島風は理解した。
響の目の色が変わったことを。
恐らく、ここからが正念場だろう。
笑みを深めて、水の上を走る。
全ては彼のために。
全ては彼のために。
全ては彼のために。
ーアイツを沈めるチャンスは、今しかないー
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「自分の手で殺しちまったらな、
"背負わなきゃ"いけなくなるんだよ。
ソイツが歩く筈だった道も、生き方も、未来も
全部背負って、歩いていかなくちゃいけない」
男の言葉が、脳裏に甦る。
きっと彼は優しいから、
私が沈めたとは言わないだろう。
でも、姉を沈めたのは、他でもない私だ。
私は、彼女達を、
今までの姉達の生きた証を背負っている。
「私は、まだ、歩きたいッ!!」
今までずっと、呪いだと思っていた、
罪だと思い、背負い続けていた。
でも、違う。今は違う。
他でもない彼が、司令官が、
一緒に背負ってくれる。
私はまだ、彼と共に、
姉の生きた証を背負い、生きていきたい。
それがどれだけ苦しくても、辛くても。
彼と共になら、歩いていけると、
背負っていけると、そう感じたから。
飛び交う砲弾。
水柱が次々に立ち、水飛沫が跳ぶ。
悔しいが、島風の才能は本物だ。
この戦いの中でもどんどん動きは良くなって、
今や、実力はほぼ拮抗していた。
攻撃を避け、打ち返す。
避けられて、打ち返される。
何か、ほんの些細な切っ掛けで、
どちらかの攻撃は当たるだろう。
そして、そのまま押しきられることは必須。
響の頬を、汗が伝った。
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「私じゃ…駄目ですか」
サングラスの男が、ヒュウ、と口笛を吹いた。
「見上げた友情だねぇ。だが、断る。」
「なっ…」
「お前じゃ幼すぎる。流石になぁ…」
下唇を噛んで、地面を見つめる朝潮。
他の人を犠牲に出来る筈がない。
もう、どうしようもないじゃないか。
…そんな折だった。
「良いんじゃないですか?」
人混みを掻き分け、一人の男が声を上げる。
「お前なぁ…」
「そ、も、そ、も。私が拾ったんですよ~?
私は別に、いやぁ…むしろこっちの方が…」
少し肥満型の男は、気持ちの悪い笑みを浮かべ
じゅるりと音を立てた。
「はぁぁ…。お前だって察してるとは思うが…本当に良いんだな?」
「……」
朝潮は、彼らを睨み付けながら言い放った。
「私が、代わりになります」
男は、念を押すように言った。
「…自分が何を言ってるか、分かってるな?」
「…はい。」
朝潮は、震えたまま頷く。
「そうか。泣ける仲間愛だな。よし、連れてけ」
男の無慈悲な声が響いた。
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「…!!」
打ち出した魚雷の一つに、島風が被弾した。
些細な切っ掛けで、戦線は崩壊する。
「ぐっ…!」
苦しそうな声をあげ、
動きを止めた少女に必死に肉弾。
「隙ありだ!」
「…っ」
終わりだ。
勝利を確信した響。
だが、島風は吠える。
まるで、自身を鼓舞するかのように。
「私がっ!!私が守るんだ…ッ!!!!
提督を傷つけるやつは…私が許さないッ!!」
「………」
思わず、響は足を止める。
あまりにも、過去の自分に似ていたから。
まるでこれは、彼にナイフを向けたときのー
急に動きを止めたことを疑問に思ったのだろう。
そっと首を傾げる島風。
「…私の、負けで良いかな。」
やがて響は、どこか疲れたように、
少しだけ寂しげに笑った。
「…弾薬でも切れたの?」
恐る恐る、といったように尋ねる少女。
「そんな筈ないじゃないか。」
響は首を振り、苦笑した。
じゃあ、何故、と、彼女が問う前に
響は真っ直ぐに彼女を見つめ、言う。
「人を殺せば、その人の死を背負うことになる」
「………。」
「そこまで君が私を沈めたいなら、もう良いさ」
だけど、私の死が、いつか、
君の凶行を止める切っ掛けになれば。
あの司令官に、
この異常事態を気付かせるサインになれば。
私は喜んで、血となり、糧となろう。
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…あぁ、ここまで事が上手く運ぶとは。
島風を見ながら、妖精は笑みを浮かべた。
「…じゃあ、そろそろ終わろっか!」
響は目を閉じ、最後に、姉妹の顔を思い浮かべ
ドン、という砲撃音が、彼女の身体を揺らす。
来る筈の痛みを感じず、恐る恐る目を開ける響
「どういうつもりですか?」
やけに静かな海に、妖精の、タマの声が響いた
「もう、こんな"茶番は終わり"」
良く見ると、島風は、タマに砲を向けている。
「ここで沈むのは貴女だよ。タマさん。」
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唖然とする響に、傷つけてごめんね。
と、ひとこと謝ると、島風はタマに向き合う。
「…まさか、あなた。」
「確かに私は響ちゃんを憎んでるよ。
確かに私は傷付けたことを許せないよ。
でも、だからって…この子を沈めたら、
他でもない提督が一番悲しむから。」
響を庇うように立ち、言い切る島風。
「だ、だからってわたしをしずめるりゆうは」
「…何を企んでるの?」
「はい?」
妖精は首をかしげた。
この女はいったい何を…
「言い方を変えよっか。大淀に何をしたの?」
瞬間、島風の背後に一人の男の姿が見え、
妖精はギリッと、歯を噛み締めた。
彼女の憎しみは本物だった。
演技なんかではなかった。
だからこそ妖精は釣られたのだ。
完璧に、上手く誘導できたと思っていたのに。
…恐らく、初めから、読まれていたのだ。
誰にかなど、考えるまでもない。
「妖精は、基本的には沈まない。でも、例えば、妖精が憑いている艤装が沈んだとき…艦娘が轟沈したときに、一緒に沈むことが確認されてる。
そして貴女は不思議と、どんな艤装も扱うことが、憑く事ができた。」
逃げようとする連装砲の眼前に砲弾を撃ち込まれ、その巨大な水柱が動きを遮る。
「でも、私は違う。連装砲ちゃんが一人沈んじゃうのは悲しいけど、これなら。今の貴女なら、犠牲を出さずに沈めることが出来る。」
視界の端に、こちらに向かってくる影が一つ
脳裏に、彼の顔が映った。
馬鹿な。まさか、そんな。あり得ない。
直接来るリスクを理解することができないのか?
近海とはいえ、流石にここまで自分で来る筈が。
そう考えると同時に、妖精の頭には、
自分の物を守るためならどんなリスクでも犯す
男の生きざまがありありと思い出されていた。
「反撃開始だよ、タマさん。
そもそも、私があんなに弾を外した時点で、
可笑しいとは思わなかった?」
吹き荒ぶ風、揺れる波。
ニヤリ、と、島風が笑った。
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スカートをギュッと握り、瞳を閉じる朝潮。
小太りの男は、いやらしい笑みを浮かべ、
その手をゆっくりと伸ばしていく。
「なーんか怪しいと思ったんだよなぁ…
流石の俺もドン引きだわ。」
地面に顔を打ち付ける小太りの男。
朝潮が目を開けると、彼女を庇うように立ち、
その長い足で男を蹴り飛ばした、異様なほど目付きが悪く、純白の軍服に身を包む、提督が、ゆっくりと、相手の顎先を上に蹴りあげた足を戻すところであった。
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唖然とする両者。
静かになった空間で一人、
何事もなかったかのように頭をボリボリと掻く男
「コソコソ動く奴が居るから後をつけてみれば…
面白そうなことやってんなぁ。俺も混ぜろよ。」
「し、しれいかん…?」
その声で正気に返った男達が、大声で怒鳴った。
「テメェ!こんなことしてただで済むとー」
グチャリ、と凄まじい音が出る。
それは、男が未だ横たわった人間の後頭部に一切の容赦も手加減もなく足を踏みおろした音だ。
「あー…?今何か言ったか?」
鼻血が出たのだろうか、
コンクリートが赤色に染まる。
靴の裏についた血を嫌そうに眺めた後、
笑いながら尋ねる男に、
返す言葉など持ち合わせてはいなかった。
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「提督かと思ったかい?残念、長波サマだぜ!」
「長波おっそーい!!」
「これでも充分早いだろっ?!」
笑い合う二人、妖精は震える声で呟いた。
「あの人の…指示では…?」
「違うよ。これは私の独断。」
そんな筈がない。
だって、コイツは大淀と会ってすらない筈だ。
何故、そんな奴が、偽物だと断言できる。
「じゃあ、何故、大淀が偽物だと…」
「あの人がすり替えられたことは分かるよ。
だって、提督が偽物だと思ったんだもん。
そして、それを庇った貴女は怪しすぎる。」
言葉を失う妖精。
それは、信頼と呼ぶにはあまりに危険な信頼
まさに盲信と言っても過言ではないほどの信頼だけを頼りに、彼女はこんな作戦を打ち立てたのだ。
「その台詞、やっぱり貴女の仕業なんだ。
…まぁ、餌を撒いたらこんなにすぐ食い付いてくれるとは思わなかったけど。妖精さんって皆食いしん坊なんだね。というか…そもそも貴女が妖精かすら怪しいけどね 。響ちゃんを沈めるように仕向けて、何を企んでいたのかな。」
この少女は、思っていたより、
もっと、ずっと、馬鹿で、愚かだったのだ。
妖精は歯を噛み締めながら、自身の甘さを悔いた
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「てか、俺の物が勝手に出歩いてんじゃねぇ
外出許可証なんざ貰った覚えがないんだがな。」
「そ、れは…」
固まる男達を気にもせず、落ちた軍帽を拾い手で土を払いながら、朝潮の元に歩いていく提督。
「言い訳は要らん。軽巡は一週間以内だから、今から掃除を間に合わせればそれでよかったが、お前は別だ。もう外に出てしまった。俺になにも言わず、軍規を破って外出した。そこにどんな理由があろうと、ルール違反はルール違反だ。」
「ひっ…」
「流石に許容範囲を超えた。罰だな。」
後ずさる朝潮。
やがてその背中が壁にぶつかり、目を固く閉じた朝潮の頭に、男はボスッと軍帽を被せた。
「へっ…?」
「その荒潮ってのは茶髪だな。ここに来るまででそこの病棟の窓から似たような奴を見かけた。
…恐らく四階だ。今すぐ助け出せ。
それで罰としよう。」
…この男は何を言っているのだろう。
朝潮は思わず、帽子を両手で押さえたまま、上目遣いで恐る恐る男の顔を覗き込んでいた。
「追加で命令だ。これより、お前とお前の姉妹に危害を加えようとする人間は容赦なく殴れ。艤装を展開しても良い。俺が許可を出す。全責任も俺が取る。だから…好きに暴れてやれ。」
「そっ…そんなの?!一般人を…!」
「自分自身と、お前の姉妹を傷つける糞共と、どっちが大切なのか、頭冷やして考え直せよ。」
帽子ごと、わしわしと乱暴に頭を撫でられる。
「早く行け。大事な姉妹艦が待ってんだろ。」
男は朝潮に背を向けた。
駆け出す朝潮の後を追おうと、駆け出した一人のまだ若い男の首根っこを掴むと、地面に叩きつけ、何度も何度も顔を踏みつける男。
地面が赤く染まろうと、男がビクビクと痙攣を始めようと、一切の容赦も、慈悲もない。
「お、おい…やめろよ…」
「し、死んじまうぞ…!」
そんな震え声に反応し、ゆらりと此方を振り向くと、ギラギラと光る目で笑った。
「安心しろ、お前ら全員皆殺しだ」
「そ、そんな事してただで済むと…」
「どうでも良いな。俺はただ、俺の物を守りたいだけだ。…無論、傷つける奴は絶対に許さねぇ」
その狂気が宿った眼光に、男達は後ずさる。
…コイツは、どこか、狂っている。
誰もがそう感じた。
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「餓鬼…それも女を泣かせてんじゃねーよ」
身体に狂気を纏ったまま、
ズン、と一歩踏み出す男。
「貴女が何を企んでいようが、関係ないよ」
あまりに真っ直ぐすぎる瞳で、
島風は妖精と対峙する。
「俺の物に手は出させねぇ!
今の俺にあるのは、それだけだ!」
「私の鎮守府に手は出させない!
あの人のためにも、私が守るんだ!」
ー遠く離れた二つの場所で、
二人の声が青い、青い空に共鳴するー
作者です!!はい!!遅れてしまってごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!!
携帯がっ!!!携帯が壊れたというか小爆発した?というかっ?!
パスワード忘れてしまって中のデータ取り戻すのにえらく時間がかかってしまいこのような事態に…大変申し訳ございませんお久しぶりですただいまですぅ…
前編からえらく時間かかった後編で申し訳ございません!!
楽しんでいただければ幸いです!それと暫く端末の復旧からのデータの修復などに追われててあまり直ぐには続きを書けないかもです!ごめんなさい!!!ではでは!!この辺で!