提督、という恐怖の権化が部屋から去り、私達はようやくほっと息を吐いた。
「…漣…大丈夫…?」
「頭に何か付けられてない?違和感はないの?」
「…漣ちゃん…良かったぁ……」
駆け寄ってきた三人の大切な仲間に微笑み返しながらも、私の心は先程の提督、あの男に向いていた。
頭にはまだあの温もりが残っている。
一見乱暴に頭を撫でたようにも見えたが、まるでガラス細工を扱うかのように、非常に気を遣った、それでいて優しい撫で方。
「…見てられねーんだよ」
何より彼は、誰にも聞こえないようにそう呟いた。
人一倍耳が良い私だからこそ聞こえた、ひっそりと隠された非常に小さな声。
その真意が知りたくて、暫く彼が出ていった扉を見つめていた。
「…漣?」
顔を覗き込まれ、正気に返る。
「いやー、しかし三人とも、提督に意見しちゃダメだにゃ~…どうなることかと思ったぞい?」
おどけた様子で明るく振る舞うと、三人はどこか安心したような、それでいて、困ったような笑みを浮かべた。
「アンタこそあんな大きな声を出すとはね…」
「ビックリしたよ…」
「提督もちょっと驚いてたよね~…」
「およよ?なんの事ですかね~?」
ピューピューと口笛を吹きながら考える。
そうだ、そこにどんな意味があったって良い
私には関係がないんだ。
私と、私の仲間に危害を加えないなら、あの人が何を考えていようがどうでもいい。
必要以上に馴れ合わない、それが彼の望んでいることだろうから。
「それでは、入渠施設へ案内するので、入渠の必要性がある皆さんは集合してください。」
大淀や、一部の戦艦が主体となって、怪我をした艦娘達を誘導する。
「漣、私も小破してるから一緒に。」
「…じゃあ、私たちは部屋で待ってるわ。」
「二人とも…行ってらっしゃい?」
私たちは二手に分かれ、曙と潮は自室へ、私と朧は入渠ドックへ向かった。
「…ふーん。」
意味深な声を出しながらジト目で此方を見つめる朧に、私は首をかしげて見せた。
「どしたの~?漣ちゃんの可愛さに見とれてるとかかにゃー?照れますなぁ~」
「…頭、洗わないの?」
「へぁっ?!」
「のぼせた?顔真っ赤だけど…」
「あははは!!!あはははははは!!!!そう!そんな感じ!!です!!!」
「…ふーん。」
言われてみれば風呂場にいるにも関わらず頭だけあからさまに乾いている。
私は自分でも変に感じる笑い声を出しながらも、
頭の温もりごとシャワーの水で洗い流した。
「あ…」
「え?」
部屋に帰る際、大量の何かを運ぶ彼の姿が。
「あ…」
私の視線を追いかけ気づいたのだろう、朧も同じような声をあげた。
すれ違ったので、思わず挨拶をする。
「おっ…おはようございますッ!!」
「おはようございますッ!!」
釣られるようにして朧も大きな声で敬礼をする。
彼は面倒くさそうに此方を一瞥すると、「おう。」と小さく片手を上げて応じた。
「…挨拶でも言ったがな…堅っ苦しいのは苦手だ。するのもさせるのも、だ。そこまでしなくて良い。」
「いえ、そういう訳には。」
「はい、そういう訳には。」
「はぁぁぁぁ…ここは真面目の巣窟か…?!」
まただ、また聞こえないように呟いた。
「…って…あぁ、あの時のピンク頭か。」
…ピンク頭って…なんだその呼び方は。
「…はい。」
表情には出さず、返事だけ返す。
すると彼は、朧を一瞥してから言った。
「ピンク頭。お前に聞いときたいことがある。"本心"で答えろ」
「本心…ですか?」
「建前は要らん。此所で何を言われても、どんな答えが返ってこようとも、俺は何も聞いてなかったことにする。…そこの茶髪、少し席を外してくれるか。」
「…ご命令であれば。」
ほんの刹那、抵抗するような顔を見せてから、朧は敬礼をして廊下を曲がっていく。
「お前は、あのとき、何故あの三人に噛みついた?」
「…へ?」
「アイツらは…お前の事を庇ったように見えた。
何故お前はその三人に対してあんな目を向けた」
「提督の決定に口を出したと判断したからです」
淀み無く言えた。無難な回答だろう。
「…それがお前の"本心"なんだな。」
だが、見上げると、そこにあったのは侮蔑と期待外れの眼差し。
…この男は何を求めているんだ?
しかも、どこか意味深な反応を返された。
もしかしなくてもこれ、バレてるんじゃないか?
「…話は以上だ。引き留めて悪かったな。」
再び歩き始める男。
「…待ってください」
「…」
男は無言で足を止める。
「私が、叫んだ理由は、私の大切な仲間に、生きてほしかったから…です」
「ほう?」
興味深げに振り向く男。
もういい。彼の何も聞かなかったことにする、という言葉を信用するわけでは無いが、直感的にありのままを告げた方が良いと判断した。
「もし、提督の判断に歯向かえば、どうなるか分かりません。私は、どうせ、解体されるのに…それを庇ったために、あの子達まで、解体されてほしく、無かったから…です」
「…」
頭を下げながら震える声で告げる。
男から返事はなく、私の身体は震えていた。
「フハッ…そうか…。そうか…。」
顔を上げる。
男は、とても優しい瞳で、笑っていた。
この下らない考えを嗤わずに、笑っていたのだ。
「ハッハッハ…成程な。そうか。"そっち"か。ふむ。そうかぁ…フッフッ…」
「あ、あの…?」
何がそんなに可笑しいのだろうか。
「…良い仲間だ。」
それだけ呟くと、いかにも機嫌がよさそうに彼は歩いていく。
私はポカンとその後ろ姿を眺めていた。
その後、曲がり角で聞き耳をたてていた朧に提督に対して何馬鹿正直に言ってるんだとポカポカ叩かれたのは言うまでもない。
「…」
「…」
「…」
「…」
何故私は部屋で正座をしているんだろう。
何故三人に囲まれているのだろう。
「でね、頭洗わないの?って聞いたらあからさまに変な笑い方で慌てて洗い始めて…」
「…ふーん。入渠でそんな事が…。」
「…漣ちゃん…?」
やめい。ボーノ。そんな目で私を見るな。
潮も…心配されると逆に恥ずかしい…。
「いや、あのね?違うんですよ…ほんと。」
私の頼りない言い訳が通じるはずもなく、
三人は確信したような顔で同時に言い放った。
「やっぱり頭に何かつけられたんだね…」
「やっぱり提督が気になるんだよね…?」
「もしかして提督のこと好きなん…でもない」
朧は昔からこういうときに少しズレてる。
そして潮は何だかんだで鋭い。
曙は…真っ赤な顔をして顔を背けてしまった。
「ボーノはあれだね…思春期真っ盛りだねぇ?」
「うっさいバカ!!!ボーノって呼ぶな!」
「…で、何をつけられたの?」
そう言いながら私の髪をわしわしとまさぐる朧
「ボーロは昔からそういうところあるよねぇ…」
「朧ちゃん…」
されるがまま苦笑し、今度こそ笑みを浮かべた。
もう頭にあの感触と熱は残っていない。
そう、気にすることはないんだ。
「ま、気にすることはないですよ。
これはホント。一時の気の迷いだったから!」
必要以上に馴れ合わない。関わらない。
それが私達にとって一番幸せな距離感だろうから
…じゃあ何故彼は、たまに、
その距離感を壊そうとしてくるのだろうか。
はい!!一話に比べてみじけーよ!と!!
はい!わかってるんですはいっ!!
提督を出すと楽なんですが…艦娘同士で絡ませるのって思ってたよりも難しいんですね…!?
こう、提督には見せない艦娘同士の一面とか…あるんだろうなぁと思っててもなかなかそれを表現できないですね…。
やっぱりこういうのを上手く書けてる人は凄いなぁとしか思えません…!
あ、今回は漣が主役回となっております!
提督、艦娘の誰か、提督…の順でやっていこうかとも思ってたのですが…これは提督目線が多くなってしまいそうですね…。
何にせよ、こんな駄文ではございますが楽しんでいただけたら幸いですっ!
誤字脱字も未熟な文構成も多々あるとは思いますが!どうか見守ってやっていただけると幸いです。