ひねくれ提督の鎮守府建て直し計画   作:鹿倉 零

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背負うということ

「………。」

身構え、包丁を持った小さな少女と対峙する男

少女は、スッと目を細めたまま、

刃先を男に向けていた。

「素直に食べてくれるとは思っていなかったさ

…出来ればあまり苦しませたくない。

だから、抵抗しないでもらいたいな。」

「生憎とそういう訳にもいかないんでな」

男は苦笑し、ジリジリと後ずさる。

互いの距離は変わらず、

やがて男の背が壁に当たった。

「…怪我をさせたくなかったんだが…」

呆れたような、覚悟を決めたような呟きに、

響は眉を潜める。

「恐怖でおかしくなったのかい?

どう考えても怪我をするのは…」

「此所が"海"ならお前の勝ちだよ。

だが、生憎とお前は艤装も展開しておらず、

此所は"陸"…俺のテリトリーなんだな。」

そっと、腰に下げた軍刀に手をかける。

「もう一度だけ聞くぞ。怪我したくねーなら、その危なっかしいもんを仕舞え。お前にゃ似合わん」

睨み合う両者。

ビリビリとした緊張感が場を支配する。

…先に動いたのは男だった。

「…なんてな。」

軍刀を放り投げ、ドカッと座り込む。

「…」

「お前も俺の艦だ。…出来ねーよなぁ…。」

あーあ、と、上を見上げ、ため息をつく男。

響は相変わらず、刃を向けたままだ。

「…で、刃を下ろすつもりは無いんだな。」

「私はもう後には引けないんだ。」

「いや、それは違うな。今ならまだ間に合う」

笑う提督を睨み付ける少女。

「戯れ言は聞き飽きたよ。

…言いたいことはそれだけかい?」

「…戻れなくなるぞ」

その声には、不思議と重みがあった。

まるで一時停止ボタンでも押されたかのように固まる響に、男は優しく語りかける。

「お前は何も分かってねぇ。

何かを"奪う""殺す"覚悟と、重みを分かってない」

「そんなもの、君達人間が無理矢理立たせた戦場で幾らでも理解させられて…」

遮るように。

まるで彼は、彼女よりも何処か別の、何かを見ているような目で、独り言のように語りかける。

「自分の手で殺しちまったらな、

"背負わなきゃ"いけなくなるんだよ。

ソイツが歩く筈だった道も、生き方も、未来も

全部背負って、歩いていかなくちゃいけない」

「………」

少女と向き合う男。

それは、自分を殺そうとしている相手に向ける目ではない、とても、とても優しく、心配そうな瞳。

「なぁ、お前が今何を背負ってるのかは

知らねーが、今ですら押し潰されそうなお前に、

これ以上何かを背負うことができるのか?」

彼女の心を表すかのように、切っ先が揺れた。

「殺して生きるってのはな、辛いぞ。重いぞ。

一度殺しちまったら、もう取り返せなくなる。

どれだけ後悔しても、懺悔しても、

ふとした瞬間に相手の顔が浮かぶんだ。

許さない…って具合の、恨み言と共にな」

「ま、るで…」

少女は、恐る恐る、呟く。

「まるで…君が…誰かを、"殺したことがある"みたいじゃないか…?」

男は、スッとその瞳を細め、笑った。

「さて?どう思う?」

 

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私の脳内に、何度も聞いた姉妹の言葉が浮かぶ。

「私に任せて…最期くらい、頼って良いのよ!」

「…お姉ちゃんにだって、出来るんだから!!」

「響ちゃん、次に生まれてくる時は、幸せにー」

嫌だ。嫌だよ。折角、また会えたのに。

また、私は、置いていかれるのだろうか。

伸ばした手は空を切り、

いつも大切な人は目の前で沈んでしまう。

何度だって入れ替わるように新しい姉妹が来て、

何度だって同じ様に、誰かを庇って沈んでいく。

実際私だって、何度も沈んでいるのだろう。

でも、優先して残されたのは、護られたのは。

ー何時だって、私だった。

 

ギリッと歯を噛み締める。

「━━私はッ!!!!」

その大声で、男が驚いたように此方を見た。

「そんな戯れ言に耳は貸さない…!!

私は姉妹を守るんだ。"今度"は私がッ!!」

緊張と、恐怖で視界が霞む。

それでも、震える手でしっかりと切っ先を向けた

「…響」

「…君がなんと言おうと、私は姉妹を守るよ

その為なら、どんな重いものだって、

どんな辛いことだって喜んで背負えるんだ」

震える私の姿が滑稽だったのか、男は笑う。

「…響。」

「うるさいッ!!それ以上、

言葉なんて聞きたくない…!!

思わせぶりな言葉で、勝手に想像させて煙に巻く

君のやり口は分かっているんだ…!!」

「響!!!」

その大声で、肩が震える。

「…お前は、何を背負ってんだ。」

「………。」

「重いなら重いって言わねーとな、

誰も分かんねーし気付かねーよ。

…潰される前に、背負ってるもんを俺に貸せ」

「何を…ッ!!」

歩み寄ってくる男。

あり得ない。私が何を向けてるか忘れたのか?

…だが、向こうから来るなら好都合。

このまま刺し殺してやる。

「…っ!」

だが、そんな意思とは裏腹に、後ずさってしまう

なんで、なんで。

「私が…っ!!私が守らないと…」

「…」

「今度は私の番なんだ…ッ!!」

「……」

「暁も、雷も、電も、もう誰も…私の姉妹は…

…だから…私が…守らないと…っ!!!」

守らないと、いけないのに。

気がつけば壁に背中がぶつかり、

慌てた拍子にナイフを取り落としてしまう。

カラン、という音が響くと同時に、男は素早く距離を詰めてきた。

…不味い。

「…っ!!」

慌ててナイフを拾い上げに行く。

同じく、男も手を伸ばす。

その時私には、全ての情景が、

まるでスローモーションのように見えた。

ここで私がナイフを取り上げられたら、

本当に私は何もせずに終わってしまう。

誰も守れず、また誰かが沈んでしまう。

…もう迷わない。これを拾い上げ、すぐに刺す。

私がナイフを拾い上げるのと、

…男が、私を抱き締めるとは同時だった。

 

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目を見開く響。

「…辛いよな。」

その小さな体躯に、

一体どれ程の物を背負っていたのだろうか。

男は、少女をそっと抱き締めると、

子供をあやすかのように背中を叩いた。

腕の中の小さな温もり。

強く抱き締めれば、折れてしまうような儚さと

弱さで、彼は自然と、力を弱めていた。

「…っ」

肩が、暖かい液体で濡れていくのを感じる。

「…一人で背負うな。お前一人で重いなら、

一緒に背負うのが、俺の役目だ。」

そんな男の声を皮切りに、

彼女は大きな声をあげて泣き始めた。

 

「…」

腕の中の、小さな少女の、小さな頭を撫でていると、ポツリポツリ、絞り出すように話し始める

「私が、守ろうと…思ったんだ」

「…そうか。」

深くは聞かない。

誰から、なんて分かりきったことだ。

だから、しゃくりあげる少女を撫で続ける

「…今までの、提督とは、違うから…だから、

私は、"危ない"と…思ったんだ」

「………」

「暁も、雷も、電も。司令官の事を慕っていた。

期待していた。信じていた。

…だから、私だって、私だって、信じたいと…

本当に、そう思った。思っていたんだ。」

でも、と、彼女は続ける。

「でも、もし、彼も同じだったら。

そう考えると、私は恐ろしい焦燥に駆られた。

だって、信じていたんだ。三人は。

それで、もし裏切られでもしたら…

きっと、三人は、壊れてしまう。」

「………」

「私は焦った。彼を見極めようと思った。

…でも、駄目だった。

どんなに観察しても、演技じゃないだろうか。

人間なんて皆同じだ。そんな感情が沸き上がる」

震えながら、自嘲気味に笑う響。

「結局のところ…

私は、貴方を、"信頼"できなかったんだ。

勝手な憶測で決めつけて、疑って。

あまつさえ、裏切られる前に、

私が、殺そうとして。

…きっと、もしそうしていたら…文字通り

"取り返しがつかなく"なっていたんだろうね」

震える少女。

男は、少しだけ、抱き締める力を強めた。

「私は馬鹿だ…勝手に決めつけて、勝手に…」

「でも、お前は止まった。」

男の声が重なる。

「止まれたんだから、セーフだ。

言ったろ?まだ間に合うって。

間に合ったんだから、大丈夫なんだよ。」

…それにな、と。男は笑いながら続けた。

「誰かを守るために、自分の手を汚すなんて、並大抵の覚悟じゃ出来ねーよ。お前はやろうとした。その心意気だけでも、充分立派だ。」

再び泣き出す響の頭を撫でながら、

男はあることに気付き、立ち上がる。

「…不味いぞ?!あのクッキー、妖精共が持っていったんだ…!!もしあの中に毒があるなら」

「大丈夫だよ。あくまで混ぜたのは睡眠薬さ

寝ている間にブスリ、そのまま海にでも捨てようと考えていたからね」

サラッと恐ろしいことを言うなコイツ。

「…だから、もう少しだけ…このまま」

再び俺の胸に顔を埋める響を見て、

彼は大きくため息をつくと彼女が満足するまで

ずっとそうしていた。


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