部屋に入り、目の前が真っ暗になった。
部屋に充満するのは強い拉麺の香り。
男の"有り難い御言葉"なんて一切耳に入らず、私はただその料理を凝視していた。
『…お前らゴミに与える飯など無い。』
『お前のような化け物の作る料理なんて食えるか』
『何度作るなと言えばわかるんだ?』
頭の中で言葉が木霊する。
それは私の役目だったはずなのに。
作るなと言われたから、作らなかったのに。
「美味しいね!」
そう言い合って笑う彼女達をみたのは何時ぶりか
気がつけば、仲間が再び笑っている。その喜びよりも、自分があの笑みを取り戻させてあげられなかったことに対する言い様のない悔しさが勝っている…"化け物"と呼ばれるに相応しい自分が居た。
私は厨房で、光が一切浮かばない瞳で、涙を流しながらずっと自分の手元を見ている。
口にまだ残る"味"がただただ煩わしかった。
その味に何処かで喜んでいる自分が。
感謝よりも憎むことを優先している自分が。
途方もなく、何より憎い。
だから、そこに現れた提督に酷い態度を取ったのは、自分のイライラをぶつけただけであり、今まで通り逆上して手をあげてくれたら、いっそのことこんな私なんて解体してくれたら、どれ程気が楽になっただろうか。
「…済まなかった」
だが、男は、私にたいして頭を下げ。
「…っ!!!」
そこから、私の地獄が始まった。
なにかしら、尤もらしい理由をつけては彼のことを責め、言葉の端々に刺を込めた言い方をする私に、彼は気づいていないのだろうが…彼の後ろに立つ他の四人は眉を潜めて私を見る。
その度に私の胸が痛んだ。
…痛んだが、やめることができない。
自分の醜い傷跡をさらすかのように、彼に酷い言葉をかけ続けた。
…そうして出来上がった料理を皆は美味しいと言いながら食べる。
私のお陰だと、晩御飯を作ってくれてありがとうと笑顔でお礼を言いに来る。
…四人は今、どんな目で私を見ているのだろう。
確認することができず、お礼を言われる度に、何故か私は今にも消えて無くなりたい衝動に駆られた。
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「…んぁ…」
目を覚ますとベッドの中。
「俺は何をしてんだ…?!」
叫び、慌ててベッドから降りて、部屋を見渡す
何一つかわりない俺の部屋だ。
…早く執務室に戻らなければ。
部屋から出た俺の前には、何故か電の姿があった。
「司令官さん…っ!!!!」
ここまで走ってきたのだろうか、息は切れており、顔を真っ赤にしている。
膝に手をつきながら肩で息をする彼女をみて、とても…とてつもなく、嫌な予感がした。
「し、島風ちゃんが…っ!!!!」
目の前が真っ白になる。
島風に何かあったのか?
慌てる電を落ち着かせ、話を聞く。
「島風ちゃんが…っ!駆逐艦寮で…!!長波ちゃんと掴み合ってて…!今お姉ちゃん達が止めてて…っ!!」
聞くと同時に駆け出していた。
あの馬鹿は何をしているんだ…!!!!
「離して!!!!!離してよ!!!!」
近付けば近付く程に島風の悲痛な叫び声が響く。
集まっている人混みを掻き分け、何とか輪の中心に向かうと、雷と…もう一人、白髪の少女に抑えられている島風の姿があった。
恐らく、その向かいに居るのが長波…長い黒髪を持ち、こちらは暁に止められているが、取り押さえられる島風を冷たい瞳で見ていた。
「島風!!どうしたんだお前…!!」
駆け寄ると、雷は安心した表情を浮かべる。
二人の手が緩んだ瞬間、島風は再び長波に掴みかかろうとし、俺が慌てて彼女を羽交い締めにした。
「…っ!!提督!!!離して…っ!!!!!」
「今のお前を離せると思うのか?」
「ーっ!!!」
返事はしない。だが、納得もしていないのだろう。
未だ暴れる島風を必至に抑えながら、何があったのかを問うと、暁が教えてくれた。
「…その、長波ちゃんにいきなり島風ちゃんが掴みかかって…」
「だって!!この人提督を馬鹿にしたもん!!」
鬼のような形相で睨み付け、叫ぶ島風。
…は?今なんつった?
「俺を…なんだって?」
「聞こえてんだろ?趣味悪ぃな。文句垂れてたアタシに掴みかかって来たんだよ。」
「…島風…何してんだほんとお前は…」
全身で息をする島風に言い聞かせる。
「ここで何があったか、分かっているよな?
提督と言う存在に嫌な思いを抱いているのは当然の事だし、俺自身だって承知もしている。」
「分かってないねぇ。アタシは"提督"じゃなく"アンタ"が嫌いなんだって。」
「何も知らないくせに…!!」
「知らないのはアンタだろ?島風。散々興味ないだのなんだの言って安心させておいて、いざ見てみれば駆逐艦侍らせて鼻の下伸ばす糞野郎なんー」
そこから先の言葉は紡がれなかった。
「 黙 っ て 」
彼女の頬をつかむ島風。
ギリギリという嫌な音が、生半可じゃない力を加えていることを証明していた。
「島風!!」
怒鳴る。手を出すなと強く訴える。
だが、まったく聞き耳を持たない彼女は未だその手の力を緩めない。
雷と俺で再び島風を引き剥がすと、長波は吐き捨てるように呟いた。
「痛いねー…。はぁ、結局糞に付き従う馬鹿も糞と同類ってことか…」
「…あ゛?」
…今度は俺の番だった。
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場を支配するのは憎悪。
男と対峙する長波はおろか、周りの少女達も、今の今まで頭に血が上っていた島風すら、身体を震わせ、怯えたような瞳で男を見る。
「…ハハハ。冗談キツいな…長波だったか?」
乾いた笑みと、全く笑っていない瞳が、彼女達の恐怖を余計に掻き立てた。
「…」
計算違いだ、と少女は考える。
実のところ、島風を煽ったのは提督を呼び出すためであり、目の前で彼自身の悪口を言うことで、彼の本性を暴き出し、島風の目を覚まさせようとしていたのだ。
無論、自分がそれをしたことでどうなるかは容易に想像がついていた。
死ぬかもしれない。だが、それでも良い。
そんな想いで此所に立っているのだ。
立っていた、筈なのだ。
膝は情けないほどに笑い、
汗は絶え間なく流れ落ちる。
今すぐにでも逃げ出したい衝動に駆られたが…少女を囲むようにしてギャラリーが居た。
逃げるには、集まってきた少女達が邪魔なのだ。
到底、逃げることなどできない。
…ゴクリ、と唾を飲み込んだ。
無論、少女達は今の今まで何度も何度も"悪意"に晒されてきた。
だが、彼との決定的な違いは、前任達は別に艦娘が憎くてそういう行動を取ったわけではないということだ。
生まれてはじめて、人の本当の"憎悪"…悪意というよりは最早害意に近いものに触れ、恐らく全員が、その恐怖に身を震わせた。
「オーイ?返事できるよなー?」
ダァン!と、音がして、全員の身体が跳ねる。
彼が乱暴に床を踏みつけたのだ。
「おいおいおい、だんまりか?嘘だろ?さっきまでの威勢はどうした長 波 さ ん よ ! ! ! 」
その大きな声で誰かが泣き始める。
それでも、恐らく彼の耳には届いていない。
不満を全身で表すように、何度も何度も床を踏みつけた。
「何だオイ?俺だけなら兎も角?俺のものを馬鹿にするのか、そうかそうかそうか…ハハハハハハハ!!そうかぁ…お前、その癖ずっっっと喋らないな。さっきまでの減らず口は何処に落としてきた?今からでも探しに行くか?手伝うぞ?」
雷も、電も、暁も。
彼のこんな姿なんて見たことがない。
というより、駆逐艦全員が、内心彼のことを少しだけ、ほんの少しだけ侮っていた節があった。
前任よりも若く、島風に何をされても優しげな笑みを崩さない。
無論それを信じている訳じゃなかった。
でも、まさか"ここまで"とは誰も予想だにしていなかったのだ。
ぐいっと長波の顎を上げ、目を合わせる男。
「なぁ、喋れんだろ?何とか言おうぜ?」
その暗い瞳に、彼女の意識が少しだけ遠くなった瞬間だった。
「そこまでです。ていとくさん。」
ピタリ、と彼の動きが止まる。
男がゆっくりと後ろを振り向くと、
腕を組む妖精の姿があった。
「…何だ、タマ。俺は忙しいんだ。」
「としはもいかないくちくかんをいじめるのに、ですか?」
彼はハッとしたように目の前の少女を見る。
涙を浮かべ、ガクガクと震える長波を見て、少し冷静さを取り戻したのか、突き放すように手を離した。
腰が抜け座り込む長波を冷たい瞳で見下す。
「なぁ、この際だから言っておくがな、俺は俺の物を馬鹿にされるのが一番嫌いだ。」
二度と俺の目の前で艦娘を馬鹿にするな、と吐き捨てると、男は背を向けた。
「…まちなさい、ていとくさん。」
妖精の声で足を止める男。
「まだなんかあんのか?俺は今…最っ高に虫の居所が悪いんだが…」
「このままではらちもあかないでしょう。しまかぜだって、まんぞくしたわけじゃありません。ほおっておいたらまたけんかになります。」
「…」
「…だから、」
妖精がどんな笑みを浮かべているか、提督に確認する余裕はなかった。
「だから、"えんしゅう"でしろくろつけましょう」
今回もご覧いただきありがとうございます…っ!!
はい!再び提督のガチギレですね。
今回は島風もおこでしたが。
お互い自分は許せても自分の大切な人をバカにされると許せないんですね…
提督の異常なまでの"自分の物"に対する執着は何なんでしょうか…
駆逐艦みんなドン引きしてるというのに…
さぁ、妖精に言われるがままに演習をすることになった彼等ですが、果たしてどうするのでしょうか。
これからもどうかどうか、彼等の行く末を見守っていただけると幸いです…!!