ひねくれ提督の鎮守府建て直し計画   作:鹿倉 零

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変化

「…」

眠る夕立の隣に座る提督。

その瞳は、本当に大切なものを見る目だ。

「…提督、見惚れすぎじゃないかな?」

「そんなんじゃねーよッ!!」

ほんの少しだけ、彼女が羨ましくなった。

…あぁ、駄目だなぁ。

もう、誰にも期待しないと決めたのに。

もう、夕立だけを大切にしようと決めたのに。

「ほら、提督。こっちに座りなよ。

お茶でも入れよう。お菓子もあるよ。」

そんなのは、彼に見てもらう口実に過ぎないけど

「…ありがとな。」

笑う彼の顔を見て、頬が熱くなる自分がいた。

 

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「おい、大丈夫なのか?」

暫く寝ていた夕立だが、やがて唸り声を上げるようになった。

苦しそうに顔をしかめ、しきりに色んな名前を呟き、額には大量の汗をかいている。

「大丈夫だよ。」

「…」

「僕も夕立も古参。それは、同時に"お別れ"してきた回数も多いってことだ。僕はある程度割りきれたけど、彼女は今でも夢を見る。寝ているとこうなるんだ。いつものことさ。」

「…バーカ。いつもならなお悪いだろ」

コン、と頭に拳を当て、タオルで額の汗を拭う

「…辛いんだな。お前も。」

そっと額を撫でると、夕立の表情が心なしか柔らかくなった。

「…」

「…」

「…提督、夕立にあんまりベタベタ触らない方がいい。」

慌てて手を離す。

「何だよ、焼きもちか?」

冗談めかして言うと、笑いながら返された。

「それもあるけど、夕立は提督って存在に拒絶反応を抱いてる。意識があったら反射的に殴られるよ」

「…悪い。控えるようにする。」

だが、手を離した瞬間に、凄く唸り始める夕立

「…お、おい…大丈夫か?!」

「…珍しいな、こんなになるなんて…」

思わず夕立の手を握ると、彼女はふっ、と、幸せそうな笑みになった。

「…ごめんね提督。暫くそうしてて貰えないかな」

「こんなので良ければいつでも。」

相変わらず苦しそうな表情を浮かべる少女の手を、俺はずっと握り続けていた。

 

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「…ッ!!」

慌てて起き上がると、私の横には提督が居た。

「ひっ…」

悲鳴を漏らし、ベッドから降りる私に、

椅子に座っていた時雨と初春は気付く。

「あ、起きたんだね。夕立。」

「寝坊助じゃのぅ…とはいえ、そこで寝とる阿呆も同じか…。」

「初春…ッ!!」

「そう構えるな。提督が起きるじゃろうが」

小声で男を指差す初春。

同時に、時雨がスタスタと男のところへ向かい、

その身体をそっとベッドへ横たえた。

「時雨?!何して…?!」

「しっ…夕立、起こさないであげて。」

「いやいやいや…」

意味がわからない。

なんでこんな奴に優しくするんだ。

「時雨には説明したがの…短く言うと、其奴は昨晩からずっと一人で執務をしていてのぅ。妾が呆れて先に寝たが…おそらく、睡眠時間は三時間もないじゃろうな。」

「って時雨!!!何してるっぽい!!!」

そのままの勢いで同じ布団に潜り込む時雨。

私はもはや言葉にならない悲鳴をあげた。

「…時雨、何をしておるんじゃ御主…。」

「良いね、これ。うん…暖かい…」

トロンとした瞳の時雨を、

初春と二人で布団から引きずり下ろす。

「何をするんだ二人とも!!」

「寧ろ何をしてるの時雨!?」

「普通は妾が先じゃろう…。」

「そう言う話じゃないっぽい!!

いやほんと!!ほんと二人共どうしたの?!」

二人の肩を掴んで揺さぶっていると、

男はゆっくりと起き上がった。

「…ぅぁ…何だ…」

「おはよう、提督。うるさくてごめんね」

「ふむ、ようやくお目覚めか、提督よ。」

「…!!」

時雨を庇うように前に立ったが、それより先に、

男は私の姿を見ると、目を見開いて言った。

「夕立か!!無事だったかお前!!!」

「黙れ…!それの何が悪いっぽい!」

「こらこら、そんな言い方ないじゃないか」

「ほんと時雨は何があったの?本物?!」

もしかして、時雨を沈めて新しい時雨を作ったんじゃないだろうか。

そんな考えが浮かぶと同時に、

私は反射的に提督に掴みかかろうとした。

「あ、今夕立が考えている様なことはないから」

襟首を掴み、ぐいっと引き寄せられる。

とても笑顔だったが、ソレには凄まじい圧があった

間違いない。これは今までの時雨だ。

と、同時に、じゃあ何故その時雨がこんなにもこの男を庇うのだろうと不思議に思う。

「やれやれ…きちんと寝ておけ。提督ともあろうものが、自己の体調管理すら出来なくてどうするのじゃ。昨晩も夜遅くまで執務をしよって」

ため息をつきながら、

扇子でビシッと男を指差す初春。

「…お前、何故それを…」

「妾はこれでも駆逐艦代表じゃからのぅ…雷達が何か企んでおるようじゃったから、着いていってたんじゃよ。全て見ておったぞ。御主の努力も、優しさも。…じゃから、あのとき御主に手を貸したのじゃ。」

「…初春」

「御主のその頑張りに、優しさに、そして、あの戦いぶりに免じて、今宣言してやる。妾、この初春は、これから御主が必要とする限り、御主に力を貸してやろう。」

そう宣言すると、初春はニヤリと笑った。

彼女は唖然とする男の頭を、背伸びしながら撫でると、とても優しげな声色で言う。

「のぅ、頑張ったの、提督。じゃが、なにか辛いことがあったら、ちゃんと妾らにも頼らんか」

「…ありがとな、初春。」

こここ、と初春は笑うと、

そのまま部屋から出ていく。

「…」

「…」

「…」

静寂が響き、これ以上この場にいられずに、

私は時雨の手を握ると部屋から飛び出した。

 

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執務室で執務をする。

目の前では相変わらず暁、雷、電の三人が

一生懸命にクレヨンで絵を描いていた。

「司令官!出来た…っ!!」

「お、良いじゃねぇか!」

暁に笑いかけていると、コンコン、

と、控えめに二度、扉がノックされる。

「…ぉぅ?」

首を傾げた島風が扉を開けると、

そこにいたのは時雨だった。

「提督…ってえっ?!雷?!」

「あら?時雨じゃない!どうしたの?」

中に居る三人を見て、時雨は目を白黒させた

「て、提督…?一体何をして…」

「あぁ、執務を手伝ってもらっているんだ」

チラッと机の上のクレヨンと絵を見る時雨。

やめるんだその目を。やめろ。

「はい司令官!」

満面の、向日葵が咲いたような笑みで、じゃがいものような…これ軍帽か?つまり俺か?マジか。君の目には俺がこう映っているのか。

「え、え…?雷…これh」

苦笑いで時雨がなにかを言おうとする。

「時雨。時雨?」

慌てて肩を掴んで引き寄せた。

「ちょっ…なっ、て、提督…?!」

「お前が言おうとしていることはわかる。わかるが…言うな!ほんと頼むから…。」

聞かれないよう、

耳元でできるだけ小さな声で頼み込む。

「ひゃぅっ?!」

「えっ何」

「あのっ…提督…!!顔が近っ…そのっ!」

真っ赤な顔で口をパクパクさせる時雨。

何を言っているのかが全く聞き取れない。

と、同時に、雷、電、島風の三人が凄まじい勢いで俺と時雨の間に割って入った。

因みに暁は一生懸命に次の絵を描いている。

…いや、雷に電に島風。なんだその顔は。

「司令官!私がいるじゃない!!」

「何がだ?」

「司令官さん、誰かと間違えてないですか?」

「あぁ…?」

「ぉぅぉぅ…ぉぅぉぅぉぅっ!!」

「何語だ?」

好き勝手言いながらギュゥとへばりついてくるので、一人一人引き剥がしながら時雨と向き合う俺

「…何て言うか…好かれてるんだね」

「好かれてるのかこれは…で、なした?用事か?

できる限りでなら力になるが。」

俺がそう尋ねると、時雨は笑ってこう言った。

「むしろ力になるのは僕の方さ。

…秘書艦だよ。執務を手伝おうと思ってね。」

 

チラと一生懸命に絵を描いている暁に目をやる。

「…?……。…いや違うよ!!!!

君は僕をなんだと思っているんだい?!」

手をわたわたと動かしながら慌てる時雨。

「時雨も手伝うのねっ!」

「あ、いや、雷。あのね?」

「水色のクレヨンがあまり残ってないのです」

「電…そうじゃなくて…」

「あ、提督の膝は私の特等席だもーん!」

「聞き捨てならないな」

いや、なんでそこに食いついたし。

しかも島風、俺はそれ初耳だぞ。

時雨に睨まれた島風は、

ニヒッと笑うと座った俺の膝によじ登った。

「…降りろ」

「やだー!!」

俺は首に手を回す島風にため息をつくと、再び書類を整理しようとしてー

「…島風。降りた方がいいんじゃないかな」

「はい」

時雨が島風の肩を軽く掴み笑うと、

島風は驚くほど素直に引き下がった。

普段からその良い子であってくれ。

そして、少し詰めて貰うよ、と、

時雨は俺の隣に椅子を持ってきて座った。

「…」

「…これでも秘書艦の経験だってある。

力にはなれると思うな。」

「…要らん。俺一人でできる。」

「また徹夜でかい?初春から聞いたよ。」

「ぐっ…」

笑う時雨に押し負ける形で、書類を三枚渡した。

「いや少ないよ!!!」

そう叫ぶと机の上の書類の束が七:三、無論彼女が七になるよう、自分の所に持っていく時雨。

だから俺は八:二、俺が八になるように奪った

「ちょっと」

「これは俺の仕事だ。」

「全く…なんで君はそう頑固なのかな…!!」

山を動かす時雨、取り返す俺。

そうやって取り合っていると、

暁が自慢げに絵を持ってくる。

「また出来たわ!司令官!!」

沢山のハートが書かれている可愛い絵だ。

「よしよし。偉いな暁は。助かるぞ。」

喉をならす暁を撫でている最中、

時雨は山を動かしてその上におもりを置いて言った

「今から書類を動かした人の負けだからね。」

「おい!!!!」

 

俺と時雨で六:四、という条約を交わす。

不本意だが仕方ない…本当に不本意だが…。

頬を膨らませながら執務をしていると、時雨が隣でクスクスと笑った。

「…んだよ。」

「君は…以外と子供っぽいんだね」

若干ムカッと来て、言い返す。

「うるせー…八対二でも譲歩してんのによ…」

「交渉は僕の方が上手だった、という訳さ」

「お前ほんと覚えてろよ…」

「執務を手伝っているのにこんなに不機嫌になる提督も珍しいよね。」

「…」

「ほら、手を動かさないと。僕が早めに終わったら君の分から取っていくからね?」

慌てて執務を再開した。

 

…やがて、机に山ほどあった書類の山が消える。

「…ふぅ、お疲れさま。提督。」

肩を動かしながらそう笑う時雨に、

一応お礼は言わねばと、ぶっきらぼうに呟いた。

「…ありがとな」

「まだへそを曲げているのかい?!」

「うるへー…」

頭をボリボリと掻く。

すると、クイクイ、と俺の服の裾を引っ張って時雨が、上目遣いで尋ねてきた。

「…僕には何もないのかい?」

「何が?!」

「…雷や暁、電に島風は撫でるじゃないか」

「いやお前…お前は別に要らないだろ?!」

「これでも執務、頑張ったのにな…?」

言葉に詰まる。

…あぁその目をやめろくそったれ。わかったから

「…お疲れさん。」

「…ふふ、ふふふ。くすぐったいんだね」

掌に擦り付けるように、ハートマークでも出てるんじゃないかと錯覚する程に幸せそうな顔をする時雨。

駄目だこいつマジで。俺の調子が狂う。

手を引こうとすると、ガシッと手を捕まれた

「…おい」

「もう少しだけ、良いじゃないか」

やがて、痺れを切らした暁、雷、電、島風の四人に止められるまで、時雨はずっとそうしていた。




今回も御覧頂き本当にありがとうございますっ!
時雨って時たま駆逐艦とは思えないほど大人びているときがありますよね…
そして、この提督は時雨の変わりように困惑すると同時に距離感を計りかねているようです。
しかし島風、雷、時雨と、グイグイこられるのにめっぽう弱いとはこのヘタレ提督め…っ!←
何はともあれ、これからも彼等のことを暖かい目で見守っていただけると幸いです…っ!!

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