お久しぶりです。
後日談パートを開始させて頂きます。
最終話に対しまして、沢山の方からのご感想を頂きました。完結をお褒め頂ける言葉や作品に対して感じた事を書いていただけた皆様の物語を読むのが嬉しくてたまりませんでした。
本当にありがとうございました。
時間はオール・フォー・ワンを倒した瞬間へ戻ります。
出久のいなくなった世界で切歌はどうしていたのでしょうか。
1.もう一度
わたしが繋いだその手は、大好きな彼の手は、今まで知らなかった『男の子』の手でした。傷だらけの、いつも繋ぐ調の手とは全然違うそれはわたしの手を離さないように握りしめてくれています。わたしの中にも居る彼はわたしの隣で一緒に戦っています。
二人でオール・フォー・ワンに突撃をする。
わたしのイガリマと彼のワン・フォー・オール。二つの混じり合った拳はヴィランを倒します。
でも。
あいつが消えていくのと同じ瞬間。
右手の感触が消えていくのデス。
大好きな彼の感覚が消えていったのデスよ。
そして全てが終わった時。
わたしの隣にデク君はいませんでした。
「切ちゃん!」
切歌は調の声を聞いても身を動かさずにいた。拳を放った格好のまま、微動だにしない。集まる装者達は口々に彼女の名を呼んできた。そして姿の見えない彼の名も呼び始める。
「おい、デクはどこいったんだよ」
「デク君! デク君⁉︎」
切歌と夢原だけがいる処で出久の名を呼び続ける彼女達。辺りは着撃の衝撃で更地と化している。そんな見通しの良い場所に声が響く。
でも応える声はない。
ゆっくりと身体を動かす。気を失い、地面に横たわる夢原を救け起こすと立ち上がった。それが今の自分の役割なのだから。
「デク君は・・・」
泣きそうな自分を戒める。
それはダメだ。
だってわたしのヒーローはいつでも笑っていた。
だから自分も笑顔で仲間に伝える。
「デク君はきっと自分の世界に帰れたんデス。ずっと帰りたがっていましたから、良かったデス!」
「切歌・・・」
「いやぁ、流石はヒーローさんデスね。あんな強敵を倒すなんてやっぱり凄いデス!」
「・・・暁」
マリアと翼の言葉を切歌は聞こえていたけれど聞こえていないフリをした。
切歌は一番の笑顔で振り返る。
「さぁ、諸悪のこいつを連行するデスよ!」
意気揚々と夢原を連れて笑顔の切歌は歩き出す。そのあまりの笑顔に五人は言葉が出ない。
誰もが理解していた。
それだから何にも言えなかったのだ。
彼女の右拳は開かれなかった。何かを離さないように、離したくないと握り締め続けていた。
オール・フォー・ワンに取り込まれていた夢原は拘束されて専用の医務室に入れられた。あれから数日経ったが意識は取り戻さない。今日も眠り続けている。
彼の眠るベッドの横には椅子に座った切歌がいた。何も言わずに横になる青年を見つめる。彼が救けたかった青年は無事に日常に帰ってきた。帰すことができた。
でも、彼は自分のところにもういない。
気がつくと右手を握り込んでいる。掌を開くと爪の跡がくっきりと残っていた。力を込めすぎていた様で薄らと血が滲んでいる。
またやってしまった。
無意識にしてしまうのでなかなか傷が治らない。流れ出る血を舐めとると徐々に深くなる傷跡を見えた。じわりと再び血が湧き出てくる。
まるで自分の心の様だった。何度誤魔化そうとも隠しきれない彼への想い。隠そうとすればする程に表面に現れてくる。
それを封じ込める様に手を握る。傷に爪が当たり痛みが走るが構わなかった。
そうでもしないとわたしの心は堪えきれないのだ。
「ここにいたのか、切歌くん」
入ってくるのは赤シャツの大男。その姿にいつも通りの笑顔を創り、応えた。
「司令さん! どうしたデスか?」
「・・・あぁ」
弦十郎は彼女のその応対に目を細める。いや、その姿にもである。
髪は整えきれておらず乱れたままだ。目の下には眠れていないのだろう、くまが出来ている。それにろくに食事も摂っていないのか顔色も悪かった。聞いていた通りの有様の彼女はそれでも笑顔でこちらに微笑みかけてきていた。痛々しいその姿に弦十郎の心が痛む。心配の言葉をまずは飲み込むと、男同士の約束を果たす。
「話があってな」
「なんデスか?」
「緑谷君の事だ」
彼の名が出ると切歌の顔が固まった。表面上は笑顔のままである。でも確かに彼女の中で動きがあった。
弦十郎はそれを確認しつつ続ける。
「君に、彼からの伝言を預かっているんだ」
切歌は彼の部屋の前にいた。
あの後。伝えられた彼からの伝言と弦十郎からの頼み。
『彼の私物を君に引き取ってもらいたい。それと机の中に、君に渡して欲しいと頼まれたものがあるはずだ』
切歌は部屋の扉を開く。その部屋はS.O.N.G.基地の中によくある構造の部屋だった。適度に広い部屋は綺麗に整頓されている。
ベッドは几帳面に整えられ、その側の壁にはシワひとつない彼の学校の制服がかけられていた。机の横に彼の鞄がかけられている。一度中にある教科書を見せてもらったが、勉強の苦手な自分にはちんぷんかんぷんだったのを思い出す。
机の上には丁寧に積まれたままのうたずきんの漫画本。そしてその隣には彼のスマートフォンが置かれていた。手に取り電源ボタンを押すとロック画面に映るのは彼の目指すオールマイトというヒーローの写真。白い歯を見せサムズアップする頼もしい笑顔が切歌を迎えた。
部屋を見渡す。そこにある全ては彼がここにいた証明だ。
「デク君」
寒々しく響く、自らの言葉。この部屋にいるのは自分だけで返答は、無い。それを聞き終わると切歌は机の引き出しに手をかける。
そこにあるものが切歌には予想できていた。それはかつて自分も書いたことのあるものだろう。ゆっくりと引き出しを開いていく。
「やっぱり・・・」
思った通り、開かれた引き出しに一通の手紙が、彼からのおきてがみが残されている。
宛先は『暁 切歌さんへ』
そしてその隣には小さなケースが置かれていた。
『切歌ちゃんへ。
この手紙はもし僕が君には話を出来ずに消えてしまった時のために残します』
ベッドに座った切歌は彼からのてがみを読み進める。
『僕はこちらの世界に来て、幸運にも切歌ちゃん達に出会えました。知らない世界で右も左もわからない僕を救けてくれて本当にありがとうございます。素性の知れない僕の事を受け入れてくれた事には感謝しかありません』
切歌の目には椅子に座り、机に向かいこれを書く彼の姿が映り出す。
『僕は不安でした。この世界に僕を知る人が誰もいなくて、一人だと思い知らされたからです。でもそんな僕を受け入れてくれたS.O.N.G.のみんなには何度「ありがとう」と伝えても伝えきれないのです。本当にありがとうございます』
彼の字は続きを語る。
『そして何より、切歌ちゃん。一番君にその言葉を贈りたいです。いつだったか僕が「帰りたい」と涙を流した時、君は言ってくれました。「泣きたい時に泣かなくては辛くなるよ。でも諦めないで。そうすれば方法はあるよ」と。・・・その言葉が僕にとってどれだけ救われたか』
切歌に机に向かう彼の背中がよく見えた。優しい笑顔でこれを書く彼の姿がすぐそこにあるみたいだ。
『でも、僕はいつかこの世界から消えてしまうのでしょう。この世界は僕の生きていた世界じゃない、別の世界なのです。だからきっと僕のいる意味が無くなった時、僕はいなくなるのだと思っています』
想像の中の彼の顔が悲しく歪んだ。
文字は続く。
『本当にそうなるかはわかりません。でも今、とても怖いのです。だって、僕は』
便箋の文字は滲んでいた。
『君を好きになってしまったから。君と離れ離れになるのを考えると辛くて、たまらない』
叫ぶ様に書き殴る文字がある。
『僕は自分の世界に帰りたいと思っています。でも、切歌ちゃんと会えなくなるのは嫌だ。君と一緒にいたい。君の笑顔が見れなくなるのが嫌だ。君の隣にいたい。君の声が聞けなくなるなんて信じたくない。だって・・・』
震える文字がそこにあった。
『だって君のことが大好きだから』
それを目にした切歌に涙が浮かぶ。これまで流さない様にと我慢してきたそれが溢れていく。
『切歌ちゃんのことが、大好きだから』
そこで、文章が一度止まっていた。文字は確かに続いている。でもそこで彼が筆を止めたのがわかった。
切歌には涙を流しながらもゆっくりと続きを書く彼が見える。流れるものをそのままに、唇を震わせて、泣き続ける彼が。
『この手紙はもしもの時のために残します。そうならない事が理想ですが、先の事はわかりません。願う事なら、この言葉達を自分で伝えられます様に』
そう締め括られたおきてがみ。その最後に一文が添えられていた。
『これと一緒に君に贈りたいものを置いておきます。ちゃんと自分の手で渡せる事を祈って』
そこまで読んだ切歌の涙が止まらない。
重力に負けて流れるそれは服に染みを広げていく。笑顔でいようと、元気でいようと頑張っていた彼女の決意を容易く破ったのは短い恋文だった。
「デク・・・君」
・・・もう限界だ。
「わたしも・・・わたしも!」
口が開くとそこからは早かった。喉を抜けた声が少しずつ大きさを増していく。それは彼を欲する欲望の音。いなくなった彼を恋願う少女の歌。
何度も何度も何度も何度も。
彼の名を呼び、手紙を抱きしめる。
一人の部屋に彼女の想いが切なく歌われた。
泣き疲れた切歌はベッドで横になっていた。微かに残る彼の残り香は時間と共に消えていく。物音で彼女は、側に白衣を纏う少女がいる事に気がついた。
いつの間にかそこにいたエルフナインはいつも以上に真面目な顔をしてゆっくりと口を開いた。
「切歌さんに謝らなくてはいけない事があります。ボクは・・・緑谷さんが戦いの後にいなくなってしまう可能性に気がついていたんです」
驚く顔。それを確認した彼女は続ける。
「でもあの状況で伝達すると現場を混乱させてしまう懸念があったので、風鳴司令にだけお伝えしました」
下げられる頭を見る切歌の視界が歪んでいった。悲しみと怒りと、遣る瀬無さ。多々ある感情が渦巻いていく。
言いたい事はある。どうして教えてくれなかった、と言おうとしたが彼女なりに考えがあった事が理解出来て、消えていく。
「ごめんなさい」
頭を垂れたまま謝罪の言葉を口にするエルフナインの足元にも涙が落ちた。声は震え、肩を震わせ、その体勢のまま泣いている。
「本当なら一番に伝えなくてはいけなかったのは切歌さんです! ごめんなさい・・・本当にごめんなさい!」
小さな身体で遥かに大きな責任を背負う彼女は年相応の事もせず、年相応の事も許されず、年相応に振る舞う事さえ出来ない。まるで大人だ。そしてそうさせてしまっているのは自分たちなのだろう。
そんなエルフナインを責められるはずがない。
笑う切歌は泣く少女の手を取った。
だって自分の中にいる彼なら、きっとそうするから。
ヒーローを共にした時間は短かったが、自分の中に今も残る『ヒーローの心』がそうした。
「伝えてくれて、ありがとう」
涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにした彼女を抱きしめる。胸の中でエルフナインは年相応に泣きじゃくった。
泣き止んだ彼女と二人で彼からの手紙を読み返す。
その真っ直ぐな内容に赤面するエルフナインに照れながらも久しぶりにいつもの笑顔になる。
「緑谷さんは気がついていたんですね・・・。自分という存在がいつか消えてしまうかもしれないという事実に」
ポツリと言ったエルフナインは悲しそうに視線を落とした。
「この世界と自分の繋がりが無くなる時、というところまで推察していらしたとは・・・」
その言葉を聞いた切歌の顔が上がった。
そういえばどこかで、似たようなものを見た気がする。あれはいつだったか・・・そうだ。彼のギアが暴走した時、切歌は不思議なものを見たのだ。
自分達の彼の間に繋がる沢山の糸。そしてそれが千切れていくほどに彼の姿が揺らいでいくのを感じた。
もしかしてあれこそが彼とこの世界を繋いでいたものなのではないだろうか。
そこまで思い当たった切歌はエルフナインに向き直る。
「エルフナイン。実はデスね・・・」
切歌は自分が見たものを話す。当時は出久の暴走という大事があった事もあり、報告するのを忘れていた不可思議な現象。それを聞きながらエルフナインの顔が変わっていく。難題に挑む研究者のその顔に。続きを促しながらも幾つかの質問をする彼女は口元に手を当てながら長考を始めた。押し黙るエルフナインを切歌が心配そうに見ていると立ち上がった彼女は辺りを見回す。机の上のスマートフォンを見つけて手に取ると呟く。
「これだ・・・」
「デク君のスマホがどうしたんデスか?」
「これです! この説を正しく実証出来ればいけます!」
「いけるって、なにがデスか?」
事態を飲み込めない切歌に興奮したエルフナインが駆け寄る。
「緑谷さんともう一度会えるかもしれません!」
「なんデスと⁉︎」
再会を願う少女への朗報はいなくなったヒーローのスマートフォンを掲げた錬金術師の少女から発せられた。
再会の日は近い。
今話より新たな章として再スタートさせて頂きます。