太陽の眩しさで目を覚ますと、俺はベンチに座っていた。頭が少しぼうっとしている。取り敢えず立ち上がって、太陽を全身で浴びながら背伸びをした。
さて、ここはどこだろう、今は何時だろう。
俺は、誰だろう?
……頭を整理しよう。
周りには西洋風の街並みが広がっていて、何故かウサギが大量にいる。日本にこんな場所あるのか? って思わせる程に異国情緒溢れる家屋が立ち並び、猛烈に不安が押し寄せてきた。
日は高く上っており、恐らく十二時頃。そんな時間にベンチに寝ていたのか……俺っていったい何者なんだろう。そもそも職はあるのだろうか。恋人は、家庭は、貯金は……そもそも帰る家はあるのだろうか。俺は全く覚えてないし、自分のものと思われる荷物も周りにないし、ポケットにも何も入っていないから全くアテが無いんだけど……。押し寄せてきた不安が俺の心を支配した。
さて、結局俺は誰なのだろう。思考ができているのだから完全に記憶が無い訳では無いのだが、何故か「自分についての記憶」が全く無い。俺の好きな食べ物、嫌いな食べ物、趣味、年齢……そして何より、自分の名前が思い出せない。俺の心を支配した不安が、輪になってマイムマイムを踊り出した。
「あ…………」
怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い
「うわぁぁぁああああ!」
――後にこの現場を見ていた人に話を聞いたのだが、この時俺は急に走り出したらしい。記憶喪失によるショックから無意識に自分が知っているものを探そうとしてパニックを起こしたとかなんとかかんとか。とにかく、その人は名の知れた小説家で、わざわざパニックを起こした俺を好奇し……心配して追いかけてくれたらしい。
そしてその後、俺は衝撃を受けて我に返った。
目の前に銀髪の少女が倒れていた。どういうこっちゃ……って、
「うわぁっ! 大丈夫!? キミっ!」
どうしようどうしようどうしようどうしよう水曜どうしよう
「大丈夫です……早くラビットハウスに、戻らないと…………んっ」
足首が赤くなっている。どうやら捻ったようだ。
らびっとはうす? 全く聞き覚えが無いが、痛みに苦しんでいる女の子に聞く訳にはいかない。誰か知っている人は居るだろうか。
「はぁ……はぁ……」
よろよろと歩いている女性が目に入った。どうやら疲れているみたいだけど、周りにその人以外いないのだからしょうがない。
「すいません、そこのお姉さん!」
「はぁ……はぁ……わ、私ですかぁ?」
息を荒げている姿を改めて見ると、「美人」という単語が頭に浮かんだ。意味は分からないが、この人は「美人」なのだろう、恐らく。俺には関係なさそうな事なのに、なぜ意味を忘れているのだろう……?
「ラ ビ ッ ト ハ ウ スって知ってる?」
あれ? 何か違和感が……?
「はい……あの十字路を左に曲がるとありますけど……」
指をさしながら親切に教えてくれるお姉さん。結構有名な場所らしい。
「ありがとうございます、『美人』なお姉さんっ!」
俺は少女が落とした紙袋を肩に掛け、ずれ落ちないように気を付けながら少女を仰向けのまま抱きかかえた。少し重いが、持てない程ではない。むしろ小柄で軽い方ではなかろうか、俺の筋力が足りないだけで。
「しっかり捕まってて!」
「ちょっ、急にっ!」
少女は不満げだったが、挫いた足首ではまともに歩けないと分かっているようで、大人しく首に手を掛けてくれた。首が痛いが、仕方ない。
「び……美人…………」
心臓の拍動と足音の合間にそんな呟きが聞こえたような気がした。
◇
「すいませんでしたぁぁぁぁぁ!」
例の「ラビットハウス」は喫茶店だったらしくコーヒーの匂いで漂っていた。そして少女の父親が待っていて少女を部屋のベッドまで運ぶと、俺は奥の部屋に通され「色々と訊きたい事があるから待つように」と言われた。そして少女の手当てを終えて戻ってきた父親に事の経緯(分かることだけ)を話し、今に至る。
床に膝と両手と頭を地面に付けるこの姿勢。何故か身体に馴染んでいたのだが、何て言うのかは思い出せない。つまり、この謝り方は俺に関係ある? …………何故か不名誉な気がするのだが……。
「娘を送り届けてくれた事は礼を言おう。だが、救急車なり何なり、他に手段はあったんじゃないかな?」
「はい、すいません。思慮不足でした」
ダンディな声で柔らかく言ってくるものだから、何だか、申し訳ない気持ちになってくる。
「いやまあ、君の言う事が全て本当なら、それも仕方ないだろうけどね」
多くの女性の心をゲッツしそうなダンディな声が俺だけに向けられる。いや、声だけじゃなく妙な……軍隊の上官のような威圧感を感じる。
「まあ……信じる方がおかしいですよね。自称記憶喪失の奴なんて。……最も、何も持ちあわせていないので、お詫びの品も何も用意できないんですが」
「ふむ……では、示談で手を打とうか」
「いや、一文無しなんですが……」
示談って……あれだよな? 裁判沙汰にせず賠償金を払うやつ。無理やん。
「さて、娘を怪我させてさらに柔肌を堪能した分を――」「待ってくださいお父さん!」「お前に『お父さん』と呼ばれる筋合いは無い!」「ひいっ!」
な、何だこの人! 言動からして娘を溺愛しているタイプなのか!? 手当てもやけに時間かかってたし!
「すいません許してください! 何でもしますから!」
「ん? 今何でもするって言ったよね?」
あっ、やべ。何かとてもマズい事を言ってしまった気がする。
何でもすると言った手前、断ることは難しいが限度もあるわけで、そもそも人間出来ないことがあるのは当たり前な訳でだな要するに「君には、今日から住み込みで働いてもらう」
「…………ゑ?」