お疲れ様でございます。
状況は戦場の真っ只中ではありますが、幕間を投稿させていただきます。
内容は『弦十郎と出久の会話』
エルフナインの推測から連絡を取ったOTONAとヒーローの会話劇となります。
いつにもまして短いですが、お納め下さい。
『緑谷君。話がある』
突然の着信。戦闘状態にある出久の通信機に響く声はよく知った総司令の声だった。ちょうど辺りのノイズを倒し終わり、次の地点へ向かおうとしていた彼の脚を止めたその声は強い響きを持つ。
『こんな状況ですまない。だが伝えなくてはならない事が出来た』
あくまで冷静な口調を崩さない弦十郎の台詞。だがその声は硬く、言うべき事を躊躇っていた。
出久は自然とその言葉に耳を傾ける。でも端末越しの彼が何を言うのかを何となく理解していた。
「何か分かったんですか?」
『あくまで仮説だが、君がこの世界に来た推測がたった』
「・・・聞かせて、頂けますか」
慌てる様子の無い出久の言葉。弦十郎はその声音から彼の理性を知る。頭の回る彼の事だ。もしかしたらどこか予想していたのかもしれなかった。
弦十郎はエルフナインの立てた仮説を説明する。それを聞く間、出久は一言も言葉を発しなかった。
「もしこの事件の原因を排除すると、君は強制的に元の世界に返されるかもしれない」
「・・・」
「だがこれはあくまでも仮定の話だ。必ずしもそうなるとは限らない」
「でも、それなら司令はわざわざ僕に知らせてはくれませんよね」
その言葉に息を飲むのは弦十郎だ。出久はゆっくりと口を開く。
「どこか納得できるものがあったんじゃないですか? それに聡明なエルフナインちゃんは思いつきでは話さないと思います」
「緑谷君・・・」
「何となくですけど、わかった気がします。僕がどうしてこの世界に来たのか。それをずっと考えていました。でも話を聞いて納得したんです。『そういう事か』って納得してしまったんです」
微かに笑いながら出久は自分の手を見つめた。開き閉じるその手の中には是が非でも守りたい人の顔が包まれていた。
「多分それは正しい推論かと。それなら僕はその流れに身を任せます。それだけが僕に出来る事でしょうから」
「だが君は、それでいいのか⁉︎」
「・・・よくなんて、ないですよ」
ポツリと漏らされる彼の本音の声は弦十郎の耳を叩いた。しかし悲しく、決意した漢の言葉は彼を黙らせる。
「それでも、今しなきゃいけないことは理解しているつもりです。その為に此処に来たのなら、僕は切歌ちゃんの暮らす世界を守ってみせる」
「君は・・・」
言葉が無かった。
遥かに年下の少年はその歳で自分の為すべき事を理解して拳を握っている。
誰に命令されるわけでもない。
誰に強制されるわけでもない。
ただ、愛すべき人の為に彼は進むと言う。
「僕は切歌ちゃんが好きです。だから彼女の為に戦います。彼女が笑って過ごせるなら、それは僕の願う事ですから」
弦十郎は『そこに君はいないかもしれない』という一言を飲み込んだ。
彼はまだ十代なのに自分の事に関して達観しすぎている。きっとその根幹にあるのは彼が目指す『ヒーロー』という存在なのだろう。
誰かを守る。
言葉にすれば短いが、その意味は重い。
守るとは自分が矢面に立つという事。
向けられる悪意に向き合うという事。
それを一身に受け止めるという事。
まだ高校生になりたての少年が言える台詞ではなかった。その筈なのに出久の言葉は弦十郎を、年長者を説得する力を持っていた。
黙り込む弦十郎に出久から口を開く。
「風鳴さん。ひとつだけ、お願いがあります」
「・・・なんだ?」
「もし僕が帰れなかったら、部屋の机の中にある物を切歌ちゃんに渡して下さい」
「断る」
はっきりとした拒絶の言葉。
だがここまで来て動じる出久ではない。
「お願いします」
「俺は、君が帰って来る事を信じている。だからその頼みを聞く事は出来ない」
「それでも、です」
「・・・君は今、俺の指揮下にいる。だから命令させてもらうぞ。緑谷 出久、必ず勝って帰って来い!」
S.O.N.G.の司令として。
そして何より、一人の大人として。
漢の帰還を信じる風鳴 弦十郎は力強い言葉でヒーローに思いを送る。
「別れの言葉なら、自分の口で伝えろ!」
「風鳴さん・・・今まで色々と、ありがとうございました」
その言葉を最後に通信は切れる。相手のいなくなった端末をしまうと、弦十郎は近くの壁を力任せに殴りつけた。特殊合金製の内壁は凹み、歪んでいる。
彼の拳に痛みはない。
彼の心に痛みはあった。
「畜生・・・」
それだけ絞り出すと弦十郎は顔をあげる。
年端もいかない少年が頑張っているのに負けていられるものかよ、と。
S.O.N.G.総司令、風鳴 弦十郎は通路に背を向けて元いた部屋に帰っていった。
六十九話目の中頃にあったお話となります。
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