僕のヒーローシンフォギア   作:露海ろみ

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ご要望を頂いた番外編です。

もともと書く予定ではいたお話です。
要望を頂いたという事は「読者さん。書くのって、今さ!」と思い筆をとりました。

並行世界の轟君の、その後のお話となります。


4.轟 焦凍は自首をする

目を開くと見慣れたベッドの上。

思えば手酷くやられたものだ。身体は出久にやられてボロボロで腕一つ動かすだけで激痛が走る状態だった。起き上がるのを諦めて天井を眺める。お世辞にも綺麗とは言えないアジトは彼が今指揮をとるヴィラングループが所有する廃ビルの一室である。

割れた窓からこの数年変わらない景色が見えた。

 

「・・・綺麗だな」

 

ショートは初めてそこから見えるそれに感想を持った。ついさっきまでここから見える街並みは灰色にしか映っておらず、ただ壊すべき物だと信じていた。

だが今は違う。

会いに行きたい奴がいる。

 

「その前にリーダーとしてやる事はやらねぇとな」

 

彼は何とか立ち上がると自室を後にした。

自分についてきた彼らを逃がすために。

 

 

市街をパトロールしていた緑谷 出久に事務所のサイドキックから連絡が入る。ヴィラン『ショート』が現れたという一報だ。

その場所は街外れの交番だという。その報に空中で方向転換し、彼はその場所に飛びだした。

空を飛ぶ出久。その中もサイドキックからの報告は止まらない。ヴィランは暴れるでもなく、自分の事を呼んで欲しいと言っているらしい。

 

『轟君・・・』

 

実父を殺害してヴィランになった彼。あの日、殺したエンデヴァーの亡骸を憎しみに満ちた目で見下ろす彼の姿は忘れられない。

その後、新たなヒーロー殺しとして活動を始めた彼を止めるべく、仲間達と共に戦ってきた。

互いを傷つけながら幾度も幾度も戦った日々。

でも出久は一つだけの事を信じて戦っていたのだ。

それでも今日もまたあの強大な彼と戦うことになるかもしれないと、出久は拳を握りながら彼の待つ場所へ飛んだ。

 

 

そこは小さな交番だった。

出久はその手前に着地するとゆっくりと進む。いつ何時、攻撃が来てもいいように警戒しながら。その足はすぐに入り口に辿り着いた。

 

「・・・ッ!」

 

意を決して中に入るとそこに広がっていたのは思いもよらない光景だった。

 

「あぁ、君のお父さんにはヴィランに襲われた時に救けてもらった事があった。あっという間に倒してしまって驚いたものさ」

「えぇ。父は、最低な奴でしたけどヒーローとしてはその仕事を全うしていたのだと思います」

「・・・君の事はニュースになったからよく知っているよ。君の昔の話も、だけどね」

「そうですか・・・」

 

そこにはのんびりお茶を飲みながら話すショートと老警察官がいた。出久はその現状に動きを止める。

 

「あのエンデヴァーが自分の妻子に酷い事をしていたなんて信じたくはなかったけれどね。でも君がこうしてヴィランになってしまった。それが何よりの証拠なのかもしれないね」

「はい。・・・ん?」

 

静かに語り合う二人。

一人が漸く入ってきた若いヒーローに気がついたようだ。

あまりに場違いな光景に出久の言葉が震える。

 

「轟・・・君?」

「・・・よう、『緑谷』」

「⁉︎」

 

いつもなら『デク』と呼んでいたはずの彼は出久の事を学生時代の頃の様に呼んだ。その事実に吃驚して言葉が出ない。

 

「すまねぇな、わざわざ呼び出しちまって」

「それはいいんだけど・・・でも、一体何が?」

 

混乱してそんなことしか言えない出久の前に歩み出るショートはその両手を彼の前に差し出す。

 

「緑谷、俺は自首をしたい。そして願わくば二つだけ我儘を聞いて欲しいんだ」

 

 

世間を騒がせたヴィラン『ショート』の逮捕は大きな衝撃を巷に響かせた。マスコミはここぞとばかりに手柄を挙げたヒーロー『デク』を持ち上げ、同じくらいにヴィラン『ショート』の今までの悪行を書き連ねる。

彼がかのNo.1ヒーロー『エンデヴァー』の息子でありながらヴィラン堕ちした事を面白おかしく報道する様を見た出久はテレビを消した。

 

「おいデク! てめぇ、調子に乗んじゃねぇぞ!」

「かっちゃん・・・」

 

事務所で管を巻く彼、爆豪 勝己はソファに踏ん反り返り、その脚は下品にもローテーブルに乗せられている。彼のサイドキックを努めるヒーローが鋭い視線を送る。良いとこ育ちの彼女は爆豪の事を尊敬してはいるが、彼の粗暴な行動に対してとても厳しい。

 

「あのクソ野郎が自分から自首したからって、罠の可能性があるだろ。甘ぇんだよ」

「そうかもしれないね。でも・・・」

「でもも案山子もねぇんだよ!」

 

破らんばかりにテーブルに脚を叩きつけた彼の頭にサイドキックのボードによる一撃が入った。

 

「痛ぇな、このクソ女ァ!」

「いい加減にしてください! それ壊したら何個目だと思ってるんですか!」

「知るか!」

 

最近よく見られる光景に微笑んだ出久は立ち上がるとかけられていた上着を羽織った。

 

「・・・どこ行くんだよ、お前」

「轟君の所に、さ」

「話は終わってませんよ、爆豪さん!」

 

背後から聞こえる言い合いを背に、言い残した出久は事務所を出て行った。

 

 

有名な霊園に二人の青年の姿がある。

一人は轟 焦凍。彼は膝をつき、手にした花を墓石に供えていた。その両の手には対ヴィラン用の手錠がされている。

一人は緑谷 出久。黒いスーツ姿の彼は轟の背後に立ち、花を供える友人を見守っている。

 

「個性、使っていいか?」

「うん」

 

ヒーローに許可を貰い、炎を出すと轟は線香に火をつけてそれも墓に手向けた。そして手を合わせる。倣い、出久も手を合わせた。

目を瞑った出久の耳に声がした。

 

「俺は今でも親父を殺した事を後悔してない。あいつは死んで当然の事をしたって今でも思ってる」

 

目を開けると小さな背中が目に入る。出久は彼の背に声を返した。

 

「・・・僕も確かにエンデヴァーはやりすぎだったと思うよ」

「でもそれがあいつを殺していい理由では無かったんだ。他のヒーローを殺してもいい理由にはならなかったんだな」

「・・・だから僕は君を止めたかった」

「そうか・・・」

 

二人は黙り、ただ目の前の墓石を見つめる。そこに眠るのは轟 焦凍の父であり、No.1ヒーローだった男。

轟は今日初めて、彼に花を贈る。

あれ程憎悪したその男に。

しかし彼の顔はどこか晴れやかだった。

 

「轟君。もう一つのお願いのことだけど、やっぱり難しいみたいだ。直接会うのは許可が下りなかった」

「だろうな。そうだと思ってたよ」

「でも手紙を渡す許可はもらってきた。内容に検閲は入ってしまうけど、それでもよかったら・・・」

「それで充分だ。戻ったらすぐに書くよ」

 

顔を合わせずに語る青年達。数年ぶりでもまるで学生時代の様にその意思は通じ合っていた。

出久は足元に置いていた袋を持ち上げる。

 

「ねぇ轟君。エンデヴァーに持ってきたお酒なんだけど、少し一緒に飲まない?」

「お前・・・」

「僕、昔から夢だったんだ。いつか大人になったら、友達とお酒飲んで語り合うのが」

「・・・そうか」

 

出久と轟は地面に座り込むと紙コップに酒を注ぎ合う。もう一つのコップも墓石に供えた。

 

「乾杯」

「あぁ」

 

合わせたそれに音はしない。紙コップなのだから当然だ。でも轟には確かに聞こえた気がした。

一口あおると米の香りが広がっていく。飲み込んだ轟は一息吐き出しながら呟いた。

 

「旨いな」

 

そしてそれを聞いた出久は笑いながら返す。

 

「エンデヴァーが好きだった銘柄なんだって。冬美さんから教えてもらったんだ。やっぱり君はエンデヴァーの子供なんだね」

「親父の好きだった酒、か」

 

手の中の酒を見つめる轟の唯一開いている右目は優しく細まる。出久は彼を見て微笑んだ。

 

「ねぇ轟君。聞きたい事があるんだけど、いいかな」

「なんだ?」

「どうしていきなり自首してくれたの?」

 

あまりにいきなりの心変わり。

これは出久にも未だに信じられない事柄だった。あれ程に自分達と死闘を繰り広げた彼が何故今ここで一緒に酒を飲んでいるのか。それが不思議でならなかった。

目の前で微笑む彼の顔からは険がとれている。まるで呪縛から解き放たれたかの様に。

出久の質問に轟はまた一口酒を飲み込むとゆっくりと答えた。

 

「『もう一人のお前』のおかげさ」

「もう一人の、僕?」

「信じてもらえるかはわからねぇけどな」

 

首を傾げるヒーローに今度はこちらの番と質問を返す元ヴィラン。

 

「じゃあ今度はこっちから質問だ。なんでお前は俺を止めようとしたんだ? 父親を殺し、ヒーローを殺し回った俺を」

「そんなの決まってるじゃないか」

 

「君は僕の大切な仲間だからだよ」

「そうか。ありがとな、緑谷」

 

 

二人の酒盛りはその瓶に残る物が無くなるまで続いた。

でも無くならないものがある。

それがきっと二人の変わらない友情なのだろう。




並行轟君は確かに前に進む力を得ました。
これから彼は自身の行いをその人生を使って背負っていくのでしょう。
そしていつか、再び彼の横に立てる日が来る事を祈っております。

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