笑顔になるのだった。
切歌と出久のデートは進んでいく。
雑貨屋で彼は大きなリボンを髪に着けられる。どう考えてもミスマッチなその姿に笑う切歌は今度はこっちだとカチューシャを手に出久に迫った。
道中立ち寄った鯛焼き屋では餡子はこし餡と粒餡どちらが良いのだろうかと鯛焼き片手に議論を交わす。決着がつかずお互いに一口ずつ分け合ったら、どちらも美味しくて笑顔が溢れた。
他愛ない会話をしながら肩を並べて歩いていく。
いつだったかふらわーの店主に言われた通りだ。特別変わった事をしなくても、一緒にいればそれだけでいいのだ。
二人っきりの時間はあっという間に過ぎていった。
「やはり出久は出久ね」
言いながら伊達眼鏡を外したマリアはやれやれといった感じでそれを調に返した。かれこれ一時間ほど尾行をしたが、調の心配していた事にはなりそうにもない。
彼らは青春を謳歌し、その距離を縮めている。そこには純粋な想いだけが見てとれた。
時間的にもそろそろ夕飯の時刻。出久達は話しながら何処かに向かっている様だ。切歌の手を引く彼は目的地に向かい、大通りから外れた裏道に入っていく。
「どの店に入るかだけ見届けたら、我々も帰るとしよう」
「そうね。私達も何処かで食べて帰る?」
「いいの?」
「折角だし、ね」
二人が入って行ったのは路地裏でひっそりと営業している喫茶店だった。時代に取り残されたその佇まいは古き良き純喫茶というのだろうか。
窓から中を覗くと店主らしき眼鏡の男性と話す出久が見える。彼の反応からすると店主に揶揄われているのか、少し頬を染めていた。隣の切歌も同様の反応をしている。
「二人とも・・・今日はありがとう」
調がポツリと漏らした。その目は窓の奥の二人を見つめている。
「どういたしまして」
「楽しかったぞ、月読」
大人組はそれぞれ返事を返し、三人はこれ以上は邪魔をすまいと店前を後にした。
「いらっしゃい。ん? 坊主、また来たのか」
「二人なんですけど、大丈夫ですか?」
「あっちの奥に座りな」
年中顰めっ面なのであろうマスターは指で席を指すと、グラスに氷と水を注ぎ始めた。
言われるがまま席に着く二人。
切歌は初めての雰囲気にキョロキョロと辺りを見回している。普段なら絶対に訪れない昔ながらの喫茶店は見るもの全てが珍しかった。
「坊主。女連れとは隅におけねぇな」
それぞれの前にグラスを置きながら、切歌をチラリと見た彼は出久にニヤリと笑いかけた。
「しかもなかなか別嬪さんじゃねぇか」
その言葉に彼らは揃って顔を赤くして、俯く。そんな二人の反応に今度はしっかりと笑い声をあげながらカウンターに戻って行った。
「初々しいねぇ。ま、決まったら声かけてくれや」
切歌達は一度だけ視線を交わすと、慌てた様に手にしたメニューにそれを戻す。
片や、恥ずかしさから。
片や、嬉しさから。
それぞれの心中は似た様なもので、とりあえずどれを頼むかとメニューを注視するのだった。
結局の所、お勧めメニューに行き着いた二人は特製カレーを頼む事にする。遊び回りお腹が減っていたので大盛りだ。
切歌は初めて食べるここのカレーが気に入ったらしく店主にそれを伝えた。それを受けたマスターもどこか嬉しそうに微笑んでいる。
彼女の笑顔を見ながら『ここにして良かった』と出久もスプーンを往復する切歌を眺めるのだった。
「お腹いっぱいデース」
「ほれ。食後のデザートだ。サービスだから良かったら食ってくれ」
皿を空けた彼女の前にバニラアイスが置かれる。まさかそんな物が供されると思ってなかった切歌はキラキラした目をマスターに向ける。
「なんと! いいんデスか⁉︎」
「ウチの味を解ってくれるとは、見所のある嬢ちゃんだ。これはサービスだぜ」
難しい顔をしているが、褒められたのが嬉しいのかマスターは空いた平皿を下げながら微笑む。
「お前さんにはこれな」
同時に出久の前に湯気が立ち昇るブレンドコーヒーが置かれた。
「すみません」
「なに、いいってことよ。・・・坊主も嬢ちゃんに良い所見せたいだろうしな」
これは男同士の共感というのだろうか。マスターはその一助を買って出てくれた様だ。
意味ありげな彼の表情に感謝しつつ、アイスを口に運ぶ彼女の笑顔を見ながらコーヒーを口に運ぶ。
淹れられたコーヒーはただ苦いだけではなく、確かな旨味を出久の口中に広げていった。でも砂糖は入っていないはずなのに何処か甘いのは何故なのだろうか。
マスターの『また二人で来な』の言葉を背に店を後にする。店を出ると日は沈み、辺りは暗くなっていた。
そんな中、放すまいと絡められた腕から彼女を感じる。
「デク君、とっても美味しかったデス!」
「気に入ってもらえてよかった」
出久は答えながらも寂しさを感じた。そろそろ別れの時間だ。
それでも彼女を部屋に送るべく歩き出したその時、声を掛ける人物が一人。
彼は、ゆっくりと、姿を現す。
「緑谷君」
声に向かい顔を向けるとそこにはこの世界で友となった人物、夢原がいた。
待ち構えていたのだろうか、角から姿を現した彼はこちらに視線と言葉を送る。
そこには違和感があった。
昏いのだ。
その目が、その表情が、その身に纏う物がとてつもなく昏い。快活な彼の印象とは掛け離れたその瞳はまっ昏なその瞳に自分達を映していた。
この間、自分を責め立てた時の様な憤りを同時に感じる。
「ねぇ。何でなんだい?」
光を無くした暗い目でこちらを眺める彼は二人を見つめながら続けた。その恐ろしい目に恐れを抱いた切歌は思わず出久の腕に力を込める。
「どうして僕の邪魔するのかな? 君は本来、この世界に関係の無い人間だよね。それなのになんで邪魔ばかりするんだい?」
「夢原先、輩・・・?」
いきなりよく判らない事ばかり話し出す彼に出久の手に力が入った。
彼のヒーローとしての第六感が警鐘を鳴らしている。『何かが不味い』と。
出久の変化に切歌も気がついた。彼の手がじっとりと汗に塗れていく。目の前の見知らぬ男性の言が原因なのだろう。
「爆豪君や轟君でも君を止められないとなると、それ以上の存在を呼ぶしかないじゃないか」
出久はその言葉に目を見開き、切歌と繋いだ腕を離して構えをとった。
今彼はなんと言った?
何故自分達しか知らないはずの彼らの名を知っているのか。
そして『よんだ』と夢原は言った。
『よんだ』・・・『呼んだ』?
まるで自らがあの二人を呼びだしたかの様に言っていなかっただろうか。
身動ぎしない夢原は視線だけを出久に向ける。憎悪と哀しみを搭載した瞳は自分だけに向けられていた。
「・・・お前、ふざけんなよ」
今までの丁寧な話し方が嘘だったかの様な一言。衝撃波を感じた。無論、実際には出ていない。でも、その一言は出久に何かが変わったことを知らしめた。
「そんなに僕の邪魔をすんのかよ。・・・ふざけんな。それならそれらしくやってやるさ」
右手を開き、前に突き出した夢原は目を細めながら何かを呟く。差し出されたその手から光の糸が編まれるように形を作っていった。
徐々に形をなしていった光は彼の背を越える大男の姿を現した。
その姿に目を見開き、震え出す出久。
彼はその姿を良く知っていた。
漆黒のスーツを着こなすその姿を。
そしてそれを意識的に上書きするのは傷だらけのその頭皮と潰されて傷だらけの顔の半分。
完全に潰れているはずの両眼だったが、出久には『見られている』と感じられた。
編み出されて優雅に着地するそれは夢原の傍に立つと、此方を確かに『見ていた』
「・・・おや。僕を呼んだかい?」
深い呼吸と共に吐き出された言葉。
自身の師、オールマイトの宿敵がそこにはいた。
「お前は・・・オール・フォー・ワン‼︎」
あの時、神野の悪夢の日、オールマイトに倒された筈の過去最強最悪のヴィランが緑谷 出久の目の前に無慈悲に降臨した。
ここまでお読みいただきましてありがとうございます。
これより本作はラストに向かっていきます。
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