僕のヒーローシンフォギア   作:露海ろみ

66 / 99
六十五話目となります。

お疲れ様でございます。

今回のお話は夢原 探の過去のお話となります。
若干暗いお話となりますのをご了承下さいませ。

ちなみに長くなりそうでしたので二つに分けた、前半パートとなります。


65.夢原 探:オリジン

僕の家はごく普通の中流家庭だった。

厳しいが尊敬できる父。

優しく笑顔を絶やさない母。

そして、可愛い双子の弟と妹。

 

「お兄ちゃん、明日だね!」

「明日、奏さん達のライブ行くんだろ?」

「あぁ! ツヴァイウィングのライブ、楽しみだね。みちる、すぐる」

 

部屋中を駆け回りながら喜びを露わにする二人に僕は自身が当てた三枚のチケットを高々と見せつける。

そんな僕らを笑顔で見つめる父母。

 

「探。きっと人が多いのだろうから、満と優の面倒をちゃんと見るんだぞ」

「そうよ。お兄ちゃんとしてお願いね」

「わかってるよ父さん。それに母さんも心配しないで」

 

それは全国どこにでもある平和な家庭だった。

あの日が来るまで僕はこの日常を疑いもしなかったんだ。

 

 

翌日、二人を連れた僕はライブ会場にいた。

すぐるは天羽 奏を、みちるは風鳴 翼の大ファンであり、彼女らのライブを楽しみにしていた二人は開場前から大はしゃぎだった。

割り当てられた席につき、遂に始まるステージ。

 

「兄ちゃん、奏さんだ!」

「翼ちゃんもいる!」

 

流れ出す一曲目のイントロは逆光のフリューゲル。

二人のテンションは振り切れ、推しの色のサイリウムを小さな身体いっぱいに振っていた。

二人にとって初めてのライブ。大好きなアーティストのライブだ。

しかも僕達の席はアリーナ席。間近で歌う彼女達を見た二人は可愛い声で共に歌う。

その姿を見ながら僕も彼らに倣い、二色のサイリウムを無邪気に振っていたんだ。

 

そして。

二人の幸せなそうな笑顔を見たからこそ僕はその席がアリーナであった事を後悔することになる。

 

「ノイズだぁぁぁ!!」

 

一曲目が終わり、次曲ORBITAL BEATの前奏が流れ始めた時に悲劇は始まった。

会場の中心で起こった爆発。そして逃げ惑う人々の一人が発した言葉で賢しい僕は事態を察した。

ノイズ。

人類共通の脅威とされ、人類を脅かす認定特異災害。人が一生を生きる上で出会う事さえ稀な奴等が現れたという事実に僕は凍った。

この時。もし僕がもう少しだけ早く動き出していたら、事態は変わったのかもしれない。

だがその時の僕はあまりの事に思考が停止していた。目の前に現出した大型のノイズ。その姿に脚が竦んでいたんだ。

それでも震える脚を叱咤し、手の中のサイリウムを捨てて二人の手を取った。

 

「逃げるぞ!」

 

口に出せたのはその一言。僕以上に状況を飲み込めずに呆然とする弟妹の手を強引に取り、見える出口に走った。

 

「走れ・・・走るんだ!」

 

辺りからはノイズに飲み込まれた人々の絶命寸前の断末魔が溢れていた。

 

「救けてくれぇぇぇぇぇ!!」

「死にたくない・・・死にたくないッ!」

 

その声を聞かないようにただただ僕は二人の手を掴んで走った。空からは形状を変えて飛び込んでくるノイズ達。幸いにもそれは僕らには当たらず、目に見えるアリーナの出口へひた走った。

 

「もう少しだ! 頑張れ!」

 

人混みに飲み込まれながらもしっかりと繋いだ手を離さない様に握り込む。

離すわけにはいかない。

二人を守らなくてはいけなかった。

だって僕は彼らの『お兄ちゃん』なのだから。

 

だが。そんな僕の決意は暴徒と化した人々の前には無意味だった。

 

「お兄ちゃん!」

「みちる!」

 

初めに離れたのはみちると繋いだ右手だった。人に押され、波に押され、ちゃんと繋いでいたはずのその手は強引に離された。人の波に飲み込まれる彼女は僕を呼びながらその姿を消していく。

次に離れたのはすぐるだ。

 

「兄ちゃ・・・」

 

僕を呼ぶ声は全てを発声する前に怒号に飲み込まれた。左手から彼の感触が消えていく。

僕は二人を探すために人の流れを逆行した。

人々を掻き分けて手の離れた所へ、流れに逆らい進んだ。あまりに強引に進んだせいか、逃げ惑う何人もの人の腕が僕に当たった。でもそんなことはどうでもよかった。二人の手を掴むことだけが大事だった。

人の波を掻き分け終わると、そこには倒れ伏した二人の姿があった。

幾人にもぶつかられ、踏まれてしまった彼らは地に倒れても僅かにその身を震わせていた。

確かに生きていたんだ。

まだ救かる。

そう思い、逃げ出す人々に何度も殴られた自分の身体を顧みずに僕は走った。

この手を彼らに伸ばして。

その手が二人に届く様に。

 

だが。

世界は優しくなかった。

 

あともう少しといった瞬間に空中から飛来した二体のノイズが大切な弟と妹を貫いた。

着撃の衝撃から二人は僕を見た。

その目を僕は忘れられない。

絶望に支配され、光を失っていく二対の瞳。

 

『死にたくないよ!』

『救けてよ!』

『『おにいちゃん』』

 

二人の身体が少しずつ黒く染まる。その構成を生命の灯火から死の果てへと変えていく。

僕の伸ばした手のすぐ先で、みちるとすぐるは炭となって崩れていったんだ。

 

「あ、あぁ・・・あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

届かなかったその手を伸ばしたままに崩れ落ちた僕は突如吹き荒れた暴風に意識を手放した。

 

 

次に目を覚ますとそこは白い天井だった。規則的な機械の音が流れるそこはきっと病室なのだろうと推測出来た。

僕はベッドに寝かされており、瞳を動かすと身体には幾つもの管が繋がれていた。

丁度居合わせた看護師は僕の覚醒に気がつくと慌ただしく部屋を出ていく。数巡後には医師と思われる人物を連れて戻ってきた。

医師は僕に一通りの検査をすると、彼は僕に語りかけた。

 

『目覚めてくれてよかった。大丈夫かい? 君はあの惨劇を生き残ったんだ』

 

医師の言に妹達の事を思い出した。二人はどうなったのだろうか。僕はあの光景を夢であって欲しかったんだ。首を左右に向ける。それでも見たかった顔は見当たらなかった。

みちるとすぐるはどこにいるのだろう。

 

『今はとにかく眠りなさい。君の体力を戻す事が一番だ』

 

医師の言葉にゆっくりと目を閉じた。

眠りたい。今はただ全てを忘れて眠ってしまいたかった。

・・・違う。僕は目の前の現実を見たく無かっただけだ。

 

全身に打撲を負ってはいたが、数日の入院で済んだ僕は母に連れられて帰宅する。

その夜、両親に泣きながら二人の事を謝った。謝ってもみちるとすぐるは帰ってこないのはわかっている。

それでも手を離してしまったのは僕だ。

この頃の僕は二人の死を自分のせいだと信じてやまなかった。

きっと言いたい事は沢山あったはずなのに涙を流しながら両親は何にも言わず抱きしめてくれたんだ。

 

家族は、五人から三人になった。

 

翌日の事だ。

身体は痛むが僕は学校に向かった。いつまでも泣いてはいられない。少しずつでも前に進まなくては二人に笑われてしまう。

せめて、お前達の兄ちゃんは元気にやっているよ、と伝えたかった。

学校に着き、手摺りを使いながらも階段を登りきった僕は教室に着いた。久しぶりのそのドアに手を掛けて、開けた。

その途端、教室の騒めきが止んだ。

あまりに不自然な静けさ。

疑問に思いながらも挨拶をしながら僕は自分の席を目指す。何故か、挨拶は帰ってこなかった。

席に辿り着いた僕を待っていたのは天板を汚された机だった。

僕の机は落書きでめちゃくちゃだった。

『人殺し』『お前が死ねばよかったのに』等と心無い言葉が書き連ねてあったが、一番目に入る一際大きい一文が僕の心を抉る。

 

『弟と妹を見捨てて、自分だけ生き残った卑怯者』

 

「なんだよ、これ・・・」

 

思わず口から自分だけに聞こえる声が出た。そしてそこで漸く、周囲からの視線に気がついた。

顔を上げて辺りを見ると級友たちは誰も彼もが同じ目を向けている。

侮蔑の視線。それが今の自分に突き刺さっているものだと理解した。

この間まで仲良くしていた友人を含めた全員が全員、同じ目をこちらに送っていたんだ。

 

「ちょっと待ってくれ・・・どういうことだ」

 

みんな勘違いをしてる。なんでこんな事を言うんだ。やめてくれ。

そんな言葉が口から出ていた。

だが返ってきたのは言葉では無かった。

頬に衝撃を受けて吹き飛ぶ。机と椅子を幾つも薙ぎ倒して床を転がった。目の前がチカチカと瞬く。

視線を床から、衝撃を受けた先へ向けると、そこにはクラスでも大人しいクラスメイトが僕を見下ろしていた。荒い息を吐きながら、その拳を振り下ろした格好で。

 

「なんでお前が生きてて、姉さんが死ななきゃいけないんだよ! 姉さんを返せよ!」

 

泣き叫びながら彼は馬乗りになると無茶苦茶にその両拳で僕を殴打した。訳もわからずただ殴られ続ける。

 

「お前、我先にと逃げたから無事だったんだろ! 人殺し、人殺し、人殺し!」

 

半狂乱になりながら殴りつけてくる彼。

僕を救けてくれるクラスメイトは誰もいなかった。

 

 

後から知った事だが僕が帰宅した日、ある週刊誌がとある記事を掲載して発売されていた。

『ツヴァイウィングライブの真実』と銘打たれたそれは当日の『ノイズによる被害者数』より『避難中に暴徒とかした人間による死傷者数』の方が多かった事を報じるものだったそうだ。確かな取材により発表されたその記事はマスコミらしく気持ちを煽る華美な修飾語の数々に彩られていた。

そしてそれを読み、知った人々は正義を振りかざし、ライブ生存者へのバッシングを開始する。

 

 

 

僕は学校に行くのをやめた。

行っても僕の机は無かったし、理不尽な暴力しか待っていなかったからだ。

教師からはある程度の理解をもらっていたらしく、課題を提出すれば出席の事はなんとかしてくれると言ってもらっていた。

だがずっと家に居るわけにもいかなかった。

僕が家に居ると必ずと言っていいほど石を投げ込まれ窓を割られた。外からは正義を語る心無い言葉が響いてくる。家の塀には机にあった様な落書きが書き殴られてしまう。

だからこそ僕は朝になるとワザと姿を見せて、家を空ける事にしていた。

流石に自称・正義の味方も直接的な行動をとろうとはせず、僕の姿を見つけると遠巻きにこちらを眺めていた。

家に居ると両親に迷惑がかかる。

ただでさえこんな環境になってしまい、人一倍優しい母は他人からの悪意に怯えているのがわかった。父も態度にこそ見せないがストレスを高めているのが僕にもわかった。

二人を守るために僕はあえてそのヘイトを自分に集める為に行動する事にしていた。

クロスバイクに跨ると街を越えて、隣街の河川敷にやって来るのが最近の日課だ。

朝方来て、深夜遅くに家に戻る。そうすれば少なくとも僕のいない間は家を、両親を守れる。日がな一日、本を読んだり課題を進めて時間を潰す。

そんな生活が三ヶ月続いた。

 

 

その日もいつもと同じ様に深夜に家に帰った。辺りに誰もいない事を確認した僕は投石により歪んだ門を空けて、クロスバイクと一緒に玄関をくぐる。

そこで違和感に気がついた。

いつもなら父か母が出迎えてくれるのだが、どちらも姿を現さない。不審に思い、自転車を置くと家の中を進んだ。

 

「母さん・・・父さん?」

 

名を呼ぶが声は返ってこない。でもリビングから光が漏れていた。そこにいるのかと思い扉を開けた僕の目に飛び込んできたのは腹部に包丁が刺さり、血溜まりの中に倒れる母の姿だった。

 

「母さん! 母さん!!」

 

慌てて駆け寄りその身を揺する。その度に流れ出た血が波を立てた。

 

「探・・・?」

 

閉じられていた瞳が薄く開く。

生きている!

僕は携帯を取り出した。血塗れで震える指で番号を押した。

 

「しっかりしてくれ! すぐに救急車を呼ぶから!」

「・・・探、逃げて!」

 

僕越しに背後を見ながら叫ぶ母。振り向くと二本の腕が僕の首を掴んだ。力強いその指が僕の呼吸を止めようと絞められた。

 

「ごめんな・・・ごめんなぁ、探・・・」

「父・・・さん」

 

僕の首を絞めていたのは父だった。

この三ヶ月で父は急激に痩せた。気丈に振る舞ってはいたがやはり堪えるものがあったのだろう。

 

「ごめんな。父さんもすぐそっちに行くから。許してくれ」

 

謝罪の言葉を口にしながら更に力を込めてきた。脳が酸素を求める。だがその唯一の入り口を止められては欲しいものも入っては来なかった。

どんどん意識が遠のいていく。

ふと、みちるとすぐるの顔が浮かんだ。

 

『兄ちゃんもそっちに行けそうだ。遅くなっちゃって、ごめんな』

 

そう考えた瞬間、僕の抵抗の意思は消えた。

 

だが・・・僕は死ぬ事が出来なかった。

 

噴き上がる血が、僕の身体を包んだ。

同時に首に掛けられていた手から力が失われる。父の手という支えを失った僕は咳き込みながら床に落ちた。呼吸を取り戻して酸素を身体に送る。

動く様になった身体を動かして、その理由を知った。

 

父の首には包丁が刺さっていた。

その柄を握るのは血だらけの母。

初めて見る鬼気迫る母の顔。返り血を浴びながらもしっかりと掴まれた包丁で父の生命を絶っていた。

力を失い自らの血の海に倒れる父とその隣に仲良く倒れ込む母。

言葉が、出てこなかった。

ただ膝をついて二つの亡骸から流れ出る血で僕の身体は染まっていたのだ。

遠くから救急車のサイレンが聞こえてきていた。

 

そして家族は三人から、僕一人になった。




お願いがございます。
もし読んだ貴方様に余力がありましたら批判でも構いません、感想を頂けないでしょうか。

我儘を言って申し訳ありません。
少しだけ、続きを書く勇気を下さい。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。