…朝。
清々しいほど空は青く澄み渡り、
カモメたちが群れとなって空を飛ぶ。
窓を開け、潮風に身体を撫でられながら伸びをする男…もとい、提督。
書類にまみれた執務室の扉がドンドンとノックされ、青い顔をした大淀が飛び込んできた。
「て…提督っ!!!」
「…お、やっとか。」
目の前で、次々に運び込まれていく資材を見て、
男は欠伸をする。
だが、大淀はそんな彼の肩を揺さぶりながら
大きな声をあげた。
「なんなんですかこの資材?!」
「…うーむ、何処から持ってきたかは言えんが…
まぁ、簡潔に言うと…頼んでた。
…ぶっちゃけちまえば…他鎮守府からの資材の横流しだな。」
「何をしてるんですか…!!」
地面に膝をつく大淀。
「こんな量…一体何を交換条件に…
まさか貴方…っ!ここの艦娘を…!!」
「交換条件も糞も…持ってこいって言っただけだ
条件も糞もねーんだが。」
「訳が分からないんですが?!」
彼女はまだ運び込まれ続ける資材を指差して叫ぶ
「タダで送ってきたにしては量が多すぎます!」
「そうだな。無駄に多いな。これなら暫くはあまり資材の事を考えず入渠させられそうだ」
「そういう意味じゃなく…ッ!!」
「こんなのは良いから執務の量を減らしてくれってーの…ふぁぁ…眠ぃ」
せっせと運ばれる資材を背に、男は再び眠そうに大きく欠伸をすると、執務室に引っ込んでいく。
「何処に…!!」
「仕事だよ…。今日はやることが多いからな」
「…一応言っておきますが!提督ともあろうものが資材の横流しなど…大本営に露見すれば…」
「…俺にとって大事なのは"俺の物"でな?
その為なら、見栄も、プライドも、金も、他人も、…俺自身だって、どうなろうと構わんし、幾らでも手を汚す。…それが俺だ。」
一瞬だけ足を止め、大淀を一瞥もせずにそう言うと、男は歩き去った。
「さて、と。軽巡洋艦、集まったな?」
食堂に入ってきた女性達を一瞥もせずに、
男は冷めた声を出す。
「なんの御用でしょうか。」
「…掃除の件についてだ」
その言葉で、全員が顔をひきつらせた。
「…進んでいるか?」
「まぁ、それなりには進んで…」
「ほーん。」
男が紙切れを投げる。
机の上を滑ってきたそれは、
入渠施設を写した写真だった。
「じゃあ、何処を掃除したのか教えてくれ」
「…盗撮ですよ~?」
「まるで人間のようなことを言うんだな」
乾いた笑い声を出す男と、黙りこくる女性たち。
空気の重さに、顔を伏せた彼女らに
男は机を叩きながら怒鳴った
「そんなに無茶なことを頼んだか?俺は。
あのな、努力した痕跡があるなら何も言わねぇ
それどころか謝ろうと思っていた。
妖精のスプレーがあるとはいえ大変だろう
無理なお願いをしてしまってすまないってな。
…だがな、やる気がないだろお前ら。
今朝、島風と俺で一時間ほど軽く入り口だけ拭いてみたが、さほど時間もかからず綺麗になった。
…他の奴等はちゃんとやってるぞ?
お前らだけなんだよ。サボってんのは。」
何も答えない彼女らに、
男は更に苛立ちを募らせる。
「なにか理由があるなら教えてくれ。
ただ…ただ漠然とサボりたいだけなら転属届けでもなんでも俺が書いてやる。もういい。」
何人かが目を見開いた。
「命令されても出来ないほどやる気がない艦を運用する気はねぇ。望みの鎮守府に飛ばしてやるから此処から出ていけ。」
「なっ…」
大淀が掠れたような声を出した。
「…一応言っておくがな、俺は"善人"じゃねぇ。
伸び代のないやつは見捨てるし、見切る。
もう一度言うぞ。"やる気のない奴を運用できる程
俺は自分の能力を過信していない"。
すぐに転属届けを書いてやるから失せろ。」
ギリッと、誰かが歯を噛み締めた。
「悔しいか?だがな、皆が鎮守府の為に努力している間お前らは何をしていたんだ?…それを知ったときの頑張っていたやつらの方が悔しいんー」
「いい加減にしろよテメェ!!!」
片目に眼帯を付けた女が腰の刀に手を伸ばし、
ダン、と音を立てながら男を睨み付けた。
「黙っていりゃあ好き勝手ギャーギャー抜かしやがって…ッ!!調子に乗ってんじゃー」
「乗ってるのは誰だよ。
お前ら、俺を"優しい"とか勘違いしてねーか?
あと、吠えるのは良いが目を見て言おうな」
目を合わせた瞬間、彼女の身体は硬直する
「ぁ…っぐ…」
「まぁなにも言えねーわな。"提督"に対して初めからそんな口が聞けるなら、前任だってあそこまで調子には乗らなかっただろうしな…ようはあれだろ?俺は"舐められてる"って訳だ。」
彼は再び椅子に座り、女性達を再び睨み付けた
「…別にそこに不満はねーよ?ただな、言われたこともこなせないほど舐められてちゃぁ提督としてはやっていけなくなるわけよ。」
「て…提督…」
「大淀、お前も同類だぞ?まさかお前が気付いてない筈はねーんだもんな。」
「…っ!」
「優しくすれば付け上がる…なら、厳しくすりゃぁ良いのかね?お前らには。」
ブルッと、ほぼ全員が身体を震わせた。
だが、震えてない女性が一人。
「その辺にして貰えないかしら~」
「…ほう」
「初めましてぇ~。龍田です~。
…天龍ちゃんが先程は失礼いたしました~」
間延びした、何処か気の抜ける声で、
龍田と名乗る女性はお辞儀をする。
「…」
「あの~、先程、理由があるなら、と仰いましたが~。それを言えば許されるんですか~?」
「そりゃな。俺が納得するに値するなら、だが」
肩をすくめる男。
眼帯の、天龍と呼ばれた女性が怒鳴った
「オイ龍田…!!」
「天龍ちゃん、大丈夫よ~。」
「だが…!」
「入渠ドッグを掃除しない理由~?
…嫌だからに決まってるじゃない。」
低く、暗い声で。
目を薄く開け、女はそう呟いた。
「…確かに、あの血痕はお前らが生きた、
…頑張ってきた証だ。…だがな?それー」
「貴方は優しいのね~?
わざと悪ぶって、遠ざけて、誤解させて、
自分一人で解決しようと努力しているようだけど
優しさ…甘さが透けてるのよね~。
私は貴方のそういうところ、
昔の"誰かさん"みたいで嫌いじゃないわよ~?
…でも、そんな理由な訳無いじゃない?
"あんなやつら"の生きた証?そんなもの、
どれ程消してやりたいと思ったか…。」
その笑みは冷たく、何よりも暗い。
「ねぇ、何で今まで私達を心の何処かで見下して、此方を見向きもせず、怪我をしてもすぐに入渠できて補給も改装も受けることができた"あんなやつら"の為に、施設を綺麗にしないといけないわけ~?他の場所なら、それこそ駆逐艦寮ならいざ知らず、あそこは戦艦、空母、重巡の為の施設じゃない~。」
「お前…」
「駆逐艦も軽巡も、あいつらにとっては盾か弾除けでしかないのよ~。…分かるかしら?
今来たばかりの誰かさんには
わからなかったんだろうけどね~?
アイツらを庇って、いえ、"庇わされて"。
姉妹艦が沈んだ子なんて駆逐艦にも、
勿論、私たちの中にもいるわ~?
でも、それを見て、まるでそれが当然のように、
眉一つ動かさなかったのが戦艦であり、空母であり、重巡。
私達、あいつらのために働くほど優しくも、
あいつらのことを仲間だと思ってもいないわ?」
目を見開く男。
淡々と、されど残酷に、今までの過去は、そんな簡単には消えないとばかりに現実を見せつけてくる龍田は、彼の顔を覗き込むと目を合わせた。
「何か言いましょう~?
私達が掃除を放棄する理由が分かったか分からないのか、それくらい言っても良いじゃない?」
「……じゃあ言わせてもらおうかー」
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「…何か用?」
連装砲を磨きながら、
島風は振り向きもせずに問う。
男により、タマ、と名付けられた妖精が、
ひょこっと顔を出した。
「なにやらいらだってますねぇ~」
「………」
「わかりますよぉ~。そのきもち。」
腕を組ながら、うんうんと頷く妖精を、
島風は鋭い目で睨み付けた。
「…用事がないなら帰って」
「ふふふ~…にてきましたねぇ」
「…何の話?」
稀に艦娘、というのは、提督の影響をよく受ける
ということを彼女は知っている。
提督の性格に影響されたかのように、
化学反応でも起きたかのように、
普通の性格からは考えられないほど、
ガラッと違った性格の艦娘が時折観測される。
例えば、乱暴な性格の提督に引っ張られるように
同じく乱暴になる少女。
或いは、そんな提督の性格と反比例するように
驚くほど大人しくなる少女。
…そして。
「ていとくさんがきずつけられて、いらいらしてるんでしょ~?…ゆるせないんでしょ~?」
「………」
島風は、まるで男の性格に引っ張られるかの様に
"提督"…という存在に対して、異常なまでの執着を見せるようになっていた。
それはちょうど、病的なまでに"自分の物"に拘る、彼のように。
「…」
未だ警戒するように、此方を睨み付ける島風
そんな彼女に、
タマと名付けられた妖精は甘い毒を垂らし込む
「ねぇ、わたしもおなじきもちなんですよ~
あのこはやりすぎた。そうでしょう?」
ふよふよと飛び、少女と目を合わせる。
提督には、絶対に見せない、普段の無邪気で、無垢な笑みとは、正反対の笑みを浮かべながら。
「わたしといっしょにくんで、すこし"おしおき"
…いえ、いっそのこと、しずめませんか?」