男は、唾を飲み込み、
正面から彼女を見据えてニヤリと笑った。
「…お前の質問に答えてやるよ。
無駄死にか、否か。」
ハッとしたように振り向く龍田。
男は、覚悟を決めたような顔で言い放った。
「無駄死にも無駄死にだろ。アホか。」
ビュン、と音がして、
彼の頬に薙刀が突き付けられる。
「…理由を聞かせてもらえるかしら?」
「どんな死に方とか関係ねーよ。その犠牲で海域が攻略できたのなら未しも、撤退途中で轟沈だろ?盾としてしか役にも立たず…死んだ意味ねーじゃん。」
震える彼女の薙刀。
それは、恐れというより、怒りだ。
「…駆逐艦達はね、どんな艦よりも、"本質を読み取る"のが得意なの。だから貴方は多少マシだと思っていたけれど…気のせいのようねぇ~…」
「そりゃな。俺はお前らが期待するような善人でも、正義の味方でもねぇ。」
彼は薙刀を突きつけられても眉すら動かさず、
両手を上にあげ、呆れたように頭を振った。
「もういい。下らねぇ不幸自慢には飽き飽きだ。
そんな体験、どんな艦だってしてるんだよ。
…した上で、乗り越えようとしてるんだ。
過去をいつまでも引きずるならそうすれば良い。
お前の好きな駆逐艦が先に進むなか、
一人、過去に囚われ取り残されれば良い。」
歯を噛み締める龍田の背後に立つ、
軽巡洋艦達に語りかける。
「お前らも同類だよ。
理由に納得は行かねぇが、そんなにやりたくないのならもう良い。俺が入渠ドッグを掃除する」
彼女達は彼を睨み付けたままだ。
だが、そこには確かに安堵の色が見えた。
「何ホッとした面してんだ?阿呆だな。
俺が入渠ドッグを掃除して…例えば、そこに俺がカメラを、録画状態のまま"忘れて"しまってもお前らは文句を言えねぇぞ?
…そして当然、今後は軽巡戦艦関係なく、被害を受けた艦は問答無用で入渠してもらう。どれだけ嫌がろうと、抵抗しようと、絶対に、無理矢理にでもぶち込むからな?」
さぁっと、彼女らの顔が青ざめた。
「さてと、じゃあ俺は掃除でもするかな」
「ちょっー」
「もう良い!!俺が殺す!」
天龍が、彼の胸ぐらを掴み、壁に叩きつけた。
「離せよ。俺は"お前らが投げ出した掃除"を
しに行かねぇといけねぇんだよ。」
「そんな事してみろ。絶対に許さねぇ。
片っ端から全てのカメラをぶっ壊してやる」
「ハハハ!!勇ましいが…そうだな、仮に俺が忘れなかったとしても、もしお前らが俺の忘れ物を見つけたとしても、お前らはずっと怯え続けるんだろうな、本当にこれで全部なのか?何処かに隠されているんじゃないか?ってな。」
言葉に詰まった天龍と、
下衆びた笑みを浮かべる男。
「一生そうやって怯えてれば良い。
一生そうやって恨んでいれば良い。
前に進むことを諦めたやつに用なんてねぇよ」
「ッ!!!!」
拳を振りかぶる天龍を諌めたのは、龍田だった
「…天龍ちゃん、入渠施設の掃除、任せて良いかしら~?後ですぐに追い付くわ~?」
「龍田…」
「ほーん、他の軽巡は?文句ねーの?掃除だぞ」
誰も首を横に振らない。
ただ、恨みがましい目で男を睨み付けたまま、
ぞろぞろと部屋を後にしていく。
「龍田はどうすんだよ。」
「私はこの提督と~…少し、"オハナシ"があるからぁ~…。」
「…チッ。分かったよ。…程々にな。
こんなんでも、電達が気に入ってる。」
「分かってるわよ~。…特に島風。あの子は…もう絶対に沈めさせない。決めてるから~」
バタン、と音を立て、扉が閉められる。
薄く目を開ける龍田を見て、
提督は相変わらず下衆な笑いを浮かべた。
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「…?司令官は…居ないようだね…。」
「なのです」
「残念ねぇ…何処に行ったのかしら?」
「あ、暁は寂しくなんてないんだから…」
第六駆逐隊の四人は、執務室の前で各々声を出す
一番分かりやすく肩を落とした響を見て、
雷は首を傾げた。
「そういえば響、司令官に送ってもらってたわね…というか、そんなに仲が良かったかしら…?」
「ふふ、色々あるんだよ」
「な、な、なんで頬を赤らめるの響?!」
「その意味深な言葉はなんなのです?!」
「ちょっと!大人みたいな台詞使わないでっ!」
執務室は、彼が居なくても賑やかだ。
その折に、執務室の隅で、もくもくとお菓子を頬張る小さな妖精が居た。
「あ、妖精さんなのです」
「なにー?」
電の声に反応して、可愛らしく小首を傾げる妖精
「司令官さんの居場所、知りませんか?」
「んー…あのこ…たまがしってるとおもうー」
「ありがとうなのです!」
ふりふりと手を振る妖精を背に、
電は他の三人の元へ駆ける。
「タマさんを探すのです!!!」
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トスッ、と音を立ててソファーに座る龍田。
男は、苦笑いを浮かべながら訊ねた。
「どうした?"オハナシ"…するんだろ?」
「そんなに怖がらなくても良いわ~?
本当に、私がしたいのはただのお話だもの~」
口に手を当て、クスクスと笑う女性。
男は少しだけ眉を動かした。
「貴方、生粋の"詐欺師"なのねぇ~」
「…あ?」
顔を歪め、不愉快そうな声を出す男。
だが、龍田は全く動じない。
「あの場でああ言うことで、自分にヘイトを向けて、少しでも戦艦空母への憎悪を減らす。
それと同時に、そのヘイトを稼いだ自分が掃除をしようと言い始め、不安感を煽ることで、命令により無理矢理やらせるわけでも、他の艦がやるわけでもなく、他でもない私たち全員が自分と、駆逐艦のために自分から掃除をする…いえ、せざるを得ない、といった方が正しいかしら。」
淡々と解説していく龍田と、顔をしかめた提督
「なかなかどうして、ずいぶん頭が回るな」
「ふふふ~。頭の艤装も回るのよ~?」
「…?」
「…」
首を傾げた俺。
龍田は小さく頬を膨らませ、赤い顔でうつむく
…え?何?これは俺が悪いのか?
「…そ、そもそも~そんなに見え透いた煽りだと、かえって冷静になってしまうわねぇ~?」
「…あー…頭の艤装が?何て…?」
ギン、と音がして、頬に薙刀が突き付けられた
「俺が悪かったって…」
「…気に入らないわぁ~…」
ククク、と笑う男と、不満そうな顔をする龍田。
「…なんだよ、案外、普通だな。」
「……島風ちゃんは、泣かせないでね~?」
先から、彼女はやけに島風に拘る。
同時に、"もう"絶対に沈ませない。と言った。
…それが意味するのは、恐らく。
「…その沈んだ駆逐艦ってのは…」
「ふふ、貴方の想像通りよ~。…もしも、再びあの子に何かがあったのなら…私は全てを犠牲にしてでも、報復をするわよ~?」
その瞳は揺るがない。
男は呆れたようにため息をつき、言った。
「俺は少し用事がある…話はそれだけか?」
「そうねぇ~、強いて言うなら、嘘とは言え無駄死に発言は控えて欲しい、と言った所です~」
「…別に嘘なつもりはねぇよ。」
「悪ぶらなくて良いと思うわ~?
貴方は昔の天龍ちゃんに良く似ている。
わざと嫌われて、遠ざけて、
それでいて全てを自分一人で背負おうとする。
同時に、昔の私にも似ているわ。
本当に騙したいのなら、無駄死にって言った時に
あんな顔を浮かべるべきじゃないわね~。」
相も変わらず柔らかく笑う女性の側を通り過ぎるときに、男はボソッと言った。
「このままじゃ、本当に"無駄死に"になるぞ」
「…」
ドアを開け、少しだけ足を止めて、続ける。
「包丁ってのは、人を殺すことも、
死ぬほどうまい料理を作ることもできる。
今のお前を蝕んでいるのは只の"毒"だ。
過去の呪縛だ。それに殺されるか、
昇華させるかは、お前次第なんだぜ。」
「随分知ったような口をきくじゃない~」
「今のお前を胸張ってソイツに見せられるか?
ソイツは今のお前を見て、喜べるのか?
…自分の死が足枷になってるなんて、
俺なら…死んでも死にきれねぇよ。」
バタン、と扉を閉めると、
男は天井を見上げ、一人呟く。
「…人に言うのは、簡単なんだがなぁ…」
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「響ちゃん、だよね?」
声をかけられ、振り向くと、島風が居た。
「島風か。司令官は一緒じゃないのかい?」
「んー…場所を教えてあげても良いけど…
その前に…ちょっと付き合ってくれる…?」
チラリ、と、他の三人を見て、笑顔で頷かれ、
快く承諾の返事をする響。
「やったー!はやくはやくー!おっそーい!!」
島風は彼女の手を取り、ズンズンと先に進む。
その顔に、無機質な、その声とは全く対照的な
表情が浮かんでいることを、誰も知らない。