ひねくれ提督の鎮守府建て直し計画   作:鹿倉 零

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エゴイスト

「…やはり、"けいかく"にないことなどするものではありませんね。」

諦めた様に笑う妖精から、不穏な気配が漂う

「…計画?」

島風は響を庇うように手を広げ、目を細めた。

「くちくかんひびきをしずませて、

いったいなにをたくらんでいるのか?

うぬぼれないで下さい。

いちくちくかんなどどうでもいいそんざい。

しずめるも、しずめないも。どうでもいい」

「…大淀は?」

「さぁ?どうでしたかね。」

あくまでも、余裕一杯にクスクスと笑う妖精に

長波はゆっくりと砲を向けた。

「アタシは、初めは眉唾だったんだ。

だってそうだろ?大淀さんはいつも通りだったし、妖精が何かをするとは思えない。

…でも、今のアンタなら…大淀に何かしたって言われても、全く信じられない訳じゃない」

「…それで?それがどうしたのですか?」

「その余裕に腹が立つね。

どっちが優位か、分かってんのかい?」

「どうでもいい響ちゃんは…何で狙われたの」

島風がそう訊ねた瞬間、

連装砲が足元に砲撃を行い、

巨大な水柱が彼女らの視界を遮る。

「"それ"があなたたちのはいいんです。

こうきしんはねこをもころす。

かんたんにじぶんたちがゆういだとおもいこみ

すこしでもじょうほうをあつめようと、

わたしにみすみすじかんをあたえる。

…だから、こうなるんですよ。」

水柱が消え去ったとき、

妖精と一匹の連装砲の姿は見えず、

そのたどたどしい声だけが聞こえた。

「…!!」

最初にその異変に気付いたのは、

他でもなく、一番後ろにいた響だ。

「この反応…深海棲艦…?

それも、十、いや、二十…一体何匹…ッ?!」

自分達を囲むようにして、

四方八方から、まるで包囲するように。

大量の深海棲艦が迫っていることに気が付く。

「…!?」

慌てたように辺りを見渡す島風。

遠くの海で、数えるのも億劫になるほどの量の

深海棲艦が蠢いているのが見えた。

「…少なくともハ級以上はいないのが救いだけど…こりゃあ長波サマでもキツいかも…」

「あなたたちはのこしておくつもりでしたが…

もういいです。けいかくへんこうです。

うみのもくずとなりなさい。」

荒れ始めた海に、冷たい声が響く。

 

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「…ま、待て!」

そんな大声で、男は足を止めた。

「わ、分かった。分かった!

お前の物に手を出したことは謝る…!!」

地面に手をつく男を冷たい目で見つめる提督。

男は、ヘラヘラと笑いながら上を見上げ、

その冷たい、狂気が宿った顔を覗き込んだ。

「…買う、買うから。買わせてくれ。

幾らでも用意する。だから、正式に、取引だ

交渉をしよう。あんなに居るんだ、

一匹くらい売ってくれても良いだろ?!」

「…………………良い………た?」

「…え?」

小さな声が聞き取れず、間抜けな声を上げる男

「…誰が………て……………た?」

提督は、高く、高く足をあげ、

容赦なくその顔に踵を振り下ろす。

「ギャッ…!!」

ドチャリと倒れ伏した男。

「誰が顔をあげて良いと言った?」

その胸ぐらを掴み上げ、乱暴に壁に叩きつけた

「たっ…助け…!」

「…今更誰かに助けを求めるには、

俺達は"汚れすぎてる"と思わねぇか?」

狂喜を纏ったまま、寂しげに笑うと、

彼は相手の頭に全力で額をぶつけた。

「さて、どーした?かかってこねーの?

言っとくが、さっきのやつみたいな舐めた

交渉なんざ通じないってわかってるよな。」

痙攣する男を放り投げ、

ケラケラと高笑いをする男。

サングラスの男が、増援を呼べと一人に命令し、

次の瞬間、その他の全員が一斉に提督に向かう。

「そうだ。俺らに和解の道はねぇ。

どっちかが死ぬまで止まらないんだろ?」

狂気的な笑みを浮かべ、男も駆け出した。

 

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「…響ちゃん、やれそう?」

艤装を構えながら、小さく訊ねる島風に、

響は一言だけ言った。

「…ごめんね。」

「…何が?」

「提督を、傷付けて…ごめん。」

下を向き、苦しそうな顔をする響のおでこに、コツンと自分の額を当てて、島風は笑った。

「帰ったら、ちゃんと謝ってね。」

「…あぁ、必ず。」

瞳にまだ強い光を宿したまま、響は力強く頷いた

「アタシもまだ提督に酷いこと言ったの、

謝れてないからな…一緒に謝りに行こうぜ!」

「あ、じゃあ長波も嫌い。」

「なんでだよ!!今は連携すべきだから!!!

トキトバ!!トキトバ弁えようぜ!?」

ツーンとそっぽを向く島風と、

慌てたように突っ込む長波。

…全く、昔では考えられないくらい賑やかだ。

「沈めない理由が…どんどん増えてくるよ」

誰にも聞かれないように、そっと呟き、

彼女も同じく主砲を構えた。

 

海は荒れる。

波が高く揺れ、複雑な波の動きに慣れていない島風は得意の機動力を発揮することができない。

それでも尚。

「まだまだッ!!!!」

敵に揉まれながら、高い声で叫ぶ。

そんな彼女に容赦なく砲口が向けられー

「油断してんなよッ!」

いち早くそれを察知した長波が先に砲撃を撃ち込み、動きを止める。

長波の無理な体勢からの砲撃による隙は、

すぐさま響がフォロー。

長波が立て直すと同時に離脱し、

再び数減らしを始める響を庇うため、

さらに目立つ行動を取り、島風は敵の注意を引きつつ回避に専念する。

「…へぇ…。」

妖精は目を細め、感心した。

なかなかどうして見事な連携だ。

…だが。

「…ホントに減ってんのかよ!」

「…きりがない」

「…っ!!」

焦りを見せ始める三者。

そう、人数の差、というのは

戦いの上でとても重要だ。

このまま消耗戦に持ち込み、

じわじわとなぶり殺してやる。

妖精は、口角を高く上げ、にやりと笑った。

 

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「がッ…!」

「多分だが俺らに救われる"権利"は無ぇ。

苦しみ悶えながら死ぬのが"悪役"だ。」

振り抜かれた拳を容易くかわし、

カウンター気味にがら空きになった鳩尾に

自分の拳を叩き込む男。

「もう俺たちに残された"希望"は無い。

この先にあるのは"絶望"だ。」

狂気的な程に真っ直ぐで、

危険なその拳が振り抜かれる度に、

男がバタバタと倒れていった。

「俺達は"期待"なんてされていない。

死んだ方がよっぽど喜ばれるんだろう」

されど、数は力だ。

空いた彼の頬にパンチが叩き込まれていく。

「俺には、"守る"力は残されていない。

"奪って"、"傷つける"のが俺の本性だ。」

されど、男は何でもないように受け、

すぐに殴り返すと言葉を紡ぎ続ける。

「分かるか?コレは"正義"じゃないんだよ」

下衆びた笑みを浮かべ、

人混みに揉まれながら男は叫んだ。

「これが俺の"エゴ"だッ!!」

ビリビリと空気が震え、数人が後ずさる。

顔を何度も殴られ、何度も身体を蹴られ、

圧倒的な人数差を相手にしながら男は嗤った。

「俺の目が黒いうちは、

アイツらに手なんて出させねぇ。

アイツらは俺が守るんだよ。

たとえ望まれなくても、

恨まれることになったとしても…

苦しみ悶えながら死ぬその時まで、俺がー」

「もう正気じゃないな。」

サングラスをかけた男が前に出る。

「…もういい。雑魚が集まっても同じだ。

アイツは俺が殺る。」

 

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「不味いね。」

響がボソリと呟いた。

「…弾薬?」

「あぁ、まだ尽きてはいないが…そろそろ。」

「そっか。私も。燃料がヤバイかも。」

ピンチにも関わらず、二人は柔らかく笑う。

「喋る余裕を戦いに回せよ!?」

長波は突っ込むが、彼女の身体もボロボロで、

足がガクガクと震えている。

「…島風。」

響の声が、砲撃音や轟音が響く戦場で、

やけに大きく響いた。

「君は、逃げろ。」

 

目を大きく見開き、固まる島風。

「…何を」

「ここで三人沈むのはナンセンスだ。

この事実を司令官に伝える役が必要なんだ。

少なくとも、司令官にあの化物の事を知らせないと、彼は騙されたままになってしまう。下手をしたら、いつか彼だって…!」

「それはっ!」

拒絶するように顔を上げ、叫んだ島風に対して、どこか吹っ切れたように笑う長波。

「あー、それ良いな、提督に、酷いこと言ってごめんなって、謝っといてくれよ」

「長波?!」

「私もだ。信じきれず、傷つけて、ごめんなさい、と。後できれば私のお姉ちゃん達にも、司令官を支えてくれと伝えてくれれば、これ以上思い残すことはないね。」

「響ちゃんッ!!!」

「彼の事、よろしく頼むよ。あの化け物が何を企んでいるのかは知らないけど…君が、アイツから、司令官を守るんだ」

「…はぁ?」

パン!と、手を叩く音が一度だけ聞こえ、全ての深海棲艦が消滅する。

瞬きをしただけなのに、その一瞬で、あれだけいた深海棲艦の全ての一切が消え去っていた。

「 は ぁ ぁ ぁ ? ! 」

再び聞こえる先程より大きな声。

そこにいたのは一匹の連装砲と妖精だ。

その妖精の瞳が暗く濁っており、目を合わせた全員が、まるで底無し沼のような、その闇に引き込まれる思いがした。


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