お疲れ様です。
ヒーロー志望の一人の少年が何故このシンフォギアの世界に来たのか。
ヒーロー志望の一人の少年がその信念を曲げていくのか。
その過程の可能性を描かせていただきます。
出久の戦線介入はすぐに知れ渡る。
「出久君!」
ある者は喜び。
「緑谷⁉︎」
ある者は驚き。
「デク君!」
ある者は涙を流しそうになる。
『お待たせして申し訳ありません・・・緑谷 出久、只今より戦列に復帰します!』
その力強い宣言に六人の装者は前を向き直る。未だ多数のノイズが跋扈する戦場。その数故、劣勢を強いられていた彼女らにとってその一言は新たなる勇気をもたらした。
『怪我は大丈夫なの?』
「これくらい、なんとでもなります!」
マリアの心配に拳を振りながら答える出久。
『馬鹿野郎・・・無茶すんじゃねぇぞ!』
「クリス先輩こそ、ヤバかったら呼んでくださいね」
クリスの言葉に珍しく軽口で答える。
『出久君・・・ありがとう』
「・・・こちらこそ!」
調の感謝の言葉に暴れまわりながらも、その歩みを止めない。
思い出せ。
僕はどうして『ヒーロー』を目指した?
それは単純明快だ。
全ては誰かを救う為に。
極めていえば僕の行動理念はそこに尽きる。
「だからこそッ!!」
数がわからない相手に挑んでいく。そんな絶望的な状況なのに出久は笑っていた。
その顔を人々を襲うノイズに魅せつける。
救けるべき人がいるのなら僕は、救える全員を救ってみせるさ!
それが僕、ヒーロー『デク』だ!
「緑谷君、ワン・フォー・オールギアを展開。出力は・・・以前より上がっています!」
「15%・・・20・・・まだ上がるのか⁉︎」
観測されるワン・フォー・オールギア。前起動時に観測されたデータを基に比較値が表示されていく。
分析顧問のエルフナインはその急激な変化に解析と考察を同時に進める。
緑谷 出久というこの世界における異物。
世の理から違う別世界の来訪者は、いつの間にか世界の通念に順応していた。そうなることが当たり前のようなこの流れは一体なんなのだろうか。
まるで今この時のために、彼がやって来たみたいだ。
個性には、個性を。
イレギュラーには、イレギュラーを。
ヴィランには、ヒーローを。
「もしかして・・・」
『今この状況』こそが彼がこの世界にやって来た理由なのではないかとエルフナインは仮説を立てた。
抑止力、という言葉がある。ある物事に対して対抗する力、思いとどまらせる力のことを指す。
もし彼が現在進行形で起こるこの事件を止めるためのそれであったのなら・・・。
「この騒乱を終わらせれば、緑谷さんは自分の世界に帰れるのかもしれない」
しかし、それはつまり。
彼との別れが近い事も意味していた。
エルフナインはこの戦いの行く末に待つかもしれない残酷な可能性を手早く纏め弦十郎の端末だけに送信すると戦況の分析に専念すべく、再びコンソールに向き直る。
願わくばこの想定が外れてくれれば良い。
今はただ、それを願った。
一方の弦十郎はエルフナインからの秘匿通信に目を通すと目を瞑る。
何故彼がこの世界に現れたのか。それは出久がこの世界に存在する最大の謎だ。その答えかもしれないエルフナインの仮説は可能性としてかなり高い信憑性があった。
S.O.N.G.総司令としては彼に伝えるべきか逡巡する。
しかし風鳴 弦十郎は目を開くと自身の専用端末を手にした。拳と拳を交えた彼には伝えなくてはならない。それが漢同士の絆だ。
「少しだけ席を外す。すぐに戻る」
端末片手に司令室を出た弦十郎。この緊急時に彼が場を空けるという行動に多くのスタッフが驚く。だが一人だけはその行動の意味を察した。
弦十郎は扉が閉まるのを確認すると彼に対してのみの専用回線を開く。
「緑谷君。話がある」
戦況は僅かずつだが装者側優位となっていた。
特筆すべきは上空を旋回していた空中要塞型ノイズを見事な狙撃で潰しまわるクリスであろう。彼女はイチイバルを狙撃形態に変化させると長距離砲撃を駆使して一体、また一体と戦場にノイズを供給していたそれを倒していく。
「クリスちゃん、次はあっち!」
「言われなくても!」
狙撃中無防備な彼女を警護する響はスポッターの役割を辛うじて果たす。本来なら状況諸々の計算をすべきなのはスポッターたる響なのだが残念ながら彼女にその概念は無く、敵の方向をただ知らせるだけだ。
だがそれ以上に『クリスを守る』という一点において、目覚ましい活躍を果たしている。大型ノイズを攻撃させまいとやってくる小型ノイズ達を瞬く間に殲滅。クリスの半径五メートルに入ろうものなら神さえ殺す拳がお出迎えだ。
そのおかげでクリスはゆっくりとスコープを覗く。完全安全圏を維持されたクリスの口から最後の一撃が轟音と共に響き渡る。
「お前で・・・最後だ!」
最後の空中要塞は中心を撃ち抜かれ炭化し、霧散した。それを確認するとクリスは狙撃形態を解除。両の手に短銃を顕現し、いつものスタイルに換装すると響とビルの屋上から飛び降りる。
「イチイバルを・・・舐めんなよッッ!」
「撃槍・・・ガングニールだぁぁぁぁ!」
出久を出迎えた二人の装者は眼下のノイズ群に射撃と拳の雨を撃ち放っていく。
身体がギシギシと音を立てる。
出久は明らかなオーバーペースで戦闘を続けていた。ワン・フォー・オールをシンフォギアとして纏う様になったとしてもその身に無理をしているのは変わらない。
それでも止まるわけにはいかないのだ。
拳と脚を使ってノイズを倒していく。このワン・フォー・オールギアならそれが出来た。それなら躊躇などするべきではない。
今の上限は何%だろうか? 恐らくだが三十は越えている。
それでも動きは止めない。止めたくない。
君の暮らすこの世界を守るためなら、僕は戦う。
・・・僕がいなくなったとしても君が幸せに暮らせるなら惜しくはない。
「その為に! お前達は邪魔だ!!」
皆の為のヒーローになろうとしていた。
でも今だけは君だけのヒーローになりたい。
君の笑顔を守りたい。
君の世界を救いたい。
僕は我儘だ。
僕は傲慢だ。
でもそれで、いいさ。
全てが終わったら僕は消えてしまうかもしれない。
でも、それでも。
大好きな君が生きる此処を救わずにはいられない。そう思い、ただ前に進んで行った。
そして・・・そこには『彼』がいた。
この騒動の主たる、その人が。
「僕は言ったよね? 邪魔をするなら容赦しないって」
「・・・夢原先輩」
彼はその手をこちらに向けてくる。明確な敵意が僕を貫くが、それを跳ね返す。
そんなもので僕は止まらない。風鳴司令の、弦十郎さんの言葉をもらった僕は止まってなんかやらない。
相手がどんなに強い相手でも、それを打ち倒す決意が僕の中にはあった。
「これ以上、邪魔をするなぁぁぁぁ!!」
「・・・負けてやるものかぁぁぁぁ!!」
オール・フォー・ワンを喚び出す夢原 探。
ワン・フォー・オールギアを纏う緑谷 出久。
全ては大好きな切歌ちゃんの為に、僕はこの手を貫いてみせる。
それが辛い別れを意味していたとしても。
緑谷 出久が暁 切歌を如何に大切と想っているのか、それが少しでも伝われば嬉しい限りデス。
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