「ふざけんなっぽい」
執務室に集められた何人かの艦娘達。
その中で、一人の艦娘が笑顔で言った。
「…だがな、夕立…」
腕を組む提督は姿勢を崩さない。
「何を企んでるのかは知らないけど、
見られて不味いことをするつもりなら、
他でもないこの私が許さないっぽい。
…自分の信用の無さを理解してないのかしら?」
「夕立…」
咎めるような声を出す時雨。
「失礼な!司令官がその様なことをする筈が!」
朝潮が彼女の発言に噛みつき、
笑顔だが、表情を少しだけひきつらせた荒潮が、
夕立を睨み付ける。
「つまんなーい…」
呟いた島風を第六駆逐隊の面々が宥め、
加賀と初春が溜め息をついた。
ー今から鎮守府に客人を招くことになったー
-その間、艦娘が誰一人として
寮から出ないように取り計らって欲しい-
提督の要求はすんなり通る筈もなく、
意見は真っ向から別れていた。
「…そもそもの話、上官を疑うとは何事ですか!
命じられた事を遂行するのが私たち艦娘のー」
立ち上がり、大きな声を出す朝潮。
「悪いけど、私は反対だよ。
司令官、君は今薄氷の上に立っている状態だ
勿論、私は提督を信じているが、
他の…君を知らない艦娘はそうじゃない。
今、信用を無くすような行為は避けるべきだ」
それに対し、椅子に座ったまま淡々と言う響
「じゃあ誰も出ないように
こっそり仕向ければ良いんじゃないかしら!」
「そんな簡単に行くかのぅ…」
目を輝かせながら手を叩く雷と、
扇子を広げ呆れ声を出す初春。
「で、でもでも、私達に聞かせられない話だって
あると思うのです…!」
「それが問題なんだよ。電。
隠す、と言うことは同時に要らぬ誤解を招く
只でさえ提督に不信感を抱いている艦娘が、
いつ不安を爆発させるかも分からないだろう?」
「ご、ごめんなさいなのです…」
「えぇっ?!なんで涙目…?!
って皆何その目!?これ僕が悪いのかい?!」
涙目になる電を時雨が必死に宥め、
荒潮がポツリと呟いた。
「…皆、私は信じているけど、
なんてスタンスを取っているけどぉ~…。
結局、司令官を信じきれてないだけでしょう?」
「あら、私は提督を"信用"しているけれど
"信頼"まではしてないわよ?
だから、艦娘に聞かせられない話、
なんて言われれば当然疑うし怪しむわ。」
「………」
澄まし顔の加賀を睨み付ける荒潮。
ピリピリとした空気の中、
暁が元気よく手を挙げた。
「…どうしたの?暁?」
島風が問うと、暁はモジモジとしながら訊ねる
「あの…その…なんで司令官はその人を私達から遠ざけたがるのかなって…」
「………。」
今まで黙っていた提督が、
溜め息と共に、ゆっくりと口を開く。
「恐らく…"アイツ"はお前達の天敵だ。」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「どういう意味かしら。」
呟く加賀。
提督は目頭を押さえたまま言う。
「アイツは…何て言おうか…一言で表すなら、
"人のミカタ"だ。どうしようもない程にな。」
全員が首を傾げた。
「響は俺が薄氷の上に立っていると言ったな。
それは同時に、お前たちも立っているという事だ
この不安定な、まだ建て直している最中の時期に
"アイツ"と接触させるのは非常に不味い。」
「そんなに怖い人なの…?」
暁が怯えながら言う。
「…"人"に対してはこの上なく優しい
力もあるし、心強い味方にはなるだろう。
だが、それ以外に対しては、な。
アイツは…とことん"人間"なんだよ。
自分の意思が、正義がある。そしてそれは、
"人のミカタ"であり続けることだ。
無用な対立は不利益だろうから、
自分から危害を加えることはないが…
同時に"人"の利益を守るためなら、
何でもする…文字通り、何でもな。
同じ"人"なら兎も角、
その他に対しては一切の容赦も慈悲もない。」
加賀が溜め息をついた。
「だから誰も会わせないと…?眉唾ね。」
「何か勘違いしているようだから言うが、
これは"お願い"じゃない。"命令"だ。
アイツと艦娘を会わせる訳にはいかん。」
強い口調で言い切る提督に、
夕立は肩を竦めると言った。
「じゃあこうしましょう?
…"秘書艦以外の外出を禁じる"。
監視役代わりに秘書艦を置くの。
そうすれば、まだ皆の溜飲は下がるっぽいし
不安なら、秘書艦の子に聞けばいい話。
その上、提督の要求でもある、
艦娘との接触も最低限に抑えられるっぽい」
名案とばかりに何人かが頷いた。
「…だがそれは。」
「私は最古参っぽい。
提督や人間の"そういうの"には慣れてるっぽい。
…だから、仕方がないから私がー」
「駄目だ!!!」
大声で、"ほぼ"全員が肩を竦めた。
まだ前任の恐怖は身体が覚えている。
…だが。
「…ほう。」
提督は興味深げに呟き、
目の前の少女を見つめた。
「朝潮。良くビビらなかったな。」
「はっ!」
敬礼をする朝潮。
彼女だけが、身体を硬直させたものの、
唯一目に見えて大きな動きをしなかったのだ。
「彼女は駆逐艦に広いパイプがある。
それに、彼女なら姉妹艦もいるし、提督に買収されたと考えられることも無いわね。」
加賀が提督の背中を押すように呟いた。
「駆逐艦朝潮…。…頼めるか。」
無理矢理絞り出したような提督の声。
「はっ…はい!!!
この朝潮、必ずや秘書艦の任を遂行し、
司令官の御期待に応えてみせる所存です!!」
背筋を伸ばし、ハキハキとした声で、
真っ直ぐな瞳を持つ少女はハッキリと言い切った
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「…はぁぁぁぁ」
頭を抱える提督。
そんなに呼びたくないならば、
無理に呼ぶ必要は無いのではないかと朝潮は思う
だが、そうもいかないのが"軍"なのだろう。
「珈琲でもご用意しましょうか?」
「あぁ…頼む…」
湯沸し器でお湯を沸かす。
静かな部屋に、カップに珈琲を入れる音が響いた
小気味のよい音が、
彼等の緊張を少しだけ和らげる。
やがて、白い煙を吐くそれを、
ゆっくり、慎重に執務机に運ぶ朝潮。
「砂糖やミルクは…」
「大丈夫だ。ありがとうな。朝潮。」
「んっ…」
頭を撫でられる。
実のところ、朝潮が身体を硬直させなかったのは
別に人間が怖くないだとか、
耐性があるなどと言う理由ではない。
「(やはり、この御方が私達を傷つける筈がない
だって、こんなにも優しくて…格好…)」
そこまで考え、ボフッと顔を赤く染める朝潮。
そう、単に彼女は、提督の事をあの中の誰よりも
ー信じて、信頼していたのだー
「っと…悪いな。なんで俺は撫でる癖が…」
スッと離された手に、
思わず残念そうな声が漏れるのは仕方がない。
そう、仕方がないのだ!
キリッと前を見る朝潮。
対する提督は、ズズッと珈琲を啜る。
「…わたしも…」
提督と同じ、何も入れないままの珈琲を飲み、
そのあまりの苦さに顔をしかめた。
二人で静かな執務室で、珈琲を啜る。
自然と頬が綻び、必死に顔を取り繕うが、
それでも抑えきれない喜びが彼女を襲った。
「そういえば…司令官!
不服という訳では御座いませんが、
何故掃除の担当をああ分けたのですか?」
自分を誤魔化すため、訊ねる朝潮。
「あぁ、駆逐艦には少し仕事量が多いよな。
正直俺も迷ったんだが…堪えて貰うしか…」
「いえそんな!!今までを考えると、
寧ろ楽過ぎて恐ろしくなるくらいです!
あの本当に!!そういう意味でなく、
何かお考えがあるのではないかと…」
慌てて否定する朝潮を見て、
提督は笑うと話を続ける。
「戦艦が工廠ってのはあれだ。
彼処が一番物が多くて、重い物もあるからな。
戦艦なら古参も多いだろうし、
まぁ…お前らより一部分では優遇されてたんだ
こういう時こそ働いて貰わねぇとな…と。
加えて軽巡洋艦だが、アイツらは今数が少ない
流石に艦娘寮のようなだだっ広い場所を
アイツらだけに掃除させるのはもっての他だ。
かといって食堂の器具などを任せるには、
新しい艦も多いだろうから心許ない。
…大事な器具や、誰かにとって思い出深い道具をゴミと間違えられて棄てられるかもだしな。
あとは何より…これから暫くは戦艦や重巡より
軽巡、駆逐艦を重点的に使うことになるだろう
将来的に自分達が一番使うようになるんだ。
なら、今の内から掃除させておこうと思ってな
次に…軽巡洋艦でチラッと言ったが、
食堂や倉庫には大事なものも多い。
入れ替わりの多かった駆逐艦や軽巡洋艦では
不便なこともあるかもしれないからな。
倉庫と食堂の違いはあまり無いんだが。
まぁ、空母は良く食うし。食堂で良いかと。
で、最後にお前達駆逐艦だが…
別に消去法で決まったわけじゃない。
駆逐艦には寮をやらせようと決めていた。
理由は"数"とお前達の"強さ"にある。
数は言わずもがな、なんだが…
もう一つ、お前達の強さ、強みなんだ。
一人でもある程度は戦える、
戦艦、重巡、空母と違って、
駆逐艦は一人じゃ何もできない。
じゃあ、どう戦えば良いのかって言うと、
仲間と連携を取り、協力して戦うんだ。
一人じゃ動かせないようなベッドでも、
協力して皆でやれば持ち上げられるだろ?
協力する大切さと、息の合わせ方を学べて、
普段話さないようなやつと話す良い機会にもなる
だからこそ、駆逐艦以外に、
艦娘寮に荷物を運び込む適任者が居なかったんだ
尤も、苦労はかけてるとは思ってる。
本当に、その件に関してはすまない。」
言い終えた提督は、朝潮が此方を見て、
呆けていることに気付く。
「…どうした?」
「司令官は…いつもそれほどまでに…
私達の事を考えて下さっているのですか…?」
「考えてるってほどでもないだろ…」
頬を掻く提督。
「というかそれより…朝潮、
ブラックで良いのか?苦くないか?」
尋ねる提督に、朝潮は苦笑して答えた。
「…苦いですね。」
「無理するなよ、砂糖を取ってくるぞ?」
「いえ、大丈夫です。これで…いえ、
これが、良いんです。」
手元のカップを何故か幸せそうに眺める朝潮
「…そうか?」
きっと、可笑しな奴だと思っているのだろう
怪訝そうな顔をする提督。
確かに、私が、艦娘が。
こんな感情を抱くのは、きっと間違っている。
それは、苦い珈琲を無理矢理飲むのと同じ位、
可笑しく、理にかなっていない事なんだろう。
「…それでも、私は…」
「ま、良いんじゃね?
俺も変わり者って良く言われるしな。
お前がそれでいいと望むなら、
…きっとそれで良いんだろう。」
「…!」
珈琲の事なのだろう。
でも…それでも、私は、
その言葉で思わず頬が紅くなった。
静かな執務室に、二人。
この時間がずっと続けば良いのに、なんて。
身の丈に合わないことを考えた瞬間だった。
ーバン!!
凄まじい音と共に、扉が蹴り開かれる。
「なっ…!?」
「…ぁ?」
「動くな!憲兵だ!!!
一般人に対する暴行の件で貴様を拘束する!」
そこには、提督を示す白とはまた違う色の軍服に身を包む、"憲兵"と呼ばれる存在が立っていた。
「待ってください!司令官は何も…!」
「何だ?艦娘。お前に発言件は無い。」
「…ッ!!」
その鋭い眼光に怯む。
だが、彼を守るように、
二本の足で立ちはだかり、両手を広げた。
「…させません!」
「なんだ?その態度は!
反逆罪で貴様も営倉にぶち込んでやろうか?」
声はまだ若い女性だ。
だが、そのあまりの圧に、
朝潮が気圧されそうになったその瞬間。
「なぁ、この建物も俺の物だからな?
…どういうつもりでやったか…
1から教えてもらおうか、…"玲"」
「…え?」
思わず振り返る。
「そうカッカしないでよ…冗談じゃん?
相も変わらず"モノ"が大好きだねぇ~。司クン?
…いや、今は提督さん、かな?」
人差し指で軍帽をクイと上げ、
レイ、と呼ばれた少女はニヤリと笑った。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「いやはや、ビックリしたよ~?
君から"商談"を持ち掛けてくるんだもん。
何々?どうしたの?海軍でも潰す?」
笑いながらソファーに座る女性。
何でもない事のように恐ろしい事を言う女性に、
朝潮は思わず面食らう。
提督という職業の男に、
冗談でもそのようなことを言ってのけるなど
今すぐに取り押さえられても可笑しくない。
…だが、朝潮は男の次の台詞に耳を疑った。
「…"高くつくからな"。遠慮しておく。」
「知ってるよ~冗談冗談。
顧客の懐事情くらいはある程度理解していないと商売なんてやっていけないって!
…ま、君が私の旦那さんになってくれるなら?
私は貸す力なんて惜しまないんだけどなぁ…」
「それも遠慮しておく。
俺はお前と違って心底人間が嫌いなんでな」
「あ~ぁ。振られちゃったか~!って、
商談前に取引先の機嫌を損ねるってどうなの?!
もっと上手く世渡りして行こうよっ!」
「貴女は…何を…」
呟く朝潮の方を見ると、
女性は首を傾げて言った。
「あり?もしかして私の事、
…なんにも知らない感じ?」
「は、はい…」
「朝潮、このご時世、特に戦時中に於いて
一番力を持つ物は何だと思う。」
提督に問われ、首を傾げる。
「軍…でしょうか。」
「違うな。」
「では政府?」
「ハズレ。」
「……財閥?」
「マスメディアだよ」
見かねたのか、横から口を挟む女性。
「"国民主権"のこの御時世、
国民の意思…所謂世論が大きな鍵になる。
軍が動くのも、政府が政治をするのも、
国民の合意が無いと何もできないからね。
そしてその世論に最も影響を与えやすいのが、
…私たち、"マスメディア"なの。」
「紹介が遅れたな、コイツは笹倉 玲。
…国民的アイドルだろうが、政治家だろうが、
どれだけ武功を立てた軍人であろうが。
コイツの手に掛かれば
文字通り一瞬でその座から引き摺り下ろされる
まさに"世論"の体現者…
メディアを裏で牛耳る"化け物"だ。」
ヒラヒラと手を振りながら、笑う女。
朝潮は毛が逆立つのを感じた。
「あり得ません!!」
思わず声を出す朝潮。
「1メディアが何をいったところで、
世論はそう簡単に…!!」
「有力なメディアには全部コイツの息がかかっている。もし、誰がテレビをつけても、どんなチャンネルでも同じ様なニュースが流れるとしたら?世論はどうなると思う?」
「だ、だとしても…!!メディアに流されず、
自分の手で調べる人達だって…!」
「うんうん。居るねぇ~"極々少数"が。
でもさ?そういう人の声って、
愚蒙な大衆の声にすぐかき消されるの。
正義感に囚われた馬鹿っていうのは、
自分を信じて疑わない。考える事を放棄するの」
クスクスと笑う女性を見て、
朝潮は驚愕を隠し得ない。
この女は危険だと、ろくな人間じゃないと。
身体の全てが拒絶反応を起こす。
「というか?なんで艦娘が此処に居るの?
折角の再会だし、私、君と二人が良かったな?」
「生憎と俺は信用されてなくてな。
密会なんかした日にゃ、完全に信頼を無くす
朝潮は…秘書艦兼…見張りみたいなもんだ」
「ふーん。」
暗い目で此方を見つめる女と目が合い、
思わず身体が震えた。
「朝潮、とりあえずコイツに茶でもー」
「はっ…はい!」
「あー、要らない要らない。
艦娘の出したお茶"なんて"飲めないって。
万一にでもほら、石油とか入ってたら嫌だし?」
ケラケラと笑う女。
提督は深く溜め息をついた。
「お前は相変わらずだな。本当。」
「そうだね。私は今も昔も変わらない。
何処まで行っても、どうしようもなく、
"人のミカタ"なんだよ?」
朝潮の胸を、複雑な感情が支配していた。
「離れろ。近い。」
「えー何~?照れてるの?」
ボディータッチがあまりに多い。
ベタベタと提督に張り付き、
嫌がる提督を笑顔のままからかう女性を見て、
…気がつけば朝潮は行動に移していた。
「昔から君は~…ってきゃっ?!」
服の襟首を掴んで引き剥がす。
そして、二人の間に割り込み、
彼を守るように両手を広げた。
考えてみれば当たり前だったのだ。
もしこの女がそんな権力を持っているなら、
彼が本当は嫌がっていたとしても、
強く言えないのは。
こんな小さな鎮守府、
潰すのは造作もないことだろうから。
きっと彼は、自分の身を犠牲にしても、
この鎮守府を、私達を、守っているのだ。
…あの時のように。
「…何?いきなり?」
もう、守られるだけの自分でいたくない。
「司令官が嫌がっています。」
「…何?艦娘が人間様に楯突こうって?」
もう、ボロボロになった彼を見て後悔したくない
「………その辺にしておけ。」
だが、彼が制したのは。
「…なぁ、朝潮。その辺にしておけよ。」
他でもない、私の、方だった。
「ほらほら、ね?良い子だから邪魔しないで?」
「………。」
「んー?聞こえなかったのかな?」
「…朝潮?」
それでも、私は動かない。
「司令官の御命令であろうと、私は動きません
これは私の独断ですが、
司令官は非常に嫌がっているように思います。
だとするなら、それを遠ざけるのは、
秘書艦である私の、
貴方に救われた私の、
貴方の艦娘である私の義務ですから。」
相対する女性の目の光がみるみる内に消える。
「…はぁぁぁぁぁ。」
女の深い溜め息が、静かな執務室に響いた。