僕のヒーローシンフォギア   作:露海ろみ

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七十九話目となります。


79.夜明け前を手に入れて笑おう

「緑谷! おい、緑谷!」

「誰か先生方に連絡を・・・いや、俺が行ってくる!」

「緑谷! しっかりしろ!」

 

身体が揺さぶられていた。

ひどく懐かしい声がする。よく聞き知った声。自分の周りに何人もの人がいるのを感じた。

目を開けるとそこは自分が暮らしていた寮のエントランス。一番近いのは切島 鋭児郎の顔。どうやら彼に抱き起こされている様だった。

 

「緑谷!」

 

目を開いた自分を見た切島の顔が笑顔に変わる。視線を回すとクラスメイト達の顔がそれぞれに映った。誰も彼も心配そうにこちらを見ていた。

 

「僕は・・・」

「お前どこ行ってたんだよ!」

 

涙目になりながら切島は出久に叫ぶ。近くで大きな声を出されてびっくりしたが、それだけ彼が自分を心配してくれていたのがわかった。それを皮切りにクラスメイト達が口々に語りかけてくる。

 

ほんとに何処に行っていたんだ?

大丈夫なの?

傷だらけじゃないか!

誰かリカバリーガールを呼んでこい!

 

声を聞きながら出久は目を閉じた。

 

『あぁ・・・そうか。僕は戻ってきたんだ』

 

これはつまりオール・フォー・ワンを倒せたという事なのだろう。

そしてつまり元の世界へ帰ってこれたという事なのだろう。

それはつまり・・・大好きな、最後まで一緒に戦ってくれた愛しい彼女ともう二度と会えないという事なのだろう。

 

「・・・切歌ちゃん」

 

彼女の名を誰にも聞こえない小さな声で呟く。

そこまで思い当たった出久は涙を流した。

あいつに、オール・フォー・ワンに二人で拳を届けた。

その身が消え去るのをこの目で見た。

夢原をオール・フォー・ワンから救け出したのを確認した。

自分にあるのはその瞬間の記憶までだ。

 

別れの言葉一つ、伝えられなかった。

 

「あ、ああぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

喉から搾り出される音。

わかっていた。

理解していたはずだった。

覚悟はしていたはずだった。

それなのに。

 

切歌ちゃんともう会えない。

 

事実が耐え切れない程に出久を掻き毟る。自分は帰りたかった世界に戻って来た。本来ならば喜ぶべき事のはずである。

でもその現実を突きつけられた出久は彼女を貪欲なまでに欲していた。

彼女の顔が、彼女の声がもう見聞き出来ない。

その定まった残酷な現実が出久を蝕んだ。

 

「おい、緑谷! しっかりしろ、緑谷ァ!」

 

級友達の声を聞きながら、現実から目を背ける様に出久はその意識を落とした。

 

 

クラスメイトによって保健室に運ばれた出久はリカバリーガールによる治療を受けて、ベッドに寝かされていた。

 

『今までで一番、身体中ボロボロだったよ。何処でこんな無茶してきたのか・・・』

 

苦言を伝えてくるリカバリーガールの言葉は全くといっていいほどに響いてこなかった。胸を占めるのは喪失感。失ってしまった最愛の女性の事。眠れぬ日を続ける。

そうして、この世界に帰ってきて三日が過ぎた頃。

 

彼がやって来た。

 

「緑谷少年。起きているかい?」

 

ベッドを包んでいたカーテンが遠慮がちに開けられる。そこにいたのはガイコツの様な風貌の男性。彼は眉を寄せてこちらを見下ろしていた。

出久の名を呼んだ後、オールマイトは何も言わなかった。横になる出久を見下ろしていた。やがて近くに備え付けられた椅子に座り込む。

出久は願っていた師との再会に心が踊らなかった。ただ『あぁ、オールマイトだ』とぼんやりとその顔を眺める。

そこから暫くの間二人は無言の時を過ごす。時間にしたらそんなに長くは無かったかもしれない。でも二人にはとても長い時間に感じられた。

 

「心配したよ」

 

搾り出されたオールマイトの一言。それを言うだけで精一杯といった彼は出久の左手を握りながら告げられた。僅かに震えているのを出久は感じる。

 

「いきなり君がいなくなって・・・ヴィラン連合に連れ去られたのではないかと。若しくは私がかつて倒したヴィランに報復として連れて行かれたのではないかと」

 

顔を伏せたまま自分の手に体温を伝えてくる師は今この場に戻って来てくれた出久に感謝を伝えている。ポタリと床に涙が落ちて弾けた。

 

「よかった・・・本当によかった。おかえり、緑谷少年」

「ただいま、オールマイト」

 

師へ帰還の言葉を返した出久はゆっくりと笑みを浮かべるとその手を握り返した。

 

「生きていてくれて、ありがとう」

 

初めて見るオールマイトが号泣するシーン。彼の大ファンとしてとても貴重なものを見たという反面、それを自分が意図せずとも引き起こしてしまった事実に胸が痛む。思わず謝罪の言葉が口から出ていた。

 

「御心配をおかけしました」

「いいんだ。君が無事ならそれでいい」

 

出久の左手はいつの間にかオールマイトの両手に包まれていた。温かいその手は彼の心に広がっていく。いつの間にやら出久も泣いていた。師と弟子、そして男同士、なりふり構わず涙を流す。

泣きながら出久は思う。帰るべき場所があるというのは本当に素晴らしい事なのだろう。今そこに、自分は戻ってこられたのだ。

師の涙の熱さを感じた出久はここでやっと『戻ってこれて良かった』と感じた。

 

 

翌日にはクラスメイト達がお見舞いに来てくれた。彼等は遠慮というものを知らない。勿論、良い意味でだ。

変わらない日常に帰ってきた。それを実感出来る彼等との会話は出久に安堵感を与えてくれる。

 

「本当にどうしたのかと思ったぞ」

「心配かけてごめん。飯田君」

「身体は大丈夫?」

 

心配気な表情の口田にも感謝の言葉と笑顔で返す。

彼等は不在の期間何があったのかを口々に問いただす。質問攻めにあった出久は観念して自分の体験した事を語り出した。

 

「えっと。端的に言えば・・・別の世界に行って、そこで戦う人達に協力してもらってオール・フォー・ワンを倒してきたんだけど」

 

出久なりに一ヶ月程の体験を出来るだけ最短に圧縮してみた。なかなかよく纏まっていると思う。

しかしそれを聞いた彼等は押し黙る。保健室に静寂が訪れた。だがそれは一瞬だけだった。

 

「「「「はぁぁぁぁぁ⁉︎」」」」

 

「お前何言ってんの?」とも言える叫びが部屋に響き渡った。

それは別世界に関してなのか、はたまた最悪のヴィランの名に関するのか。

出久にはそれがどちらかはわからなかったが、驚きの顔をする彼等に苦笑する。

 

「別世界って・・・どういうことだ! あ、これ見舞いのレアチーズケーキな」

「最高級のクリームチーズ、用意させてもらったよ!」

 

砂藤はベッドに迫る勢いでやってくる。彼にしては珍しい行動だ。青山もポーズをとりながらウインクを投げかけてきた。

差し出された小さな箱を受け取りながら出久は答える。

 

「ありがとう。言葉の通りだよ。この一月、僕は違う世界で暮らしてたんだ」

 

その言葉にクラスメイトは目を見開く。次に質問を投げかけたのは耳郎だった。

 

「その世界にもウチらみたいなヒーローがいるの?」

「ううん。その世界ではヒーローはいなかった。けど特別な災害から人を守る人たちが居たんだ」

「ヒーローが居ないのに人を守れるの?」

 

目の前で雄英の女子制服が宙を動き回る。葉隠の個性『透明化』は久々に見るとインパクトがあった。

出久の暮らす世界にとってヒーローは居て当たり前の存在だ。

でもあの世界にいたのはノイズと戦う装者達。通常兵器の通じないノイズと命懸けで戦うシンフォギアを纏う彼女らに一人のヒーローとして出久は敬意を払う。

 

「『シンフォギア』って言うんだけど。歌の力で聖遺物の力を増幅させて、鎧みたいに変化させるんだ。その力だけがノイズっていう人々に害なす存在と戦う事が出来るんだって」

 

自身が受けた説明をそのまま口にしたが級友達はピンとこない様子で首を傾げていた。

 

「それは『歌で鎧を造る』という個性なのですか?」

 

同じ創造系の個性なのかと八百万は質問をする。

 

「個性じゃなくて人が作ったシステムらしいんだ。でも作った人はもういなくなってしまっているから殆どブラックボックスになっているんだって」

「まぁ!」

 

クラス一の才女でも理解が追いついていない様子だ。

懐かしい。当時の自分も同じ様な反応をした。

 

「その人達に助けてもらった。行く宛のない僕はS.O.N.G.っていう国連組織の人に住む場所とかを用意してもらって・・・」

 

そのまま話は出久の体験した一ヶ月を時系列ごとに話し進めていく。

平和な日常から、ノイズと共に戦った装者との話。端末に保存された写真を見せながら、仲間を一人一人紹介する。

出会ったのが美少女だらけなことに関して峰田が血涙を流しながら唇を噛んでいる。

 

「うらやまけしからん・・・」

 

瀬呂や尾白もマリアや翼の写真に対して思うところがあるらしく。

 

「おっ! 綺麗なお姉さんだな」

「格好いい人だ・・・」

 

などと反応していた。尾白の顔が少しだけ赤くなっている。

そして切歌と調の写真が映った時に息を飲む音がする。その反応は麗日からだった。

 

「え・・・その子達・・・」

「ケロ。お茶子ちゃん、どうしたの?」

「な、なんでもない」

 

別世界の爆豪や轟の話になると当事者の二人は食い入る様に聞き入っていた。無論、色々と話は伏せる。大勢の前で彼らの凶行を話したくはなかった。あくまでも操られていたという体にしておく。

轟は静かに聞いていたが、もう一人は出久に掴みかかるとガクガクとその身を揺する。

 

「か、かっちゃん、お、おお落ち着いて・・・」

「おいコラ、どういう事だ!」

「待て待て待て」

 

切島と上鳴が彼をなんとか引き離そうとするが自分がヴィランになっていたという事実が許せないらしい。二人を振り切ろうとする爆豪を常闇が黒影(ダークシャドウ)を呼び出して拘束する。

 

「落ち着け、爆豪」

「離しやがれ、糞影野郎!」

 

そんな暴れる彼を出久は静かに見つめた。目を逸らさずにじっ、とその瞳を見つめ続ける。その目から言いたい事を感じ取ってくれた彼は周りには聞こえない声量で耳打ちしてくる。

 

「後で話せ」

 

乱暴に襟から手を離した爆豪は悪態を吐きながら壁に寄りかかると目を閉じた。ある意味いつも通りの爆豪ムーブ。出久はその目を轟にも向ける。彼も小さく頷いた。

 

「それでそれで?」

 

話好きな芦戸が続きを促してくる。他の者も興味津々といった顔を並べていた。

出久は別世界での大冒険を語り続ける。

そのあまりの内容に普段表情を崩さない障子も腕を組み、驚いた顔で聞きいる。

 

「なかなかすごい体験をしてきたんだな・・・」

 

その中でいつの間にか胸に揺れるネックレスを掴んでいる事を出久は気がついていなかった。

 

 

夕方。クラスメイト達は帰り、誰も居なくなった部屋に一人でいるとノックの音が響く。それに重なる様に僅かに遠慮する声がドア越しに聞こえた。

 

「今いいか?」

 

ドアを開けたのは轟 焦凍。後ろには爆豪を伴っていた。二人はどこか神妙な面持ちで側の椅子に腰掛ける。わざわざ呼び立てる形になってしまった事を出久は詫びた。

 

「構わない。お前が会った俺達の話、本当は何かあるんだろ」

「ちゃんと話しやがれ」

「うん・・・」

 

二人には本当の事を話した。

別世界の爆豪がオールマイトの死によって歪み、復讐の鬼となってしまった事。

別世界の轟が実父を殺し、自らヒーロー殺しを行うヴィランに堕ちた事。

彼等から聞いた事をそのまま自分の知る二人に伝える。彼等は出久の話に口を挟まなかった。真っ先に激昂すると思っていた爆豪が静かに聞いている様に出久は内心少しだけ驚く。

そして全てを話し終えると長い沈黙が部屋にやって来る。それを破ったのは爆豪 勝己だった。

 

「つまりあれはそういう事か」

 

吐き捨てるみたいに言うと席を立ち、部屋を後にする。別に出久を責めるわけでも問うてる訳でもなかった。ただ一言言い残し、彼はいなくなる。その後鈍い音と部屋を震わす振動が感じられた。

残された轟は暫しの間俯いていたが、やがて顔を上げると出久に質問する。

 

「なぁ、別の世界の俺はお前から見てどんな感じだった?」

 

その質問は伏し目がちに、そして若干の不安を持って投げかけられる。組んだその手が僅かに震えていた。それを確認しながらも出久は馬鹿正直に自分の見た轟 焦凍を語り出した。

 

「あの轟君はどこか悲しい存在に見えた。自分の過去を正当化しようと躍起になっていたとも言えるかな・・・。でもエンデヴァーを殺害してヴィランとなってはいたけど、根本には『君』が確かにいた。もし本当にそうだったとしたらもっと他に打てる手があるはずなのにしなかったんだ。そして・・・」

「最後はお前と一騎打ちして、負けた」

 

言葉を繋げた轟は出久と目を合わせずに呟く。彼の言葉に感情はなかった。ただ事実を確認しているという彼らしい冷静な分析。

そして導き出された一言は出久をおどろかせた。

 

「お前、相変わらず無茶苦茶だな」

 

その言葉は以前聞いた異世界の轟が放ったものと同様のもの。

やはり彼は君で、君は彼なのだ。

それを実感できた一言は出久の顔を綻ばせる。

 

「その言葉、別世界の轟君も言ってたよ」

「・・・そうか」

 

応え笑う轟は満足そうに頷き、部屋を出て行こうとする。その寸前、立ち止まると背中を向けたままこう言った。

 

「『俺』はヒーローになるぞ」

「僕もだよ」

 

肩を並べ合う二人の有精卵は再度、自分達の目標を口にする。顔だけこちらに向けた轟は珍しくニッ、と笑う。

そしてふと思い出した様に先程から気になっていた事を質問した。

 

「そういえば、お前そんなのしてたか?」

 

胸の辺りをトントンと突きながら不思議そうな顔で言ってくる彼に出久はネックレスの事だと思い当たり、流れで自然に答えてしまった。

 

「これは僕の彼女からもらったんだ」

「なるほ・・・なんだと?」

 

部屋を出ようとしていた彼は反転して出久のそばまで戻ってくると目を白黒させている。

 

「今お前『彼女』って言ったか⁉︎」

「あ・・・」

 

出久はそこで口に手を当て自らの失言に気がついた。その反応から先程の言葉が友人を指すものの方では無い事を確信した轟はなんとも言えない顔になる。

 

「お前も男だったんだな、緑谷」

「あ、あはは・・・」

「いや、結構驚いたぞ」

 

帰ろうとした轟は椅子に座り直す。

 

「・・・で。どんな子なんだ?」

「え?」

「お前が好きになったやつだよ」

 

観念した出久はS.O.N.G.の端末を取り出すと一枚の画像を表示させた。

あの世界で初めて遊びに出掛けた日に撮った写真。

食べ放題の店のテーブルでみんなで撮った一枚。

映る少女達の中から、一際笑顔が素敵な彼女を指差すと出久の顔が笑顔に包まれる。

 

「この子、暁 切歌ちゃん。僕が好きになった・・・ううん、僕の大好きな人」

「ちょっとアホっぽいな」

「そんな事ないよ!」

「すまん」

 

出久が普段しない咎める様な口調に謝る轟は内心『本当に変わるんだな』と思ったが口にはしない。

恋は人を変えると言う。

目の前のクラスメイトが轟には別人に見えた。知っている同じ緑谷 出久のはずだが、やはり違う。人として成長している。そんな気がした。

だが彼の表情が曇る。

 

「でも、もう会えないんだ」

「・・・緑谷?」

「別の世界だから、当然だよね」

 

ネックレスを両手で抱きしめながら、まるで最愛の人を抱きしめるみたいに。

出久の目に涙が溜まっていく。やがて零れ落ちる滴がシーツに染みをいくつも作る。

轟が見守る中、出久は遂に本心を吐露した。

 

「切歌ちゃんに会いたい・・・。もっともっと話したい事があったのに、もう・・・もう僕は彼女と・・・」

 

彼女の言葉が蘇る。

鮮やかにも現れていく。

大好きな切歌の笑顔が胸を埋め尽くしていく。

それが涙として溢れ出しているみたいだった。

止まらない、止めどないそれは止まる気配が無い。

だってもう胸の歌が聞こえないのだ。

あの世界で確かに聞こえた、その世界にいるという証明だった『胸の歌』はもう僕の中で誰も歌っていない。

独りが怖い僕は、涙を流すしかなかった。

 

そんなひたすらに一人の女性を想い、泣き続ける異世界を救ってきたヒーローに轟 焦凍は声をかける。

 

「・・・なぁ緑谷。世界の総人口がどれくらいか知っているか?」

 

返答は無い。でも轟は言葉を止めない。

 

「約七十億人だ。この世界にはそれだけの人が生きている。この中で個性に目覚めているのは八割と言われている。この意味がわかるか? 単純な計算で五十六億人の人間が個性を持っている。その中には『異世界に渡る個性』を持っているやつが一人くらいいてもおかしくはないだろ」

 

出久の嗚咽が、ゆっくりとおさまっていく。

 

「諦めるな」

 

言葉に泣き腫らした顔を上げると出久の前にはヒーローの顔。

 

「お前は誰かを救けるヒーローだ。でもヒーローが救けられちゃいけないわけじゃねぇ。誰かはお前を救けてくれるヒーローなんだ」

「轟君・・・」

「俺も手伝う。だから、そんなに泣くな」

「轟、君・・・」

 

その言葉をもらっても涙は止まらない。

でも想う涙から、感謝の涙へと意味が変わる。滂沱の雨は止まない。暫くの間、降り続けた。

 

 

そうして。

出久がクラスに復帰して一ヶ月が経った。

その特殊な事情から不在の間の件はその期間の詳細なレポートを提出し、校長以下教師陣からの尋問(という名の質問会)を受ける事で埋め合わせる事で落ち着き、出久の日常は戻ってくる。

S.O.N.G.の制服はクローゼットに仕舞われていた。元の制服や携帯、ヒーロースーツはあの世界に置いてきてしまったので新調する必要があり、その関係から母には心配をかけないために若干の嘘をついた。曰く『遠征中に色々やらかしてしまい、壊してしまった』と。

・・・もし一月も行方不明だった事実を告げたら卒倒では済まないだろう。その点では雄英が事実を伏せていてくれた事に感謝をする。

 

出久は目を覚ます。そこは見知った寮の自室。見知った天井を見上げると、身体を起こす。

机の上に目をやると置かれたS.O.N.G.の携帯端末は画面を暗くしていたが確かに有る。端末、仕舞われた制服、そして切歌からのネックレスだけが自分が別世界にいた証明だった。

手早く制服に着替えてネックレスをつける。Xのモチーフが胸の前で揺れた。

彼女の顔が頭を過ぎる。

鏡の前で変な所が無いかを再確認すると、朝食当番をこなす為に部屋を出ようとした。

 

その時。

携帯のバイブ音がする。

 

思わずポケットの新しいスマホを取り出すが、画面に着信は無い。

確かに音がしたはず。でも表示はない。

・・・いや違う。今のバイブレーションはポケットからでは無かった。硬いものに乗った時にする音だ。

出久は思わず卓上の端末を手に取る。S.O.N.G.の端末は半月前にバッテリーが切れて、もはや置物と化していた。この世界で受信出来るものはない。

 

「まさか、ね」

 

自嘲気味に笑い、そっと端末を元の位置に置くと気のせいだったと自分に言い聞かせて部屋を出た。

階段を降りながら今日の朝食の献立を立てる。

 

「ご飯は炊いてあるし、確か鮭があったからそれを焼いて・・・となると和食か。轟君が喜びそうだな」

 

降り終えると、女子棟の方からも階段を降りる音がする。今日の当番は梅雨ちゃんの筈だ。

 

「おはよう! あす・・・っゆちゃん」

 

相変わらず彼女を苗字呼ぶ癖が抜けない。彼女からは名前で呼んでほしいと言われているのにだ。級友となって数ヶ月経つのに未だにやらかしてしまう。

誤魔化しながら、笑いながら階段に顔を向ける。降りてくる級友に顔を向ける。

 

 

そして・・・出久の時は動き出す。

 

 

階段を降りてきたのは蛙吹 梅雨ではなかった。階段を降りてきたのは制服は制服でもS.O.N.G.制服を着た少女。金髪に出久の良く知った髪飾りを付けた少女が目の前にいた。

 

最初は夢だと思った。

 

彼女がここに居るわけが無い。

だって、彼女の世界と僕の世界は繋がっていない筈だ。

それでも彼女がここにいた。

茫然とその顔を凝視する。

彼女も同じく見つめ返す。

 

「デク・・・君、デスか?」

 

声を震わせながら確かめる声が耳に届く。出久は決して聴き間違えるはずがない。だって大好きな彼女の声なのだから。当たり前の問いかけにコクリと頷く。その瞬間、その大きな目を見開いた彼女は出久に飛びついた。

 

「デク君!!」

 

次に来たのはその身への衝撃。彼女の身体が自身にぶつかっている。違う。その両腕で抱きしめられているのだ。

声では無い。歌だ。彼女から届くのは切なる歌だ。

子供みたいな音をあげながらもう離さないと抱きしめるその腕から彼女を感じる。

そうしてようやく。出久は彼女の存在を実感出来た。

背に回された腕は自分の背中に爪を立てて食い込む。それは彼女がここにいる事を証明する。痛みはない。でもその突き立てられる指の強さがそのまま彼女の想いだった。

声にならぬ声をその喉から発しながら、暁 切歌は緑谷 出久を抱きしめる。

そんな暁 切歌を緑谷 出久はゆっくりと抱きしめ返した。

その存在を全身で確かめる。

 

「うん・・・うん!」

「デク君・・・デク君!」

「切歌ちゃんッ!」

 

彼女の名を呼ぶ。大好きな、愛しの彼女の名を叫ぶ。

この腕は離さない、絶対に離してたまるものか!

 

「逢いたかったデスよ・・・」

「僕もだ!」

 

互いの存在を確かめ合う。回す腕から伝え合う想いは何者にも邪魔させない!

思えば大きな声を出した。この声で起きてくる級友がいるかもしれない。実際、頭上から幾つものドアの開く音と階段を降りる音が聞こえてくる。

 

それでも。そんな事は知った事か!

 

それを聞きながら出久は切歌の目を見つめ返す。潤む目をする彼女に自分の想いを、堪え切れない想いを歌う。

 

「好きだ・・・君を、愛してる!」

 

ロビーに響き渡る愛の為の愛の歌。

単純明快なその歌詞を聞いた切歌は泣き笑って歌い返した。

 

「わたしもおんなじデスよ」

 

自然と顔が近づいていく。二人の唇が触れそうになった時。

 

「じー」

「・・・あの、だから私たちもいるのだけれど」

 

その遠慮がちな声に驚き、慌てて背筋を伸ばす出久の目線は半眼で眺めてくる調と顔を赤くしたマリアを捉える。

 

「じょ、情熱的ね!」

「じー」

 

今度は二人が顔を真っ赤にする番だった。その身はわたわたと離れるが、手だけはしっかりと繋いでいる。

その頃になると出久のクラスメイトもロビーにやって来た。

 

「何かあったのか、緑谷?」

「って、うおッ! なんか知らない人がいるぞ⁉︎」

「誰?」

「あ!この間見せてもらった写真の人じゃない?」

「ホントや・・・」

 

いつの間にやらロビーには1-Aの全員が揃っていた。騒がしくなるその中で一際不機嫌な顔をした少年を見つけた切歌が叫ぶ。

 

「ばくごーがいるデス!」

「俺の事を呼び捨てにしてんじゃねぇぞ! つか誰だてめぇ!」

「およよ?」

「切歌ちゃん。あのかっちゃんとは別人なんだよ」

「じゃあこっちが本物なのデスか?」

「女ぁ・・・殺されてぇのか⁉︎」

 

切歌の発言に業を煮やした爆豪が飛びかかるために姿勢を低く構えた瞬間、出久が切歌の前に進み出た。

そして静かに告げる。

 

「かっちゃん、気を悪くしたなら本当にごめん。でも・・・切歌ちゃんに手を出すなら、君でも許さない」

 

愛する人に向けられた敵意に出久の瞳が炎を宿す。爆豪をはじめとしたクラスメイトの全員がこれまで見た事のない出久の瞳の色。

それを向けられた爆豪が一番困惑していた。

出久はそれ以上語らない。ただ爆豪を見つめ返すだけだ。

爆豪は舌打ちしながら戦意を解いた。決して気圧された訳ではない。今の彼と戦うのはかなり面倒くさい事になると思っただけである。

一触即発の空気が霧散し、場の空気が弛緩する。

出久のその対応から感の良い何名かはその意味を察していた。その一人である芦戸は思わず麗日の方を振り向く。彼女は麗日の密かな恋心を知る数少ない一人であり、それを応援していた。だがその先には目から光を失った麗日が口を一文字にして、想い人を見つめて続けている。そのなんと悲しげな事か。

芦戸は何も言わずに彼女の手を握った。

 

「緑谷ぁ・・・お前、その子のなんなんだよぉ・・・」

 

・・・何処にでも空気の読めない、またはタイミングの悪い者はいる。今回はそれが峰田だった。彼は嫉妬の炎を滾らせると二人に詰め寄ってきた。血走る目で信じたくはない、と質問を続けた。

 

「ま、まさか・・・」

「わたしは!」

 

峰田の問いに答えたのは出久ではなく切歌だ。彼女は出久の手をもう一度握ると、目の前の人々へ宣言する。

それは彼女から出久への独占宣言。

 

「デク君の彼女なのデス!」

 

その一言でハイツアライアンスは盛大に揺れた。

その声はあまりに大きく、担任の相澤を無事に召喚する。相澤は見知らぬ三人を雄英への侵入者として捕縛布にて即座に拘束、連行する。その手際は装者に聖詠を歌う隙さえ許さない、現役ヒーローとして素晴らしい手際だった。

 

そして三人に追いすがる出久を『重要参考人』として同様に拘束すると四人は仲良く教員室へ連れて行かれてしまう。

 

その道中、二人は会話を交わす。

 

「とほほデス・・・」

「大丈夫だよ。先生ならちゃんと話をすればわかってくれるよ」

「それならいいんデスけど」

「・・・ねぇ、切歌ちゃん」

「なんデスか?」

「来てくれて、ありがとう」

「・・・わたしが逢いたかったんデス」

「・・・僕もだよ」

 

彼女の胸元にはギアペンダントが揺れる。そこには他の装者のものには付いていない光がある。チェーンに絡められたリングが登り始めた太陽の光を反射して煌めいていた。

それを見た出久は弦十郎に感謝する。あの時のお願いは聞いてもらえていたようだ。

 

「それ、サイズ合ってた?」

「ぴったりで驚いたデスよ」

「よかった」

「デク君のも持ってきたのデス!」

「・・・ありがと」

「あなたからの、プレゼントデスから」

「先にプレゼントをしてくれたのは君だよ?」

「でもお揃いにしたかったデスから・・・」

 

そこまで言った切歌は熱を帯びた視線で出久を見つめ、言った。

 

「大好きデス、デク君」

「大好きだよ、切歌ちゃん」

 

二人は愛を伝え合う。

そのやりとりを見ていた相澤、マリア、調はその熱に当てられたように視線を泳がせた。この二人、自分達が側にいる事を忘れているに違いない。

出久と切歌は笑顔で互いという夜明けを手に入れていた。

 

 

 

僕達はきっといつか遠く離れた太陽にすら手が届く。

二人なら手を繋いでどこまでも走っていけるはずだ。

そうやって目を腫らした君が二度と悲しまない様に笑える、そんなヒーローになる為の歌を歌おう。

さぁ掲げよう、正義の印を。

未来は君と盗み描く、捻りのないストーリーなのだから。

 

そして。

夜明け前を手に入れて、二人で笑おう。




これにて『僕のヒーローシンフォギア』本編は完結となります。
七十九話に渡り、一年近くに渡り、連載してきた今作は一応の結末を迎えさせていただくつもりです。

私自身が読みたいが為に書いてきた話は気がつけば多くの方々にお読み頂き、幾つもの御感想を貰えるものとなっていました。
その一つ一つにお答えする時間が私にとっての至福の時間であり、続きを描く原動力でした。
不思議な話ですね。自分の為の話がいつの間にやら、皆様に支えて頂いていたものとなっていたのですから・・・。

完結は致しますが、続きは投稿していくつもりです。
まだまだ描きたい一幕が残っていて、描かなくてはならないものが多々残っているのですから。今後は『後日談』や『幕間』といった形でのお話を書いていきたいと考えています。

私事になりますが、今作は私にとって『初めて完結させられた作品』となりました。今まで数多の話を思いついて来ましたが、最後まで描き切れたのはこれが初めてでございます。
その事実が堪らなく嬉しく、誇らしい。

お読み頂きました皆様に、心から感謝を。
そして今後とも宜しくお願い致します。
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