ひねくれ提督の鎮守府建て直し計画   作:鹿倉 零

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決意

男の足元には沢山の男達が転がっていた。

肩で息をしながら、血に濡れた男は、

背後から二つの足音が

近付いていることに気が付く。

「…来た…か。」

ゆっくりと振り向く男。

視線の先には、驚愕から目を見開く朝潮と、

恐怖から歯をガチガチと鳴らす荒潮が居た。

「し、司令官…!!一体これは…」

「………」

返事をせず、ゆっくりと、

一歩一歩地を踏みしめるように近づく提督。

思わず身構えた二人。逃げようかとも思った。

相手は手負いだ。その気になれば逃げきれる。

…だか、恐怖からか、足がすくんで動かない。

「……………」

男はどんどん近づいてくる。

「………ご、」

恐怖に耐えかね、荒潮が震えながら呟き始めた

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」

それでも男は止まらない。

恐怖は伝染する。

手を繋いでいた朝潮が、

喉の奥で小さく悲鳴を漏らした。

残り数メートル。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」

どんどん距離は近づいてくる。

「ごめんなさいごめんなさい…」

やがて、二人の目の前まで来た男は、

まるで倒れ込むように、二人の少女を抱き寄せた

「…無事か。馬鹿共が。」

反射的に固まる二人の少女。

でも、何故だろう。

こんなに胸が満たされるのは。

突き飛ばそうと思えないのは。

「…本当に…無事で…良かった…」

鼻につく血と汗の匂い。

恐怖の権化である提督に、抱き締められている

なのに、気がつけば、二人は男の背に手を回し

わんわんと大きな声で泣き叫んでいた。

 

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「島風ッ!!」

叫び声が響き、島風の足元から"手"が現れる。

「きゃっ?!」

その手が彼女を掴む直前。

「キュイ!」

連装砲が、彼女を突き飛ばし、代わりに掴まれ

そのまま海の底に引きずり込まれていった。

「連装砲ちゃんっ?!なんで…っ!?」

水面下を覗き込む島風。

暗い海の底が見えることはない。

その上から差し迫る手を長波が撃ち抜き、

島風を強引に立たせた。

「馬鹿!!座り込む暇なんてないだろ!」

「だ、だって連装砲ちゃんが…!」

「島風!!」

響が彼女の顔を挟み、目を合わせる。

「連装砲の思いを無駄にする気か君は!!」

その珍しく感情を露にした怒声で、

ハッとしたように目を見開いた。

「…そう、だよね。そうだよね。」

海を滑り、下を向きながら呟く島風。

「貴女がどんな思いを持ってようと関係ない

私は、提督を、皆を守るんだっ!」

「おまえにそんなちからなんてない」

「分かってるよ!私は貴女みたいに賢くないし、不思議な力も持ってない。

提督みたいに強くないし、頭も良くない。」

「おまえにまもるけんりなんてない」

「そうかもね。許せた私より、許せなかった貴女の方が、よっぽど提督の事を好きなの"かも"」

「おまえにはなにもできない」

「できないって分かってたとしても、

しない理由にはならないよねっ!!!」

島風はどんどんスピードを上げながら吼える。

対する妖精も、砲撃とその"腕"で

彼女を掴まえようと迎撃を始める。

対峙する二人。

決着の時は近い。

 

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涙も声も枯れ、二人を引き離すと、

何故か物寂しげな、或いは物欲しそうな

顔でこちらを見つめる二人。

なんだそのなんとも言えない目は。

…だが、生憎と、時間はない。

男は、二人の少女の頭をそっと撫でて告げた。

「俺は少し野暮用が残ってる。

先に帰っててくれるか?」

不思議そうな顔を浮かべる荒潮と、

キリッとした顔で敬礼をする朝潮。

彼女たちが提督の命令に逆らうはずもなく、

素直に、手を繋ぎながら帰る二人の背中を見届け

男は後ろを向いて笑う。

「…」

無言で、此方に近づいてくる男達。

「増援…ねぇ…。

さて、もう一踏ん張り、できるかね…」

彼はボリボリと頭を掻いて、

再び狂気の面を被る。

 

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「ちょこまかと…!!」

唸る妖精。

『良いか、島風。』

島風の脳裏に浮かんでいたのは、

長波と戦う前の、提督の言葉だった。

『俺達は弱い。これだけは頭に入れていろ。』

風が吹く演習場で、男は島風を見ながら言う。

『弱い…?』

『経験ってのは力だ。俺達はアイツらほど、

場数も、性能も、経験もない。』

ゆっくりと島風の頭に手が伸ばされた。

『ぉぅっ?』

『だが、それが俺達の"強み"になる。』

ニヤリと、不敵な男の笑顔に見惚れていると

彼は、淡々と語りだした。

 

「どれだけあがこうがむだです。」

『力量の差ってのは余裕を生む。

余裕はいつか油断となり、

油断はいつか隙になる。』

幾つもの腕が海面から伸び、

それら全てが島風へと伸びた。

「…っ!」

『短期間でアイツらを上回ることはできない

実力も、経験も、培ってきたものが根から違う

だが、だからと言って、

"弱者"が必ずしも負けるとは限らない』

全てを辛うじて回避し、

上を見上げれば第二波が迫っていた。

『"弱さ"は"強さ"だ。相手の油断を誘え。

自身を脅威に見せるな。相手に余裕を与えろ。

そうすればいつかは隙ができる。』

『…やられっぱなしでいろってこと?』

『調子に乗らせておけば良いんだ。

どうとでも言わせておけば良いんだ。

最期に喉笛を噛み千切り、嗤ってやれば良い

最後に勝てればそれで良い。

結局のところ、いつだって最後に勝つのは

最期まで勝つことを諦めなかった奴だ』

「これでおわりです」

迫る手を長波と響が撃ち落とした。

「島風!ぼうっとしている場合じゃ…」

声は途切れる。

島風が大きく海を蹴り、

妖精に向かって肉弾したのだ。

「ばっ…!!」

「おろかですね。」

確かに近づけば、

"手"からは逃れられるかもしれない。

だが、連装砲の砲撃から逃れられる筈がない。

向けられた砲口から轟音と共に砲撃が出されー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女が練習していたのは、海を滑る練習でも

まして砲撃をより正確に当てる練習でもない。

高跳びの要領で、相手の砲弾をスルリとかわし

空中で妖精に砲口を向ける。

「…なっ」

目を見開く妖精。

彼女が長波と戦う直前に練習していたのは、

この、相手に一直線に接近し、

迎撃してきた砲弾をかわしながら撃ち返す練習

『泥臭くても良い。惨めでも良い。

諦めない限り、一%は勝機がある。』

一回限りの、油断し、何の考えもない

真っ直ぐな砲撃をかわして撃ち返すだけの、

簡単でいて、とても難しい攻撃方法。

『ーソレが"弱者"なりの戦い方だ』

「ーこれが"私"なりの戦い方だよ」

ニヒッと歯を見せて笑う島風。

今度は彼女の砲口が火を吹いた。

 

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「どーしたよ?!ビビって声も出ねぇか?!」

白い服を赤く染め、笑う男を見て、

男達は言葉を失った。

「あ、兄貴…」

彼のすぐそばに倒れている男を見て、

誰かが声を漏らす。

そして、次の瞬間、全員が怒りから、

咆哮を上げながら男へ突撃した。

「…はは、さすがにキツいか。」

彼の小さな呟き声は、

男達の咆哮に掻き消される

 

「オイオイ!怒る権利がお前らにあんのか?」

笑い声は、蹴りにより遮られる。

「黙れよ…死に損ないがッ!」

「………。」

瞬間、彼の動きが止まった。

「そうだな。その通りだ。」

誰もが背筋を凍らせる。

悲しげに、狂気的に。

彼は、そんな笑みを浮かべ、

目の前の男の腕の肉を噛み千切った。

「俺は死に損なっちまった。

きっと、俺が死ぬべきだったのにな。」

吐き捨てながらどこか遠くを見て呟く男を見て

狂人め、と沢山の"正義"の殺意は濃くなる

 

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『挫折や失敗ってのは誰にでもある。』

妖精の立っていた場所に水柱が立ったが、

島風は距離を取ることもなく

何度も攻撃を繰り返す。

『だが、格下に足元を掬われた場合、

大抵の奴が動揺する。混乱する。』

「これで…ッ!!!」

『不意をついた後、建て直す隙を与えるな。

一度喰らい付いたなら、絶対に離すな。

一気に畳み掛けろ。勝負をつけろ。』

水柱が消え去ったとき、

何十もの"手"がドーム状に覆い被さっている

奇妙な塊が現れた。

手がポロポロと海に落ちて行き、

中から妖精が出てくる。

「…ゆだんしました。」

「っ…!!」

 

『これは相手が油断しているからこそだ。

警戒されるようになったら…何も通用しない』

 

ー男の、最後の言葉が、脳裏に浮かぶー

 

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「…ぜっ…はぁ…」

何人もの男に取り押さえられ、

狂人は地面に顔を押し付けられた。

「この…っ!!暴れんな!!」

「俺を取り押さえたところでどうなる?

アイツらはもう逃げた。無駄なんだよ!!

ざまぁみやがれ!!!クハハハ!!!」

心底嬉しそうに笑う男。

金属バットを持った男が、彼の前に立った。

「お前に選ばせてやる」

「あん?」

「ここで死にたいか?」

瞬間、真顔になり、黙る提督。

「………。」

「死にたくないなら、今すぐ艦娘を連れてこい

…お前なら、容易だろう?」

「断る。」

即答する男。

「…そうかよ。じゃあ死ね。」

不敵に笑う男の顔に、

勢いよくバットが振り下ろされる。




次回でようやく…
提督も島風もケリをつけるでしょう…
いやぁ…長々だらだらと申し訳ないです…
ほんと文才というか…文章能力がある人ってどんな訓練してどんな生活してたらあんな面白い文章を書けるんでしょうか…
どうかどうか!ダメダメな作者ではございますが
これからも彼等の事を見守っていただけるとありがたいです…っ!!

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