ひねくれ提督の鎮守府建て直し計画   作:鹿倉 零

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妖精というもの

「…はぁ。」

町を見渡せる高台で、

女は歩き去る男を見てため息をつく。

「…終わったのかしら?"青葉"」

「………はい。」

背後からかけられるそんな言葉に反応し、

彼女は無表情のまま振り向く。

「ですが、あの男。折角盗聴器で街の人間を扇動したにも関わらず、敵を作ったようです。」

くしゃりと、手元の盗聴器を握りつぶす青葉。

街の人々が倒れ伏す男を見て驚かなかった理由は

彼女が盗聴器をスピーカー状態にして、町の人間の元へ匿名で送り届けていたからである。

そこから垂れ流される音声だけを頼りに町の人々は一人また一人と、提督と対峙する身内の不始末を片付けるために、探し回っていたのだ。

「場所の特定に苦戦していたようなので、次回からは地図も添付しておきます。…もし次回があるならば、ですが。」

「…それで。…駆逐艦は?」

「二名とも無事です。軽巡洋艦が男を見張っていた為、救助はしておりません。」

「…そう。これだから駆逐艦は…。

本当。手の掛かる子供ね。」

眼鏡を外し、目頭を抑える女性に、

相変わらず無機質な表情で語りかける青葉。

「…不機嫌そうですね。"霧島"さん。」

「私は計画に無いことをされるのが一番嫌いなの

…あの男にしろ、軽巡洋艦にしろ。不愉快よ」

「駆逐艦が手の掛かる、というのには同意です。

個人的にはいちいち自分達が動かずに済んで良かったですがね。」

肩を竦めるように言う青葉。

霧島と呼ばれた女性も、はぁ、とため息をつき、

同意するように頷いた。

「…それもそうね。…街の人間に顔はー」

「見られていません。」

「なら、早く帰りましょうか。

他の戦艦達にも報告が必要でしょうしね」

歩き出す霧島。

青葉は一瞬だけ振り返り、

光の無い、冷たい瞳で男を見つめると、

霧島の後をついて歩き出し始めた。

 

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「…司令官っ!!」

「……!!」

暫く歩くと、走り寄ってくる二人の少女。

「お前ら…先に帰れって言っただろ…」

抱き止めると、鼻をすする音が聞こえた。

「私が残らせたのよ~。下手に二人だけで行動させるより、貴方を回収して皆で帰った方が安全だと思うしねぇ~。」

「…そうか…。」

「オイオイ、もっと他に言うべき事が

あるんじゃねーの?」

ニシシ、と笑う天龍。

「あー…無事でよかった。本当。」

そう言うと同時に、ベシッと後頭部を叩かれる。

「そりゃもう聞いたろ。

"心配かけてごめんなさい"

"もう一人で無茶はしません"だよ馬鹿。」

「あのな?!上官だからな俺?!」

「知らねーよ。…それともあれか?

上官様には逆らうな~ってか?

お前がそう言うなら敬語で話してもいいぜ?」

ため息をつく俺と笑う天龍。

コイツ分かってて言ってやがる。

「こっちのがお前らしくて良いな…。」

言いながら顔をしかめると、

朝潮が服の裾を握り締めながら言った。

「上官に対する態度は改めるべきです…!」

「その上官の服の裾を握り締めるのかー」

「こ、これは…その…ご、護衛ですっ!」

顔を赤くする朝潮と悪戯っぽく笑う天龍。

そんな二人を眺め、笑うと。

俺の視界は一瞬で暗くなった。

 

「ぇ…?」

朝潮が小さく声を漏らす。

ドサリと音を立て、倒れた提督に駆け寄る天龍が必死に肩を揺らそうとするが、龍田が慌てて止めた。

「揺らさないで!…息は…あるみたいね…」

「糞ッ…!初めからあの怪我で立ってれたのが可笑しかったんだ…!!今からでも病院にー」

「ここからなら鎮守府の方が近いわ。

街には敵も多いし…得策とは思えないわね」

先程の元気は嘘のように。

ぐったりとした男は天龍に背負われる。

「…どうして…?」

そんな彼に、荒潮は疑問を投げ掛けた。

どうして。そこまでして。

「私なんかを…」

ピクリとも動かない腕から返事はない。

「司令官?!司令官っ!!」

目に涙を浮かべながら、

何度も何度も呼び掛ける朝潮。

歯を噛み締め、細心の注意を払いながら、

足早に鎮守府へと向かう天龍。

うつむき、ひたすらに前を進む龍田。

青かった空にはいつの間にか黒い雲がかかり、

今にも雨が降りだしそうである。

 

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「…これが艦娘とやらの"可能性"ですか…?」

俯きがちに言う妖精。

「なんだ…ちゃんと喋れんじゃん」

肩で息をしながら長波がぼやき、

「…君は、何者なんだ…?」

響が目を大きく見開きながら呟く。

「…これが、これが…"この程度"が…?」

戦況は、妖精に大きく傾いていた。

 

「私は沢山の世界を渡り歩いてきました。

歴戦の艦娘の戦い方、様々な提督の指示。

…そして、それらの破滅まで。」

だから、彼女等のステータスは熟知している。

何処まで動けて、どの様に考えるか。

どう動くのが得意で、どの様に戦うのか。

それだけじゃない。

何年も、何十年も、気が遠くなる程提督達を眺めてきた妖精は、彼女たちよりよほど戦術にしろ、戦い方にしろ、知識がある。

「ですが、私は同時に期待していたんです。

貴女達ならば期待を越えるのではないか。

何か、私の予想を裏切ってくるのではないか。

限界を超えた"人の意思"があるのではないかと」

だが、と、妖精は言葉を続ける。

「…貴女達でも無理なのですね。

やはり、艦娘という枠は越えられないのですね」

期待外れだ。と。

瞬間、彼女達の視界が大きく歪む。

…否、世界が歪んでいく。

「目は!目は離すな!!」

そんな響の大声と共に、小さな声がした。

「一時期は人の為に何かしようとしたんですよ

でも、どれだけ私が尽くしても、働いても。

帰ってきたのは罵声や憎しみでした。

私は何もしていないのに。

私は力になりたかっただけなのに。

決めつけて、なにも知らない人間たちは

私のせいだと憎んで恨む。

何時からか私の身体は"そういう感情"

で構成されていました。

妖精の枠からはみ出てしまったのです。」

砲撃も、腕が伸びてくることもない。

なのに、彼女等の脳が警鐘を鳴らす。

「妖精は、現れれば喜ばれるものでしょう?

こんな"汚い感情"を抱くこともないのでしょう?

では、世界に拒絶された私は。

人間の"悪意"に堕ちた私は。

私は…いったい、何者なのでしょうか。」

この場から離れないと、と。

この状況は危険だ、と。

だが、視線は反らせない。

「話が脱線しましたね。

貴女は先程言いました。

"提督はそんな事望まない"、"きっと悲しむ"

…果たして本当にそうでしょうか?」

「何を…っ!」

島風が、その空気に耐えきれず大声を出した。

「こういう所は本当に人間に似ている…

"彼が望まない"んじゃない。

貴女が望んでいないだけでしょう?

"彼が悲しむ"んじゃない。

貴女に手を汚す覚悟がないだけでしょう?

尤もらしい理由をつけて、綺麗事を並べ立てて

自分も他者も騙して、騙して騙して騙して騙して

嘘を吐いて、吐いて吐いて吐いて吐いて。

…突き詰めてみれば、全て自分の為なんでしょう

その醜さを誤魔化すために、目を反らすために。

知らない振りを繰り返し、

やがては本当に忘れてしまう。」

「違うもんっ!!私はっ!!」

「…違う?本当に?

貴女が彼の何を知っているんですか?

悲しむという確信でもあるんですか?

許さないよりも許す方が楽だからでしょう?

或いは彼がどうなろうとどうでも良いからー」

「違うッ!!!!」

「では、本人に聞いてみましょうか」

妖精は、口に人差し指を当てて笑う。

数歩後ずさる島風。

目を反らさなければ大丈夫だ。

大丈夫な筈なんだ。

響の頬を、汗が伝う。

 

「…雷…?」

「…ゆ、夕雲姉…?!」

そんな声が左右から上がった。

それでも島風は視線を反らさない。

…反らせない。

なのに何故だろうか。

妖精の立っていた場所に男が立っているのは。

「雷!私はー」

「ち、違うんだよ…アタシはただ…」

「…島風。…何をしてんだ?」

男の声が、静かに響いた。

 

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「ていとく…」

小さな声に、彼は一切の反応を見せない。

ただ、強い声でもう一度。

「…何をしてるんだ?」

「わ、私は…」

「…俺に黙って勝手に動いたんだな。

…俺に黙って勝手に許したんだな。」

「それはっ!」

「…許すのはお前じゃない。

…お前にそんな権利はない。

…それは俺が決めることなんだよ。」

足が震える。

「…俺の物にそこまでの権限を与えた覚えはない。

…勝手に動くような奴は、俺の物じゃねぇよな」

「提督…?」

「…自分を撃て。…そのまま沈め。」

目を見開く。

今、この人はなんてー

「…出来ないか?…出来ないよな。

…だってお前は結局自分の為に動くんだから。

…俺の為っていうなら今ここで沈め。

…俺はお前が沈むことを望んでるよ。」

手が震える。

艤装がカチャカチャと音を鳴らしていた。

それでも、その手は。

砲口は、ゆっくりと自分に向いていく。

「…へぇ、撃てんのかよ?…お前に?」

「提督、最後に、一つだけ。良い?」

眉を動かす男に、笑いかけながら、一言

「私は、提督が、大好きだったよ。」

「俺は誰にも愛されない。望まれない。

…物の癖に好きだの何だの、虫酸が走るな。」

その言葉を最期とし、彼女は瞳を閉じてー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気がつけば、三人は倉庫に倒れていた。

「…え?」

「なっ…」

「へ…?」

辺りを見渡すと、

此方に凄い速度で飛んでくる妖精が。

「…ッ!?」

思わず目を閉じた三者。

だが、妖精はそんな三人の横をすり抜け

真っ先に手口へと向かう。

「ま、待って!何が…!!」

「うるさい!!もうわたしのまけでいい!!!」

そう叫び、飛び去っていく妖精を見て、

三人は顔を見合わせた。

 

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門をくぐると、文字通り妖精が飛んできた。

「ていとくさんっ?!」

息を確認すると、

凄まじい形相で此方を睨み付ける彼女。

「…おまえらがやったのか?」

その圧に、戦場に立ち慣れている筈の

天龍ですら、僅かに怯んだ。

…だが、怯まない者もいる。

「邪魔よ。退きなさい。

貴女に構っている暇はないの。」

薙刀を突きつける龍田。

「…なるほど。」

暫く睨み合いが続いたが、

先に視線を反らしたのは妖精だった。

「天龍ちゃん、早く医務室に。」

「お、おう…!」

「て、提督ッ?!?!」

妖精のさらに後ろから大きな声がする。

「島風…ちゃん…」

掠れた声が、龍田の口から漏れた。

 

駆け寄る島風。

龍田はその右から迫り来る拳を受け止めた。

「どういうつもりかしらぁ~?響ちゃん?」

拳を受け止められた響は、

ぶつぶつと何かを呟く。

「…私にそんな権利はないことは知っているさ

…でも、でも…そうか、この感情が君の…」

「何をぶつぶつと…」

「私は知っている。今朝、軽巡洋艦と提督が揉めたことを。駆逐艦が怯えていたからね。

そして、鎮守府の外に出た君達二人を長波が目撃しているんだ。つまり…"そういう事"だろう?」

「降ろせよ。天龍さん。

アンタに私達の提督を背負う権利は無いね。」

「長波…お前…」

立ちはだかる長波と響。

「少し面倒ねぇ~…」

「時間がないから退け!話なら後でいくらでも」

「ふたりとも、さがりなさい。」

「っ…」

「…タマさん」

「なにやらごたごたしてきましたが…

ゆうせんすべきは"かれ"です。」

未だに意識を取り戻さない男の頬を軽く撫でると

苦しそうな顔を浮かべながら妖精は呟いた。


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