今回はシンフォギア世界側のお話となります。
出久と切歌の世界が繋がった影響で目醒める『二人』のお話です。
目を覚ますと飛び込んでくるのは白い天井。光が眩しい。目を開けていられなかった。光に抗い目を細める。
ここはどこだろうか。
「僕は・・・」
長らく眠っていたからか、上手く声が出せない。
顔を振ると横には心電図のモニターらしきものがあり、規則正しい音を立てている。そこで漸く、自分がいるのが病院である事に気が付けた。
秋らしい少しだけ冷たい風が窓にかかったカーテンを揺らしている。夢原が身体を起こすと同時に病室の扉が開かれた。入って来たのはスーツを着た男性ともう一人、見知った人物。
スーツを着た人物の反応はわかりやすかった。彼は目を見開くと、すぐに目を細めて何処かへ走り去る。それは『消える』という言葉が相応しいほどに夢原の視界から消えていった。
だがもう一人はそうではなかった。
彼は眉に皺を作りながらもゆっくりと自分のベッドサイドまで歩み寄ると、据えられた椅子に腰をかける。睨みを効かせたまま何を言うかと思ったら、出て来たのは酷い言葉だった。
「よう、馬鹿野郎」
「マスター、どうして・・・」
「どうしてじゃねぇよ。心配かけやがって」
喫茶店のマスターは辿々しく喋る自分を遠慮なく小突く。頭に落とされた拳骨は硬く、軽く痛むそこに手を当てようとしたが、腕が上がらない。自分の腕とは思えないほど重かった。
「一月近く寝てたんだ。そりゃあ筋肉も萎んじまうわな」
「・・・ここは、病院ですよね」
「それ以外にどこがあるってんだよ」
「そう、ですか」
視線を落とすとかけられた白い清潔なシーツを見つめる。まっさらでなんにも無い白い白いそこは今の自分の様だ。
あれ程あった憎しみも、復讐心も、狂おしい程の家族への執着も何もかもが無くなってしまっている。
心にぽっかりと穴が空いた様だ、という表現があるが正にそれだった。
空虚。それが今の自分にあるただ一つのもの。
変に落ち着いている自分がいた。
「なぁ、探」
だが黙り込んだ自分にかけられる声。
もう一度自分を訪ねて来た彼に目を向けると、自分にとって残酷な一言が告げられた。
「聞いたよ、全部な」
その目は、言葉は怖かった。
何にもなかった筈の心に湧き上がるものがある。それは、これは恐怖だ。
「お前の事、あの坊主の事。全部だ」
「あ・・・」
声が、震えた。久しぶりに喋るからでは無い。その次の言葉を聞くのが怖くて震えた。
全部、と言った。これはつまり自分のして来た、そしてあの日おこなった事を知っていると言うのだ。
それはつまり自分が人を殺した事を・・・彼は知っているという事。
手が、わずかに震える。
止まらない。
止まらない・・・。
止まってくれない。
どんどんとそれは大きくなった。
思わず、マスターから逃げ出すように目を逸らす。呼吸が荒くなるのを感じた。
「探」
名前を呼ばれるがそちらを向く勇気が無かった。ただ俯き、膝を抱え、震える自分がいた。
これ以上の言葉を聞くのが怖い。
嫌われるのが怖い。
また一人になるのが怖い。
僕が唯一、気兼ねなくいられた場所が無くなるのが怖かった。
マスターはそんな僕に言葉を続ける。
「お前、ウチに初めて来た日を覚えてるか?」
「あれはいつだったかな。俺が店を開けようと扉を開いたら、今にも死にそうな顔をしたガキが自転車を押しながら歩いてた。あんまりにその顔がムカついたんで店に入る様に言った」
その日の事は僅かだが覚えている。
進級したのはいいが、灰色の世界に生きていた、ただ過ごすだけの日々をこなしていた頃だ。
「お前は抵抗する訳でもなく席に座ると注文もせずにそのまま机を眺めてやがった。気を遣って折角淹れてやった珈琲を出しても口にせず、冷めるのを眺めるだけだったな」
「だが冷め切った珈琲を退店前に一口だけ飲んで、一言だけ『美味しい』って言ったんだよ」
「俺はそれを見て、嬉しかったんだ」
その言葉に顔をあげる。
「飲んだ瞬間のお前の顔を忘れられない。その時、お前は笑ったんだよ。単純なもんだよな。俺はいいおっさんだが、自分の淹れた珈琲を褒められて嬉しかった」
そこまで言うと、彼は椅子から腰を上げた。ベッドの横に立つと言葉を繋げる。
「お前が何をしたかは聞いた。許されない事をしたのも聞いた」
「・・・だけど人間は小さな幸せがあれば生きていけるんだよ。どんなに辛くても、どんなに悲しくても、どんなに死にたくなってもだ」
「そして、生きていれば自分のやらかした事を背負って、責任をとれるんだ。罪から逃げる方がいけねぇ。罪は数えて背負うものだ」
「そして、それはいつか赦されるはずだからな」
硬い拳骨が落とされる。今度は先ほどと違って本気の拳だ。比にならない痛みが頭にはしる。
「この大馬鹿野郎が・・・」
言葉が出ない。
僕は下を向くと、シーツに染みを作る。
「お前の、自分のやった事に責任を取りやがれ。そして一頻り反省したら、またウチに来い。その時はまた珈琲を飲ましてやる」
マスターは何かをベッドサイドの机に置くと部屋を出ていこうとする。扉を潜る瞬間、一度だけ立ち止まった。
「それ、お前の『友達』からだ。ちゃんと読めよ。・・・また来る」
それだけ告げるとマスターは部屋を出て行く。僕はその背中を滲む視界で眺めることしか出来なかった。
マスターの去った部屋に残された僕は机の上に目を向けた。そこに置かれていたのは一通のてがみ。力の入らぬ腕を伸ばしててがみを手にする。
宛先には自分の名前。そして裏には高校で仲良くなった『彼』の名前があった。震える手で便箋を開くと幾度も教室で見た彼の字が綴られている。
文脈を見るにこのてがみはマスターの喫茶店で書かれたもののようだ。欠席の続く自分を心配した彼が一度だけ気まぐれで僕が連れて行ったあの店に赴き、マスターから自分が入院している事を聞いて、したためられたものらしい。
そこには自分が学校を休んでいる事をただただ心配する彼の想いが書き連ねられていた。
—はやく良くなってほしい。
—また一緒に遊びに行こう。
—他のみんなも君の事を気にかけている。
—だから、元気な顔を見せてくれ。
僕は読みながらまた涙を流す。
どのツラを下げて彼の前に立てば良いのだろうか。こんな、人として最低な事をした自分が舞い戻っていいはずがない。
読めば読むほど心が絶望に、真っ黒に、塗りつぶされていく。
それでも彼の言葉を読み続けた。
てがみは間も無く終わる。
それでも彼の言葉は読み切らなくてはならない。
そして最後に、追伸を読んだ僕は、声を上げた。
—君はいつもニコニコと笑っていた。
—でも、ボクには泣いているように見えていた。
—どこか世界から距離を置いている、そう感じていたんだ。
—それがボクには悲しかったよ。
—だから元気になったら今度は本音で話して欲しい。
—今度こそ君の事を話しておくれよ。
—だってボクは君の友達なんだから。
その数行が眩しかった。眩しすぎて、目を瞑った。
一人で生きていたつもりだったんだ。
でも、僕はいつの間にか支えられていた。
自分でも知らぬ間に救けられていたんだ。
その伸ばされた手を見ないフリをしていたんだ。
こんな簡単な事に気がつく為に、僕はなんて事をしてきたのだろうか。
情けなくて、不甲斐なくて、申し訳なくて、やっと罪の重さに気がつけた。
手の中のてがみがくしゃくしゃになっていく。
「ごめん・・・。ごめんなさい・・・!」
いくら泣いても、まだ僕は赦される事はない。
でも、その道標は、確かに貰っていたんだ。
目を覚ますと飛び込んでくるのは白い天井。光が眩しい。目を開けていられなかった。光に抗い目を細める。
ここはどこだろうか。
「あたしは・・・」
瞬間。全てを思い出す。
翼と共に立ったステージ。
強襲されたライブ会場。
シンフォギアを纏い戦った、ノイズ群。
自分が守れず、傷つけた少女。
死の決意をし歌った、絶唱。
そして・・・現れ、救けてくれた最高の『ヒーロー』を。
「オール、マイト・・・」
天井に手を伸ばす。見慣れた腕よりずっと細くなったそれを伸ばして、掴もうとした。
正義をその身で示した・・・彼の手を。
「あんたは・・・今、どこにいるんだ?」
その日。
切歌達が出久の世界に渡った日。
彼女達の世界では二人の人間が目を覚ましていた。
一人は夢原 探。
この世界で個性に目覚め、個性を使いヴィランに堕ち、最後には個性を奪われた青年。
一人は天羽 奏。
この世界でノイズに家族を奪われ、ノイズと戦う為に血を吐きながら鍛錬をし、ノイズを倒す為に死を覚悟した絶唱をしようとした少女。
二人の共通点は一つ。
二人ともワン・フォー・オールの担い手に救われた。
ただ、それ一つだけだ。
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