提督は、震える手で、
差し伸べられた男の腕に手を伸ばして行きー
「断る」
手をパシン、と払うと、ニヤリと笑った。
「そうか。残念だ。」
吹き飛ばされる提督。
転がり、噎せる彼の肩を掴み、無理矢理立たせると、その頭を大きく後ろに引き、勢いのままに彼の頭にぶつけた。
ガチン、という鈍い音が響き、提督はそのまま力なく仰け反っていく。
「俺とお前では分かり合えない。
それがただただ、残念でならないな。」
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「島風ッ!!!」
長波の叫び声で、ハッと正気に返る島風。
気がつけば眼前に迫っていた砲撃を、身をよじってかわせたのは最早奇跡と呼んでも過言ではないだろう
「呆けている場合じゃないよ。島風。」
軽く窘める響。
軽く視線を落とす島風を見て、
長波は安心させるように笑った。
「あんな奴の言うことなんて真に受けることねーって!…それとも、後悔してるのかい?アタシ達を…許しちまったこと。」
「…君が望むのなら、私は沈んでも良いよ」
「頼むからもうちょい生存意欲出そうぜ?!」
死を前にして、笑う二人に手を引かれるように
島風は真っ直ぐに前を見据える。
「後悔なんて、してない。する訳がない。
何て言われても、私は提督を、皆を、守るよ」
彼女の周りの連装砲が、彼女の覚悟を受け取ったように、キュイ!と、小さく鳴いた。
「…そうか。強いな…君は。」
柔らかな笑みを浮かべる響。
私では、守りきれなかった。
自分のせいで、二度も姉を殺してしまった。
ーだが、彼女にならー
彼女になら、もしかしたら、出来るかもしれない
私が成し得なかったこと。
心の奥底で、ずっと願っていたこと。
どうか、どうか、もうこれ以上はー
「もう、誰一人、沈ませない。
きっと、誰も傷つく必要なんてないんだ」
武器を真っ直ぐ妖精に向け、
自分を奮い立たせるように、強く言い切った。
「良いじゃない!寄せ集め軍団最高!!!」
腕を高く上げ、明るい笑みを浮かべる長波。
実のところ、もう視界はぼやけてきている。
気を抜けば、今にも倒れてしまいそうなほど、
足は震え、身体はボロボロになっていた。
ーだが、それでもー
「アンタと、アイツの為なら、
アタシは何だってできる気がするんだよな!」
心の奥底から溢れ出るのは笑み。
強い瞳を持つ、無二の親友を誇りとし、
その誇りで以て海上に立った。
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倒れていく提督。
ー確実に決まった。
もう立てないだろうと、気を抜いた彼は、
提督の口角がつり上がっている事に気付く。
「…お前」
「…ぉらよッ!!!」
その腹筋で、まるで弾かれたバネが元に戻るように、一瞬で体を起こし、そのままの勢いで額同士をぶつける提督。
「ガッ…!?」
サングラスがひしゃげて吹き飛び、男が倒れた
「…ゴチャゴチャうるせーなァ…」
額から血を流しながら、首をゴキゴキと鳴らす
それは、返り血だけでなく、彼自身の額が割れ
流れ出た血でもあるだろう。
「…つくづく…ッ!!正気じゃないな…!」
血が出ている頭を押さえながら立ち上がる男
「当たり前だろうが、ボケ」
「何故分からないッ!!何故守るッ!!
刺されたんじゃないのか?!
人間が大事なんじゃないのか?!」
吠える男に対し、耳を塞ぎながら男は笑った
「俺は心底人間が嫌いだ。
俺にとって大事なもんは俺の物だけだ。
…だがな、そもそもお前、間違ってんだよ。
そんな汚い金で助けられた餓鬼が、
本当に喜ぶとでも思ってんのか?
今後お前は、その餓鬼共の兄として、
胸張ってソイツらと向き合えんのかよ?」
「お前らが!!!!恵まれてるからそんな
"綺麗事"が言えるんだよッ!!!!!!!」
提督の胸ぐらを掴む男。
「汚い金だから何だ?!
まだ幼い女を売った金だから何だ?!
金は金だ!!!もう俺はッ!!俺達は!!
間違っていたとしても!!
恨まれることになったとしても!!!
こうするしか無いんだよッ!!!!」
その言葉で、男は満足そうにニヤリと笑う。
「良い顔になったじゃねーか。
さっきよりずっと好感度高いぜ?
正義だのなんだのって、
自分を誤魔化すのはやめろよ。
俺達人間が正義なんて"御立派なもん"
持ち合わせてる筈がねーんだからな。
互いに譲れん物がある。
その為なら、手段は問わん。手だって汚す。
…それだけで良いじゃねーか。」
「お前は…」
顔は腫れ上がり、あちこちから血が出ている。
だが、血化粧に彩られた彼の目だけは。
何よりも力強く、光に満ちていた。
「ここから先が本番だ。
お前の想いは良く分かったが、はいそうですかと引き下がるほど俺は"正しく"ねぇ。
言っとくがな、俺は強いぞ。
ここから先は、単なる意地のぶつけ合いだ。
下らねェ建前は良いから殴り合おうぜ」
「お望みならやってやる…後悔するなよッ!」
拳が交差され、二人は同時に吹き飛ぶ。
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「ひとつだけ、いいことをおしえてあげます」
妖精は淡々と言葉を紡ぐ。
「わたしは、あなたたちのいう"ようせい"です」
その言葉で、全員が一瞬、足を止めた。
「…とてもそうは見えないね。」
「妖精にしちゃ邪悪すぎっつーの」
「…妖精だとしても、何かを企んでるのは事実で、提督を悲しませるなら私はー」
「もっとも、あなたたちがふだんいっている
"ようせい"とはすこしだけ、
ちがうのかもしれませんが。」
世界にノイズが走る。
砂嵐のような、その音を聴き、
三人は辺りを見渡した。
「…たくさんのていとくをみてきました。
たくさんのせかいをわたりあるいてきました。」
地震が起こる。
否、水面が揺れているのだ。
酷く不規則に、酷く不安定に。
「わたしのこえはだれにもとどかない。
わたしのすがたはだれにもみえない。
せかいをひとりきりでおよぎつづけ、
いつしか、"ぼうかんしゃ"では
ものたりなくなったのです。」
「今度は何だよ?!」
「…これは…」
「…下ッ!!」
島風の声がする。
「わたしのすがたがみえたものは、
おこったり、らくたんしたり、
いふしたり、ぜつぼうしたり。
…わたしがすがたをみせたじてんで、
あなたたちにきぼうはないのですよ。」
大きな波音が立ったかと思えば、
海の中から、白く、巨大な"手"が現れた。
「…ハァ?!」
「なに…あれ?」
「…はは、もう…無茶苦茶じゃないか」
視界が揺れ、海面が歪む。
世界にノイズがかかり、空に亀裂が走った。
「おろかなかんむすどもが。
せかいのはざまにひきずりこんでやる。」
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「もう…一丁ッ!!!」
立ち上がり、駆け出す提督は、
再び壁に叩き付けられる。
「…お前…はぁ…っ!しつこいにも…程が…」
「その程度か?!」
血にまみれながら、再び向かってくる男。
対峙する男が、最早目の前の人間は
死んでいるんじゃないかと、
ゾンビなんじゃないかと、
馬鹿な考えをしてしまう程に。
「…チィッ!これで…!」
額の中心に拳が叩き付けられる。
しかし、男は倒れない。
不適な笑みを浮かべたまま、
その額で以て男の拳を受け止めて見せた。
「ある餓鬼達が居た。
自分達ですら精一杯なのに、初対面の相手に迷いなく手を差し伸べるお人好し達が居た。」
一歩下がる男の懐に踏み込むと、
その腹に拳を打ち込む。
「ある餓鬼が居た。
騙されている仲間を救うために、わざと相手の恨みを買い、目を覚まさせようとする馬鹿が居た。」
「ガッ…!」
容赦のない追撃。
呻く男の腹に、更に一撃を。
「ある餓鬼が居た。
消えた自分の仲間の想いを受け継ぎ、ただ強さにこだわり続ける阿呆が居た。」
もう一撃、もう一撃、何度も拳を打ち付ける男。
「ある餓鬼達が居た。
形は違えど仲間を守る為、自分の身を省みず、自身を犠牲にして仲間を救おうとするバカが居た。」
カウンター気味に出された相手の拳。
男は身体を深く沈め、その拳をよけると、
相手の顎先に向けその"左拳"を振り抜いた。
「ある餓鬼が居た。
アイツは馬鹿で、コミュ症で、すぐ調子に乗る問題児だが…なによりも目が真っ直ぐで、澄んだ、向日葵のような笑顔を持っていた。」
「グッ…ぁ…」
血が出る。
左腕に激痛が走る。
それでも男は、迷いなく最後まで拳を振り抜いた
「まだ俺は、全員と分かり合えた訳じゃねぇ
それでも、いや、だからこそ、
ここで負けるわけにはいかねーんだわ」
「俺…も……だよ…糞………やろ…」
倒れる男。
気絶したのか、力を使い果たしたのか。
動かなくなった男を眺め、提督は、笑った
「まぁ、弱くは無かったんじゃねーかな。
俺には到底届いてなかったがな。」
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深海から伸びる白い腕が、
彼女たちを引きずり込もうと掴みかかる。
「ッ!!!」
それを辛うじて避わした響は、
執拗に自分が狙われていることに気付いた。
「…それもそうか。」
彼を傷つけたのは自分なのだから。
この対立の元凶は全て私なのだから。
…少し前の自分なら、沈んでいたんだろう
"死"という選択肢に、逃げていたんだろう。
「…でも、今も同じと思わないことだ。」
自分が狙われるなら、彼女たちがより動ける
島風に目をやると、彼女の足元、水面下に、
"手"が伸びていることに気が付いた。
「"うで"がいっぽんだなんて、
だれもいってませんよ?」
「島風ッ!!!」
彼女の叫び声が響くのと、
手が島風に伸びるのは同時だった。