僕のヒーローシンフォギア   作:露海ろみ

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七十四話目となります。

お疲れ様でございます。
先日の絶唱ステージ13に今作の同人誌を持参して参加してまいりました。目標販売数は『一冊』だったのですが、まさか十名の方に手に取っていただけるという奇跡に近い事態に困惑した私です。
この場にて改めて感謝申し上げます。
本当にありがとうございました。

前話にて渾身の一撃を喰らわせた出久と爆豪。
その続きでございます。


74.貴方の言葉を思い出して

『やっぱり、かっこいいや』

 

オール・フォー・ワンに蹴りをくれる幼馴染の勇姿をその目に焼き付けながら出久は落ちていく。強化された視力が彼の足元でその身を光に変えていくヴィランの姿を捉えた。

 

『オールマイト・・・』

 

心の中で師に想う。あの日、満身創痍になりながらも勝利を掴んだその姿を思い出す。同じくらいボロボロな自分をあの時の彼に重ねた。

 

『やりました・・・。貴方みたいに救ける事が出来ました』

 

流れ出た涙が空に消えていく。

 

『僕一人だけじゃ出来なかった。かっちゃんがいてくれたから、あいつを倒せたんです』

 

オール・フォー・ワンを、倒した。

 

その事実は彼の胸を熱くする。

叫び出したい衝動が彼の胸を去来する。

だけれど声は出ない。

鉛の枷を付けられたような身体はなかなか動いてくれなかった。

ただただ重力に身を任せて地表に向かう。激突したら痛いだろうなと考えたが動かないものは仕方ない。シンフォギアを纏っているから死ぬ事はないだろう。

緑谷 出久は目を瞑り、そのまま落ちていった。

 

 

爆豪の足元では宿敵で怨敵で最強の敵がその身を光とし、形を無くしていった。やがて全ては消え去り脚が地を掴む。

 

「・・・」

 

師の仇をとった。それでも自分の胸にあるのは勝利の喜びではなかった。

 

『オレは一人じゃ勝てなかった』

 

その事実は確かに心を締め付けていた。

もしデクが攻勢に出なかったら。

もしオレが先に攻勢に出ていれば。

 

『オレは・・・』

 

その先の言葉を飲み込む。

決して勝ちを譲られたとは思わない。それはアイツを見ていればわかった。互いに全力を出した。全霊をかけてオール・フォー・ワンと戦った。

そして、勝った。

 

でもこの感情はなんなんだ。

 

爆豪 勝己は荒くなった息を何度も吐いた。

頬を流れる汗がまるで涙の様に地面に落ちていく。

 

 

結論から言うと出久は地面に激突せずに済んだ。

その身体は突如包まれる。その優しい衝撃に目を開くとすぐ前には彼女の顔。

涙をボロボロと流しながら呼び掛けるその声は聞き間違えない。

だって自分の一番好きな人の声なのだから。

 

「・・・やぁ、切歌ちゃん」

 

笑顔が自然と出た。それを見た彼女の顔が驚き、そして大好きな顔になった。自分が愛する彼女の笑顔に。

切歌の腕の中で誇らしく報告をする。

 

「僕、やったよ。かっちゃんと一緒に、あいつを倒したんだ」

 

その言葉を聞いた彼女はゆっくりと抱きしめてくれる。世界で一番素敵な場所に彼はいた。

 

 

切歌に抱き抱えられたまま地面に舞い戻った彼は肩を借りながらも歩き出す。

立ち尽くす爆豪の元へと歩み寄ると声をかけた。

 

「かっちゃん」

 

答えはない。肩をその息で揺らしながら彼は踏み締めた地面から目を離さない。

なんて声を掛ければいいのかわからずそれ以降の言葉を紡げずにいると、彼の方からまるで確認するかのように口を開いた。

 

「オレの勝ちだ」

 

静かなその声を聞いて出久は頷く。素直に目の前に帰って来たヒーローを称えると言葉を贈った。

 

「うん。最後の最後で決めきれなかった僕の負けだよ」

「・・・そんなコスプレみてぇな格好してっからだ」

「これが・・・シンフォギアが無かったら、君と肩を並べる事を出来なかった。これも、僕の力なんだ」

「そうかよ・・・」

 

二人は視線を合わせない。

でも同じ方向を向いていた。

出久にはいつもみたいに、爆豪にとっては少しだけ昔、ただ目指すべき物を目指していた頃を。

 

「それでも、だ。今回のはカウントしねぇ」

 

出久の見つめる彼の背中。下げられていた顔が上がる。まるで顔が見えるように彼の意志が伝わって来た。

 

「オレは、お前に勝ったわけじゃない。ただオールマイトの仇をとっただけだ。今度は直接、お前をぶっ殺す」

「そっか・・・」

 

出久がよく知る彼の言い回しに安心を覚えていると、隣の彼女がその言葉に反応する。頬を膨らませて『そんな事させるもんか』と捲し立てた。

 

「デク君と戦うなら、わたしも相手になるデス!」

「あぁ⁉︎」

 

いきなり会話に割り込まれた爆豪がぐるりと振り向くと切歌に睨みを効かせた。その瞳に怯むことはなく彼女は睨みを返す。

 

「お前なんか、わたしの鎌でお茶の子さいさいデスからね!」

「女だからって調子こいてんじゃねぇぞ」

「ひじょーしきなやつに、じょーしきじんのわたしが負けるわけないデス!」

「こ、の、アマぁ・・・」

 

その言葉にこめかみに青筋を立てながら姿勢を低くする爆豪を見た出久は噴き出した。この沸点の低さこそ自分のよく知る彼だ。

 

「なに笑っていやがる!」

「ごめん。でも、なんだか面白くって・・・」

「今ここで殺されてぇか!」

「お。やるデスか? かかってくるデス、バクゴー!」

「気安く呼んでんじゃねぇ、鎌女!」

 

デスサイズを構える切歌と、今にも飛びかからんとする爆豪。そしてそんな遣り取りは出久には楽しくて仕方がなかった。

 

 

遅れて到着したクリスは目の前で言い合いを続ける彼らを見て眉を潜めた。

 

「なんだぁ、こりゃ?」

 

あれだけ殺しあっていた奴が共に語り合い、更には切歌まで参戦している状況は流石の彼女であっても困惑が隠せない。

どうやら最大の脅威は出久とあいつが倒した様で、全ては終わった後のようだ。

 

「それにしても平和すぎんだろ」

「奴は、良い顔をするようになったな」

 

がっくりと脱力していたクリスの横からは翼の声。彼女は顎に手をやると興味深そうに目線の先で行われる遣り取りを眺めていた。いきなり参入して来た声にクリスの髪がふわりと浮き立つ。

 

「うおっ⁉︎ 先輩、いつの間に!」

「あれだけ険に塗れていた爆豪の顔を見ろ。今はどこか晴れやかだ。雪音もそうは思わないか?」

「答えになってねぇっすよ。でもまぁ・・・それには同感っすね」

 

二人の視線の先には言い合う爆豪と切歌。そしてそれを治めんとする出久。まるで同じ教室で年相応の会話をしている様な三人を見ていた。

 

「なぁ先輩。あいつ、見つけたんじゃないっすかね?」

「そうかもな。・・・でもそろそろ止めるか」

「そっすね」

 

次第にヒートアップしていく様子に介入する事を決める。剣と銃弾を交わした相手が成長した事に彼女達は微笑んだ。

願わくば、それが彼の足を前へと進ませる物である事を祈ろう。

 

 

「邪魔すんな、デク!」

「ほら、ちゃっちゃとかかってくるデスよ」

「まぁまぁ・・・」

 

争いを諫める出久は二人の間に入るとその距離を離す。互いに牙を剥き出しにして睨み合う二人。もしかしたら相性がいいのかもしれない。そう思うとちょっと胸を締め付けるものを感じる出久は自然と切歌の方に身を寄せる。彼女を渡すものかと。

 

「切歌ちゃんも落ち着いて」

「む〜」

 

その頬を膨らませる彼女の顔を見て、出久は嬉しくなった。

自分は彼女の世界を救えたのだ。そう思うとヒーロー冥利に尽きるというもの。そして切歌が平和でいられるというその事実は自分にとって何にも代えがたい。

それ程までに出久は切歌の事を想う。その笑顔がヒーローたる自分への最大の報酬なのだろう。ヒーローとは『見返りを求めぬ者』のはずだったが自分は彼女の存在を愛おしく想う。

 

「おい」

 

声は自分達の背後から聞こえてきた。振り向くと翼とクリスがいる。二人の先輩装者はそれぞれの顔に笑みを浮かべるとこちらに近づいてきた。一人は当然だと、もう一人はニヤリと笑う二人は彼の側までやって来る。

 

「よくやったな。緑谷」

「はい。何とか」

 

満足そうな彼女に頭を撫でられる。だが決して子供扱いされているとは思わない。触れるその手からは労いを感じた。

 

「流石はあたしの後輩だ」

「ありがとうございます」

 

自分に向けて掲げられた拳に自身のそれを合わせる。ゴツンと音を立て、すぐに離される拳達。彼女は遣り取りを嬉しそうに楽しんだ。

その後クリスの視線はもう一人のヒーローに注がれる。気付き睨み返して来る太々しい瞳。だが声はかけない。爆豪の顔を見たクリスは満足そうに笑うとその横を翼と一緒に通り過ぎた。

 

「お前はもう休んでいろ。あとは私達の仕事だ」

 

天羽々斬を一振りし、残る夢原から目を離さずに二人は彼を拘束すべく歩いて行った。頼もしい背中を見送ると安堵した身体から力が抜ける。ほぼ全ての力を失った出久は膝をついてしまう。切歌は彼が倒れないようにと側に座り込んだ。

 

「・・・お前」

 

爆豪はそんな出久を見下ろす。

膝をつくヒーローと側に座り込む人物。

少しだけ、本当に少しだけだが、全身傷だらけな彼の姿に既視感を覚えた。あの日、自分を救けてくれた『彼』の姿が重なる。

 

『爆豪少年。君が無事でよかった』

 

駆け寄った自分に大量の血を流しながらも笑いかける、幾度も見てきたヒーローの笑み。

彼に憧れて。

彼を目指して。

彼を越えようとした。

そんな偉大な『彼』の姿が重なった。

頭を振ってそのイメージを追い出そうとするが消えてくれない。それどころか忘れかけていた『彼』の言葉が明確に思い出される。

 

『あとは頼んだぞ。次は君達だ』

 

それは自分ともう一人に向けられたメッセージ。確かに受け取っていたのに目の前の現実が残酷すぎて、受け止めきれずにいたメッセージ。

そうだ。忘れてはいけなかったのは『彼』の遺志であったのだ。

その言葉こそ、自分が進むべき行先。

それを爆豪 勝己はようやく思い出した。

身体が光に変わっていく。

空へ登っていく光は爆豪の身体から湧き出ている。彼は何にも喋らない。上を見上げて自分の戻るべき所を見つめている。

出久は消えていく彼にやんわりと微笑んだ。言葉をかけるべきなのかもしれない。かけたい言葉は幾つもあった。でも言うのをやめた。それは野暮というものだろう。

爆豪は退去していく。もう二度とここに来る事はない。その身を光の粒子に変えながら、目覚めたヒーローは還っていく。

身体の大半が消えた彼は最後だけこちらを向いた。太々しい笑みをその口に浮かべて一言だけ告げる。

 

「次はオレが勝つ」

 

出久はその言葉に力強く頷いた。同じく一言だけ思いを返す。

 

「負けないよ」

 

その返答を聞いた彼は、この世界から今度こそ姿を消した。

残されたのは出久と切歌の二人だけ。

二人は身を寄せて彼の消えていった空を見上げ続けた。

 

 

自身の最大戦力はやられてしまい、頭痛は収まるどころか激しさを増していく。頭が割れそうだ。これ以上何にも喚び出す事は出来ないだろう。

こんな所で自分の復讐は終着点なのだろうか。信じたくなかった。

痛む頭を押さえて崩れ落ちる。

 

「観念しろ、夢原とやら」

 

頭上から振り下ろされる言葉と剣は無慈悲に彼の動きを制限する。鋒が顔の横に添えられていた。

そんな事は認められないと僅かに手を動かそうとすると、銃弾が目の前の地面に穴を開けた。

 

「余計な動きをするんじゃねぇ」

 

目だけを上にあげると赤い少女が構えるリボルバーがピタリと自分を捕らえていた。

 

「遅れました!」

「動かないで」

 

自分の後ろから何かが落ちて来る音がする。三つの着地音は着実に自分を包囲していた。

 

「本部までご同行願うわ」

 

嫌だ。

こんな所で止まるわけにはいかない。

僕はまだ、自分の復讐を果たしていない。

 

「あ、ああぁぁぁぁぁ・・・」

 

声にならない声を出しながら急に顔を動かしたせいで頬が僅かに斬れた。そんなものから痛みは感じない。頭蓋骨を砕かれ続ける痛みに抗いながら、最後の力でノイズを生み出した。自分の包み込む様に展開されたノイズ達は四方に散らばる。

目からは涙を、口からは涎を撒き散らしながら這い蹲る。消えそうになる意識を押し留めて、活路を開くためにノイズをけしかけた。

だがたかだが十体程度のそれらは五人の装者にとって敵となるはずもなく、瞬殺の二文字が相応しい速度で処理されてしまう。

眼前に十体分の炭が舞う。それを眺める事しか出来ない自分に失望さえ覚える。

自分の目標を殺す為の五人の死神がそれぞれの処刑道具を手に迫って来ていた。

 

その時。

パチパチパチ、と拍手の音が鳴り響く。

 

「まさかここまでやるとは。オールマイトも良い教育をしていたものだ」

 

その声は、全てが終わったはずの戦場に帰ってきた。




いつもより、少しだけ長くなりました。

ご感想などありましたらお気軽にお声掛けください。
なお感想欄だからこそ話している事柄もありますので、お読み頂くと本作をもう少し楽しめると思います。
非ログイン状態でも書き込める設定となっていますので、一言だけでも頂けると励みになります。(ちゃんと反映されていると良いのですが・・・)

もう少しで完結できるかと思います。

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