暁、電、雷の三人は、大破した長波に連れ添い、入渠施設へと向かった。
そこから遅れてやってきた初春、島風、夕立と、彼女を運ぶもう一人の少女に歩み寄ると、タマが手の平で、痺れながら初春に言った。
「…ずいぶんようせいにすかれてたんですね」
「…どういう意味かのぉ」
タマがこんなに誰かを睨むことなんてなかった
心配になり、初春とタマを交互に見る。
「…いえ。なんでも。」
やがて、ふい、と横を向くと、ふよふよと頼りない動きで何処かへ飛んでいった妖精。
何だアイツ…。大丈夫なのか…。
彼女らに目を戻すと、島風が飛び掛かってきた。
「ていとくーっ!!!!」
「おうお疲れさん。お前も入渠してこい。」
抱き止めると、頭を撫でて入渠ドックへ促す。
暫く手に頭を擦り付けるようにスリスリとしていた島風だったが、やがて元気な返事をすると入渠ドックへ向かった。
「妾も少し疲れたのぅ…自室で休ませてもらうぞ」
此方を一瞥もせず、パチリと扇子を閉じ、艦娘寮へと向かう初春。
取り残された俺はこの気まずい空気を何とか払拭しようと、もう一人の少女に声をかけた。
「…お前はー…」
「白露型駆逐艦二番艦、時雨だよ。」
夕立を海から引き上げながら、此方を一瞥もせずにそう言う時雨。
「…そうか…。…まぁ、なんだ、夕立の事、ありがとうな。」
「提督がお礼を言う必要はないと思うよ。全部夕立の為なんだからね。」
「だとしても、お前が来てくれなかったら夕立はどうなってたか判らんからな…助かった」
島風は燃料が尽きており、初春に夕立を救う気はなかった。
あのままでは俺たちにできることなどなく、きっと夕立を助けられなかったろうから。
…だが、少女はその言葉を聞くと、若干いらだたしげに呟いた。
「…僕も夕立も、君の艦のつもりはないけどね」
「クハハ。…それでも良いさ。俺が勝手にそう考え、勝手に好きなようにやってるだけだ。」
「…ふーん。」
意識を失っているので、艤装を解除することが出来ない夕立をよいしょ、と抱え上げると、時雨は重そうに運ぶ。
「おーい、誰か手伝ってやれ!」
そんな声をかけたが、観戦者の誰もが目を反らした
「…あん?聞こえてないの…」
「やめなよ。無駄さ。夕立は正面切って君の決定に背いた。それと仲良くすると自分にも被害が及ぶかもしれないだろう?」
淡々と説明する時雨。
その表情は、機械のように平淡だった。
「…いや、俺は別にそんなつもりはないが」
「君にそんなつもりがなくても、リスクを負ってまで組むに値しなくないということだ。そういうものだよ。ここの艦娘は。あの初春と敵対した、というのも理由の一つなんだろうけどね。」
「…」
「あら、一緒にされては困るのだけれど。」
黙った俺の後ろから、加賀が歩み寄ると、ひょいと夕立を担ぎ上げ、入渠ドックへ向かう。
「…君はっ!」
「きちんと自分の眼で見て、初めて理解することもある、ということよ。時雨。」
私がそうであったようにね、と、加賀は続け、俺の方を振り返った。
「…それと、提督?勿論ついてくるわよね?」
「俺か?!執務あるんだが」
「ついてくるわよね?」
「ハイハイっと…」
頭をボリボリ掻きながら、彼女の後を追う。
時雨はそんな姿を見て、少しだけ男を睨み付けてから、加賀の後をついていった。
「…私はここまでね。時雨、夕立と入渠ドックへ入ってあげなさい。」
「うん。」
「…ここが入渠ドックねぇ…」
鼻をつく血の匂い。
壁にも床にも血痕が飛び散っており、ホラーゲームにでも出てきそうな感じを抱かせた。
「…島風と長波は一人でここに入ったのか?」
「当たり前よ。夕立は気絶しているから特別。」
「島風泣いてないか?!これ?!クッソ怖いが」
数秒目を閉じて、加賀はフッと笑った。
「鼻で笑いやがったこいつ!!」
「これで怖いだなんて、随分怖がりな提督ね」
「とはいうがな…なんかこう、夜とかさ、夜とかにここ通ると床から伸びた白い腕がー」
口を塞がれる。
「怖くはないわ。でもやめなさい。」
「…そうだな。」
この血痕は夕立が言っていた、"皆"の生きた証だ
それを怖がり、こんな風に言うのは間違っている
「今のは俺が間違っていた。本当に悪かった。」
「そうよ。私は只でさえこの入渠ドックを利用して、なおかつ長時間いるから深夜までいることなんてざらなのに…」
「…ん?」
なんか返答がおかしな気がしたが、まぁ良いか。
「私も自室に戻らせてもらうわ。」
俺の一言で機嫌が悪くなってしまったのだろう
背を向けてそそくさと歩き出す加賀に、俺は後ろから声をかけた。
「…なぁ、初春が"駆逐艦"最強ってことは…」
「御察しの通り、軽巡、重巡、戦艦、空母、潜水艦、様々な分野での最強が居るわ。そして、彼女達は、皆他と比べても突出した実力の持ち主よ。…そして、初春はこの鎮守府最強とは言い難い。なぜなら…彼女は"あの力"があっても、"実力"が伴っていないから。」
「…」
「簡単に言うと、他の最強格は彼女と同じだと思わないことね。彼女はまだマシな方なのよ」
それだけ言うと、背を向けたまま手をサッと振り
歩いていく加賀。
「…マジか。」
取り残された俺は一人、呟いた。
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ドックを出ると、廊下を何度も何度も往復する
変質sy…提督がいた。
「て、提督…?」
「…あ?長波か!!良かった。もう大丈夫か?」
駆け寄って心配そうに此方を見る男。
「だ、だから…アタシはアンタに酷いことを…」
「関係あるかよ。何度でも言ってやる。
お前は俺の艦だ。怪我をしたら心配になるだろ」
頭をワシワシと撫でながら、ニッと笑う提督。
気がつけば顔がボン、と赤くなっていた。
「…ん?どうした?やっぱりまだ体調が悪いんじゃないかお前?顔がめちゃくちゃ赤いが…」
「う、うるせぇっ!!」
パシリと手を払い、赤い顔を隠す。
「なんでこの長波サマが…」
「ぐっふ…」
変な声がしたので慌てて前を見ると、島風に飛び付かれた提督が脇腹辺りを抑えていた。
「…オイコラしまかぜェ…加減はしようぜ…」
「えへへーっ!」
全く聞く耳を持たず、スリスリと頬を擦り付ける島風を見て、彼はため息をつきつつも、そっと彼女を撫で返す。
「…」
なんか今私、凄くモヤッとしたな。
何でだろう。これまでは島風が心配でずっとモヤモヤしてたのに、今はどちらかと言えば…
「聞いてねぇのかお前…今日は…何だかんだ頑張ったから勘弁してやるが次やったr何?!」
島風の反対側からギュッと抱き締めた。
「…理由なんかないけどね」
「…。」
男は暫く怪訝そうな顔をしていたが、そっと私の頭に手を乗せると、
「頑張ったな。長波。」
そういって笑った。
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謎に両者睨み合いが続いた後、二人してちょっと話がある、などと何処かへ行ったアイツらを見送り、暫く待っていると夕立を連れた時雨が出てきた。
「…やっぱり待ってるよね。うん。」
「まだ目を覚まさないのか…?!」
「気にしなくて良いよ。元々だ。」
ぶっきらぼうにそれだけ言うと、
何処かへ歩いていく時雨。
「オイオイ…何処に行くんだ?」
「救護室に艤装を強制解除させる注射があったはずだからね。取りに行くんだよ。」
「そういうことなら…俺が背負う。貸せ。」
だが、必要ないよ、と言い、夕立を背負ったまま時雨はフラフラと数歩歩くと…
「くっ…」
倒れ込みそうになる。
「…ったく…大丈夫か?」
慌てて支えると、再び夕立を渡すよう促す。
今度は渋々だが、ちゃんと渡してくれた。
「…うん、これで大丈夫かな。」
数度頷き、ベッドに寝かせた夕立の頭をそっと撫でると、時雨は俺に向き合った。
「…じゃあ、話をしようか。」
俺が何かを言う前に、時雨は背中を向けたまま呟く
「…ここじゃ何だ。誰もいない所に行こう。
"お互い"にとって…その方が都合が良いだろう?」
そのまま後をついていき、隣の部屋に入った。
椅子に座る時雨を見て、長くなるぞ、と、
棚にあったケトルで湯を沸かし、コーヒーを入れる
「悪いね。」
彼女はふふ、と笑うとコーヒーを啜った。
「で?話って何だ。」
話を切り出したのは此方から。
彼女はまるで、何でもないことのように言った。
「分かっているよね?夕立の処遇についてだよ」
「…俺は何かの罰を科すつもりはない」
その言葉を聞いて、可笑しそうに笑う時雨。
「もう、良いからさ、"そういうの"。」
「…あん?」
「綺麗事はうんざりだ。希望なんてもう捨てた。
夢だの愛だの、吐き気を催すと思わないかい?」
「…お前…」
「ねぇ、君だって"そうだろう"?話は手早く済ませよう。君が皆の前で綺麗なままでいたいなら、僕は何も言わないよ。だから…早く」
焦るように捲し立てる少女。
俺が眉を潜めていると、彼女は言った。
「彼女の罪を減刑してくれるなら、僕は、僕にできることなら何でもやるよ。…"何でも"ね。」
「…時雨。」
「これが僕の交渉…いや、商談かな?
さぁ、早く始めよう。誰かが来ると困る。
あの夕立の分も殴れば良い。拷問でも何でも、
君のやりたいことをやってくれれば良いよ。」
俺はため息をつくと立ち上がり、時雨のスカートに手を伸ばす。
そして、諦めたように笑う時雨のポケットから、
黒い端末を取り出した。
「…へぇ」
「録音機…と、成程。賢いな。ここで俺が何かをすれば、そのままこれが鎮守府全体に、或いは大本営にばら蒔かれることになる。」
笑う俺と時雨。
「…君のように周りの目を気にする、綺麗事が大好きな提督は、時たまに来たんだ。でも皆、こうやって、それを鎮守府にばら蒔くと言うだけで、容易にコントロール出来たのになぁ。」
「…はぁ。下らん茶番だ。」
「全くだね。さて、もう録音機はない。つまり僕は対抗する手段を失ったと言うわけだ。」
両手を上げる時雨。
「…さぁ、どうする?」
「何度も言うが、罪を科すつもりはない。」
「本当にもう録音機は無いよ。警戒しなくて良い」
「無いのは知っている。」
そう言うと、時雨は眉を潜めた。
「…どういう意味かな」
「お前自覚ないんだろうが、震えてるぞ。
無理するなよ。」
「…ッ!!」
スッと背を向け、二杯目のコーヒーを入れる。
「…無理なんて」
「…もう良い。もう良いんだ。時雨。」
「何も良くないよ。僕は君の事を信用しない。」
「夕立に罪は科さない。アイツは何もしてない」
「夕立のしたことは罪だ。命令違反何て愚問だ」
「だからもう、そんなことするな。」
「だからもう、期待させないで。」
「もう休め。もう良いんだ。」
「君たちはそうやって、何度裏切るんだい?」
「…これまで頑張ったんだな。時雨。」
彼女から声が返ってこない。
振り返り、彼女の方を見ると、ポロポロと涙を溢しながら座っていた。
「…」
「…もう良いんだ。」
もう一度そういって、頭にそっと手を置く。
泣きながら抱きついてくる時雨を優しく抱き締め、泣き止むまでずっと背中をさすり続けた。
今回も御覧頂き本当にありがとうございますっ!
やさぐれた時雨です。はい。
陰で夕立のために、ひいては鎮守府のために、自分を餌にして釣り上げた馬鹿な提督を何度も利用し尽くしてきた時雨ですが、彼女自身、ずっと一人で頑張るのは辛かったのでしょう。
因みに長波と島風は仲が悪いわけではございませんよっ!?あくまでもライバルですから!!
これからも彼等がどう建て直していくのか、暖かい目で見守っていただけると幸いです…っ!