ひねくれ提督の鎮守府建て直し計画   作:鹿倉 零

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"秘書艦"と"人のミカタ"(後編)

「…成程ねぇ。それが貴女の"選択"なんだ?」

無言で、ゆっくりと頷く朝潮。

「独断が良い行為だとでも勘違いしてるのかな?

艦娘の癖に、人間にも容赦なく楯突いて、

その上提督の命令を素直に聞くこともない。

…不良品かな?交換の余地があるんじゃない?

この艦娘は"人間"に害を為す。

なら…此所で消しちゃおっか?」

彼女の身体を突き刺すのは強い悪意。

深海棲艦の殺意にすら勝るとも劣らないそれは

朝潮を威圧するには充分すぎた。

『俺の同類だ。』

脳裏に司令官の言葉が思い返される。

喉がゴクリと鳴った、その瞬間だった。

「…言っておくが、コイツは俺の物だからな?」

ギュッと抱き寄せられる朝潮。

慌てて上を見上げると、

庇うように朝潮を抱き抱える提督が、

その威圧感で以て、彼女の敵意を打ち消していた

「何?邪魔するの?」

両者のにらみ合いは続く。

戦場で死の恐怖を味わってきた朝潮の足が震えるほどの害意のぶつかり合い。

たかが人間が、それも二人も、

こんな殺意をふりまけるのかと、

朝潮は心底恐ろしく思う。

やがて、提督は視線を反らすこともなく呟いた。

「…もう充分だろうが。

いつからお前はそんなに性格が悪くなった?」

「え?」

瞬間、女性からの圧の一切が消え失せる。

「やーん、だって可愛いもん!

ちょっとだけからかいたくなっちゃって?」

「…で?お眼鏡にはかなったか?」

にゅふふ、と変な笑いを浮かべ、

朝潮と改めて向き合った女性は、

真っ直ぐに彼女の瞳を見て言った。

「合格だよ。合格。

さっきの酷い態度を謝らせて。

…ごめんね?」

「…へ?…へぇっ?!?!」

状況が読み込めない朝潮に、

提督は苦笑しながら説明をする。

「改めて紹介だ…コイツは笹倉 玲。

俺の同期で…あー…」

「彼女?」

「死ぬか?」

間髪いれずに突っ込む提督。

こんな彼を見たのは初めてだ。

「君は、そしてこの馬鹿提督は、

君たちが思っているよりも

きっと、もっとずっと危険で、不安定な存在。

私が"人間"という種を重視するならば、

或いは私が"人間のミカタ"であったならば、

君達は私の敵になるんだろうけどね。

生憎と私は、"人のミカタ"なんだ。」

「何を…?」

「貴女は、人間の象徴って何だと思う?」

答えなど初めから期待していなかったのだろう。

朝潮が何かを言う前に、女性は言葉を続ける。

「私はね、"無駄"だと思うんだ。

他の動物と人間との違いは、無駄があるかどうか

だって、他の生き物って、食べて寝て、

必要最低限の生きる努力をするだけでしょ?

"私とは何か"とか、"生きる意味は何か"とか

生存の効率化でも何でもないじゃん。

それで私たちが生きやすくなるわけでもなく、

別にそんなことを考えなくても

充分快適に生きていけるのにね?

これは、種の生存という観点から見れば、

一種の"無駄"になるわけ。

それでも、人間は無意識に、或いは意識的に、

ソレを追い求める…何でだろうね。」

話があまり理解できず、首をかしげる朝潮

「要点だけ話せよ…

話が長いのはお前の悪い癖だ。」

提督がため息と共に言い、女は笑った。

「"ヒト"と、"人間"と、私の言う"人"の三種類。

これらは似ているようで、全然違うってこと。

貴女は人だよ。

提督と私がベタベタしても、逆らう必要はない

でも貴女は逆らった。これは一種の"無駄"。

ただ生きることを求めるんじゃなく、

生きていく上で問題にはならない不必要なことも

追求していく姿勢を見せた。

そして貴女は、自分がどうなろうと、

誰かを護ろうとする"強い意思"を一貫した。

何に変えても貫こうとする、強い自分の意思を。

つまり、貴女は私の思う"人"そのものなんだよ」

目を見開く。

「艦娘なんて糞食らえって思ってたんだけど…

君と提督に免じて、

この鎮守府は私の庇護下に置いてあげる。」

ニヒヒ、と笑う女性と、

緊張が解け、座り込む朝潮。

「ありがとな、朝潮。

…お前を秘書艦にして、良かったわ」

そんな声で、朝潮はひとこと呟いた。

「あさじおは…おやぐにたでまじだか…?」

「あぁ。お前が居てくれてよかっ…

えっ…どうした?!」

泣き出す朝潮。

手をわたわたと動かす提督の背中を叩き、

「こういうときはギュッ!て抱き締めるの!」

笑いながら言われ、困ったように頬を掻いた後

提督はそっと朝潮を抱き寄せた。

 

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「何でですか?!」

「え?」

朝潮の大声で、女性は首を傾げる。

「なんで距離感はそのままなんですか?!」

「そりゃ、あれはお試しもあったけど…私と司クンっていつもこんな距離感だし?」

男の首に手を回したまま笑う女性と、

ポカポカとその女性を叩く朝潮。

「司令官もっ!何か言いましょうよ!」

「早く商談を始めたいんだが」

「何でですかっ!!!」

「私、好きな人には尽くす派なのっ!」

「聞いてませんよ!!!」

「いやぁ…ツッコミがいると捗るよねぇ~」

朝潮は大きくため息をついた。

「というか…商談、とは?」

瞬間、ふざけていた女性の空気が一変、

目を細く薄め、笑いながら言う。

「私が取り扱っているのは"情報"

政治家や大統領の秘密から、

愛しの旦那の浮気まで、

いろはにほへと、ありとあらゆる

情報を金で売っているの。

無論前者のような大きい情報は、

ソレなりに値も張るし、

基本口止め料は貰ってる。

私自身の信用や沽券に関わるから

そう易々とは売れないけれど。」

「情…報…?」

「そう。例えば、この提督が、

此処に左遷されたときに、

元帥を私から買った情報で脅して

資材を横流しさせたこと…とかね?」

「なっ…?!」

目を見開く朝潮。

男は悪びれずに頬を掻いて言う。

「バレてるだろうな…

それなりに上手く隠させたつもりなんだが。

それで?俺の置き土産は

気に入ってもらえたのかね?」

「うん、喜びからか顔を真っ赤にして、

今すぐにでも此方に呼び出して二人きりで"お話"と"お礼"をしたいくらいには気に入ってるよ」

「クハハハ!!!そいつは嬉しいな。」

機嫌良さそうに笑う提督と対照に、

どんどん顔を青ざめさせていく朝潮。

「本当に…なんて事を…」

「大丈夫大丈夫。飛ぶのは俺の首だけだ」

「そういう問題じゃありませんっ!」

朝潮は机を叩き、

女性は空気を切り替えるように手を叩いた。

「ソレについては大丈夫。一応私も居るしね。

それより…商談を始めよっか?」

空気が変わる。

「…漸く"お前"と話せる」

「普段の態度が嘘という訳じゃないんだけど?」

「どうだか…俺の買いたい情報は二つ。

前任が今どうしているのかと、

今、何処に住んでいるのかだ。」

女はスッと目を細めて笑う。

「…骨が折れる作業。

何人かは隠居しているし、

軍部の上の人間に探りをいれるのは

流石の私でも色々と気苦労が多い。」

「だが、お前なら出来るだろ?」

睨み合う両者。

「…高く設定させてもらうから。

500…いや、600で調べてあげる。どう?」

「ソイツは困るな。

生憎と俺はそんなに手持ちがない。」

「貴女が私のものになってくれるなら、

いつでも0円にしてあげるんだけど?」

ぐいっと顔を近付ける女性。

「冗談だろ?生憎と俺にそんな価値はない。」

「残念。これも一応は本心なのにな?」

「思い通りにならないから、

欲しがってるだけだろ?…どうしたら良い」

苦笑する二人の人間。

「…私は"人のミカタ"だから、

"仕事"としてじゃなく、"趣味"としてなら、

仕事の合間にでも、少しずつ調べてあげる。

何時になるかは保証しないけどね。」

「あぁ。それで良い。頼む。」

椅子に座り直した女性は、

はぁ、とため息をついて言った。

「街で派手に暴れた件は、

私が何とかしたけど、無茶はダメだよ?」

「…色々と苦労をかけるな」

「ホントだよ…人の口を塞ぐのは、

水を塞き止めるよりもずっと難しいんだから」

ぼやき、女性は少しだけ鋭い目をして言った。

「それと、君と殴り合った主犯の男はー」

「アイツに手出しはするな。」

強く言い切る提督と、黙る女性。

「アイツは"人"だ。俺と同類だ。

それに、アイツは"使える"。

絶対に手は出すな。寧ろ出されたら俺が困ー」

「…それなんだけどさ。」

ドサリ、と女性は机に紙をバラ撒いた。

「は?」

「人のミカタとして、これは見過ごせないから

…誰かは知らないけど、絶対に裁く。」

 

何かをわめきながら、道路に飛び出し、

車に跳ねられた男の記事。

ソレを見て、朝潮は口を押さえた。

 

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「…何だこれは」

「一応聞くけど、その人、"薬"は…」

「あれはやってる奴の強さじゃねぇ。」

資料に目を通しながら、言いきる男。

「だろうね。医者もその類いの反応は

見られないって言ってたから。

…じゃあ、彼が"見たモノ"は、或いは…

"見せられたモノ"は一体何なんだろうね?」

立ち上がる提督を女性は座らせる。

「今行ってどうするの。」

「だが…」

「大丈夫だよ。落ち着いて?

この件は私にとって許せる案件じゃない

"人のミカタ"の名誉にかけて、

この犯人は必ず私が潰す。」

その瞳に光はなく。

朝潮は、"こっち"が素顔かと肝を冷やす。

「それとね、面白い情報を入手したの」

女性がニヤリと笑い、

ポケットから黒い機械を取り出した。

「おや、おきゃくさまですか?」

たどたどしい声を聞き、全員が振り向く。

窓辺で、タマと呼ばれる妖精が、

首をかしげながら訊ねるところだった。


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